朝靄の中、壊れて首のない『羽ばたく天使』像の首の上に立つカヲル。 「人は無から何も作れない…人は何かにすがらなければ、何もできない…人は神ではありませんからね…。」 「だが、神に等しき力を手に入れようとしている男がいる。」 カヲルの正面に現れる『12』のモノリス。 「我らの前に再びパンドラの箱を開けようとしている男がいる。」 カヲルの背後に現れる『06』のモノリス。 「そこにある希望が現れる前に箱を閉じようとしている男がいる。」 カヲルの右側に現れる『03』のモノリス。 「希望?あれがリリンの希望ですか?」 顔を上げて侮蔑する様な笑みを浮かべるカヲル。 「希望の形は人の数だけ存在する。」 カヲルの左側に現れる『09』のモノリス。 「希望は人の心の中にしか存在しないからな。」 カヲルの右斜め上に現れる『01』のモノリス。 「だが、我らの希望は具象化されている。」 カヲルの左斜め下に現れる『07』のモノリス。 「それは偽りの継承者である黒き月よりの我らが人類。」 カヲルの左斜め上に現れる『10』のモノリス。 「その始祖たるリリス。」 カヲルの右斜め下に現れる『04』のモノリス。 「そして正統な継承者たる失われた白き月よりの使徒。」 カヲルの右斜め上に現れる『02』のモノリス。 「その始祖たるアダム。」 カヲルの左斜め下に現れる『08』のモノリス。 「その魂はサルベージされた君の中にしかない。」 カヲルの左斜め上に現れる『11』のモノリス。 「だが、再生された肉体は既に碇の中にある。」 カヲルの右斜め下に現れる『05』のモノリス。 12枚のモノリスが円を描いてカヲルを囲んだ。 「シンジ君の父親…彼も僕と同じか…。」 顔を伏せて悲しそうに目を瞑るカヲル。 「だからこそ、お前に託す。我らが願いを…。」 そして、一斉に12枚のモノリスは消えた。 「わかっていますよ。その為に僕はここにいるのだから…。」 上ってくる朝日に向かって一人呟くカヲル。 「全てはリリンの流れのままに……。」 『東棟の第2、第3区画は、本日18時より閉鎖されます。引継ぎ作業は全て、16時30分までに終了して下さい。』 シンジはネルフのその病棟の303病室―――アスカのいる病室にいた。 「ミサトさんも綾波も怖いんだ。………助けて…助けてよ、アスカ…ねぇ、起きてよぉ…ねえ…目を覚ましてよ…ねえ、ねえ!アスカぁアスカ、アスカぁ!」 シンジはアスカを揺り動かすが、アスカは一向に目覚めようとはしなかった。 「助けてよ…助けてよ…助けてよ、助けてよ、助けてよ…またいつものように僕をバカにしてよ、ねェッ!」 シンジは強引にアスカを振り向かせようとした。 その直後。 「!」 シンジは目を見張った。 アスカのパジャマの胸元が肌蹴てその美しい胸がシンジの目に飛び込んできた。下半身はショーツ一枚だ。 シンジがそこで暴走したのも若さ故の過ちか…。 自分の掌に降り掛かった白い液体を見て、全裸のアスカの前でシンジは呟いた。 「最低だ………僕は………。」 虚脱したシンジは階段の下に蹲っていた。 何かが破壊される音がして、三人の戦自隊員が駆け込んできた。 「サード、発見。これより排除する。」 一人が銃をシンジの頭に押し付けた。 「悪く思うな、坊主。」 その直後、その一人は予期せぬ方向からの銃弾に頭を撃ち抜かれた。 銃を構えて突進してきたミサトに慌てて反撃したものの、二人目はすぐに撃ち倒された。 そして、三人目はミサトの蹴りを喰らって壁に叩きつけられた。 「悪く思わないでね。」 顎から撃ち抜かれ、三人目も絶命した。 「さっ、行くわよ。初号機へ。」 『第7ケージの山岸支隊はどうか?』 『ムラサキの方は確保しました。ベークライトの注入も問題ありません。』 『アカい奴は射出された模様。目下ルートを調査中。』 ミサトは愛車を置いてある駐車場で敵―――戦自の無線を傍受していた。 「マズイわね。奴等、初号機とシンジ君の物理的接触を断とうとしているわ。こいつぁウカウカできないわね。急ぐわよ。」 だが、シンジからの反応は無い。 「……シンジ君。ここから逃げるのか、エヴァの所に行くのか、どっちかにしなさい!このままだと、何もせずに死ぬだけよ!」 「助けてアスカ…助けてよ…。」 「こんな時だけ女の子に縋って、逃げて誤魔化して、中途半端が一番悪いわよ!」 ミサトはシンジの腕を掴んだ。 「さあ、立って。立ちなさい!」 「…もう、嫌だ。死にたい……何もしたくない。」 「何甘ったれた事言ってんのよ!アンタまだ生きてるんでしょう!だったらしっかり生きて、それから死になさい!!」 「現在、ドグマ第3層とムラサキの奴は制圧下にあります。」 「アカい奴は?」 「地底湖水深70にて発見。専属パイロットの生死は不明です。」 その頃、アスカは意識を取り戻していた。 「また、性懲りも無く、これに乗っている…どうせ動きゃしないのに、このポンコツ…ううん、ポンコツは私の方か…。」 その時、アスカを衝撃が襲った。戦自の水中爆雷がエヴァ弐号機の頭部直近で炸裂したのだ。 「ギャ!ああ、あ…。」 アスカは頭を抑えて苦しんだ。 「嫌…死ぬのは嫌……死ぬのは嫌……死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、……。」 アスカは死を恐怖して呟く最中、別の声がどこからか聞こえるような気がした。 “まだ…生きてなさい。” “まだ、死んではダメよ。” “殺させないわ。” “まだ、死なせないわ。” だが、強烈に襲ってきた死のビジョン―――腐敗した自分の顔に蛆が群がる様を見て、アスカは絶叫した。 「死ぬのは、嫌ああぁぁっ!!」 その瞬間、自分の目の前に広がったのは打ち寄せる波、そして両手を広げて自分を招く、優しい母の微笑み。 「―――ママ、ここにいたのね。」 アスカは両手で母の手を掴んだ。 「ママッ!」 そして、エヴァ弐号機は起動した。 ジオフロントの地底湖に浮かんでいたフリゲート艦を底から持ち上げながら、エヴァ弐号機が姿を現した。 すかさず戦自の誘導ミサイルが発射されるが、それはことごとくフリゲート艦に命中しただけで、エヴァ弐号機には何のダメージも与えられなかった。 「ドおうりゃああああああああ!!」 アスカの気合と供に投げ飛ばされたフリゲート艦は戦自の攻撃部隊を押し潰し、大爆発を起こした。 「ママ、ママ、わかったわ、ATフィールドの意味―――。」 地底湖を歩くエヴァ弐号機に別方向からの戦自の攻撃が加えられるが、それをものともせず、エヴァ弐号機は不意に空中に飛び上がった。 「私を守ってくれてる。」 空中のエヴァ弐号機に向けて誘導ミサイルが飛んできたが、それをひらりとかわしながらエヴァ弐号機は降下していく。 「私を見てくれてる。」 エヴァ弐号機は地響きを上げてジオフロントに着地した。そこに巨大な弾道弾が飛んできて、エヴァ弐号機の頭部に激突した。 さらにもう一発…だがそれをエヴァ弐号機のカウンターパンチが迎撃した。 「ずっとずっと、一緒だったのね。」 爆発する弾道弾。その爆煙の中から、エヴァ弐号機は無傷で姿を現した。 「ママッ!!」 エヴァ弐号機は無敵と思われたが、戦自もバカではなかった。 「ケーブルだっ!!奴の電源ケーブルっ!そこに集中すればいい!」 エヴァ弐号機に繋がっている電源ケーブルに攻撃が加えられ、ケーブルは断線した。 活動限界の数値が無限大を意味する8:88:88から切り替わり、5:00:00からカウントダウンが始まっていく。 「チッ。」 舌打ちしたアスカは邪魔になるケーブルをプラグごと外した。 「アンビリカル・ケーブルがなくたって、こちとらには1万2千枚の特殊装甲とATフィールドがあるんだからっ。」 エヴァ弐号機に戦自のVTOLが攻撃を加えるが、エヴァ弐号機は右手を振ってATフィールドを作り、その圧力で戦自のVTOLを吹っ飛ばし、爆発四散させた。 「負けてらんないのよ、あんた達にィ!」 VTOLを掴んで捕獲し、別のVTOLに叩き付けて一気に二機を破壊する。背後のVTOLは振り返りざま踵落しで撃破する。また一機は先程捕獲したVTOLの残骸を投げつけて破壊する。新たに背後に飛来したVTOLは後ろ回し蹴りで撃破した。 もはや、戦自にエヴァを止める事はできなかった。 だが、ゼーレは最後の切札を送り込んできた。天空を輪になって飛ぶ9機の白い巨人。 壁に激突し、中破したミサトの愛車。タイヤはパンクし、車体には無数の弾痕があった。戦自の銃撃を潜り抜けてきた証拠だ。 「いい、アスカ、エヴァ・シリーズは必ず殲滅するのよ。シンジ君もすぐに上げるわ。頑張って。 ―――で、初号機へは、非常用のルート20で行けるのね?」 ミサトに日向が答える。 『ハイ。電源は3重に確保してあります。3分以内に乗り込めば、第7ケージに直行できます。』 通信を終えたミサトは相変らず気力を無くして蹲ったままのシンジの手を引っ張り、歩き出した。 「必ず殲滅、ね。」 エヴァ弐号機は既にエヴァ・シリーズに取り囲まれていた。 「ミサトも病み上がりに軽く言ってくれちゃって。」 内部電源は後3:35:87しかない。 「残り3分半で九つ。一匹につき20秒しかないじゃない。」 とにかくアスカは戦闘に入った。 「うりゃああああ!」 突進したエヴァ弐号機は跳躍して組み合わせた両拳をエヴァ・シリーズに口に突き刺して顔面?を破壊し、その背後に着地した。そして倒れてくるエヴァ・シリーズを背中で抱え、アルゼンチン・バックブリーカーで背骨を破壊した。 シリーズから流れ出た血?がエヴァ弐号機に降りかかった。 「erst!(一匹目!)」 <EMERGENCY ELEVATOR R−10−20> 「ここね。」 ミサトが頭上の文字を確認した直後、銃声が聞こえてきた。 咄嗟にシンジの身体を抱き寄せて庇ったミサトは銃撃を受けたものの、何とかエレベータールームに逃げ込めた。 脇腹を抑えるミサトの手、その指の間から尚も流れ出る血にシンジは言葉も無い。 「これで、時間、稼げるわね。」 頬に脂汗を流しつつも気丈に話すミサト。 「大丈夫……大した事、ないわ。」 そう言いながら、ミサトは壁を支えに立ち上がり、エレベーターの外扉を開いた。 「電源は生きている。いけるわね。」 「!」 ミサトはシンジをエレベーターの内扉に押し付けるかのようにした。内扉の金網を掴むその手は自らの血に塗れている。 「いい、シンジ君。ここから先はもう貴方一人よ。全て一人で決めなさい。誰の助けも無く。」 「…僕は…ダメだ。ダメなんですよ…。人を傷付けてまで、殺してまでエヴァに乗るなんて、そんな資格無いんだ。 ―僕はエヴァに乗るしかないと思ってた。でも、そんなのゴマカシだ。何もわかってない僕にはエヴァに乗る価値も無い。僕には人の為にできる事なんて無いんだ。 ―アスカを傷付けてしまった。マナもトウジも助けられなかった。カヲル君も殺してしまったんだ。優しさなんか欠片も無い、ズルくて臆病なだけだ。 ―僕には人を傷付ける事しかできないんだ。だったら何もしない方がいい!」 「同情なんかしないわよ。自分が傷付くのが嫌だったら、何もせずに死になさい。」 ミサトの突き放すような言葉にシンジは思わず嗚咽を漏らした。 「今、泣いたってどうにもならないわ。」 そう言ったミサトは不意に優しい顔になった。 「自分が嫌いなのね。だから人も傷付ける。自分が傷付くより、人を傷付けた方が心が痛い事を知っているから。 ―でも、どんな思いが待っていても、それは貴方が自分一人で決めた事だわ。価値のある事なのよ、シンジ君。 ―貴方自身の事なのよ。ごまかさずに、自分にできる事を考え、償いは自分でやりなさい。」 「……ミサトさんだって、他人のくせに、何もわかってないくせにっ!」 「他人だからどうだってぇのよ!」 ミサトはシンジの襟首を掴んで後ろに押し付けた。 「あんた、このままやめるつもり!?今ここで何もしなかったら、私、許さないからね。一生あんたを許さないからね。」 ミサトの両手はシンジの頬に押し当てられていた。 「今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気付き、後悔する。私はその繰り返しだった。ヌカ喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。でも、その度に前に進めた気がする。」 ミサトは首に掛けていた父の形見の十字のネックレスをシンジの手に渡した。 「いい、シンジ君。もう一度エヴァに乗ってケリをつけなさい。エヴァに乗ってた自分に。 ―何の為にここに来たのか、何の為にここにいるのか、今の自分に答えを見つけなさい。 ―そして、ケリをつけたら、必ず戻ってくるのよ。約束よ。」 「……うん。」 「いってらっしゃい。」 そう言ってミサトはシンジにくちづけした。 「大人のキスよ。帰って来たら続きをしましょう。」 甘い声で囁くミサト。 と、シンジの寄りかかってる内扉が急に開き、シンジはエレベーター内によろけ込んだ。 ミサトの優しい顔はエレベーターの扉の向こうに消えた。 シンジを送り出したミサトは壁に血痕を残しながら通路へと倒れていった。 「こんな事なら…アスカの言うとおり…カーペット替えときゃよかった…ねえ、ペンペン…。」 自分の流した血溜まりの中でミサトは事切れようとしていた。 “加持君…私…これで良かったわよね…。” その直後、そのエリアは爆破され、ミサトの肢体は吹き飛んだ。 一方、エレベーターの中でシンジは溢れてくる涙を必死に拭っていた。 だが、涙を拭った自分の指にミサトの血が付いているのを見た時、堪えきれずにシンジは涙を流していた。 声だけは上げまいと堪えながら。 アスカの奮闘は続いていた。 二匹目は地底湖に押し倒し、水中でその脳天にプログナイフを突き刺してしとめた。 三匹目はプログナイフで片腕を切り飛ばした後、首を両腕でへし折って葬った。 四匹目は敵のシールドで数合打ち合った後、シールドを見事シリーズの延髄に命中させ、首をへし折った。 シンジはようやくケージに辿り着いた。だが、ケージはベークライトに埋もれていた。愕然とするシンジ。 アスカの死闘は続いていた。 五匹目は同じく敵のシールドで胴ごと上下真っ二つに。 六匹目も同じく敵のシールドで両脚を切り飛ばし、行動不能にさせた。 七匹目は肩からのニードルナイフを頭部に命中させた。 八匹目と九匹目は一度にその腹を渾身のパンチで貫いた。 活動限界が迫ったその時、アスカは危険を感じて振り向いた。 敵のシールドが引き寄せられるかのように宙を飛んできた。 アスカは咄嗟にATフィールドを張って防御したが、シールドは突如変形した。 「ロンギヌスの槍!?」 ロンギヌスの槍の前にはATフィールドとて絶対ではなかった。 ロンギヌスの槍はATフィールドを突破してきた。 「!!」 避ける間も無く、ロンギヌスの槍はエヴァ弐号機の顔面に突き刺さった。 「ぎゃあああああああぁぁ―――。」 アスカの絶叫と供に、エヴァ弐号機の内部電源は終了した。 エヴァ弐号機はそのまま後方に倒れこみ、後頭部から突き出たロンギヌスの槍が地面に突き刺さった。 「―――ああああああああああああああああああああああああああああああ。」 アスカは絶叫しながらインダクション・レバーを必死に動かすが、エヴァ弐号機は動こうとはしなかった。 かわりに、倒された筈のエヴァ・シリーズが活動を再開した。 エヴァ・シリーズは翼を広げると、エヴァ弐号機に一斉に飛び掛った。 そして、その爬虫類のような口を開けてエヴァ弐号機に群がった。 後は…死肉に群がるハイエナの如く、エヴァ弐号機を噛み千切り、噛み裂き、蹂躙の限りを尽くした。 「あ…ああ…ううう…う…。」 生きながら身体を喰われる様な地獄の苦しみを受けたアスカの目は凶悪な光を放った。 「殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる!」 見るに耐えない姿を晒しているエヴァ弐号機の頭部に、四つの光が灯った。 「殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる―――。」 片目を抑えながら狂気のアスカが何かに向かってもう片手を伸ばしていく。 エヴァ弐号機も同様に片手を伸ばしていく。 「―――殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる………。」 だが、アスカの伸ばした腕は真っ二つに裂けた。 エヴァ弐号機の腕もロンギヌスの槍に真っ二つにされ、エヴァ弐号機はさらに七本のロンギヌスの槍を突き刺され、完全に息の根を止めた。 『シンジ君!!弐号機が!アスカが!アスカがあぁっ!!』 マヤの悲鳴にも似た叫び声がケージにも聞こえてきた。 「だって…エヴァに乗れないんだ…どうしようもないんだ…。」 シンジは呟いた。 だが、突如ケージが揺らぎ出し、ベークライトが砕けて、エヴァ初号機の腕が動き出した。 エヴァ初号機の目が輝いた。 直後、何もかもを吹き飛ばし、エヴァ初号機は地上にその姿を現した。 そのエネルギーは猛烈な突風となってジオフロントに吹き荒れた。 「!!」 見上げたシンジの目に映ったのは、バラバラに食い千切られたエヴァ弐号機の残骸を持って或いは口に咥えて空を飛び回っているエヴァ・シリーズの姿だった。 「うああああああああああ!!!!!!!!」 シンジは絶叫していた。 もう、アスカは………。 怒りと悲しみと悔しさが入り混じった魂の絶叫が、エヴァ初号機に変化をもたらした。 一瞬にして両肩の装甲が吹っ飛んだ。 さらに、月に突き刺さっていたオリジナルのロンギヌスの槍がその叫びに呼応するかのように戻ってきて、エヴァ初号機の胸元で停止した。 儀式は始まった。 エヴァ初号機はその光の羽をエヴァ・シリーズに噛み付かれ、上空へと拘引されていった。 雲の上に出たエヴァ・シリーズは初号機を開放するとその上下左右に移動し、S2機関を開放し、ついにセフィロトの樹を形成した。 儀式は続く。 ゼーレの願いのままに、ジオフロントから黒い球体が出現した。 「―――人類の生命の源たるLYLISの卵、‘黒き月’。今更その殻の中へと還る事は望まぬ。だが、それもLYLIS次第か。」 「……ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう!ちくしょう!」 エヴァ初号機に乗ったものの、何もできない自分に歯噛みするシンジ。 その目の前に巨大な白い物体が現われた。 人の形をした何か…その顔は何かに似ていた。 「―――綾波…レイ?」 シンジが呟いた途端、そのがらんどうの目を閉じた。そして開いた。 「!!」 そこには赤い瞳があった。 「うわあああああぁ!!」 エヴァ・シリーズはEVA初号機の前に規則正しく並ぶと、白い翼を黒く変色させ、更にその翼に六つの目を出現させた。 続いてエヴァ・シリーズの身体が再び輝き始め、白く輝く美しい曲線を描き始めた。 エヴァ・シリーズはレイと同化を始めていた。だが、その光景は…。 ある1体がその不気味な口を開くと、そこからレイの顔が現れた。 他の1体はそのレイの顔を三つ出現させた。 酷い物は、その首の周りに無数のレイの顔を出現させ、まるで人面瘡のようだった。 「!!!!!!!!!!」 他にも、顔面を真っ二つに割られたままでレイの顔を出現させるもの、頭蓋を砕かれて脳味噌垂らして反吐を吐きながらレイの顔に変えるもの…。 「うわあああああああっ!!」 シンジは恐怖に顔を歪ませ、絶叫した。 「わあああああああああああ!!」 EVA初号機も同じように絶叫の咆哮を上げ、胸部のコアを露出させてしまった。 「…もうやだ、もうやだ…。」 あまりの恐怖に自我が崩壊しかけていたシンジ。 「もう、いいのかい?」 「!?」 シンジに語りかけてきた優しい声。 シンジが顔を上げると、そこにはカヲルの微笑があった。 「そこにいたの、カヲル君。」 涙を浮かべながらもシンジは安堵の表情になった。 白い巨人が手を差し伸べるとエヴァ初号機の光の羽は消失した。 「ソレノイド・グラフ反転!自我境界が弱体化していきます!」 「ATフィールドもパターン赤へ!」 「使徒の持つ生命の実と人の持つ知恵の実。その両方を手に入れたエヴァ初号機は神に等しき存在となった。」 エヴァ初号機のコアはロンギヌスの槍を受け入れた。 一瞬にしてエヴァ初号機は生命の樹へと還元された。 「そして今や、命の胎芽たる生命の樹へと還元している。この先にサードインパクトの無から人を救う方舟となるか、人を滅ぼす悪魔となるのか。 ―未来は碇の息子に委ねられたな。」 外の巨人はカヲルから再びレイに戻った。 「今のレイは貴方自身の心。貴方の願い、そのままなのよ。」 「何を願うの?」 何処かの公園の砂場。 「―――そうだ。チェロを始めた時と同じだ。ここに来たら何か見つかると思ってた。」 幼稚園のお友達と一緒に砂のピラミッドを作るシンジ。 だが、お友達は迎えに来た母親に連れられて帰ってしまった。 一人でピラミッドを完成させたシンジ。 直後、いきなり足で踏みつけてピラミッドを破壊するシンジ。 だが、泣きべそをかきながらまた作り出すシンジ。 「だあ〜もぉ〜っ。あんた見てるとイライラすんのよっ!」 シンジの上で喚くアスカ。 「自分みたいで?」 冷めた表情のシンジ。 何処かの安アパートらしき一室。 「ん――ねぇ、しよ。」 「またかぁ、今日は学校で友達と会うんじゃなかったっけ?」 「ん、ああ、リツコね。いいわよ、まだ時間あるし。」 「もう一週間だぞ。ここでゴロゴロし始めて。」 「だんだんね、コツがつかめてきたのよ。だから、ネ。」 シンジの目の前で肌を合せる加持とミサト。 「多分ね、自分がここにいる事を確認する為にこういう事するの。」 「バッカみたい。ただ寂しい大人が慰め合ってるだけじゃないの。」 「身体だけでも必要とされているものね。」 「自分が求められる感じがして、嬉しいのよ。」 「イージーに自分にも価値があるんだって思えるものね、それって。」 「これが、こんな事してるのがミサトさん?」 「そうよ。これも私。お互い溶け合う心が写し出す、シンジ君の知らない私。本当の事はけっこう痛みを伴なうものよ。それに耐えなきゃね。」 「あーあ、私も大人になったらミサトみたいな事、するのかなぁ。」 ミサト宅のダイニング。 「―――ねぇ、キスしようか。」 ―それとも、怖い? ―じゃ、いくわよ。」 近づいてくるアスカ。 「何もわかってないくせに、私の側に来ないで!」 「…わかってるよ。」 「わかってないわよ、バカッ!」 シンジにケリを入れるアスカ。 「あんた私の事、わかってるつもりなの!?救ってやれると思ってんの?それこそ傲慢な思い上がりよっ!!わかる筈無いわ!!」 「わかる筈無いよ。アスカは何にも言わないもの。何も言わない、何も話さないくせに、わかってくれなんて無理だよ!!」 「碇くんはわかろうとしたの?」 「わかろうとした。」 「バーカ、知ってんのよ、あんたが私をオカズにしてる事。」 夕陽に染まる古びた列車の車両内。 「いつもみたくやってみなさいよ。ここで見ててあげるから。」 座席に片足を置いてシンジを見下ろすアスカ。 「あんたが全部私のものにならないなら、私、何もいらない。」 「だったら僕に優しくしてよっ!!」 「「「優しくしてるわよ。」」」 「ウソだっ!」 喚くシンジ。 「笑った顔で誤魔化してるだけだ。曖昧なままにしておきたいだけなんだ。」 「本当の事はみんなを傷付けるから。それはとてもとても辛いから。」 「曖昧なものは僕を追い詰めるだけなのに。」 「その場凌ぎね。」 「このままじゃ怖いんだ!いつまた僕が要らなくなるのかも知れないんだ。ザワザワするんだ。落ち着かないんだ。声を聞かせてよ!僕の相手をしてよ!僕にかまってよ!」 再び、ミサト宅のダイニング。 「何かの役に立ちたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ!」 アスカに歩み寄るシンジ。 「じゃあ、何もしないで。もう傍に来ないで。あんた私を傷付けるだけだもの。」 拒絶するアスカ。 「アスカ、助けてよ。ねぇ!アスカじゃなきゃダメなんだ。」 「ウソね。」 アスカの指摘に目を見開くシンジ。 「あんた!誰でもいいんでしょ。」 アスカの睨み付けるような視線に思わず後ずさるシンジ。 「ミサトもファーストも恐いから。お父さんもお母さんも恐いから。」 シンジを追い詰めるアスカ。 「アスカ。」 「私に逃げてるだけじゃないの。」 「アスカ助けてよ。」 「それが一番楽で、キズつかないもの。」 「ねぇ、僕を助けてよ。」 「ホントに他人を好きになった事ないのよ!」 シンジを突き飛ばすアスカ。 「自分しかここにいないのよっ!」 コーヒーメーカーを引っ掛けて倒れるシンジ。 「その自分も好きだって感じた事無いのよっ!」 湯気を上げるコーヒーの上に倒れこむシンジ。 「―――哀れね。」 シンジを見下ろすアスカ。 「助けてよ…ねぇ……誰か僕を……お願いだから僕を助けて。」 テーブルに手を掛けて立ち上がるシンジ。 「助けてよ…助けてよ…。」 テーブルの端を掴むシンジ。 「僕を助けてよ!」 テーブルを力任せに引っ繰り返すシンジ。 「一人にしないで!」 椅子を持ち上げるシンジ。 「僕を見捨てないで!僕を殺さないで!」 椅子を床に叩き付けるシンジ。 柱の影から身体の半分だけ出して二人の様子を見ているペンペン。 「……イヤ。」 「!!」 いきなりアスカの首を締め上げるシンジ。 「誰もわかってくれないんだ。」「何もわかっていなかったのね。」「嫌な事は何もない、揺らぎの無い世界だと思っていたのに。」「他人も自分と同じだと、一人で思い込んでいたのね。」「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったんだっ!!」「初めから自分の勘違い。勝手な思い込みに過ぎないのに。」「みんな僕を要らないんだ。だからみんな、死んじゃえ。」「では、その手は何の為に有るの?」「僕がいてもいなくても、誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ。」「では、その心は何の為に有るの?」「むしろいない方がいいんだ。だから僕も死んじゃえ。」「では、何故ココにいるの?」「ココにいてもいいの?」無言「うわああああああああああンvs悔いf毛h:@pse:/LKASCli8うぇf:jpwふぇm:!!」 「パイロットの反応が限りなくゼロに近づいていきます!」 「エヴァシリーズ及びジオフロント、E層を通過。尚も上昇中!」 『現在、高度22万キロ。F層に突入。』 「エヴァ・シリーズ、全機健在!」 「LYLISからのアンチATフィールドさらに拡大!物質化されます!」 「アンチATフィールド、臨界点を突破!」 「ダメです!このままでは個体生命の形が維持できません!」 「ガフの部屋が開く。世界の始まりと終局の扉が―――ついに、開いてしまうか………。」 「世界が悲しみに満ち満ちていく。」「空しさが人々を包み込んでいく。」「孤独がヒトの心を埋めていくのね。」「ああああああああああ〜。」 「ひぃぃぃぃぃやあああ!!」 「碇、お前もユイ君に逢えたのか?」 「ATフィールドが…みんなのATフィールドが消えていく…これが答えなの?私の求めていた……!!センパイ!!」 「…マヤ…。」 「センパイ!センパイ!センパイ!センパイ!あっ…。」 「始まりと終わりは同じ所にある………良い。全てこれで良い。」 地球上の全てのヒトがLCLに変化し、その魂が黒き月へと吸い込まれていく。 役目を終えたエヴァ・シリーズは、ロンギヌスの槍を自らのコアに突き刺して活動を停止していく。 そして生命の樹へと還元されたエヴァ初号機は巨大なレイ、いやLYLISの中に溶け込んでいった。「嫌い。あんたのこと好きになるハズないじゃない。」 『さよなら。もう電話してこないで。』 `しつこいわね。よりを戻すつもりはさらさらないの。、 ごめんなさい。今さらやり直せるわけないでしょ。 ‘バぁ〜カ、ホントにやってんじゃないわよ。’ “ひょっとして、その気になってた?身の程、考えなさいよ。” (やっぱり友達以上に思えないの。) (あんたなんか生まれてこなきゃよかったのよ!) {バイバイ、もうさっさと死んじゃえばぁ?} {あんたさえ、いなけりゃいいのに。} [誰、この子?知らない子ね。] [あんたなんて、いてもいなくても同じじゃない。] 〔ハッキリ云って迷惑なの。余計なお世話よ。〕 <これ以上つきまとわないで。もうダメなの。別れましょ。> <正直、苦手というより一番キライなタイプなのよ、あなたって。> ≪カン違いしないで。だぁれがあんたなんかと。≫ 〈もう…あっちへ行ってて。私の人生に何の関係もないわ。〉 《大っ嫌い。あなた、いらないもの。》 【いくじなし。】シンジが感じる、拒絶の声、声、声………。 「そんなに辛かったら、もう止めていいのよ。」 「そんなに嫌だったら、もう逃げ出していいのよ。」 「楽になりたいんでしょ。安らぎを得たいんでしょ。」 「私と一つになりたいんでしょ。心も身体も一つになりたいんでしょ。」 シンジが感じる、ミサトとレイと女性達の声。 「でも、あなたとだけは、絶対に死んでもイヤ。」 シンジが感じる、アスカの声。 「ねぇ…。」 「何?」 「夢って何かな?」 「夢?」 「そう、夢…。」 「わからない。現実がよくわからないんだ。」「他人の現実と自分の真実との溝が正確に把握できないのね。」「幸せがどこにあるのか、わからないんだ。」「夢の中にしか幸せを見出せないのね。」「だから、これは現実じゃない。誰もいない世界だ。」「そう、‘夢’。」「だから、ここには僕がいない。」「都合のいい作り事で、現実の復讐をしていたのね。」「いけないのか?」「虚構に逃げて、真実を誤魔化していたのね。」「僕一人の夢を見ちゃいけないのか?」「それは夢じゃない。ただの現実の埋め合わせよ。」「じゃあ、僕の夢はどこ?」「それは現実の続き。」「僕の、現実はどこ?」「それは、夢の終りよ。」突如、LYLISの首筋から鮮血が噴出した。その勢いはLYLISの体を傾かせる程だった。 月が見える。それも水面越しに。空は赤い。 シンジの上には………。 「―――アヤナミ?―――ここは?」 「ここはLCLの海。生命の源の海の中。」 レイの両手はシンジの胸の中に融合していた。シンジの下腹部とレイの下腹部もぴったりと合わさっている。 「ATフィールドを失った、自分の形を失った世界。どこまでが自分でどこからが他人なのかわからない曖昧な世界。どこまでも自分で、どこにも自分がいなくなってる脆弱な世界。」 「……僕は死んだの?」 「いいえ。全てが一つになっているだけ。これがあなたの望んだ世界、……そのものよ。」 シンジは握っていた左手を開いた。ミサトから渡されたネックレスが浮き上がって漂う。 「でも、これは違う。……違うと思う。」 「他人の存在を今一度望めば、再び、心の壁が、全ての人々を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ。」 「……いいんだ。」 シンジは自分の胸に融合しているレイの右手を引き抜いた。そして、握手した。 「ありがとう。」 「―――あそこでは嫌な事しかなかった気がする。だからきっと、逃げ出しても良かったんだ。…でも、逃げたところにもいい事は無かった。…だって僕がいないもの。…誰もいないのと同じだもの。」 「再びATフィールドが君や他人を傷付けてもいいのかい?」 「―――かまわない。でも、僕の心の中にいる君達は、何?」 「―――希望なのよ。人は互いにわかり合えるかもしれない、という事の。」 「好きだという言葉と共にね。」 「だけどそれは見せ掛けなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続く筈無いんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を見捨てるんだ。」 そして、シンジはみんなの事を頭に思い描いた。 「―――でも僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは、本当だと思うから。」 LYLISは地球に倒れこみ、黒き月は爆裂して地球上に再び命をばら撒いた。 「現実は知らないところに。夢は現実の中に。」 「そして、真実は心の中にある。」 「人の心が自分自身の形を造り出しているからね。」 「そして、新たなイメージがその人の心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が、自分達の未来を、時の流れを作り出しているもの。」 「ただ、人は自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない。」 「だから、見失った自分は、自分の力で取り戻すのよ。例え、自分の言葉を失っても、他人の言葉に取り込まれても。 ―自らの力で自分自身をイメージできれば誰もが人の形に戻れるわ。」 LYLISの身体はエネルギーを失い、崩壊を始めた。 そして、エヴァ・シリーズも分解したLYLISのパーツと同様に地球上へ落下し始めた。 「心配ないわよ。全ての生命には復元しようとする力がある。生きていこうとする心が有る。生きていこうとさえ思えば…どこだって天国になるわ。だって生きているんですもの。 ―幸せになるチャンスはどこにでもあるわ。太陽と月と地球がある限り大丈夫…。」 「―――もういいのね?」 「幸せがどこにあるのか…まだわからない。だけど…ここにいて、生まれてきてどうだったのかはこれからも考え続ける。だけど、それも当たり前の事に何度も気付くだけなんだ。自分が自分でいる為に。」 「人が神に似せてエヴァを作る…これが真の目的かね?」 「はい。人はこの星でしか生きられません。でも、エヴァは無限に生きていられます。その中に宿る、人の心と供に。 ―例え、50億年たってこの地球も月も太陽すらなくしても残りますわ。たった一人でも生きていけたら…とても寂しいけど生きていけるなら…。」 「人の生きた証は永遠に残るか…。」 シンジは赤い海の上に浮かび上がった。 そこには何も無かった。 真っ白な砂浜の中、シンジは起き上がった。そして周囲を見回した。 遠くに山よりも巨大なLYLISの半分になった頭部。別方向には同じく片腕が見える。 周囲は何も無い荒地。炭化した大木の幹がまばらに十数本立っていた。 電柱も途中から折れて倒れていた。 真っ赤な血の海の中にエヴァ・シリーズの成れの果てが数体立っている。 生きている者の気配は全く無い。赤い海から砂浜に打ち寄せる波の音だけがしていた。 シンジは悟った。今、一つの星が死んだのだ。 ふと海を見たシンジは、海の上にレイが立っていたような気がした。 シンジの側にはアスカが横たわっていた。 「違う!僕はこんなの望んでいない!!こんな世界なんて嫌だ!!!」 シンジは頭を抱えて絶叫した。 悪夢はまだ、終わらない………。 超人機エヴァンゲリオン3 「妖夢幻想譚」第一章 死と、新生 完 あとがき