HORRIBLE FANTASIA

CHAPTER2 THE FIST OF AIDA
EPISODE2「A MARVELOUS MAN!」

 「その男が俺の知っている相田ケンスケなら、奴は必ずここにやってくる。このネルフタウンにな。」
 「如何致しましょう?」
 「好きにしろ。俺の所に辿り着けなければ、所詮それだけの男だったという事だ。」

 サード・インパクトという災禍に見舞われた世界のその地上のほとんどは荒廃したが、地下は姿形だけは以前と同じ状態を保っていた。ゼーレなどの無法者集団が跳梁跋扈する地上に較べれば、地下はより安全だった。
 しかし、その地下街でも人が多くなれば諍いが起こるもの。そしてそれを解決するのは、治安組織など無い現在では勿論‘力’だった。
 「てめえ!表へ出ろ!」
 酒場でのちょっとした口論が喧嘩に発展した。
 最初は一進一退のドハデな殴り合いだったが、だんだん一方が押され始めた。
 パンチを顔面に入れられて倒されたデブの男が立ち上がろうとしたその時、静かに酒を飲んでいた別の男がその肩を突付いた。
 「苦しそうだな。代わってやろうか?」
 「うるせえ!ひっこんでろ!」
 そう言ってデブの男はまた向かっていったが、またカウンターのパンチをどてっぱらに喰らって吹っ飛んできた。
 「条件次第では代わってやるぞ。どうだ?」
 「何の!まだまだやれる!」
 「そうか。それならいい。」
 デブの男は必死に起き上がってまた向かっていったが、今度は顔面に蹴りを食らってまた戻ってきた。
 「俺の言う条件を飲めば代わってやるぞ?」
 「わ、わかった!何でもいいから代わってくれ!」
 このままでは終いには半殺しの目に遭いそうだと気付いたデブの男は、必死で頷いた。
 「さて、そういうわけで選手交代だ。」
 「何だ、てめえは!関係ない奴は引っ込んでな!」
 デブの男を圧倒していたノッポの男は代わりに出てきた男に凄んだ。
 「選手交代だと言ったろ?お前の相手は今からこの俺様だ。」
 とは言ったものの、その男ははっきり言って体格的にはノッポの男より劣っていた。
 だが、テンガロン・ハットに隠れて見えないその顔には、自信に満ちた二つの目が光っていた。
 「きさまなんぞ一発だ!」
 ノッポの男がパンチを放ってきたが、テンガロン・ハットの男は身体を軽く捻ってそれを捌いた。
 「おいおい、慌てんなよ。お前に一つ聞いておきたい事があるんだ。」
 「何だってんだ!?」
 「お前、これはいるか?」
 テンガロン・ハットの男は左手の小指を立てた。勿論それは女を意味していた。
 「いねえよ!大体、それで俺は会社を辞めたんだ!」
 「そいつを聞いて安心した。思いっきりお前をブチのめせる。」
 「ふざけやがって!!」
 逆上したノッポの男が掴みかかってきた。だが、テンガロン・ハットの男がパンチを一閃させた。
 「ファイト一発!なんてな。」
 動きを止めたノッポの男の顔面にはテンガロン・ハットの男の拳がめり込んでいた。
 「そ、そうか…あんた、驚異のリョージだったのか…。」
 デブの男はやっと気付いた。
 「約束は守ってもらうぜ。」
 「そ、そうだったな。で、何をすればいいんだ?」
 「店のマスターと交渉した結果、俺が食料一週間分貰う代わりにその分、お前が店でただ働きだ。勿論、用心棒も仕事の一つだ。」
 「な、何だって〜っ!?」

 地下街にあったとある倉庫、それがテンガロン・ハットの男こと加持リョージの住処だった。そこは外からでも中からでも厳重に鍵を掛ける事ができる為、愛する女性を安全に匿うには最適の場所だった。
 「今、帰ったよ。」
 加持は食料や飲料水の入った大きな包みを両手で抱えて戻ってきた。
 「…う…あー…あー…。」
 ベッドに横になっていた赤いワンピースに身を包んだ赤毛の見目麗しい女性は、焦点の定まらない青い瞳を声の聞こえた方に向け、言葉にならない声を出した。
 「心配いらない、俺はここにいるよ。ずっとお前を守ってやるから…。」
 リョージは赤毛の女性を優しく抱きしめ、その頭をそっと撫でた。
 
 そしてまたある日、リョージは自分の戦闘能力を生かせるチャンスは来ないか、地下街を歩きながらその時を伺っていた。
 こんな生業の為に身に付けた戦闘術ではなかったが、今では使えるものは何でも使わなければ生きていけない時代だった。
 と、おあつらえ向きに地下街の片隅で喧嘩が始まった。リョージは早速野次馬の一人となった。
 その喧嘩は一方的だった。旅人にインネンをふっかけたチンピラの方が逆にKO寸前だった。
 「苦しそうだな。代わってやろうか?」
 ちょうど自分の前に吹っ飛んできたチンピラを受け止めたリョージはいつもの文句を謳ったが。
 「た…の…む…。」
 チンピラはそう言い残して気絶した。
 「あーあ、まだ条件確認してなかったのに…ま、いいか。おい、そこの強い奴、今度は俺様が相手だ。」
 「………何故、意味の無い戦いをする?」
 旅人にとっては至極当然な疑問だった。
 「フッ、決まってる。これの為だ。」
 リョージはいつものように左手の小指を立てた。だが、旅人はそんなリョージを無視して立ち去ろうとした。
 「お、おい、待ちやが…。」
 リョージが旅人の肩を掴もうとした瞬間、リョージは旅人から強烈な平手打ちを頬に喰らってぶっ倒れた。
 「な…何だ?…俺がやられた?」
 リョージはきょとんとした顔になって思わず立ち上がった。
 「…フッ、まさかな。何かに蹴躓いたのさ。それじゃ、改めて勝負…。」
 向き直った瞬間、再び旅人の平手打ちに反対側の頬を叩かれてリョージはまたも無様に吹っ飛んだ。
 “つ…つええ…。”
 自分の敵う相手では無いとリョージが悟った時には、トドメのパンチがその顔面に振り落とされようとしていた。
 「うわ…ま、待っ…。」
 だが、そのパンチは顔面寸前で止まった。リョージは思わず聞いていた。
 「………何故、パンチを止めたんだ?」
 「あんたにはこれがいるんだろう?」
 旅人はさっきのリョージと同様に左手の小指を立てた。
 「あ、ああ…。」
 「その人を大事にするんだな。」
 旅人はそのまま酒場に入っていった。
 “この俺が負けた…世の中にはムチャクチャ強い奴もいるんだな…。”
 リョージはフッと小さく笑うと立ち上がり、酒場に入った。
 旅人はカウンターに座っていた。
 「おい、あんた。」
 「何か用か?」
 「あんたみたいに強い奴は初めてだ。名前を教えてくれねえか?」
 「……まだ、思い出さないのか?」
 旅人が謎の言葉を告げた時、数人の男が慌てて酒場に入ってきた。それはリョージが喧嘩で助けてやって仲間になった者達だった。
 「大変だ、リョージ!お前のヤサにゼーレの残党が向かってる!」
 「きっとアスカの事を聞きつけたに違いねえ!」
 それを聞くや否や、リョージは男の一人を突き飛ばして駆け出していった。

 「本当にそのアスカって女は凄い美人なのか?」
 「おう!赤毛で青い目ン玉のとびっきりのベッピンらしいぜ!」
 「それなら、ネルフタウンのアンカー様も気に入るに違いねえ!」
 ゼーレの残党はリョージが住処としている倉庫の前にやってくると手にした鉄製の武器でドアを殴り始めた。ブチ破るつもりなのだ。が、誰かが後ろから声をかけた。
 「無駄だよ。そのドアは鉄で出来てるんだ。これで鍵を開けた方が早い。」
 「おっ、そうか。じゃあ、早速鍵を開けてくれ。」
 「開けるか、バカヤロウ!!」
 リョージの鉄拳が油断して振り向いたゼーレの一人の顔面にめり込んだ。
 「きさまらなんぞにアスカを渡すものか!」
 その時、リョージの仲間達が駆けつけてきた。
 「リョージ、大丈夫か!?」
 「おう!」
 だが、それがリョージの油断を招いた。仲間の一人がいきなりナイフで切りつけてきたのだ。
 「ぐあっ!」
 気づいた時には右手を切られ、手にした鍵を取り落としていた。
 「て、てめえ…。」
 他の仲間達も隙を付かれ、後から現われたゼーレ達に殺されてしまった。
 「へへっ、悪く思うなよ。ここにいるよりネルフタウンのアンカー様に付いた方が得策なんでな。」
 裏切った男がそう言って鍵を拾おうとした時、何者かがその背中に強烈な蹴りを入れ、男は頭から鉄製のドアに激突して気絶した。
 「あんた、さっきの…。」
 旅人は掛けていた眼鏡をリョージに放った。
 「ええい、ジャマする奴はブチ殺せ!」
 「アィダッ!」
 旅人のパンチが一閃、ゼーレの一人は仲間達の所に吹っ飛んだ。
 「だ、大丈夫か?う…。」
 「な、何だよ、何驚いてんだよ?」
 驚くのも無理は無い、吹っ飛んだ男は何と顔が真後ろを向いていた。
 「お、お前、首は大丈夫なのか?」
 「お、俺の首?それがどうし…どう…どどど……どっかーん!」
 いきなりその男の頭部は身体から切り離され、血を噴出しながら空中に跳ね上がった。
 その恐怖の最後にゼーレ達は震え上がった。
 「次に死にたい奴は出てくるがいい。」
 「ひ、ひええ〜っ!」
 ゼーレ達は慌てふためいて逃げていった。
 「あんた、一体、何者なんだ?」
 「まだ思い出さないんですか?かつて、惣流アスカ・ラングレーとクラスメートだった者です。」
 「!…思い出した!…確か、相田ケンスケくんだったな。」

 そして、ケンスケは嘗ての級友と再会した。
 「…あー?…あーいー?」
 アスカはケンスケの事を覚えていなかった。
 「サード・インパクトの時、アスカはエヴァに乗っていた。その時、何があったかはわからない。だが、何か強烈なショックを受けたんだろうな…気が付いた俺が崩壊した世界を彷徨い、エヴァ弐号機を見つけてアスカを助け出した時には、この状態だった。」
 「記憶も失っているんですか?」
 「ほとんどな…ただ、俺の事は薄っすらと覚えていたらしい。今のアスカは知能的には5歳ぐらいだろう。」
 “目が見えず、言葉も喋れなくなってしまった惣流…昔の君は高慢ちきでいけ好かなかったけど…それも俺の青春の思い出だ…。”
 ケンスケはそっとアスカの顔を触った。アスカは驚いていやいやするように首を振った。
 「…あ…うーあー!」
 「おい、何を!?」
 「怖がらないで…じっとしていて…。」
 リョージは慌ててケンスケを押し退けようと立ち上がったが、ケンスケに頭を撫でられたアスカが安心したかのように目を閉じたのを見て動きを止めた。
 そして、ケンスケはアスカの顔にある秘孔を押した。
 「あうっ!」
 「おい!」
 「加持さん…この荒廃した世界を目の当たりにするのは辛い事かもしれない…でも、惣流はきっと耐えてくれると思う。
…俺には無い特別な能力を持ったコだったから…チルドレンだったから…。」
 ケンスケはそう言ってアスカから離れた。
 アスカは顔を両手で押さえていたが、少しして両手を離し、目を開いた。
 「…アスカ?」
 「……見える…私、目が見えるよ、加持さん…。」
 「アスカ!お前、言葉も…。」
 「あっ…本当だ…ちゃんと喋ってる…加持さん…加持さん!」
 アスカは加持の胸に飛び込んでいた。
 「アスカ…良かったな、アスカ…。」
 二人は感激してしばらく抱きしめあっていた。アスカは嬉しくて泣いていた。
 「…そうだ、さっきの人は?」
 「ああ、彼がアスカを治してくれた…。」
 既にケンスケの姿は無かった。
 「どこに行ったの?」
 「わからない。」
 「どんな人だったの?」
 「ずっと…前からアスカの友達だった人だよ。」

 ケンスケの旅は続く。大事な人を、愛する女性を取り戻す為に…。



超人機エヴァンゲリオン3

「妖夢幻想譚」第二章 相田の拳

第二話「驚異の男!」完