文明の章

第拾四話

◆マグマダイバー

10月16日(金曜日)、今日、連邦統一模擬試験の結果が帰って来た。

    碇 シンジ
           点数   偏差値   平均点  校内順位    連邦順位
標準語        68  74.9  30.2     4     646322
準標準語 英語    52  55.1  43.2     9 
数学         47  60.6  23.4     6 
理科         66  63.4  40.2     5 
社会   日本史   69  65.6  42.1     4 
総合        302  67.4 180.0     5 
                     受験者     29 
【連邦順位は100万番以内の場合表示】
「うん、」
シンジはなかなかの成績を取った。昨年とほぼ同じである。初号機専属操縦者として借り出され、その上、生活能力が無い、どっちが保護者か分からないミサトとの同居で勉強する時間など殆ど無かったのにこの成績と言う事は、やはり精神的なものが大きいようである。
「シンジどやった?」
トウジが聞きに来た。
「そこそこ良かったと思うけど」
シンジはトウジに個表を渡した。
「ええやないか」
「トウジは?」
「わ、わしは・・あかん!みせられへん」
あからさまに悪かったと言う事を明言しているような慌て方である。
「自分のだけ見せないなんて、ずるいんじゃないか。」
ケンスケが横から言って、トウジから個表を取り上げた。
「止めろ!見るなあ!」
ケンスケはトウジの叫びを無視し個表を見た。

   鈴原 トウジ
           点数   偏差値   平均点  校内順位    連邦順位
標準語        21  43.9  30.2    21 
準標準語 英語    26  39.9  43.2    26 
数学          0  37.9  23.4    29 
理科         24  41.6  40.2    24 
社会   日本史   20  37.2  42.1    28 
総合         91  37.3 180.0    28 
                     受験者     29

「「・・・・・」」
シンジとケンスケは沈黙し、トウジは魂が抜かれたかのように呆然としている。
((・・・0点・・・))
しかし、まだ下がいるとは・・・なんとも・・・


クラスの後ろの方では、アスカが自分の個表をじっと見ていた。
「アスカ、どうだったの?」
ヒカリがアスカに尋ねた。
「良い事はいいんだけど・・一つ納得がいかないことが」
「見ても良い?」
「良いわよ」
ヒカリはアスカの個表を見た。

   惣流 アスカ ラングレー
           点数   偏差値   平均点  校内順位    連邦順位
標準語        87  87.4  30.2     3      1245
準標準語 独語   100  83.2  43.2     1        1
数学        100  84.3  23.4     1        1
理科        100  81.0  40.2     1        1
社会   欧州史   97  83.1  42.1     2       678
総合        484  93.4 180.0     2        2
                     受験者     29 

「凄いじゃない!私なんか・・・」
ヒカリは自分の個表をアスカに見せた。

   洞木 ヒカリ
           点数   偏差値   平均点  校内順位    連邦順位
標準語        90  89.3  30.2     2       541
準標準語 英語    62  61.0  43.2     3 
数学         42  58.3  23.4     8 
理科         60  60.3  40.2     6 
社会   日本史   71  66.8  42.1     3 
総合        325  70.7 180.0     3     912345
                     受験者     29 

「この程度だし」
明らかに謙遜である。
「へ〜、ヒカリも良いのね」
アスカは感心している。
「そうかな・・・で、納得のいかないことって?」
「校内順位よ」
「あっ」
ヒカリは気付いた。
アスカは、大学を卒業しているのである。
それ以前に・・・連邦2位が、校内2位とは・・・
「誰?」
思い当たる候補は1名しかいない、ヒカリは窓際の席に座っているレイを見た。
アスカは立ち上がってレイの所に行った。
「何?」
「優等生、結果見せなさい」
アスカはレイから個表を奪い取った。

   綾波 レイ
           点数   偏差値   平均点  校内順位    連邦順位
標準語        97  93.9  30.2     1        9
準標準語 英語   100  83.2  43.2     1        1
数学        100  84.3  23.4     1        1
理科        100  81.0  40.2     1        1
社会   連邦史   99  83.1  42.1     1       17
総合        496  95.1 180.0     1        1
                     受験者     29 

「嘘!!」
「どうかした?」
「何でも無いわ」
アスカは個表をレイに返した。
(中学生に負けた・・・)
一応、中学生ではあるが、学士を持っているアスカは、只の中学生に負けた事で呆然としていた。
一方レイの方は、いつもの事なので、何があったのか理解できていなかった。


10月18日(日曜日)P.M.1:34、第3新東京市ショッピング街。
東京第4デパートの正面前でアスカが加持を待っていた。
相当、いらついているようだ。
「ねぇ君、ひっ!」
男が声を掛けて来たのでアスカは目で威嚇した。男は直にいなくなった。
「遅れて済まん、待ったか?」
加持がやって来て先ず謝った。
「さっき来た所。じゃ、時間が勿体無いから、早速行きましょ☆」
(加持さんもいくらなんでも、1時間も遅刻しなくても良いじゃん)
本当にさっき来たところだった場合それはそれで問題あるのではないか?
アスカは加持とデパートの中に入った。


二人は24階の女性用水着のコーナーに来た。
アスカは赤と白のツートンカラーの水着を手に取った。
「見て見て、加持さん、こんなのどう?」
「ちょっと、中学生にしちゃ派手過ぎないか?」
「も〜加持さんたら、最近の中学生は凄いのよ。」
アスカはその後、様々な水着を試着したり加持に見せたりしていたが、結局、最初の水着を買ったのだが、1万7200円の水着を8213円まで値切った。店員は泣いていた・・・。


屋上レストラン
加持はビールを飲み、アスカはオレンジジュースを飲んでいる。
「修学旅行は沖縄か〜」
「そう、思いっきり潜るわ。」
「そういや、もう何年も潜ってないな」
「そう?」
「加持さんって、修学旅行どこ行ったの?」
「あ?俺?俺らん時はそんなの無かったよ」
「あ」
アスカはセカンドインパクトの事に思い当たった。
「ごめんなさい」
「いや、気にする事無いさ、所詮は過去の事さ」
しかし、加持の表情は笑ってはいなかった。
「過去の話だが、俺の家はちょっとした財閥の親族で、それなりのおぼっちゃまだったんだが、セカンドインパクトで殆どを失った。俺には妹がいた。アスカほど綺麗じゃないが、アスカのように活発だった。でもな、セカンドインパクトで、妹は歩けなくなった。少々の金じゃ意味はない。そんな時に、妹がどんな扱いを受けたか・・・・・」
アスカはセカンドインパクトの混乱の中、老人や病人、重度の負傷者は、切り捨てられ、配給が受けられなかったと言う事を知っていた。人道から外れる行為だが、その後の社会は結果論からそれを肯定した。先進諸国では今はそのような事は無くなったが、復興途上国ではまだそれに近い状況にある国があると言う事も、
「食糧の配給が十分に行われない中、最初にその被害を食らうのは、老人と負傷者だ。妹は配給の食糧を受け取ることが出来なかった。近くにいた親戚や知人を頼ったが相手にされなかった。親がいない当時の俺には何の価値もないと考えたんだろう。だが恨んじゃいない、彼らだって、自分を守るのが精一杯だったんだ。セカンドインパクトの日本の死者は半数近くは、その後に死んだ者達だからな・・・・」
日本だけではない、地球では、直接の死者よりも、その後の死者の方が多い。更に言えば、セカンドインパクトで、直接命を失った者の数は、死者の総数の誤差範囲よりも遥かに小さい。
「俺は、ある人物を頼った。その人物は、初めて俺達を快く迎えてくれると言った。そして、俺達はその人物に保護された。だが、妹は既に数々の病気に冒され末期で、既に回復の見込みはなかった。」
加持は感情を押し殺しながら話している。アスカは、黙ってじっと聞き続けた。
「そんな時に、当時、人工進化研究所特別職員の碇ユイ博士の開発した開発中の薬を回してもらった。」
碇ユイの名に反応してアスカは顔を上げた。シンジの母親であり、エヴァの基礎理論を作った史上最高の科学者、加持とも接点があったのだ。
「そして、結果は、利いた。病気は一気に快方に向かった。だが、悲しいかな、妹にはもう体力も気力も残っていなかった。そして、死んだ・・・・」
「そして、俺はある人物の援助を受けたまま、第2東京大学に進学し、葛城やリッちゃん達と知り合う。そして、葛城とつきあってどれだけ経ったか・・・結局振られて、葛城は俺の前から姿を消した。俺は大学を出た後、セカンドインパクトの真実を知るためにゲヒルンに入った。そして、ドイツでアスカの護衛を申し受け、今に至ると」
「・・・・加持さん」
「気にすることはないさ、ちょっと湿っぽい話がしたくなっただけだよ・・・・今度、妹の墓に一緒に参ってくれると嬉しい」
アスカは無言で頷いた。


第3新東京市市内、公園、
シンジとレイがベンチに座っていた。
「綾波、もう直ぐ、修学旅行だね」
「・・・修学旅行?・・・行けないわ・・」
「え?どうして?」
シンジは、レイに何か用事でもあるのかと思い尋ねた。
「・・本部待機・・・いつ使徒が来るか分からないもの・・」
「あ・・・・」
それはシンジにも、勿論当てはまる事である。
「・・・葛城1尉から聞かなかったの?」
シンジは大きな溜め息をついた。
「くそっ、もう用意しちゃったよ・・・・」
「何とかミサトさんをぐ〜っと言わしたいな」
「・・・方法はあるけど・・」
シンジは左のレイの顔を見た。


P.M.7:02、葛城ミサト宅台所
ミサトから、今、修学旅行に行けない事を聞かされた。
「え〜!!修学旅行に行くなですって!!」
「そう」
ミサトはビールを飲みながら平然と答えた。
「どうして!」
「緊急事態に備えての待機、まさかエヴァぁのパイロット3人ともがここを離れるわけには行かないでしょ」
「そんなの聞いてないわよ!」
「今、言ったでしょ」
「誰が決めたのよ!」
「作戦部長の私」
シンジは落ちつた様子で目の前で起きている口論を無視して御飯を食べている。
「ちょっとシンジ、あんたもなんか言いなさいよ!」
シンジは味噌汁を飲んだ。
「・・一つ聞いて良いですか?」
「な、何かしら?」
シンジの極端に落ち着いた雰囲気にミサトは少し戸惑っている。
「・・今日、綾波から聞いたんですけど・・・どうして作戦部長たるミサトさんとは、毎日顔を会わせているのに、今ごろになって言うんですか?」
箸を進めながらレイのように抑揚を付けずに尋ねた。
「え?そ、それは、今朝決めて、レイには、リツコの方から連絡、行ったんじゃないかしら?」
まさか、ずっと忘れてて今しがた思い出したとは言えないミサトは下手な誤魔化しをかけた。
「・・・綾波がリツコさんから聞いたのは、先週だそうですが・・・」
「そ、それは・・・」
シンジはコロッケを口に運んだ。
「ミサト、いったいどう言う事〜?」
「そんなのどうでも良いでしょうが、それに先週の中間テスト、あんた達成績落ちてるでしょ。勉強できる良いチャンスじゃない」
ミサトは話を誤魔化した。
「なっ」
アスカの表情が変わった。因みにどのくらいの落ち方かと言うと、シンジは、5番から7番に、アスカは、万年トップから2番になった。しかし、良く考えると、アスカはレイがいたせい、シンジはアスカが割り込んだので実際は1番順位が落ちただけ。しかも、アスカの得点は489点で3位のヒカリとは60点以上の開きがある。
「私が知らないとでも思った?」
「知ってるでしょうね。僕達の成績見ちゃう人ですから」
シンジは御飯を食べながら平然と言った。
「・・・・」
痛恨の一撃を受けたミサトはしばし沈黙した。
「私はもともと!」
「加持に言っちゃうわよ〜、」
「ぐっ」
アスカが弱みを攻撃され劣勢になった。
シンジはレイから教わった攻撃方法を使った。
「・・・又、聞きますけど、アスカや綾波はどうか知りませんけど、僕は正式に書類を持って契約を交わしたわけではありませんから、結局のところ、親の仕事の手伝いをする孝行息子と言う立場です。ヴォランティアで、私生活にまで制限くらいたくありませんね・・」
「うぐ〜〜」
シンジは細く笑んだ。
「で、でも、これは、ネルフの決定なのよ、司令だって認めたし」
ミサトは奥の手を使った。ネルフの権限は一般人にも有効である。
「・・そうですね、確かにそうなんですよね。でも、権力によって人を動かすには、それなりの力というものが要ります。それが、経済的な力なのか、論理的な力なのか、感情的な力なのか、思想的な力なのか、文字通りの力なのか、それは知りません。ネルフの持つ最大の力は、NN兵器ですらも通用しないATフィールドを展開できるエヴァンゲリオンです。そして、そのエヴァは、僕達パイロットの意志の元で動くと言う事を忘れていないでしょうね・・」
「そ、それは、」
まさかシンジがそんな事を言うとは思わなかったと言うよりも、シンジに教えられる事になるとは思ってもいなかったミサトは汗を流した。
「僕達を、エヴァに乗せるために監禁する事も、無理やりエントリープラグに入れることも出来るでしょう。でも、使徒と戦う事を強制する事は出来ないんですよ。むしろ、余り、無茶をすると、使徒以上に厄介なものになるでしょうね」
「ぐ〜〜〜〜」
「そして、それを無くす為に薬を使ったり、洗脳や催眠を使用した場合、エヴァとのシンクロに重大に支障が発生し、大幅な戦力低下、場合によっては、暴走によって本部施設の崩壊も想定される。」
ミサトは頭を抱えて、反撃の手を考え込んだ。
「シンジ、アンタが本当にそれ考えたの?」
「いや、綾波に教えてもらったんだ。ミサトさんのせいでしなくても良い用意をしちゃったからね、」
「でも、いい気味ね」
二人は悩みこんでいるミサトを放って、夕食を済ませた。


10月20日(火曜日)A.M.10:02、第3新東京市国際空港ターミナルビル屋上
シンジとアスカは沖縄に旅立つ飛行機を見送っていた。
「2度と帰ってくんなー!!」
アスカの叫びはケンスケやトウジに向けられたものだった。
二人は、二人からかなりの厭味を言われていた。


10月22日(木曜日)A.M.10:00、ネルフ本部保養施設室内プール、
レイは水着に着替えてプールサイドに来た。シンジは着替えずに、プールサイドで勉強をしている様だ。
レイが1番コースの飛び込み台に乗った時に、アスカが水着に着替えて更衣室から出てきた。
飛び込こみ背泳ぎを始めた。
(水の中は気持ち良い・・・)
シンジとアスカが何かを話している。
「何、この幼稚な問題」
「・・・中学の問題なんだから当然だろ」
「ふ〜ん、三角錐台の体積か、簡単じゃんこんなの」
アスカは直ぐに計算式を書いた。
「流石だね」
レイは50メートルを泳ぎ切ると折り返した。
数回往復して水から上がる事にした。
その時、丁度アスカが1.4メートルしかないプールに酸素ボンベなどをつけて飛び込んだ。
レイはプールサイドに置かれている椅子を倒してそれに寝そべって目を閉じた。


その頃、浅間山火山活動調査所。
浅間山の火口の中に不信な影があるという報告を受けて、ミサトは日向を連れてここに来ていた。
「観測機降下開始」
・・・
・・・
「深度650」
「深度700」
「已然反応無し」
・・・
「深度1800」
「もう限界ですよ。」
「壊れたらウチで弁償します。後500お願いします。」
主任が小さくガッツポーズをした。
「深度1850」
「反応がありました、分析開始!」
日向が叫んだ。
・・・
反応が消えた。
「大破しました」
「どう?」
「ぎりぎりですが間に合いました。パターン青です。」
ミサトは所長の方を振り返った。
「以後、この件に関する一切の指揮権はネルフが取ります。尚、過去24時間の一切の情報を封鎖します。」
一般職員を退室させると日向は直ぐに映像などの分析に掛かった。
「・・・葛城さん、これを」
モニターには使徒の幼体らしきものが映っていた。
「・・・日向君、使徒捕獲の最優先の特令何だっけ?」
「え?確か、A−17だったと思いますが・・・あれは、」
「そっ、ありがとね」
笑顔で礼を言いミサトは電話を掛ける為に部屋を出て行った。
ミサトに恋心を寄せている日向は、それだけで舞い上がり、とてつもなく重要な事を知らせ損ねた。


廊下、
ミサトは本部に電話を掛けた。
「碇司令に、A−17の発令を要請して」
『気をつけてください、これは通常回線です』
「分かってるわよ、さっさと特別回線に切り替えなさい」
『しかし、本気ですか?A−17は、』
「分かってるわよ、早くしなさい」
『は、はい』


A.M.11:24、人類補完委員会。
「A−17?こちらから打って出るつもりか」
「使徒を捕獲するつもりか」
「しかし、その危険は大き過ぎるのではないか?」
「左様、セカンドインパクトの二の舞とも成りかねない。」
「生きた使徒のサンプル、これがいかに重大な物であるかは自明の理です。」
「・・・良かろう、だが、失敗は許されんぞ」
「御安心を」
5人の姿が消えた。
「・・・失敗か・・その時は人類は消えているよ・・」
「ああ、失敗しても我々は責任を取る必要は無い、我々も、そして責任を追及する老人達も消えているのだからな」
安心できるか!!聞いていたらそう叫けぶだろう。


A.M.11:30、日本国政府はネルフと委員会からの要請によりネルフ使徒戦における特令第7令、特令A−17を発令し、長野県東部・北部、北関東県西部に戒厳令を敷いた。
A.M.11:32、東京帝国グループはネルフ及び日本国政府の提案及び支援要請を全面的に承認
A.M.11:33、国際連合軍第2方面軍陸上自衛隊及び航空自衛隊、中部・関東部隊浅間山付近に召集
A.M.11:41、ネルフ本部より、大型エヴァ専用輸送機が浅間山に向けて発進


A.M.11:44、東京帝国グループ総本社ビル、屋上ヘリポート。
耕一達を乗せたヘリ編隊が北西に向けて飛び立った。
耕一は東京を見下ろした。
「人類の発展の象徴」
「そうですね。」
耕一の呟きにミユキが同調した。
「吉川、今回の作戦どう思う?」
「裏があると思います。」
「だろうな。S.I.の二の舞を踏むとも考えられん。」
「セカンド、インパクト」
「碇は一体何を考えているのやら・・・」
ヘリ編隊は東京を離脱した。
FAXが届いた。
「・・・A−17は、碇じゃなくて葛城1尉が発案したのか・・・通りでな・・・・・」
耕一は捕獲作戦について考えた。
「・・・吉川、破壊工作を」
「・・・分かりました・・・」


A.M.0:23、浅間山、
上空に大型爆撃機が飛んでいる。
「リツコ、あれは?」
通常兵器が利かない使徒を相手にする爆撃機に搭載されているのは、恐らくはNN爆弾、アスカはリツコに尋ねた。
『航空自衛隊の爆撃機よ』
「・・・手伝ってくれるわけじゃないわね」
『そ、後始末、失敗した時は私たちごと焼き払うのよ』
アスカは爆撃機を睨んだ。


P.M.1:01、浅間山仮設司令本部。
潜水服のお化けみたいな物を着こんでいる弐号機が、ケーブルでぶら下げられ、初号機は火口の直ぐ傍で待機している。
「エヴァぁ両機スタンバイ、どうアスカ準備は良い?」
『いつでも』
「作戦開始!」
ミサトの声で作戦が開始された。
「弐号機、火口内部に降下開始」
碧南は、耕一達に気が付いた。
「葛城1尉、統監がお越しになられましたけれど。」
ミサトは、耕一達の方に歩いて来た。
「どうしてこんな所まで?」
「碇が何を考えているのか知りたくてな、もし、ここで失敗すれば、S.I.の二の舞だからな。」
耕一はミサトが発案者である事は知っていたが、碇が何故許可したのか知りたいのも事実だったが、そんな事はミサトには分からず、セカンドインパクトの略に表情を曇らせた。
「吉川、命令書を」
ミユキは、命令書を取り出した。
「現時刻を持って、使徒捕獲作戦の最高作戦権を皇耕一統監が自ら取るものとする。軍事権に於ける統監権の絶対、連邦憲章第258条3項」
「分かりました。」
ミサトは軽く頭を下げ部屋の中央から端に場所を開けた。
「葛城君には補佐を命ずる。」
耕一は部屋の中央に立った。
「深度、800」
「これより、地球連邦統監皇耕一が本作戦の最高指揮を取る。」
『統監が?』
アスカは驚いている。
「そうだ、宜しく頼む」
『分かったわ』
・・・
「深度、1200」
「どうアスカ?気分は?」
『もう最悪、暑い、スーツはべとべとする、おまけに視界は悪い。』
「後、どの位だ?」
「推定では後700ぐらいです。」
「アスカ、作戦が終わったら食べたいのも有るか?」
耕一が場にそぐわないような事を聞いた。
『そうね、かき氷でも用意しといて』
「分かった」
・・・・
「深度、2000、予想敵出現地です。」
『何にも見えないわ』
「予想よりも対流の流れが速いみたいですね。」
「後、どの位行けますか?」
「安全深度まで200、限界深度まで700です。」
「後・・600行く。」
ミサトも頷いた。
・・・・
「深度、2700、限界深度です。」
「アスカ、まだ行ける?」
『まだまだ行けるわ。』
玉のような汗を大量に浮かべ、アスカはかなり暑そうだ。
「作戦続けて」
耕一はミサトをじっと見、視線をモニターに戻した。
「深度、3100、敵予想出現位置です」
『見つけたわ・・・あっ』
「如何した?」
『プログナイフを落としちゃったの』
「接触のチャンスは一度よ。」
「いや、駄目だ、持たん、ケーブルリバース」
「え?」
「早くしろ!」
「は、はい」
耕一の怒号にすぐさまオペレター達が操作をした直後、鈍い音が聞こえた。
「アスカ!どうしたの!?」
『スーツがもうちょっとで壊れる所だったわ・・・強化ガラスに罅が・・・』
「シンジ、引き上げを手伝え」
『はい』
初号機がケーブルを手繰り寄せた。
「さて、どうするかな」
「統監、策も無しに中止を命じたんですか」
「危機回避だ、葛城君、君は何か優先順位を間違えていないか?今、弐号機を失う事が今後の使徒戦においてどれだけの痛手になるか、特に、実戦の経験は少ないとは言え、最優秀のセカンドチルドレンもいっしょなのだぞ、」
「しかし、使徒が捕獲できれば」
「リツコ博士、破損は?」
「ぎりぎりですね・・捕獲していれば確実に潰れていました」
「と、言う事だ。」
ミサトは悔しさで俯いた。
「第1パイプに異常発生!」
「第3パイプにも亀裂が発生しています!」
『な、何よ〜!!!』
「いけないわ、このままじゃ、持たない」
耕一がミユキを睨みミユキは慌てて首を振った。
「アスカ!!」
『アスカ!!』
「第4パイプ断裂!」
「第2パイプも切れました!!」
そしてケーブルが全て切れた。
『きゃああああ!!!』
「ん?弐号機が落ちないぞ」
「どうしたんだ?」
河口からのカメラに、ゆっくりとマグマから上がってくる初号機の姿が映った。
「とっさに飛び込んで、助けたわけか、やるじゃないか」
ミサトは再び俯いた。


ミサトはシンジとアスカも降りて待機を命じようとしたが、耕一が、二人も作戦会議に出席させた。
「さて、先ずは、葛城君、戦闘は、司令室ではなく、戦場で起こっているということを忘れないように、あるいは、自分が戦場にいるとでも錯覚しているのかな?」
ミサトは俯いた。
「リツコ博士」
「はい・・」
リツコはアスカとシンジの目の前に置かれたかき氷に一瞥を加え、こめかみを押さえて、報告を再開した。
「現在、使徒は、ゆっくりと成長を続けています。先ほどの弐号機のセンサーによる分析から、使徒の繭は、ATフィールドの一種と考えられます。」
「ふむ、予想される孵化は?」
「本日午後5時前後1時間と予想されます」
「葛城君、君の新案は?」
「・・・D型装備の修復及び、補強で再び弐号機により、地上にまで引き上げる。間に合わないならば殲滅」
「・・・アスカ、どうすれば良いと思う?」
アスカはスプーンを口に咥えながら考えた。
(D型装備で耐えられないとなると・・・エヴァで接近するのは不可能・・・ATフィールドを破るには・・・NN爆雷を使うか)
「NN爆雷を、使徒の周囲に投下、NN爆雷のエネルギーの拡散を、エヴァのATフィールドで遮断、宇宙へ逃がす」
「うむ、良い作戦だ。シンジはどう思う?」
ミユキも頷きアスカは笑みを浮かべた。
「えっと、アスカの作戦だけど、今、エヴァは2体しかないから・・あの、その」
アスカはシンジを睨んだ。
「うむ、解決したな、リツコ博士」
「・・はい」
ミサトは舌打ちをした。
「・・日向君、零号機をウイングキャリアーでこっちに持ってきて」
「しかし・・・まだ装甲の取り付けが完成していませんが」
「装甲は要らん、ATフィールドだけで十分だ」
「はい」
「3角錐台?」
「そうね」
耕一は大きく息を吐いた。
「葛城君、君は、エヴァに拘り過ぎだ、エヴァ以外でも倒せるならば危険性の少ない方を選べば良い、一つの事に拘り過ぎると周りが見えなくなり、自滅する。戦場を主観で判断する役目は彼らに任せれば良い、君の仕事は、客観的視点から戦場を見、そして、最善と思われる指示を出したり、作戦を立案する事だ。分かったかね」
「・・・・・はい・・・」
「アスカ、君の仕事は?」
「・・・使徒の殲滅?」
「シンジ、君は?」
「・・・多分、同じかと」
二人は先の冬月との一件を思い出して答えた。
「大体あっているだろう。だが、目的と手段を間違えては行けない。君達は、人類の滅亡を防ぐ事が、仕事なのだ。そして、今、その目標は使徒である。それだけだ・・・いずれ分かるだろう、人の敵は使徒だけではないと言う事を・・・零号機到着まで休憩とする」
耕一は席を立った。


ロープウェイ、
「何故、捕獲を止めなかった?」
「止める理由が無かったからです」
「はぁ〜、ネルフはいつも綱渡りだな」
「仕方ないですよ」
「あんな使徒、エヴァが出るまでも無い」
「まあ、生きた使徒のサンプルは」
「そんな危険なもの、私は絶対に許さん」
「しかし、そうは言っても、SS機関の事もありますし」
「永久機関か、エネルギーを手に入れるために、人類全てを危険にさらす事は許されん」
「しかし、エヴァのパワーアップも必要でしょう」
「かもしれん、だがな、君に頼んだのは」
「いえ、その先は言わない方が良いですよ」
「ああ、そうだな」
「しかし、国連は慌てていましたよ」
「だろうな、せっかく航空自衛隊の爆撃機が待機していたのに、私がいる以上、投下できないからな、まあ、爆雷をもって来る手間が省けたが」
「ええ」
「しかし、気をつけろよ、6重スパイと言うのはな」
「皆知っていますよ。その上で利用しようとしている」
「そうか・・・・だがな、」
「その話はしない約束ですよ」
「そうだったな・・・・加持、リョウジ君」


P.M.4:22、仮設司令本部、
レイが到着した。
「随分遅かったわね」
アスカがレイを睨みながら言った。
「ああ、レイは今日は、実験を担当してもらってたから」
リツコがレイを弁護した。
「実験?何の?」
ミサトはそんな事は聞いていなかったので尋ねた。
「プラグ関係よ」
「そっ、まあ良いわ、いつ孵化するか分からない状況なので、直ぐに火口で待機してもらいます」
「「はい」」
「・・了解・・」


そして、NN爆雷によって殲滅、エネルギーは、ATフィールドによって遥か上空に逃がされた。
「・・・初めからこうすればA−17なんか必要無かったのにな・・・」
ミサトは自分の作戦が完璧に否定され悔しさに身を染め拳を握り締めていた。
「葛城君、」
「・・・はい」
「君の仕事は何だね?」
「?・・・作戦指揮ですが?」
「その作戦とは何だね?」
「エヴァぁを」
「違う」
耕一は言葉を遮って否定した。
「え?」
「決して、使徒に負けない、延いては勝つ為の作戦だ」
「?」
「まだ分からんのか・・・その為に必ずしもエヴァを使う必要は無い、むしろ、第伍使徒戦や今回の様に、いきなり切り札であるエヴァを投入して、危機に曝している。君の仕事はエヴァで使徒を倒す事ではない。だからこそ、ネルフには数多くの特令が認められているのだ。」
分かってはいるが、使徒への復讐の為には、自分の指揮で自分の駒たるエヴァとチルドレンを以って使徒を殲滅せねば、自分の気は収まらない、
「それとも、エヴァに拘るのは勘違いではなく、自分の駒たるエヴァで使徒を倒さなければ気が済まないのか?」
「・・そ、それは・・・」
図星を指されミサトはどもった。
「エヴァが大破した時の被害は、一国の予算に匹敵する。君は、悪戯に、多くの民を殺し、そして、自分の家族まで殺すつもりかね」
耕一の言葉はミサトの胸を抉った。だが、それで終わりではなかった。
「A−17、その意味が分かっていて発動を要請したのかね?」
「・・どう言う意味でしょうか?」
「今回、日本政府は、規約違反をしている。」
「なんですって!?」
ミサトは又ふざけやがってっと怒りを顕にした。
「・・・ほら、何も分かっていない」
耕一はミサトを馬鹿にしたように言ったが、その意味が分からないので首を傾げた。
「A−17は、使徒捕獲を全てに優先する為に、現有資産の凍結、ネルフ権限による無条件徴収、更には、それに抵抗、若しくは妨害した場合、死が与えられる。」
使徒捕獲を最優先事項とする際の特令としか記憶していなかったミサトは目を大きく開いた。
「本来ならば、日本全国に発動されるはずだった。もし、そうなったら、如何なる?」
「如何って・・」
「日本の1日当たりのGDPは、いったいどれだけの額か知っているのかね」
ミサトは大学受験の時の記憶を手繰り寄せたが、使い物になるはずが無いと分かり諦めた。
「東京まで合わせれば、1日で国際連合の年間予算を超える。それだけの信じがたい被害を一方的に食らわなければ行けないんだぞ、」
それはエヴァ大破を大きく超える被害であり、ミサトは空を仰いだ。
「今回、我々も日本政府も動いたにも関わらず、方々から一方的に徴収された予算は、莫大なものだ。経済被害も、巨大都市は外したとは言え、長野、前橋、高崎、上田等の大都市の経済停止、高速道路を初めとする道路交通、新幹線を初めとする鉄道交通の停止は、周辺地域にどれだけの被害を与えたか・・・」
それは、自分の作戦の裏側でネルフが特令の名の元に略奪を行ったと言う事である。
「そして、倒産するであろう企業数は1万社以上、失業者は、400万人近い、そして、その失業者には養う家族がいる。いったいどれだけの自殺者が出るか、更に、病院まで閉鎖された為に、治療が出来ずに死亡した人数も1000人はくだらない。そして、各地の証券取引場で、日本企業の株価が大暴落し、連鎖反応的に各国の主要株価が下落している。・・・・セカンドインパクト期、経済の崩壊によって出た犠牲は、直接の犠牲を遥かに桁外れに上回っていた事を忘れたとは言わせない。」
ミサトは以前リツコに言われた言葉を思い出した。
「東京リサーチグループは、A−17の発令による死者は、25亥人と試算している。」
「なっ!!!」
その地球の総人口の数十億倍の数はミサトを心底震えさせた。
「まあ、これは、本来の発動時のものだが、今回の規模でも、1億はくだらないだろう」
その殆どは、国際社会でも発言力も影響力も無く、貧困に飢えた国の国民である。
「使徒を倒し、皆を護る。それは大義名分となるのか?こんな馬鹿らしい作戦一つでそこまでの人々を殺しても」
ミサトは何も言い返す事が出来ずに俯いた。
「しかし、使徒を放置して良いわけではない」
それは当然の事である。しかし、今、ミサトは余りの事に半分放心していた。
「葛城君」
「あ、は、はい」
「使徒と戦う、それは、無数の十字架を背負いながら、退く事も許されず、未知の敵と戦い続けなければ行けない戦い。少なくとも、それだけは理解してくれ、それだけで作戦は変わるはずだ」
「・・・・・・はい・・・」
耕一は軽く目を閉じた。
「・・・今回の事の処理は私に任せなさい。被害は、100万人以内に押さえる。」
それでも100万人・・・ミサトは顔を上げ耕一を見た。
「・・・ヤシマ作戦の時と同様、私の個人資産の放出と、東京帝国グループの臨時雇用、大幅投資や援助でかなりの部分は対応できる。だが、今回は特別だ。」
以前のミサトの作戦、ヤシマ作戦も凄まじい被害を引き起こすところだったが、それを、耕一に助けられていた事を初めて知った。
「・・・・・有り難う・・御座います・・・」
ミサトは深く頭を下げた。


あとがき
さて、加持がユイに一応、恩がある事が判明しました。はてさて、レイのレベル凄いですね。
前回は、ミサトがアスカを責めまくりましたが、今回は、耕一がミサトを責めました。
しかし、本編でも、使徒捕獲を提案したのは使徒に復讐したがっている筈のミサトで、ミサトが生きた使徒のサンプルの重要性を理解しているとは余り思えないし、何故あんな作戦になったんでしょうか?
疑問に思っているところです。


次回予告
加持の妹の墓をアスカは加持と共に参る。
第3新東京市全体の電源が落とされ、本部に辿り着く事すら困難となるチルドレン。
そんな中、使徒は殆ど無抵抗で第3新東京市に達する。
チルドレンは侵入者達と出くわし戦闘となる。
絶望的状況下での使徒戦、勝つ事は出来るのか。
次回 第拾伍話 静止した闇の中で