背徳 逆行編

◆第6話

第3新東京市立第壱中学校2−A、
シンジはヒカリの暗い表情を見て今まで感じていた違和感に気付いた。
(どうしたの?)
(トウジがいないんだ)
(・・・確かにそうね・・)
「・・・あれは、参号機によるものだったのか・・・」
(・・拙いわね・・)
シンジの把握できる外で色々と動いている。
「・・・もう直ぐだな」
サハクィエル戦の事を思いだしながら、シンジは遥か空の向こうを見詰めた。
突然、レイとシンジは凄まじい精神衝撃波を食らい気絶した。


ネルフ本部、某所、
モニターに第2支部消滅の映像が映っていた。
「・・完全に消滅しましたね」
「良く分からないものを使うからよ」
マヤは涙ぐんでいた。
「・・・先輩・・・ぐす・・・」


第3新東京市立第壱中学校保健室、
二人をベッドに寝かせたのはアスカだった。
アスカは椅子に座って二人が目を覚ますのを待った。
「・・・シンジ・・・レイ・・・」
アスカは二人の頬を撫でた。
「・・来たわね・・」
アスカは鞄からアサルトライフルを取り出し、鞄を肩にかけ保健室を飛び出した。
廊下で銃撃戦が始まった。
「ゼーレね、鬱陶しい羽虫が!」
30秒もせずに10を越える死体が出来あがった。
アスカはそのまま外に飛び出した。
外でも、ネルフ保安部との銃撃戦が起こっていた。
シンジにぶちのめされないように距離を置いて警備をしている為に数が増えているのが幸いしてまだ持ちこたえているようだ。
学校中がパニックになっている。
アスカはレイには劣るもののオリンピックでも金は間違いなさそうなほどの精度で次々に刺客を撃ち抜いた。


ネルフ本部、総司令執務室、
「なんとしても防衛しろ!」
冬月が受話器に向かって叫んだ。
「対人部隊を向けろ」
ネルフとゼーレ、最終目的は異なる為、最後で必ず対立する。
碇にとっては、その時には、シンジは諸刃の刃ではあるが、そのくらいのリスクを負わなければ、ゼーレに勝つ事は至難の技である為、シンジに対する対応が未だに微妙なのに対して、ゼーレにとっては100%邪魔な存在であるため、ゼーレの方が先に決断したようだ。
そして、シンジよりも、レイをゼーレに抹殺されては計画は崩壊してしまう。


第3新東京市立第壱中学校、
比叡などの超1流の者以外全てやられてしまった。
取り敢えず数だけは用意したと言う、1流崩れや2流の人間では壁以外に役に立たない。
既に数は7人である。
只、偶然、マルドゥックに関して調査を行っていた加持が含まれていた事が非常に大きい。
そして、もう一つ、アスカの活躍が、
アスカは扉の影から狙いをつけている。
比叡が銃弾を受け流血しながら中に転がり込んできた。
「大丈夫!?」
「・・それよりも・・チルドレンを・・・セカンド?」
比叡はまさか加持かと思っていた自分達を凌ぐ味方が護衛対象のアスカだとは思わなかったようで、非常に驚いている。
加持が走りこんで来た。
「加持さん!比叡さんを!」
「ん、ああ」
加持は比叡を担ぎ、アスカがライフルを乱射しながら保健室まで後退した。
やはり加持も、アスカについて驚くと同時に疑問に思ったようだ。
刺客達はミサト率いる作戦部戦闘課の対人部隊出撃と共に逃げた。
アスカは激しい運動をし過ぎて肉体にかなりの負担があったのか、かなり激しい息をついている。
「・・・アスカ、聞かせてくれないか?アスカがここまでの能力を持ってるとは初耳だぞ」
加持は比叡の怪我に応急手当をしながら尋ねた。
その行動が落ち着いているのは、対人部隊の出撃と共に刺客が逃げ、そして、その部隊の到着には今しばらく時間が掛かると言う事を知っている、多重スパイだからこそだろう。
アスカはにっいと笑みを浮かべた。
「・・女には、一つや、二つ、人に言えない、事だって、あるわよ・・・」
「・・そうか、俺にも話せない事か?」
「・・・・この戦い、最後まで・・生き残ったら・・・・教えるわ・・・・」
アスカは気を失った。
ミサトが率いる対人部隊が突入してきたのはその1分後だった。


3日後、ネルフ本部、総司令執務室、
目を覚ましたシンジは召還された。
「さて、今回の一件は聞いたと思う」
シンジは舌打ちをした。
「今回、レイやセカンドに付いている護衛がいなければ、大変な事に成っていたところだ。護衛の重要性は理解したかね?」
シンジは目を閉じた。
「・・・分かりました。」
「そうか、では、今後、サードチルドレン班の者が護衛につくが良いね」
「・・・はい・・」
護衛ではなく監視である。
「で、前回の交渉からずいぶん経っているが、もうねた切れかね」
「・・・いえ、そう言うと思い、持ってきました。」
シンジは大きな封筒を取り出した。
「・・・第拾壱使徒イロウル、第拾弐使徒レリエルの詳細なデータです。」
シンジは書類を二人に見せた。
其処には、両使徒の特徴、殲滅方法が書かれていた。
二人は余りの事に驚いた。
今までの使徒とは全く違う。
「・・・勿論、本物です」
概略を覚えられる前に引っ込めた。
「・・・ユイはここまで解いていたと言うのか?」
「恐らくは、今までの使徒もありましたから」
「これからもあるのかね」
「ええ、ですがそれは又今度と言う事で」
警報が鳴った。
『司令、インド洋上空で第拾使徒を確認しました』
「・・サハクィエルか・・おっと、条件を忘れるところでした、条件は、作戦部長の首の挿げ替え」
遂に来たかと冬月が反応した。
「・・・いったい誰にするつもりかね」
「・・加賀タケル・・聞いたことはあると思いますが」
防衛事務次官、愛国精神が有り過ぎる暴走気味の男である。
「何故だ?」
「・・彼は優秀です。」
優秀だ。比類なきほどに、だが、普通の組織にとっても危険人物である男をこんな組織の幹部にしてしまったら、危険等と言った言葉では済まない。しかも、日本政府に情報がオンラインで流れる。
先にあったロボット兵器の開発に少年少女を劣悪な環境下に閉じ込め兵器として使おうとしていた事がばれ、戦自上層部の首が殆ど飛んだ後に入った男である。ゼーレとの繋がりは無いと思われるが、損得勘定で動かない人間なだけに難しい。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「仕方有りません、」
シンジは資料を封筒に納めた。
「頑張ってください、こんな特殊な使徒はちょっとやそっとでは、どうにもなりませんよ」
「・・暫く考えさせろ」
「分かりました。」
シンジは執務室を出た。


待機室、
シンジとレイは紅茶を煎れて時間を潰していた。
レイ特製のブレンドティー、最近のシンジのお気に入りである。
「綾波、上手くなったね」
レイはほんのり頬を赤く染めて微笑んだ。
「じゃあ、会議に行って来るよ」
「行ってらっしゃい」
レイは笑顔でシンジを送り出した。
まるで新婚・・・いや、新婚か・・・


作戦会議、
シンジは考え込んだ。
参号機は出来ているはずなのだが、戦力に入っていない。
それどころか作戦部の人間は知らないようである。
(どう言う事だ?)
マヤが開発したスペースエヴァ装備はまだ1機分しか製造されておらず、今回は使用は見送られた。
「エヴァで受け止めましょう」
一応まだ作戦部長である葛城准尉(出席者で役職は一番上、階級は一番下)
「しかし!」
「無茶です!」
「碧南2尉、」
「・・えっと、作戦成功率は・・・0.98%です」
刺すような視線がミサトに集まった。
(無能者)
(愚か者)
(さっさと辞めろ)
(ふん、いい気味だ)
「・・・そうですね。それで行きましょうよ」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
「僕が、遠距離からコアを撃ち抜きます。その後の残骸を受け止めましょう。ATフィールドさえなければ何とか成ると思います。」
碧南は新しくデータを撃ち込んだ。
「・・・68.7%です。」
「どうですか?」
改めてシンジの優秀さを思い知らされた面々である。
ミサトは一応自分の案は採用されたが、結局のところ、自分の指揮で、使徒を倒しているとはとても言えない・・・無力感に襲われていた。


食堂、
ミサトが一人コーヒーを飲んでいた。
アスカがやって来た。
「あら?ミサト、ビールじゃないんだ」
「・・チョッチね・・」
ミサトはアスカの方を振り向かずにジオフロントを眺めたまま答えた。
「聞かせて欲しいな、ミサトがネルフにいる理由」
アスカはミサトの正面に座った。
「・・・・」
「ねぇ、」
「・・・そうね・・・私が、セカンドインパクトの生き残りだってのは知ってる?」
ここで、何を言っているのかと馬鹿にすれば知らないと言うことである。
「・・・葛城調査隊ね・・」
「・・ええ・・・私は・・・父をセカンドインパクトで、失った・・・あの・・第壱使徒アダムによって・・・」
アスカは目を閉じミサトの独白に付き合った。
長い語りだった。
セカンドインパクトの前の家庭事情、南極での出来事、失語症(確かに言語障害かも知れないが、正しくは失語症ではない)に陥っていた時の事、第1次セカンドインパクト調査団で碇に言われた事、復讐の決意、第2東京大学での事、加持との事、ゲヒルン時代の事、松代実験場での事、そして、ネルフ本部での使徒戦の事・・・
「・・・ミサト・・・」
「でも・・・今、私の指揮で使徒と戦っているなんて状態じゃない・・・私はネルフにいても意味が無いのかもしれない・・・」
「ここ、良いかね」
冬月が来ていた。
「どうぞ」
アスカは椅子を引いた。
「良い事ではないが、立ち聞きさせてもらった。葛城君、そんなに悩んでいたのかね」
ミサトは無言で頷いた。
「・・・そうだな、暫く、ネルフを離れてもう一度考え直してみてはどうかね」
「・・・ネルフを離れて・・・ですか・・」
「ああ、」
「そうね・・・、一旦離れて見詰め直すのも良いかもしれないわね」
アスカも薦めた。
「・・・作戦部長の席だが、代理を立てるが、そのまま空けておく、見詰め直し、決意が固まったら戻ってくると良い、給料だが、全額とはいかんが部分は支払わせるようにしよう」
「・・・・有り難う御座います・・・」
ミサトは深く頭を下げた。


そんな深刻な話が行われていた時、一方の、シンジとレイは、何をしていたかと言うと、
待機室で、レイに膝枕をして貰いながら、耳掃除をしてもらっていた。
「はい、反対向いて」
シンジは身体を反対に向け、レイは逆側の耳を掃除し始めた。
・・・
・・・
「はい、終わった・・あら?」
シンジは安らかな寝息を立てていた。
「ふふふ」
レイはシンジの頭を撫でた。


地上、
初号機を中心に、直線状に配置されていた。
シンジはスナイパーバイサーを掛け、遥か上空の使徒のコアを狙っていた。
投合用のプログランスで有る。
似た形状のソニックグレイブよりも投合のみに特化された武器である。
取り敢えず用意できた7本と、一応プログナイフ31本を用意してある。
初号機は軽く助走をつけ、遥か上空に投げ上げた。
ATフィールドでコーティングされたプログランスは空気抵抗がほぼ0のまま一直線に使徒に向かって飛んで行った。
『・・外れました。』
コアの少し右を貫いていた。
初号機は元の位置に戻り第2投目を投げ上げた。
結局第6投目でコアを貫き殲滅した。
次は残骸を受け止める段階である。
マギの誘導に従い3体のエヴァが落下地点に集まった。
ATフィールドを失い空気抵抗によって減速し、尚且つ摩擦によって燃え火の玉と成って落下して来ている。
3体のエヴァはATフィールドを共鳴させ残骸を受け止めた。


翌日、総司令執務室、
マヤが召還されていた。
「本日付けで、伊吹博士を技術部長、2佐とし、E計画最高責任者とする」
「あ、有り難う御座います!」
マヤは頭を下げた。


シンジの家、
ミサトがネルフを離れたと言う報が届いていた。
「う〜ん、漸くかって感じだね」
「ええ」
レイもあんな無能な指揮で戦わずに済む事をほっとしているようだ。
「まあ、これで、ミサトさんも復讐から離れてくれるし、良い方向に向かってくれるだろ、餌は巻いたし、そろそろマヤさんを引き込もうか」
「ええ」


翌日、ネルフ本部総司令執務室、
加賀タケル幕僚長とシンジが立っていた。
「加賀君、君には、作戦部長代理を務めてもらうことに成る。それと給与はそのまま維持するが、一応階級は、それに合わせて、技術部長と同じ2佐とさせてもらって良いかね」
「冬月副司令殿!」
「な、なにかな?」
「階級や給与などに拘っている場合ではないでしょうが!国家の危機なのですぞ!今こそ、全ての意思を統一し!」
「加賀さんちょっと落ち着いて、一応とは言え形式だけはしないと他の人が」
「う、うむ、そうでした。取り乱してしまいまして済みません。」
人類の危機ではなく国家の危機と言い切る辺り、どうも・・・
「では、それで、良いと言う事だね」
「お待ち下さい、私の給与は下級士官と同額で結構です。その差額は、被災者救済に当ててください」
「うむ、分かった。そのように取り計らう」
「では、私はこれから各部署を回りますので、失礼します。」
加賀は一礼して執務室を出て行った。
「・・・シンジ君、本当にあの男で良いのかね?」
シンジは答えなかった為、冬月は汗を掻いた。
「・・・まあ・・・あの、約束通り、これ、渡します」
シンジは資料を渡した。


数時間後、全館の一斉捜索が行われ、侵食が発見され、プラズマ処理された。


伊吹研究室、
シンジはマヤの研究室を訪れた。
「シンジ君、何かな?」
「えっと、ですね。補完計画に関してどのくらい知ってます?」
マヤの表情が変わった。
「・・・消えた伍号機も含めて、量産機は、戦闘用ではなく、補完計画の為に作られる呪術用の機体だとは聞いたけれど・・・」
「補完計画の真実、知りたくありませんか?」
「え?」
「人類補完計画って、一度、最後まで組みたてられてるんですよ。たった一人の天才の手によって」
「そんな、信じられないわ」
「いえ、事実です。その人物のレベルは桁が違いすぎた。死海文書の解読、解析、SS理論の補完とSS機関の原型の設計、決戦兵器エヴァの開発、補完計画の原型の構築、全てを僅か4年でやり遂げたのです。」
マヤはその人物が思い当たった。
「碇ユイ、母です。」
「母は、人が持つには余りにも大き過ぎる力であるそれらを封印しました。しかし、消しはしませんでした。いずれ、人が扱えるようになった時に大きな福音となるために、」
「母は、ゼーレと言う暗黒組織を根底から消滅させる計画を練りました。しかし、その計画は実行される事はありませんでした。母は、万能でありました、しかし、全能では有りませんでした。たった一つ、自分の夫である碇ゲンドウを読み違えていました。」
「父は、母の計画を抹消し、母が封印した補完計画を再構成し様としています。11年もの年月と世界最高クラスの頭脳を集結させても、未だに未完成です。人類補完計画とは、1から作り上げているのではなく、母が作り封印したものを拾い集めパズルを組みたて解読し、そして、実行に移す計画なのです」
「・・・」
「僕は母のマスターディスクを持っています。人類補完計画の真実、知りたくは有りませんか?」
「・・・興味は・・あるわね・・・」
「概要です」
シンジはファイルをマヤに渡した。
「大きな流れしか書いてありませんが、何が起こるか、そして、何が犠牲に成るか、そして、得られるものは何かは分かるでしょう・・・この計画を潰したければ、今夜、私の家まで来てください」
マヤは肯定も否定もしなかった。
マヤに渡したものは、後にマヤが作成した、キャンセルされたサードインパクトと補完計画の概要に改変を加えた物である。


夜、シンジの家、
「・・・お邪魔します・・・」
シンジはマヤをリビングに案内した。
「シンジ君・・」
「分かりました。綾波」
レイは資料の束を持ってきた。
かなりの時間を掛けて、マヤはそれらに目を通した。
「・・・どうですか?」
「・・・これが、補完計画だなんて・・・」
「赤木博士親子に、葛城親子、惣流親子、皆、ゼーレと奴に利用されていたんです」
マヤは涙を零して補完計画の最大の被害者となるレイに頭を下げた。
「・・マヤさん、顔を上げて」
マヤは驚いて顔を上げた。レイが名前を呼ぶなどと、それは、レイがマヤを受け入れた顕れである。
「協力して欲しいの」
「・・・分かったわ、私に出来る事だったらなんでもするわ」
マヤは涙を拭いながら笑顔で答えた。
それに対してレイは正に純粋無垢な最高の微笑みを浮かべた。
ここに、初めて協力者が誕生した。

あとがき
遂にミサトに暇が出ました。
当然の事ですが、シンジがマヤに伝えた事は嘘が多分に混じっています。潔癖症のマヤにはシンジ自身裏に深く関わった経験があるなどとは知らせるわけには行きません。
あと、加賀タケルですが、同名の人物が文明の章第2部第4節に出てきますが、性格は全然違います。別人と考えても結構です。