背徳 哀悼編

◆中編

サードインパクトの日が近付いている。
忌まわしい記憶・・・そして、今尚続く地獄、レイが消えた日、シンジが変わった日・・・・いっそのこと全てを投げ出したくも成る。
この時期は裂かれた腕が痛む・・・レイの力によって・・・いや、犠牲によって、元に戻っている筈なのに・・・
アスカは夕闇の中、公園のベンチに腰掛けていた。
その表情は精神的にもはや限界が近付いている事がありありと表れている。
「・・・惣流アスカラングレー君だね」
「・・そうよ」
アスカは男の声に相手の顔を見ようともせずに答えた。
「ここ、良いかね」
「・・ええ・・」
男性はアスカの横に座った。
「・・・セカンドインパクトに始まる一連の事件は、一人の女を奪い、一人の男を狂わせた・・・・そして、その結果のサードインパクトは、二人の女を奪い、二人の男を狂わせた・・・」
アスカは黙って聞いていた。
「・・・君までもが破滅する必要は無い。彼の分も私が受け持つ、狂うのは私一人だけで良い・・・」
アスカは男性の顔を見た。
東京帝国グループ総会長皇耕一。
「彼を戻してやってくれ、」
「・・・でも・・・」
「君がどんなに辛くてもそれを乗り越えられるのならば、彼は一応戻るだろう」
耕一の言葉に僅かな希望が生まれた。
「・・・何をすれば良いの?」
「耐えられるか?」
「何に?」
「大きな罪だ。恐らく、君にとってこれ以上の背徳行為はそうは無いと思う。」
アスカは暫く考えた。
「・・・・それで、シンジは救えるの?」
「一応な・・・心の穴は完全には埋まらないだろうが、医学的には正常になるだろう」
「どうすれば良いの?」
耕一は薬を取り出した。
「これを彼に飲ませれば良い、方法はできれば単体がいいが、それがだめならば料理に混ぜても良い」
「・・・背徳行為って言うのは?」
「・・・裏切りだろうな・・・」
「裏切り?」
「判断は任せる。」
耕一は立ち上がり、立ち去ろうとした。
「アタシへの仕事は!?」
「あれは、彼への報酬だ。後、60年間、払い続けられる。仕事を続け様が止め様がどちらにせよな・・・」
耕一は公園を出て行った。
「・・・裏切り・・・」
アスカは耕一から渡された薬をじっと見詰めた。


その後数日間、アスカは料理を作るたびに、薬をじっと見詰め、その意味を考えていた。そして、入れるかどうか迷っていた。
そして、結局サードインパクトの日まで後2日となった日の夕食に薬を混ぜた。


その夜、突然変化が現れた。
シンジがもがき苦しみ何度も吐いた。
「シンジ!!」
まさかあれは毒薬だったのかと、耕一の姿を思い浮かべ猛烈な憎しみをぶつけた。
「うがああああああああ!!!!!!」
一際大きな絶叫の後、力を失い倒れ伏した。
「シンジ!!」
息はある。
・・・口の中に何か・・・
アスカはシンジの口を開けた。
すると、赤い珠が転がり落ちた。
「・・・これは、コア・・・」
使徒達が持っていたコアの小さい物だと直ぐに分かったようである。
アスカはコアに手を伸ばした。
手が触れた瞬間アスカの中に信じがたいまでの孤独、絶望、悲しみ等の様々な感情が流れ込んで来た。
「きゃああ!!」
直ぐに手を離した。
「・・・これ、まさか、レイの・・・」
恐らく間違い無いであろうとは思っていたが・・やはり、レイは使徒・・・
だが、それに関しては哀れみに近い感情しか生まれなかった。
「・・シンジはこれを体の中に?」
触れただけであれだけの目に会ったのだ、体内にあったとしたら・・・
「・・シンジ・・レイ・・」
コアはシンジから引き離さなければ成らない。
そうしなければ、何も変わらない。
アスカはコアを手に取った。
「う・・」
涙が大量に零れた。
「これは、レイの悲しみ・・くっ」
アスカは流れ込む物凄い感情を堪え、立ち上がり、のろのろと部屋を出た。
周囲を見まわした。
開拓団地は、ここ以外は無人・・・


4つほど離れた棟の402号室に隠すことにした。
アスカはコアを部屋の中央において、脱力し、その場にしゃがみ込んでしまった。
「・・・レイ・・・・」
アスカはその夜、その部屋で一夜を過ごした。


翌朝、部屋に戻ると、先ず、嘔吐物などの始末をして、シンジをベッドに寝かせた。


夕方になった頃、シンジが目を覚ました。
シンジの目は最近の空ろな目ではなく、復讐に駆られた時の恐怖の目でもなく、サードインパクト以前の時の優しい目に戻っていた。
シンジは部屋を見まわした。
「・・アスカ・・・綾波は?」
シンジの言葉を聞いたのはいったいどのくらい前だろうか、思わず涙が溢れてきた。
「・・・綾波がいないんだ・・・」
「レイは・・・」
アスカは続きを言おうとして言葉に詰まった。なんと言えば良いのか・・・
「綾波がどこにいるか知ってるの?」
アスカは首を振り、胸が締め付けられるような感触を覚えた。
「・・・そう、じゃあ、探さなきゃ・・」
「・・・そうね、でも、今日はもう遅いから、明日にしましょ」
シンジは窓の外に目をやった。
「そうだね、それに、綾波が自分で戻ってくるかもしれないし・・・」
シンジは立ち上がってキッチンの方へ歩いて行った。
「シンジ、何を?」
「夕飯作らなきゃ、」
軽い笑みを浮かべて、アスカが固まる中、仕度を済ませ料理を始めた。


食卓には、3人分の食事が上った。
決して帰って来る事の無いこの部屋の主である蒼銀の髪の少女の分まで・・・

あとがき
前中後編になりました。
一応とは言え、シンジ復活・・・
この話に関しては多くは語らない事にします。