シンジは色々と情報を集めて、考えていた。 リツコは碇の元におり、恐らくは、シンジが知っていたリツコと大して変わっていないと思われる。これは冬月も同様である。 対して、ミサトは色々と異なっているようである。どう変わっているのかは、これから見極めていく必要がありそうであるが、どこか納得が行かないところもある。だがそれもまあ仕方が無い、どうやらパラレルワールドに来てしまった様であり、世界が違うのだ。もう元に戻ることは出来ない…この世界で生きていく以上それを受け入れていかなければならないだろう。 そして決して今度は利用される事は無い、必ずや目に物を見せてやる。 「…もう、こんな時間か…」 ふと時計を見るともうそろそろ学校に行く時間になっていたので、鞄を持ちレイラに一言声を掛けてから家を出た。 学校では、依然としてシンジとその他の者との間には一枚壁が存在するような状況が続いており、休み時間も一人でいるだけであり、今も一人でレイラが作ってくれた弁当を食べていた。 相変わらず野菜が中心で肉や魚の類は入っていない。 今度レイラが遅くなるときにでも自分で肉や魚を買って食べるかな?等と考えていたとき、教室のドアが開きレイが登校してきた。 もう怪我は完全に癒えたようで包帯などは全てとれている。 久しぶりの登校だからか、クラスの者がレイについて色々とひそひそ話をしているようだ。 レイがシンジの隣の席に座る… 「こんにちは」 シンジが声を掛けるとしばしの間の後、こんにちはと返ってきた。 「みんな、綾波のことで色々と話しているみたいだよ」 クラスメイト達に一瞥をくれた後その様に言う…対するレイの反応は、軽く見回して口を開いた。 「その様ね…何故?」 「ふっ…そうだね。久しぶりに登校したから何じゃないかな?」 「…そう、」 転校生がレイと会話をしていてしかもそれが成立している…その光景に教室中が異様な雰囲気に包まれていたが、二人とも近寄りがたいこともあり、誰も質問の類をぶつけてこようとはしなかった。 学校が終わった後、二人はネルフ本部にやってきた。 今、ジオフロント降下エスカレーターに乗っている。 「…そう言えば、綾波は零号機のパイロットだったよね」 「…違うわ」 意外な返答に小首を傾げる。そんなはずはないのだが…そんな風に悩んでいると、レイはそれが分かったのかその理由を付け加えた。 「…起動に成功していないわ」 「そうだったね。それで、再起動試験はいつ?」 「…明後日の午後1時の予定よ」 前回は、再起動試験の後ラミエルが襲来した。はっきりとした日付は覚えていないがもう少しあったような気もするが、心構えはしておいた方が良いだろう。 「上手く行くと良いね」 「…そうね、」 少し話が途切れる。シンジはレイにあのメンバーの情報を聞くことにした。 「あのさ、綾波から見て、葛城さんってどんな人かな?」 「…葛城3佐?…時々食事に誘ってくれるわ」 「そっか…それって、綾波がチルドレンだからかな?」 「……どういう意味?」 「ん、綾波がチルドレンじゃなくても、食事に誘ってくれたとおもう?」 「…私がチルドレンではなかったら接点がないわ」 そう言われてみればそうであるが、そう言う意味で聞いたわけではない。 「えっと…じゃあ、綾波が起動に失敗してエヴァのパイロットになれなくなったとしても誘ってくれると思う?」 レイは少し考え込み始めたが、一方のシンジは言ってから、起動を前にしている今そんなこと言ってどうするんだと、失敗したと思っていた。 「…分からないわ。でも、葛城3佐は、それでも誘ってくれる気がする」 「…そっか、」 特に機密や何かに触れないような情報収集はレイに聞くのが一番かも知れない。クラスメイトのようにどうでも良い存在と見られていないから、尋ねればちゃんと回答が返ってくる。そして、冷静に見ているからその判断はある程度以上の信頼性があるだろう。 エスカレーターが終わり、二人はエレベーターに乗り込んだ。 レイラは作戦部に書類を届けて、秘書課に戻る途中、中央回廊で碇と出くわした。 「あ、副司令、おはようございます」 「…うむ、おはよう」 どこか、碇は自分を避けているような雰囲気を感じるときもある…少なくとも親しくしようと言うような感じを受けたことはない。最もこれは、自分に対してのことだけではないけれども… 以前、碇に特別な物を感じて、それがなんなのか知るためにも、碇と親しくなろうとしてみたことがあったのだが…どうしようもないと感じ、諦めた。しかし、シンジのことが出てきたこともあり、碇に感じる特別なものが何なのか、もう一度見つめ直したい… ふと、直ぐ近くにシンジが経っていることに気付いた。シンジは、どうしようかと考えているような様子でもある。 何か碇に言うことはないのかと視線を送るが……シンジは横を向いて二人纏めて視界から外してしまった。 何となく、残念と言ったような気持ちになってしまう… 「…司令は今いるか?」 「あ…ええ、いると思います」 「ちょうど良かった。少し話がある」 碇は先ほどレイラが出てきた通路の方に歩いていった。やはり、素っ気ない…だから諦めたのだが、碇の方から何らかのヒントを得るというのはかなり困難かも知れない。 シンジの方は…何故か自分の顔を見ながら何となく納得がいかないと言ったような表情をしている。 「シンジ君、ちょっと良いかな?」 少し話を聞いてみることにした。 展望室の眺めは良い…前回も何度か来たことがあるが、ここから見えるジオフロントは同じ光景…実際の変化も大したことはないだろう。 少し聞きたいことがあるからとここに連れてきたレイラは自販機で飲み物を買っている。何を聞きたいと言うのか、あの後だけにあの男とのことかも知れない。 「はい、」 戻ってきたレイラからジュースを受け取る。 レイラはシンジの横に座り紙カップに入った紅茶に口を付けてから尋ねてきた。 「…お父さんとの間のこと聞かせてくれる?」 「…特に話すほどのことはないですよ、記録がどこかにあるはずですから」 「そうね、随分疎遠だったみたいだし、特に何かがあったわけでもないわね。でも、疎遠になるからには何か理由があると思うけど…」 確かにその部分は記録はされていないかも知れない。真実を知らない、あるいは知ることができないレイラに対してどう答えるのか考える…あの時の自分の立場で知っていたこと、それを話すだけなら問題はない。 「…捨てられたんです。何でかは知りません」 「…何故なのかは知ろうと思ったことはある?」 今は知っている…あまりにくだらないあまりに利己的な理由で捨てられたのだ。もし、あんな事がなければ…と考えることはないわけではない…しかし、結局そんなことが成ったとしてもそんな男である以上、ろくな事がないであろうし、又別のことで似たようなことになったであろう。 「知りたくないです…絶望は未だしたくないです」 「…そう…」 レイラは嫌なことを聞いてしまったのかとでも思ったのか表情を暗くして俯いている…それを見て罪悪感が湧いてきたが、言ってしまった後でそれをどうこうすることはできなかった。 夜、自宅に帰った頃には、何となく気まずさも薄らいできてほっとしていた。 「お風呂空いたわ」 「じゃあ、直ぐに入りますね」 見ていたテレビをリモコンで消し、用意していた着替えを手にとって風呂に向かい、入れ替わりにレイラがリビングに入ってきた。 ソファーに腰掛け一つ息を付く… 碇がシンジを捨てるに至った理由…それが分かればもしかしたら二人の間を改善させることも可能かも知れない。シンジはその理由を知らないと言っていた。ひょっとしたら知っているかも知れないが、話したくはないだろうから、碇に聞くしかない。 避けられているような感じがするので、かなり難しいと思うが、やってみて損はないと思う。 ジオフロントを見下ろす位置にある職員食堂は、時間帯がずれていることもあり、何らかの理由でお昼時に昼食を取ることが出来なかった者がいるくらいで人の姿はまばらであった。 奥の窓際の席で食事をしている碇に近付く。 「ここ良いですか?」 碇はレイラの顔に視線を向けた後少し考えるような仕草をしたが少ししてから軽く頷いた。 碇の反対側に座る。 「少しお話があるんですけれど良いですか?」 さっさと食べてしまい席を立たれてしまうと困るので、いきなりであるが切り出す。 目を右にやったり左にやったりと…辺りを見回しながら、いったい何の話なのか考えているようでもある。 「…ああ、良いだろう」 「シンジ君のことなんですけど…シンジ君は捨てられたと、言いました。何があったのか教えていただけないでしょうか?」 「……捨てられた、か」 「はい」 「…何故そんなことを?」 「何かできないか、そう思ったら行動してみたくなりました」 「偽善だな。その行為がどういう結果をもたらすのか考えずに、自己満足のために動いているだけだ」 「かも知れません。でも、この行為は二人にとってそんな結果をもたらすんですか?」 「……そうだ。私はもう行く」 未だ食事は少し残っていたのだが、碇はさっさと去ってしまった。 暫くしてから一人溜息をつく…完全に失敗。そもそも、こんな質問を大して親しくない者がすること自体間違っていたのだろう。思い立って、直ぐに直接行動に出るだなんて、いったい何をそんなに焦っていたのだろうか? 「…偽善…」 一言呟き、又一つ溜息をついて、肩を落としながら職員食堂を後にした。 そして、零号機の起動試験の日がやってきた。 レイは既に零号機に乗り込み、全ての準備が整い後は開始の時刻を待つだけになっている。 耕一とレイラ、それと長い金髪の秘書官が入ってきた。みんな頭を下げる…シンジも軽く頭を下げることにする。 「準備は出来ているか?」 「はい、いつでも始められますが」 担当責任者のリツコが答える。 「よし、では、これより零号機再起動実験を行う」 「レイ、準備は良い?」 ミサトが尋ね、レイはコクリと頷いた。 リツコが頷きオペレーター達が機器を操作し始めた。 「第1次接続開始、主電源接続」 「稼動電圧臨界点を突破」 「フェイズ2に移行」 「パイロット零号機と接続開始、パルス及びハーモニクス正常、シンクロ問題無し」 「オールナーブリンク終了」 次々に行程が進んでいく、今のところ順調に進んでいるようで、特に問題は見あたらないと思う。 これで、前回同様に上手く起動すれば、零号機が戦力として計算できることになる。今度の使徒…ラミエルはまともにぶつかりたくない相手だけに、零号機が使えるか使えないかの差は大きくなるだろう。初号機だけでヤシマ作戦は出来ない。 「絶対境界線まで後2.5」 「1.7」 「1.2」 「1.0」 「0.7」 「0.4」 「0.2」 「絶対境界線突破します」 「零号機起動しました」 「引き続き連動試験に入ります」 起動した事で、司令室にいる面々は安堵の息を付いたが、シンジも同じようにホッと息を付いていた。 やがて。シンクロ率が弾き出された。 「シンクロ率38.66%です」 リツコは少し考え込むような表情をしている。自分との差が大きいと言うこともあるのだろうが、ひょっとしたら考えていた数値からすると今ひとつなのかも知れない。 「よし、以上で終了とする。詳しい報告書は明日までに出してくれ」 「了解しました」 耕一達が司令室を後にしてから少し遅れてシンジも司令室を後にした。 次の日、シュミレーションによる訓練が行われていた。 仮想空間上にサキエルが現れる…初号機はアクティブソードを振りかざしサキエルに攻撃を掛ける…多少ダメージを負った物の楽勝であった。 『ふぅ…凄いわね』 リツコは、感嘆の息をもらす。 『では、模擬戦に移行します。このままやっても意味がないからハンデを付けさせて貰うわよ』 仮想空間に零号機が現れた。 そして零号機との模擬戦を終えて、更衣室で着替えが終わった頃にリツコがやって来た。 「お疲れ様、」 「…いえ」 「いくつか聞きたかった事があるんだけど良いかしら?」 「これから帰るつもりなんですが、」 隠そうともせずに嫌そうな表情を露にする。どうせ、隠したところで大して差はないし、隠す価値もみいだせない。 「素直に答えてくれれば5分で済むわ、」 軽く溜息をついてから承認する…いったい何を聞こうとしているのかは知らないが… 「じゃあ、先ず…」 最初はエヴァに関してや私生活に関して色々と聞かれたが、これは本題ではなさそうである。 暫くしてからリツコは時計に目をやる…本題にはいるつもりのようだ。 「そろそろ時間ね」 「ええ、」 「ところで、シンジ君、ここに来る前どこでエヴァに乗っていたのかしら?」 ある意味、的外れな質問、だが…外れていないかも知れない。 「…何を言っているんですか?」 「貴方は、初搭乗でATフィールドを使ったわ、どうしてそんな事が出来たのかしら?」 (…そう言えば、そうだったな) 「さあ、無意識の内ですね、それに後から受けた説明では、ATフィールドが扱えなければ、使徒を倒すことはできない。僕に死ねって言っていたんですか?」 「いえ、貴方は私達が説明する前から使っていたと言っているだけよ」 「…知りませんね。無意識の内に使えたら何か問題があるんですか?」 シンジはリツコの目を真っ直ぐに見据える… 「ええ、貴方はATフィールドを使いなれている。そう、それこそ、無意識の内に展開、そして中和までしてしまうほどに、」 正直図星を指されているわけだが、答えが分かるはずがない以上わざわざ変なことを言う必要もないだろう。 「…ネルフ以外にエヴァを所有する組織は存在しない筈。しかし、貴方のその状態は、エヴァを密造している組織、或いは、何らかの方法で、ATフィールドを扱う事ができる装置、それもエヴァと同じか近い方法で、その様な物を創り出した組織があると言う事を示しているのよ、」 「…知りませんね」 「答えなさい」 「なぜです?」 「これは、非常に重大な事だからよ、」 「…人類の存亡にとってですか?ネルフの存亡ですか?…それとも、貴女、個人が関わる何かに関してですかね?」 にやり笑いを浮かべながら言う。 「あら、私はネルフの技術部長よ、そのネルフが何故設立されたのか、それを考えれば自ずと分かる事ね」 ごまかしたが嘘は付いていないだろう。 そのネルフの設立された理由が表向きの理由とは全く違うのだから。 「そうですか、ではこれで失礼します」 だからそのまま裏の意味で取ってやる。 リツコは「え!?」と言うような表情をしたが、放っておいてさっさと更衣室を去った。 「以上のようにサードには不審な点が数多く見られます」 「私からも尋問とまでは行かなくても何らかの調査を勧めます」 レイラがお茶を持ってきたときリツコと冬月が耕一にシンジの事について報告し、又調査を勧めていた。 「どうぞ」 机にお茶を置き、二人は軽く目礼をした。 耕一は報告書を机に置いた。 「レイラ」 「はい」 「シンジ君について何か変わった行動や様子はあったかな?」 「…そうですね…変わっているところはあると思いますけれど、いい子です」 シンジに何か特別な感じを受けたと言うことは言わないことにした。 「そうだ、レイラ君、これを見てもらえるかな?」 レイラは冬月からシンジの行動に関する報告書を受け取り目を通した。 シンジの行動やその他のパターンが、第3新東京市に来る前と来た後では余りにも違う…まるで別人といえるほどに… 「これは?」 「わからんよ…DNAやその他の検査でも彼が碇シンジ本人であることは確認されている。だからこそ調査が必要だと考えているのだよ」 「クローンの可能性があるとでも言うのかな?」 「いえ、現在のクローン技術では、不可能です。最も、かなり小さいときからクローンを作っていたとしたら完全とは言えませんが…」 「それは、碇君が否定しているんだな」 「そう言うことです」 「ふむ…」 「調査と言ってもなぁ…使徒戦の最中だ。例え彼がどんな存在であっても余計な干渉はしたくはないな。特に怪しい行動をしなければ、現状維持で様子を見るというので良いのではないかな?」 そして二人が帰った後、レイラはシンジに感じる特別な感じの事を切り出した。 「…シンジ君、あの子何か特別な感じがするの」 「特別?」 「良くわからないんだけど……何か…」 「……そうか、案外、まんざらでもないと言うんじゃないだろうな」 「お父さん!」 「ははは…だが、興味深い事ではあるな。何かあったら教えてくれるか?」 「分かったわ」 「…全くお父さんたら…」 車を運転しながら今日耕一に言われたことを思い出して愚痴った。 確かに、レイラは今まで恋らしき恋をしたことがなかったとは言っても、あんな風にからかうなんて酷いじゃないか…いくら特別な事情があったからと言っても、今までそう言った機会に恵まれなかった責任は耕一にもある。 しかし、シンジに対して抱いている感情は何なのか、それは分からない…もしかして本当に…?そう考えが移ったところで自分でそれを否定する。 「10は歳も違うのに何を考えているのよ」 今、そう言ったことを考えると、どうしてもそう言った方向に流れていきそうだったので、それらの考えを振り払い、家路を急いだ。