復讐…

◆第拾弐話

 総務部長執務室…それが今シンジが向かっている目的地、冬月から今回のことについて聞かれることになったのである。
 普通の人間であれば、あの状態で生き残ることは不可能…弾痕などによってただならぬ事が起こったという事くらいは分かったかも知れない。そうすれば、当然何かを聞こうとするだろう。
 一体どういう出方をするのか読めない…何とか上手く躱すことができればいいのだが…
 シンジが到着すると、自然にドアが開いた。
 それなりに広い執務室に置かれた応接セットのソファーに冬月が腰掛けている。
「やあ、良く来てくれたね」
「いえ、」
 冬月の反対側のソファーに座る。
「茶でも飲むかね?」
「頂きます」
 冬月は急須で湯飲みにお茶を汲み、さしだした。シンジは軽く頭を下げてからそれを飲む…なかなか美味しいお茶であ
った。
「さて…早速だが昨日のことを聞かせてもらえないかな?」
「…あの時、通路を進んでいたら前から数人の武装した人がやってきました」
「撃ってきたときにレイラさんが僕を庇って撃たれました…」
「それが分かったら、怒りが湧いてきて…、あいつらに飛び掛かって、銃を奪って逆に撃ってやりました…」
「かなり発砲されたようだが、良く当たらなかったね」
「…今考えたら驚きですね、自分でも良く当たらなかったものだと思います」
「運が良かったようだね…シンジ君は本当に運が良い、今までに切り抜けてきた確率を考えると、本当に幸運の女神か何かが味方しているのかも知れないな」
「一生分の運を使い切ってしまわないかと不安です」
「運、なんてものは使い切れるものじゃないよ、」
 冬月は自分の湯飲みに新しくお茶を注ぐ。
「しかし、武装した6人の大人相手に飛び掛かっていくなんて、恐くはなかったのかね?」
 軽く笑う…
「使徒の方が遙かに恐いですよ…使徒に比べたら、所詮人間の能力なんてある程度分かってますから…まさか、分裂したり、空を飛んだりなんかはしないでしょ」
「それは言えるが、命の危険はどうかな?生身の人間なら、銃弾一発で大きなダメージを負ってしまう」
「訳が分からなくなっていたというのはあると思います。でも、あの時は恐いとは思いませんでした」
「ひょっとしたら、戦うと言うことになると恐怖を感じなくなるのかも知れませんね…訓練のたまものなんでしょうか?」
 ちょっと皮肉めいたことを言ってみる。
「どうだろうね…そんなに長い間訓練をしてきたわけでもないしね。とは言っても相手が相手だから何とも言えないかな」
「まあ良い、このくらいにしよう。これから現場に行って来なければ行けないのでね」
「未だ、行ってなかったんですか?」
「ああ、私は今朝ここに戻ってきたばかりでね、」
「そうですか」
「又、何か聞くことができたら、来てくれるかな?」
「ええ、その時は」


 問い詰めるというようなことはしてこなかったが…果たして、上手く躱せたのだろうか?
 あの人間は、全然読めない…まあ、表に真意を出してしまうような人間であれば、今まで生き残ってこれなかっただろうが…今後も注意しておかなければならないだろう。今まで以上に様々な形で警戒されてしまうだろうがそれは致し方ない。
 病院に戻るための道を歩いていたら…アスカとそして加持と出くわした。
「あ、サード」
「やあ、シンジ君、昨日は大変だったらしいな」
 こんなところで厄介な者が出てきた…こんなところだから出てきたのかも知れないが…正直冗談じゃない。
「そうですね、まあ、生きているって事が不幸中の幸いなんでしょうけど」
「そうかも知れないな…ところで、ちょっと時間良いかな?」
 アスカが少し驚いたような表情をした後、睨み付けてくる。
(たく…冗談じゃないよ…)
 もし、これであるなどと言ってしまったら、後でアスカからどんな態度をされるか、考えるだけで気が重くなってしまう。
「残念ですけど、これから病院に行くので、」
「そうかい、残念だな。あ、これ一応名刺、時間ができたらそこに電話でもしてくれるかな?少し聞きたいことがあるんだよ」
 ネルフ特殊監査部、加持リョウジと書かれ、横に連絡先が付いているだけのシンプルな名刺を受け取った。
「失礼します」
「ああ、またな」
 病院に向かう通路を歩きながら、今回のことについて考えてみる。
 ああなってしまった後はどうしようもなかった。他に手がなかった。だから、そもそもああ言った目に遭ってしまったこと自体が不運だったと考えるしかないのだろうか…
 しかし、レイラの傷は浅かったわけだし、不幸中の幸いとも考えられるかも知れない。もし、レイラが…家族がいなくなってしまうなんて事があったら…そんなことは考えたくもない。漸く手に入れた家族なのだから…
 

 シンジ君とアスカがユニゾンの訓練をしている。
 葛城3佐と…あとは、中学生が3人…1人は黒いジャージを着ている。
 あの夢の続き?…私はやはりレイになっている。
 ユニゾンは、正直滅茶苦茶。シンジ君とレイとのものと比較するのは、ちょっと可哀想なくらい。
「やってらんないわよ!」
 あ、アスカが切れた。何を言っているのか良くわからないけれど、早口でシンジ君を罵っているみたい。
「レイ、やってみて」
 ゆっくりと立ち上がってシンジ君の横に歩いていく。途中でアスカから思い切り睨まれた。
 二人で始める…綺麗に揃っていると思う。初めから二人の動きは結構あっていたし、さっきのから考えると、驚くほど上手く感じるかも知れない。みんなの表情に驚きが現れて来るけれど、一人アスカの表情が険しくなっていく。なんだか、嫌な気がする。
 そうしたら案の定、アスカが飛び出していってしまった…女の子が何かシンジ君に凄い気迫で追い掛けてと言ったら、シンジ君がアスカを追い掛けて行った。こういう時追い掛けるべきだと思う葛城3佐は…飲み物、ビール?を飲みながら静観している。…こんな人だったの?


 朝日の光でレイラは目を覚ました。
 昨日の夢の続きを見た。断片的ではあるけれど、自分がレイになって色々なことをした夢を二日連続見た。
 何故、あんな夢を見たのか…まあ、そもそも所詮夢ではあるから論理的に何故かと言うことを考えるのはナンセンスなのかも知れないが…夢は現実の望みを映す鏡であると言うことを聞いたことがある。そうすると、あの夢は自分の願望が具現化した物なのだろうか?
 そうすると……
 考え、辿り着いた答えにレイラはぽっと顔を赤くした。
 今はこんな状況になってしまったが、シンジとレイは誰が見てもお似合いの二人だった。だからこそ、あんな事をし
たのだが…やはり、自分がシンジと恋人…そう丁度、レイとそうであったような関係になりたい…そう思っているのが夢で現れたと言うことなのだろうか…
「全く…私ったら…」
「どうかしたんですか?」
 呼びかけられて気付くと、看護婦が直ぐ間近からじぃ〜っとレイラの顔を覗き込んでいた。
「あっ、いえ…そ、その…ちょっと変な夢を見たので…」
「あら、そうなんですか?良かったらどんな夢か話してもらえませんか?」
「ごめんなさい、ちょっと恥ずかしいから…」
「そうですか…」
 看護婦はちょっと残念そうな顔をしていたが、諦めてくれたことで、レイラはほっと息を付いていた。あんな夢を人に話すなんてのは恥ずかしすぎる。


 シンジは、下手に回りをうろちょろされるよりはまだこちらから言った方がマシと考え、ジオフロントにある加持の畑にやってきた。
 目の前には背の低い何かの花が咲いている。スイカではなさそうだが何の花なのかはちょっと分からない。
「やあ、来てくれて嬉しいよ」
 如雨露で畑に水を撒きながら振り返らずに声を掛けてくる。
「こんなところに畑なんかつくって良いんですか?」
「遊んでいる土地を有効に使ったって、誰に不利益があるって訳じゃないだろ」
「そうとは限りませんよ、ジオフロントで戦闘が起こったら、畑を踏みつぶさないかと心配になります」
「それもそうだな…まあ、その時はわざと踏むって事がなければ仕方ないと諦めるさ」
 じゃあチャンスがあったら遠慮なく踏みつぶしてやろうかなどとちょっと悪戯っぽいことを考え軽く鼻で笑った。
「そうですか…で、聞きたい事ってなんです?」
「ああ…、一昨日のことだよ、良くあの6人を倒せたね」
「使徒に比べれば大したこと無いですよ」
「そんなものかな」
 如雨露の水が無くなったが…そのままの角度を維持している。
「身元を調べてみると、みんな何年か前に死んでいるんだな…これがどういう意味か分かるかな?」
「さぁ…ゾンビですか?」
 とぼける。そう言えば、加持は内務省やゼーレにも所属している。どちらから送られたものかは分からないが…あいつらを知っているかも知れない。
「何らかの特殊な任務を担当する特殊部隊…ってところじゃないかな。特殊訓練を受けた抜群の能力を持ったメンバーだろうな…当然銃だけじゃなく格闘やその他もずば抜けた能力を持っているはずだ。ホントに良く倒せもんだ」
「…何が言いたいんですか?」
「どうやって倒したかと言うのも気になるが…それ以上に、どうやって銃弾を防いだのかが気になるな」
「運がよかっだけですよ、確率がないに等しいような経験をくぐり抜けてきてますから、少々奇跡っぽいことが起こったって今更って感じですよ」
「何十発を弾丸が一発も当たらない…地面に倒れていた、皇1尉にも当たっていない。確かに奇跡だな。あんな状況じゃアクション映画の主人公だって何発か当たってるよ」
 なんだか、こうして意味のな言葉のやり取りを続けるのがばからしくなってきた。
「…もう、ごまかし止めましょう…仮に何か特別な秘密があったとして、それを僕が貴方に喋ると思っているんですか?」
「その秘密次第だろ、」
「で、話してくれないのかい?」
「何でそんなことが知りたいんですかね?…誰かから調べろと言われたから?それとも自分の興味心を刺激されたからですか?」
「さあて、どっちかな…まあ、信用するかどうかは勝手だけれど、今回のことは個人的に気になったからだよ、こっちに来てから君のお父さんから、調べろとは言われたが、同時に出来るかぎり直接接触するなとも言われたよ」
「それを直接聞こうとしたわけですか…」
「超常現象は、分からないから超常現象なんだよ」
 シンジは答えなかった。
「そうか…じゃあ、君が知りたがっていることがあればそれと引き替えって言うのはどうだい?」
「…取引って事ですか?」
「そう言うことだな、」
「僕が本当に知りたがっていることは、貴方なんかでは到底知ることができないようなことですよ、」
 にやり笑いを浮かべ、くるりと体を本部の建物の方に向け歩き始めた。
「…マギへの準管理者アクセス権何かはどうかな?」
 足が止まる。
「そんな危なっかしいものを訳の分からない力を持っているかもしれない者に与えるんですか?」
「被害を食らうのは俺じゃないからね」
「無茶苦茶ですね」
「どうだい?」
 マギへの高レベルのアクセス権があれば、色々と知りたいと思うことの殆ど分かるかも知れない。しかし、それ以前にシンジの持つ力をその片鱗でも教えるには加持は余りにも問題が多すぎる。
「…遠慮しておきます。危険な人物には余り関わりたくない」
「そうか、残念だ」


 日の入りが近付いてきたようで、部屋に射し込んでくる光が少しずつオレンジ色になってきた。
 シンジはソファーに座って漫画本を読んでいる。
 レイラは喉が渇いてきて何か飲みたくなってきた。
「シンジ君、冷蔵庫に何か飲み物入ってるかな?」
「え?ちょっと待ってて…」
 冷蔵庫を開けるが、何も入っていない。
「何もないなぁ…何か買ってこよっか?」
「ええ、美味しそうなの何か買ってきて」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 シンジは病室を出ていった。
「くすっ…なんだか、シンジ君に甘えちゃってる」
 昨日、今日と二人だけの時はちょっとしたことでもシンジにお願いして、して貰うような感じになっている。
 自分でできることでもシンジに頼んでしまっている。
「ま、良いわよね、こんな時だし」
 口に出して自分に言う…但し、その後に続く、シンジ君とレイはうまく行っていないみたいだし…と言う部分は口にすることはできなかった。


 夜、シンジは家に帰り、ベッドに寝転がっていた。
 なんだか、一人で誰にも邪魔されずにこうやって考えることができると言うことが久しぶりのような気がする。
 レイラのこと、加持のこと、ネルフ首脳のこと…そしてこれからのこと等を考えていたが、考えが、レイのことを及ぶととたんに気分が沈み込んでしまい、思わず溜息が漏れた。
 レイにレイを重ねて見ていた。見ていたのは、今のレイではなく、前のレイ…最近はそうでもなかったが、初めはレイに対して何かをしたりされたりすると前のレイのことも考えていた。それが無くなったというのは…今のレイを直接見るようにしていたのではなく、二人のレイが重なり、今のレイを見ることができなくなっていたからだったのだろう…
 つまり、レイを好きになった…というのは、前回のレイが好きだったと言うことに気付いたと言うだけだったのだろう…前のレイへの想いは、それがおぼろげだがしかし強い物であった…それを漸く確認した。それが果たされることは決してないようになってから…
 そして、そのレイへの思いは決してかなうことはない。この世界にそのレイはいないのだから…
 それらが一気にシンジに襲いかかってきて無性に悲しくやるせなくなった。
 それから、レイラのことである意味それどころではなくなっていたが…こうしてじっと何かを考えていると、レイのことに辿り着く。
 しかし、いくら考えたところで、全く道が開けるわけではなかった。それどころか又気分が暗く沈んでいくだけでしかなかった。
 深い深い溜息をつく。
 いっそのことレイに全てを話すか?そうすれば、確かに今の妙な関係は解決するかも知れない。だが、もう、レイはどれだけこちらから心を寄せたとしても、それを自分への物と受け止めることはないだろう…それに、シンジ自身今はそれが今のレイへの物になるとは思えない…
 涙で、視界が酷く歪んで見える…
「…なんで、こうなったんだろ…」
 何度その言葉を呟いたか…再びそのつぶやきが静かな部屋の中で木霊した。