復讐…

◆第拾伍話

 久しぶりに良い夢を見た。
 いい目覚めは久しぶりである。
 シンジが戻ってきた…初号機に取り込まれていたシンジが戻ってきた。そして、再びシンジとの仲が良くなっていっていた。
 でも、相変わらずな部分は相変わらずだったが…良い夢であったのは間違いない。
「ま、良いか……、そう、シンジ君とどこかへ行こうかな?」
 唐突にシンジをどこかへ誘うと言うことを思いついた。
 暫く考えた結果は…休みに一緒に買い物…等というものであった。
 …そして朝食の時にレイラが週末一緒に買い物に行かないかとシンジに聞いてきた。
「うん、僕は良いよ」
「じゃあ、シンジ君のものも選ぼうね」
 レイラは嬉しそうである。やはり、こうしてレイラが嬉しそうな顔をしているのを見ているとシンジも嬉しくなってくる。
 

 今日行われた明日の実験の説明を聞きシンジは内心一つ舌打ちをしていた。
 明日の実験で、シンジは零号機にレイが初号機に乗ることになった。
 ダミープラグの開発は、やや遅れ気味かも知れないが、順調に進んでいるのかも知れない。
「どうかした?」
「いえ…何でもないです」
「明日は重要な実験だから今日は早く休んで体調を整えてね」
「…わかりました」


 翌日、その実験が行われていた。
 まずはレイが初号機に乗っての起動…シンジは司令室でその様子を見ていた。
 あれから結構経ったが、あれからレイとは必要最低限の接触しか取っていない。
 もうリツコもミサトもどんな干渉をすることも諦めたらしい…もっともレイのシンクロ率も低いながら安定してきているし、又自分のシンクロ率も随分回復していると言うことが大きいのだろうが、
 今、普段シンジが操る初号機に乗って、シンクロをしているレイは何を考えているのだろうか?
「シンクロ率は…零号機の時よりも若干低い程度でしょうか?」
 マヤが実験の情報をリツコに報告している。
「そうね、多少不安定だけれど、これは初めての機体だから仕方ないわね…次はシンジ君準備してくれる?」
「はい…」


 そして、今度はシンジが零号機に乗る事になった。
 前回この実験が行われたときには暴走事故を起こしたが…それが何故起こったのかは良くわからない。
 又起こらないとも限らないかも知れない。
「…まあ、僕の責任じゃないし良いか」
 暴走しても自分には何もなかった。暴走で回りでどれだけ被害が出たところでシンジが困るわけではない。だから、今はその考えは放っておくことにした。
 手順通りに起動を進めていく…普段レイが操る零号機を…
 別にこれ自体は嫌なことではない…だが、やはり、今は避けたいことであると思うが、状況がそれを許してくれなさそうである。
『シンジ君、特に違和感とかはないかしら?』
「…別に、特にこれと言ってありません」
『そう、』
 その後も順調に手順が進み、ボーダーラインを突破し無事に零号機を起動させることに成功した。
 結局何もなかった。
「どうです?」
『そうね…シンクロ率は初号機の場合に比べるとやはり低いけれど、問題になるレベルじゃないわね…』
 ダミープラグの開発はシンジの知る歴史と比べれば遅れているとは言え…碇が司令でないと言うことも考えれば、むしろ順調なのかも知れない。
 これで、又一つ…完成に近付いたのだろう。
 ダミープラグが初めて使われたのは参号機の時に無理矢理操縦を奪われたときだった…果たして、アレに間に合うのだろうか?…そこまで考えてふと思った。自分は何を考えていたのだろう?参号機の時にダミープラグに乗っ取られるかどうか?
 そんなことは関係ない。参号機など、何の遠慮もなく破壊してしまって良い。どうせ乗っているのはあのトウジなのだ。しかも、何のつながりもない、ただ単に訳の分からない気持ちをぶつけられただけの存在なのである。


 日曜日、シンジはレイラと共に町の中心部にある百貨店にやってきていた。
 今、試着室に入ったレイラが試着を済ませて出てくるのを待っているところである。
 シンジの手元には既に買ったシンジとレイラそれぞれの靴が入った紙袋が存在している。
 こうして、誰かと買い物をする…と言うのはレイとのこと以来だろうか…
 カーテンが開き、レイラが姿を現す。結構落ち着いた色合いの服に身を包んでいて、レイラのイメージにあっていると思う。
「どう?」
「うん、似合っていると思うよ」
「そう?じゃあ、これにするわ」
 嬉しそうに少し弾んだ声で返してくる。こんな事で喜んでもらえると、シンジも嬉しくなってくる。
「私はこれで良いから次はシンジ君のね」
「え?それだけで良いの?」
「ええ、」
 そして、今度はシンジの服を買うために売り場の間を移動していると…なにやら騒がしくなってきた。
「どうしたんだろ?」
「何かあったの?」
 飛び交っている言葉の端々を拾ってみると…どうやら外で何かあったようである。
 気になった二人は外が見える場所へと移動する…そして、窓越しに見えたものは…レリエルの影だった。
 高層ビルの後ろにレリエルの影が浮いてゆっくりとなめらかに動いているのが見える。
 レリエルの姿を見た瞬間二人の目が大きく開かれる…
(拙いな…こんな時に…)
 シンジの携帯が鳴り、次いでレイラの携帯が鳴る。
「…使徒ですね」
『ええ、Aブロック上空に突然現れたわ』
「今、見えてます」
『そう、直ぐに保安部のメンバーが向かうわ』
「レイラさんも一緒です」
『分かったわ、一緒に来て』
「はい」
 シンジは電話を切ったが…レイラはまだ、取っていなかった。よって、まだメロディが流れ続けている。
「レイラさん?」
「え?あ、う、うん…」
 シンジに言われてから動揺がありありと見える様子で電話を取った。


 保安部の車で本部に向かいながら…シンジは横に座っているレイラのさっきの様子について考えていた。
 さっきの様子はただごとじゃないように思えた…だが、そうなってしまうような原因が思い当たらない。あんな滅茶苦茶な使徒を近くで見たら、驚いてしまったり恐怖を感じたりするのは分かる…しかし、さっきの様子はそんなレベルではなかったと思う。
 結局答えを得ることができないまま、本部に到着した。
「…その、シンジ君…」
「何?」
 先に行こうとしたところ後ろからレイラから声を掛けられて足を止めて振り返る。
「気を、付けてね…」
「大丈夫だよ」
 レイラを元気づけるために力強く言ってからレイラと別れる…そしてエレベーターで下に降りている時、ミスをしたと言うことに気付いた。正確にはこれからしようとしていると言ったところか…
 これからレリエルを倒すための方法ではどうしてもレイラに大きな心配をさせてしまう。
 さっきの様子を思い出すと、罪悪感が沸き上がってくる。
 しかし、他に手を思いつかなかった以上仕方ない…後で謝らないといけないかなぁ…等と考えていると、エレベーターが目的の階に到着した。


 現れたのはあの影が本体だとか言う訳の分からない使徒に間違いない…いや、それは夢の中の出来事、夢の中の出来事であるはずなのに…見えた使徒の姿は、あまりに一致していた。
(…どうして?)
 前に…そう、あの正八面体の使徒の時も同じだった。知るはずのない使徒の様子をピタリと当てるだなんて予知能力があるとでも言うのだろうか?単なる偶然で片付けるには、余りにも…と、思う。
(…シンジ君…)
 夢では初号機が使徒に取り込まれた…確かに、結果的には無事だったが…その事が頭にあったから…さっきシンジに気を付けてねと言った…しかし、それ以上のことは何も言えなかった。夢だから…夢であるはずだったから…
 秘書課に到着し、軽くみんなに挨拶をした後、設置されているモニターでみんなに交じって様子を見る。やはり、あの使徒が第3新東京市の市街地の上空を浮遊している。
 理解できないことについて悩んでいると…エヴァが地上に射出されてきた。
 一体どうなってしまうのだろう?と、思っていたが…まるで夢に見たものをそのままなぞるかのように…初号機が使徒に攻撃を仕掛け、そして、突然現れた影に初号機が捕らわれてしまった。
「え?」
 思わぬ事に観戦していた秘書官みんなの表情が変わる。だが勿論、レイラはそれだけの驚きではなかった。
 そして、夢で見たままに初号機は使徒の中に飲み込まれてしまった。
(どうして…どうしてなの?)
 夢と現実は確かに違うところは沢山ある…だが、どうしてこんなところはピタリと一致してしまうのだろうか……


 レイラはじっと…考えを整理していた。
 まさに、夢をなぞるかのように展開が進んでいった。
 何故、夢が現実となって現れたのか…自分ではどうすることもできない関係のないこと、それも全く知るはずもないことを…
 単なる偶然として考えるにはあまりに一致しすぎている。
 でも、だからと言って…これからも同じになるなどと言うことは…本当に予知能力みたいな物があるのなら話は別なのだろうが…
 シンジが正体不明の使徒に取り込まれてしまった。本当だったら心配で心配でたまらないはず…にもかかわらず、どこか落ち着いていられるのは、このまま夢の通りに行けば、シンジはちゃんと戻ってこれると言うことがわかっているから…
 原因や理由は相変わらず分からないが、もしもこれから先も夢と現実が符合していったとしたら、辛いことになるからどうしても否定したいと言う心がある…その一方で、どこか今だけは…いや、都合のいいところだけは信じたいという事があるのかも知れない。
「…大丈夫?」
 蘭子に声を掛けられる。
「え、えっと…」
「シンジ君なら大丈夫よ、今、作戦部と技術部が全力で救出の方法を考えているから」
「うん……」
 ゆっくりと頷きで返す。
「……何か、別のことで悩んでいたの?」
 蘭子に気付かれたようだ。
「あ、うん…ちょっと…」
 意外そうな顔をしている…シンジがあんな事になっている事からすれば、そんな反応は当然なのだろうが、
「良かったら…相談に乗るわよ」
 真剣な顔で言われる…前にそう、あの夢を見た後、あの使徒の時に相談したことがある。また、相談するのか?しかし、内容が内容であるし…親身になってくれていることは嬉しいが、余り相談したくないことでもある。
 少し悩んでいたが…結局、相談することにした。 
「どんな話でも聞いてくれる?」
「ええ、勿論、真剣に悩んでいるのを頬っておくことはできないわ」
 二人は、無人の応接室に入った。


 シンジは一通り前と同じかどうかを確認し終えた後、ゆっくりと一つ息を吐いた。
 前と同じ…何も反応がないと言うのが同じというのも変だが、違う結果であったら困るかも知れないのでこれいい。
 予定通りに全て事が運んだ。
 この中なら何をしても問題ないから、思い切って力を使う事だってできる。
 唯一と言っていい考えていなかったことでもあるレイラに余り心配を掛けないためにも、とっとと戻った方が良いだろう。
 まずは、初号機の中で眠りについているユイに接触してみる…ユイは深く眠っているようで特に反応を示さない…ある意味予想通りであった。
「母さんを起こすのも良いけれど…やっぱり、それだと困るな…」
 もし何らかの理由で初号機が使えなくなってしまったりしたら、とんでもないことになる。
 それに、ユイが目覚めたと言うことを知ったら奴はどんな風に動くか…その事を考えるとこの行為は拙すぎる。
「自分の力でやるか、」
 シンジは力を解放し始めた。


 レイラの話が終わると蘭子は一つゆっくりと息を吐いた。
「確かに、そんな夢を毎日見てたら、前のこともあるし気になるわね」
 ゆっくりと頷く。
「でも、違うことだって沢山あるみたいだし…夢の内容が悪いからってそんなに悲観することもないんじゃない?」
「そうなんだけれどね…」
「大丈夫、みんな頑張っているんだし、それとも…実際に頑張っているみんなの事信じられない?」
 所詮夢だから気にする必要はないなどとは言わない…それを言ってしまえば、夢の通りになればシンジは無事助かると言うことも否定していることになる…だから、みんな頑張っているんだから悪くはならない。そんな風に言う。
「…そんなことは無いよ」
「なら、みんなのことを信じて」
 蘭子の言葉の途中で秘書官が慌てて入ってきた。
「使徒に変化がありました!」
 二人は急いで応接室を出て秘書課のモニターに目を向けた。
 使徒の影の模様が変化している…そして、模様だけでなく形がいびつに変化し始めた。
 これも、夢で見た…そう、違いは時間と零号機と弐号機がその場にいないこと…
 そしてこれは夢の通り、影を切り裂き初号機が中から飛び出てきた。
 みんな驚きや恐怖の声を上げる。しかし、それはレイラにとっては何故か分かっていたこと…みんなが驚いている意味では驚くには値しない…
 全てが終わった後、レイラは一つ大きく息を吐いた。
 シンジが戻ってきてくれたと言うことは嬉しい…嬉しいのだが、素直に喜ぶことはできなかった。


 初号機は回収され、プラグが排出される。
 シンジは一つ息を吐いてからプラグの蓋を開ける…ケージの照明の光が中に入ってきて直ぐに、レイラが駆け寄ってきた。
「シンジ君!」
「…レイラさん、」
 今回はレイラを心配させてしまった。別れ際にあんな事を言ったのに…だからレイラには済まなく思う。
「大丈夫だった?」
「ええ、ちゃんと戻ってこれました」
「良かった…」
 レイラは一つほっと息を吐いた。
「その…レイラさん、心配掛けてごめん…」
「ううん、良いのよ、ちゃんと戻ってきてくれたんだし」
 そんなやり取りを交わした後、ケージから出るとき…リツコの姿が目に入った。リツコはじぃ〜っと、シンジのことを見ている。
(…ちょっと、拙かったかな…?)
 リツコから何があったのか聞かれるだろう。あの様な状況で何も覚えていないとは言えない…今日は適当な理由を付けてレイラと一緒に帰るとしても、今夜中にどういう風に言うのか考えておかなければならない。


 次の日、本部に行くと当然のごとくミサトとリツコに呼ばれた。
「…さて…分かっているとは思うけれど、何があったのか出来るかぎり詳しく話して貰えるかしら?」
 ユイのことを絡めて適当に話す…夜考えた言い訳。そのまま信じるようなことはしないだろうが…適当な言い訳にはなったと思う。特にリツコからは初めから疑われているだろうから、完全には納得できないくらいが丁度良いはず。
 質問会を終えて通路を歩く…そして、食堂に向かう途中でレイと出くわしてしまった。
 少し間隔を開けたまま食堂に向かい、食堂での席はお互い離れた席に座った。
 お互い避けあっている。こんな関係は一体いつまで続くのだろうか?特別な事情があるとは言え…こう言った敢えて避け続ける関係というのは息が詰まるだけである。
 この関係を積極的に変えたいとは思わない…だが、辛い関係であることは事実である…シンジはガラス越しに見えるジオフロントの光景を眺めながら一つ深い溜息をついた。