復讐…

◆第拾九話


私は誰?
 瞼を開くと…目に飛び込んできたのは、いつも通りの天井だった。  頭の中が何かぼんやりと霞が掛かったようで、上手く働いてない…上手く思考を繋げることができない。 「あれ?なんで、私…」  何故自分の部屋にいるのか?自分のベッドの上で目を覚ますのは極普通のことなのに、何故そんな風に思うのか?そんな風に思うからには何があったのかと、記憶の糸を手繰り寄せる。 「そう、確か、シンジ君に呼び出されて……」  昨日双子山に行った。シンジはヤシマ作戦が行われたところで待っていた。そこでシンジが時間を遡ってきたと言うことをうち明けてくれた。そして、自分が使徒の力を持つと言うことも……  それから、そう、思い出した。自分の過去を…… 「……私は、綾波レイだった……」  小さく呟いてから鏡に目を向け、そこに映っている自分の顔をまじまじと見つめる。  そこにあるのは当然自分の顔である。ユイに、そしてレイによく似ている顔である。その事は当然であった。なぜならば、自分は綾波レイ自身であったのだから……  そう、あの時は甦ってきた記憶の濁流にのまれて何が何だったのか分からなくなってしまったが、今はあの時とは違って、一つ一つ記憶をゆっくりと再生する事ができそう。  だから、その記憶を呼び戻してみる。シンジとの想い出だって、碇との記憶だって、その他の細かなことでもみんな思い出すことができた。  だけれども、何故かそれが自分の記憶であるという実感が湧かなかった。  自分が覚えているものなのだから自分の記憶に違いないのに、それが自分のものであるという感じはしなかった。それが、皇レイラとしての記憶ではなく、綾波レイとしての記憶だからなのだろうか?   自分が綾波レイであったと言うことは理解している。だが、自分が綾波レイであるとは思えない…矛盾しているかも知れないが、それが今の心の中であった。 (どうして?)  それは紛れもない事実なのに……それに、過去の記憶であるあの夢を見て、自分が綾波レイであったら良いなと思ったこともある。それならば願ってもないことではないだろうか?なのに何故だろう?  その回答は簡単だった。そう言う意味で望んだのではなかったから。あまりに単純だった。レイの立場であったら良いというものであって、レイ自身であることを望んだのではないと言うことである。  だがそれは記憶、そして自分自信が綾波レイであったのだと実感できないと言うことの解決にはならない。 「……どうして?」  自分は、皇レイラであって、綾波レイではない?  何故だろう。今の自分と過去の自分であるだけなはずなのに……  レイラはその事を結構長い時間考えていたけれど、答えを出すことはできなかったので考えを別のことに移すことにした。まだまだ他にも考えなければいけないことがあったはず。  そして次に思い浮かんだことはシンジのこと……そして何故シンジがああいった話を持ち出して、自分がレイであると言うことを気付かせようとしたのかと言うことだった。  その答えは一つだろう。レイラがレイであると言うことに気付いたシンジは、その事を思い出して欲しかった。そう、シンジがレイの事が好きだったから  シンジとレイは明かに好きあっていたのに、今はまるで上手くいっていない。その理由が今なら何となく分かる。シンジはレイに…そうレイラの過去のレイを求めていたのだ。多分レイがその事に気付いたのだろう……まさかこんな答えであるとは分からないだろうが、誰かを重ねて見ていて自分自身を見ていないと  そして、シンジは今度は自分にそのレイ。過去を求めていた。だからこんな事をしたのだ。  結論を導き出した後一つ、心の奥底から出てきたような溜息を漏らした。  今自分にはレイの記憶がある。例え、それが自分の記憶であると言う実感がなかったとしても、一人目でも二人目でも三人目でも、どのレイのふりでも完璧にできる。シンジのことが好きならば、レイを演じることでお互いを求めあう関係にできるかも知れない。  だがそこに、本当に自分は存在するのだろうか?……皇レイラはそこに存在するのだろうか?シンジは自分にレイを見続け、自分は自分自身だとは思えないレイを演じ続ける……そう演じ続ける。所詮ふりでしかない。そこに皇レイラとしての自我 ……人格は存在できるのだろうか?  できるなんて自信を持つことはできない。いや、できなのじゃないかとさえ思う。そして今ならこの事も分かる……何故初めてシンジや碇に会ったとき特別な何かを感じたのかと言うこと。それは、綾波レイの気持ちが表に出てきていたのだ。忘れていたと言っても消滅していたわけではない。特に強い部分だけが出ていたのだろう。なら、皇レイラとして、シンジのことについて悩んだり、迷ったり、喜んだり……そう言ったものは本当にレイラの想いだったと言えるのだろうか?  シンジを見ている時、シンジに接しているとき、シンジのことを考えているとき、常にレイの想いや記憶が無意識のうちに影響していたとしたら?……いや、そもそもシンジのことが好きと言うことは一体どう言うことなのだろう?  ……シンジや碇の場合だけではない、その他の者や事でもそれらの場合に比べて小さいとは言え、レイと何らかの関係があったもの全てにレイが影響していたのではないだろうか? 「……私は、皇レイラとして生きてきた。でも、私は綾波レイだった。私のいままでのこの10年間の人生で皇レイラとして感じたこと、思ったこと、考えたこと、行動したこと……それは、全て綾波レイの思いや記憶が無意識のうちに影響してた。私が本当に自分自身でしたことは何もない。だったら、私の人生は一体何だと言うの?」  涙で視界が滲む。自分は綾波レイだった。しかし、そう認めることができない。自分は綾波レイではないと、であるとすれば、皇レイラとは、自分とは一体何なのだろうか?  自我が否定されてしまったような気がする、その事でレイラは大きな無力感に捕らわれ、力を失いベッドに倒れ込んでしまった。  どれだけ経ったのだろうか?  いつまでも、ベッドの上にいるだけでは何も始まらない。このままこうしていても、ただ無為に時間が過ぎていってしまうだけ。さっきのことはそれが確定した答えというわけではない。本当の答えを探すのも良いかも知れない。それが、辛い答えであっても……あの答えより悪くなることは多分無いだろう。  そう思って着替えをして部屋を出ることにした。時計を見ると、もうお昼を過ぎてしまっている。しかし、リビングにもキッチンにもシンジの姿はなかった。まだ自分の部屋にいるのだろうか?  今、シンジと出くわすことがなかったと言うことは、果たして良いことなのだろうか?分からない。でもシンジとどう接すればいいのか分からないのだから……どこかほっとしている自分がいることは事実だった。  これからどうしたらいいのだろうか?その事をお茶でも飲みながら考えることにした。そうすれば少しは落ち着いて考えられるかも知れない。  ティーカップにティーバッグを入れ、ポットからお湯を注ぐ。  出来上がった紅茶をソファーに座りながら口の中に流し込む…それから一つ大きく息を吐いた。  そうして自分なりに色々と考えて見たが、何も答えを出すことができなかった。時間を掛けてもっと徹底的に考えれば又別の打開策が生まれるかも知れないが、こんな自分のことが良くわからないし、シンジへの接し方も分からない様な状況が長く続くなんてとても耐えられない。だったら何か判断の材料になる新しい情報を仕入れるか、誰かから何らかのヒントなりを貰うしかない。  けれど、何か新しい情報と言ってもこんな事に対して判断の材料になるような情報が手にはいるとは思えないし、自分を分析するために心理学等を引っ張ってくるとしても、そんなことは直ぐに役立つこととは思えない。  とすれば、どうしても誰かに相談すると言うことになる。事情を知っているのはシンジだけであるが、シンジのことも悩みの中に入っているのだから、シンジには相談などできようはずもない。とすると、事情を話して相談に乗って貰うしかないが、そうなると、相談できそうなのは…… 「…お父さんに話してみるかな……」  内容が内容だけに気乗りはしないだが、耕一に相談することに決め、カップの中に残っていた紅茶を一気に飲み干した。  シンジが活動を再開したのはもう夕方と言うよりは夜と言った方が良いような時間であった。  部屋の中はもう薄暗くなっている。 「……レイラさん?」  レイラを呼ぶが反応はない。どうやら今家にはいないようである。  少し探してみたが書き置きのようなものはなかった。……どこへ行ったのだろうか?  普段なら本部にいてもおかしくない、レイラは特殊ではあるが間違いなくネルフの職員なのだから。しかし、昨夜あんな事があったのに、何事もなく出勤していくと言うことはあるのだろうか? (多分、無いよな…だったら?) 「どこ行ったんだろ?」  もしかしたら、昨日のことは夢だったのだろうか?等とも一瞬思ったが、夢にしては余りにも生々しすぎるからそれはないと思う。 「……ひょっとして昨日のこと何も覚えてないとか」  ふと思いついた言葉が口から飛び出た。  まず、レイラの様子が分からないことにはレイラにどう接すればいいのか分からない。昨夜の行為が何をもたらしたのかさっぱり分からないから。  レイラはいずれ戻ってくる。ここが家なのだから……だから、レイラが戻ってくるまで、これからどうしようかと考えているとお腹が空腹を訴え音を鳴らしてしまった。そう言えば、昨日の昼から何も食べていなかった気がする。  どうやら、まず第一にこれから何をするべきかは決まったようである。 「…冷蔵庫に何かあるかな?」  キッチンの冷蔵庫を確認すると、中にはとりあえず色々と作れそうなだけの食材が入っていたので、自らの空腹を満たすために調理を始めた。  そのころ、ネルフ本部の司令執務室で耕一とレイラが食事を取っていた。  二人が食べているのは食堂等のお弁当ではなく、どこかのホテルか何かのお弁当のようである。 「こうして二人で、食事を取るの久しぶりだな」 「うん……」 「今晩の予定は空けておいた。ゆっくりと話を聞こう」 「ありがと」 「ああ」  そして二人とも弁当を食べ終わり、食後のお茶を飲みながら、レイラの話が始まった。  まずは忘れていた記憶を取り戻したこと、そしてその内容である耕一に拾われる前の自分の過去、正体、補完計画。碇やシンジ達への想い……そして、今のシンジの想いとそれに対する悩み。そう言ったことを一通り全部正直に話した。あまりに恥ずかしいことは黙っていたが、細かいことや簡単には説明できないことまで話していたので、話し終わったときには日付が変わり更にそこから更に時間が流れていた。  今、耕一は腕組みをして考え込んでいる。  どんな答えやヒントをくれるのだろうか、期待(もしかしたら希望だったのかも知れないが)しながら耕一が考え終わるのを、何度かお茶を飲みながら待った。 「注いでくれるか?」 「…うん」  湯飲みに急須からお茶を注ぐ。耕一は湯飲みを口元に運びお茶をゆっくりと飲み、湯飲みを机の上に戻した。 「全部きちんと話してくれて嬉しいよ」 「だが……正直少し話が大きすぎて、直ぐに簡単に答えられないことが多いな。……今何か言えるのはシンジ君についてのことくらいか」 「シンジ君について?」 「ああ、さっきの話でシンジ君が何を求めていたのかと言うのは推測でしかない。何を求めていたのか、レイラについてどう思っていたのか、綾波レイと皇レイラを天秤に掛けたとしたら?そう言ったことは、答えを確認したわけではない」 「……でも、」  そう思ったからこそ昨夜の行動を実行に移したとしか思えない。ひょっとしたら違うのかも等と言うことで確認などしたくない。そうシンジの口からいわれでもしたら……恐ろしい。 「人は欲張りだからなぁ……。あれもこれも欲しくなってしまうし、一度手に入れたものはどれも失いたくなくなってしまう」 「彼のようにはっきりと割り切れる者はそうはいない。その彼自身完全には割り切れていなかったようだし、シンジ君ならなおのことだろう」  彼とは碇のことだが、耕一の言っていることがいまいちピンとこない。何を言おうとしているのだろうか? 「分からないかな。大切な家族の皇レイラなんかどうなっても良いから、好きだった綾波レイが戻ってきて欲しい。そんな風に考えたとはとても思えないと言うことだ」  一度手に入れた大切な存在を失いたくない。それはそうだろう。だが、本当にそれでも、レイが戻ってきて欲しいとは思わなかったのだろうか?  もし、そう言う考えが出れば、後はどちらを取るかと悩んだはず。その結果起こした行動がアレなのだから……それなのに耕一はそう考えていないと言う。 「じゃあ、どうして?」 「ま、余り深く考えてなかったような気がするが、答えは本人に聞くのが一番だろう。違うかな?」  今は、耕一が示してくれたことを信じるしかないのかもしれない。本当にそうであって欲しい。そして、そうであっても、やはり……という風にはなって欲しくない。そうであることを本当に願う。 「……もう一杯いるか?」  空になった湯飲みに目を向けながら聞いてきたので、レイラはうなずきで返した。  新しく入れてもらったお茶に口を付ける。 「味は聞いてなかったが、どうだ?貰い物なんだが」 「うん…美味しい」 「自分が綾波レイだとは思えないからと言って、そう何もかも否定する必要はない。今、こうしてお茶を飲んで、美味しいと感じているのは紛れもない自分自身だろう?」 「…うん」 「過去の記憶が先入観を作ると言うことはあるだろうが、感情は自分自身のものだろう。なら、それまで否定して自分の存在を否定する必要はどこにもないだろう」 「とりあえずどうだ、シンジ君とは話せそうか?」 「……そうだね。聞かなくちゃいけないこともあるし」 「そうか、なら良い。シンジ君といろんな事をゆっくりと話してみればいい。それで、何か又困ったときや、何か進展したときは聞かせてくれるか?」 「うん、そうする」  これで今日の話は終わった。  今語れること、語らなければいけないことは全て語った。 「…で、今夜はどうする?もう随分遅い時間だが…」  時計の針はとおに日付が変わってしまっている事を示している。 「もう、シンジ君は寝てるかも知れないけど、帰る」 「そうか、お休み」 「うん、お父さんもお休み」  レイラは湯飲みに残っていたお茶を最後まで飲みほし執務室を後にした。  少し時間は遡る。  シンジは夕飯を一人で食べた後、リビングでレイラの帰りを待っていた…のだが、なかなか帰ってこない。ずいぶん遅いことで心配になって携帯に電話を掛けてみたりもしたが、何度かけても留守番電話サービスに繋がるだけで、レイラは出なかった。  レイラは今どこで何をしているのだろうか?時間が経つに連れて不安が大きくなってきてしまった。  もしかしたら、このまま戻ってこないのではないだろうかと言う気さえしてしまう。しかし、そんなことは無いはずである。レイラの家はここのなのだから、必ず戻ってくるはず、そう自分に言い聞かせるのは何度目だろうか。 「…レイラさん…」  レイラの帰りが遅いのは、昨日の件が関係しているのだろうか?……もしそうなのであれば、レイラの状態はどうなっているのだろうか、あの時意識を失った後どうなったのかシンジは知らないのである。  レイラが帰宅したのは、もう随分遅い時間だった。むしろ、朝の方が近いかも知れない。こんな時間では当然シンジはもう寝ているはずだと思っていたが、部屋の電気はついたままだった。  そして家に入ると直ぐに奥からシンジが飛び出してきた。 「レイラさん!!」 「……良かった……」  いきなり飛び出してきて、本当に嬉しそうな表情を浮かべているのだが、何について喜んでいるのかピンとこない。 「あ、そうだ。お帰りなさい」 「ええ、ただいま」  靴を脱ぎリビングへと移動する。 「シンジ君、随分嬉しそうね」 「あ、うん……昨日、あんな風になっちゃったから……」  シンジの言葉の後。お互い無言でソファーに向かい合って座った。レイラの様子は、以前と殆ど変わらない様に見える。しかし、さっきの言葉でピンときたからには昨日何があったのかは覚えているはずである。  二人とも黙ったまま暫く時間が流れる。口を開いたのはレイラの方が先だった。 「…シンジ君、」 「何?」  漸くレイラから声を掛けられシンジはすぐさまそれに答えた。 「一つお礼を言うわ、シンジ君は私に忘れていたことを思い出させてくれた。だから、ありがとう」  余り心が籠もっていないありがとうであるような気がする。何故なのだろうか? 「シンジ君、シンジ君はは私を大切な家族として見ていてくれた。そうなのよね?」 「あ、うん…」 「今も、それは変わらない?」  レイラは大切な家族である。その事が変わるはずはない。 「勿論だよ」 「そう……それは嬉しいことだったけれど、私はシンジ君を違う目で見ていた」 「一番最初にお父さんに連れられてきて会ったとき、今までに感じた覚えのない特別な感情が湧いた」 「それが何なのかずっと分からなかったけれど……シンジ君とレイが良い関係になっていたとき、そうユニゾンの訓練の時、レイに嫉妬した事で気付いた。私はシンジ君に恋していたんだってね」  レイラがシンジに恋していた?それは驚きの告白だった。そんなことは予想だにしていなかった。それも極初期からだなんて。確かにレイラがレイだったのならばあり得ない話ではないかも知れないが…… 「シンジ君とレイは誰が見てもお似合いの二人だった。それに対してシンジ君と私は歳だって10は違う。どちらの方が良い関係になるのかは自明だと思って、身を引いた……」 「二人の関係が本当によく見えたから、そこに自分が割り込んでも、みんな辛い思いをするだけじゃない。だから、私はシンジ君を可愛い弟か何かのように見ているという風に無理矢理自分の心に覆いをかぶせた」 「でも、結局シンジ君はレイとは上手く行かなかった」  そう、レイとは上手く行かなかった。レイにレイを重ねて見ていたから…… 「他人を重ねて見られると言うことは辛いことよね……」  レイラは何故二人が上手く行かなかったのか分かっている。 「でも、二人の間が悪くなって、私は内心喜んでいた。だって、自分の心に正直になれるチャンスができたんだから……」 「そして、シンジ君のおかげで綾波レイとしての記憶を取り戻すことができた…」  その言葉を口にするレイラがまるで嬉しそうではないのはどうしてなのだろう? 「……レイラさん?」 「シンジ君。シンジ君はどうして、今、皇レイラと綾波レイが同じ人物であると言うことを確かめようとしたの?」  シンジが声を掛けたのを遮って意図を尋ねてきた。 「え?…それは、」  何故確かめようとしたのか……それは、レイのことが好きだったと気付いたから。レイともう一度やり直すチャンスが欲しかったから。そう言ったことはある。だが、正直に言えば今この時点で確かめるという行動に出たのは、逃げたくなかったから、あるいは他から逃げたかったからかも知れない。  後のことは余り話したくないことではあったが、正直に語ることにした。 「夢の話で、レイラさんが綾波じゃないかって気付いた後、レイラさんのことを考えるとどうしてもその事ばかりに考えが行っていた。だけど、確かめるのは怖かったんだ。もしレイラさんと綾波は全く別の存在だったら……そんな風な考えが頭に浮かんだら、こっちの綾波との時のことをどうしても連想しちゃったんだ……」  シンジはレイのことが好きだったと思う。しかし、その時はまだレイは特別な存在と言うだけでどう特別なのかなんて事分からない内に、サードインパクトの時が訪れてしまった。  こちらのの綾波といる時、いつも綾波をどこか重ねて見ていた。その事を綾波に言われて、やっと綾波のことが凄く好きだったって事に気付いた。それは、大切なことを気付かせてくれたわけだが、何もする事もできないまま終わってしまった。そして、もうそれを続けることもやり直すこともできない。……それはある意味絶望だったのだと思う。  そう言ったことを聞いているレイラの表情は……少し厳しいものだった。レイラはシンジのことをさっき言ったように見ていたのではなかったのか?それとも、レイラとレイは別の存在だったとでも言うのだろうか?  レイラの反応が良くわからなかったが、このまま話を続けることにした。 「もう一度絶望を味わいたく無かった。本当にそうなったときそこまでのものを感じるのかどうかは分からない。だけど不安で怖かった……」 「でも、やっぱりレイラさんを前にすると、考えないと言うことはできなかったんだ。だから、反応が色々とぎこちなくなっていたりしてたと思う。そのことで随分心配させちゃったしね……」 「そんなのは勿論僕は全く望んでない。だけど、どうしたってそうなっちゃうんだ。だから、そんな状況を早くなんとかしたかったんだ。でも、だからってどうすることもできなかった」 「だって、どういう行動をするにしても何もしないにしても、みんな嫌だったり、怖かったりしたんだから……」 「いっそのこと今自分がいるところから逃げ出すってのもあったかも知れない…逃げるって手が………」 「でも、ある意味、何か行動をするって言うのも、実は他のことをしたくないから、だからそっちに逃げるって事だったのかも知れない。そうだったら、逃げるって事は、逃げる事から逃げるって事になってるのかもしれない」 「それで本当に全て収まるのかっていったらそうは言いきれない…又そこからも逃げたくなったらどうなっちゃうんだろうって…そんな風に次々に逃げて行ったとしたら、どうなってしまうのだろうってね…」 「そうやって、逃げて逃げてそしてその行き着く先にはなにがあるんだろうね…多分なんにもない…」 「何もかもから逃げていたんじゃ、結局前と何も変わっていない。僕はこの歴史を変えるために戻ってきた。それは、逃げるのではなく、立ち向かうってことだよね。だから、僕は逃げるんじゃなくて立ち向かわなければならない」 「でも、立ち向かうって言っても、何に立ち向かうのか直ぐには決められなかったんだ」  自分の決断力の弱さを苦笑しながらそんな言葉を口にする。 「結局、レイラさんと綾波が同じかどうかを確かめるって行動を起こすことにしたんだ。その方法は、昨日の方法……」 「今、考えてみたらちゃんと考えた結果の行動なんかじゃなかったね。だって、一度やると決めてしまってからは、悪いことが起こるかもなんてこと殆ど考えてなかったんだから…」 「だから、レイラさんが苦しんでいるのを見て、本当に狼狽えたし、どういう結果が出たのか分からなかったのに苦しめてしまったという事だけしか分からなかったから、その事で頭が一杯になって、本気で後悔したりもしたし……」 「今日、帰りがあんなに遅かったから……その事で何かあったんじゃないかって、本当に心配でたまらなかったりすることになったんだ」  けれど、今はその心配は全て払拭されたかと言うとそうではない。レイラが先ほどから口にしているのは核心の部分ではないものばかりだから、これからレイラがどのように核心について語るのかが心配なのである。 「…そうなの」  レイラはゆっくりとシンジの話した言葉を整理して理解し、考えている様子である。 「シンジ君、私は確かに綾波レイの記憶を思い出した。そう、貴方の後を追って過去へと遡った前の記憶も、」  やっと核心のことを口にしてくれた。しかし、ほっと胸を撫で下ろす間もなく、次の言葉が生まれかけた喜びを吹き飛ばしてしまった。 「私は確かに綾波レイだった……それは分かるの、だけれど、自分が綾波レイだとは思えないの」 「え?」  言っている意味が良くわからない。綾波レイだったと分かるけれど思えない??  どう言う意味なのか聞こうとしたが、実際に聞くよりもレイラが次の言葉を発する方が早かった。 「確かに私は綾波レイとしての記憶を思い出した。だけれど、それが本当に自分自身の記憶だとは思えない。それは綾波レイの記憶であって、私の記憶ではない、そんな風に思えるの」  説明してくれたがやはり良くわからない。 「良くわからないでしょ。私自身、この事は良くわからないんだから、当然なんだけれど……」 「だから、どうしたらいいのかなって」  そんな風に言われても良くわからないのだから何とも言いようがない。 「私は私だけれどね……」 「……レイラさんはどうしたいの?」 「私は皇レイラだから、」 「そっか、そうだね」  話がそこで切れ沈黙が訪れた。 「……もう遅いし、一晩ゆっくり寝て、又明日考えよう?」 「……そうね」  今回のお話はここで終わった。  シンジは自分のベッドに潜り込んでから大きな溜息をついた。  なんだか、良くわからないことになってきてしまった。こんな風になるなんて全く予想できなかった。  とりあえず、何かを失うというようなことはなかったような気がするが……これからどうなっていくのだろうか? 「あ、そう言えば……」  どうしてレイはレイラになったのだろうか?  シンジよりも過去に遡り、その時になんだかの理由で記憶を失った。多分そんな感じだとは思うが、その過程でどんなことがあったのか聞いていない。ひょっとしたら、その時のことが分かれば、何か答えを出すことができるかも知れない。  とは言っても、今日はもう遅い……いや、既に遅いどころか朝の早い時間としか言いようがない。今はゆっくりと休み、起きたらその事を聞いてみよう。  多分どれほども寝ていなかったのだろうが、喧しく鳴り響く携帯の着信音で起こされてしまった。 「はい…はい…」  半分眠りながら着信音を上げ続けている携帯に手を伸ばす。 『使徒よ!!』  着信ボタンを押すと同時に飛び込んできたミサトの声で一発で眠気が吹き飛び目が覚めてしまった。 (ゼルエル!!?)  最強の使徒が遂に来てしまった。それも、こんなタイミングで………