レイラの車でネルフ本部に向かって突っ走る。 「シートベルト絞めて!」 叫びに従ってきっちりとシートベルトを締めたと同時にアクセルを踏み込んだ。 この使徒がどんな使徒なのか分かっているから少しでも急ぐ。 シェルターへと避難する人たちを横目に加速していく。ミサトの運転と比較するほどではないが、それでも随分荒い運転になってしまっている。 結局、目を覚ましてからあの話は一言もしていないが……一晩でレイラは何か考える事はできたのだろうか? (レイラさん……) (だめだ、今は戦う事に集中しなくちゃ) あの使徒を相手に余計なことを考えていて勝てるはずがない。 レイラは大丈夫。どうなったって、シンジの大切な人であることは間違いない。ならば、シンジはただ生きて戻ってくればいい……それさえできればいい。 ネルフ本部の駐車場に滑り込み、車を降りた。 「シンジ君、必ず戻ってきて」 「もちろんだよ」 シンジは力強く答えケージの方向に向かって駆けていった。 「……シンジ君、」 ゼルエルと戦ったとき、自分は綾波レイとして特攻したが返り討ちにあってしまった。 戦闘の詳細は後で使徒戦の記録の映像を見たが、とんでもないとしか言いようがない内容だった。 そしてもう一つ、シンジが初号機に取り込まれてしまった。 そう言った事は自分の記憶であるとは思えていないままである。けれどあんな事は決して起こって欲しくないと言うのは間違いなく自分の気持ち…… あの時よりもシンジの戦力は圧倒的に高いし、シンジもゼルエルの事がある程度分かっている。それに、いざとなればリリンとしての力だって使える。 それなら、あれほどの危機に追い込まれる事はなく、ゼルエルを殲滅出来る。 ……そう信じたい。 プラグスーツに着替える時間もなかったから、ケージに到着するとヘッドセットだけ付けてそのまま初号機に乗り込んだ。 (そう言えば、あの時もそのまま入ったっけ……) あの時とは理由は違うが、着替えずにそのまま入ったというのは同じである。 そして違うのは理由だけではない。今、三機とも発進準備が進められており、エヴァ三機による迎撃が行えそうである。 (馬鹿なことしてたな) 理由はおいておいても、あの時自分はこの場にいなかった。自分の意志でここを去っていた。 エヴァ三機にチルドレンは二人。どう足掻いても戦力を下がることになる。それは自分の死ぬ確率を大きく引き上げることになると言うのに…… 『目標はあと二分で到達するわ。残念だけれど能力を調べている時間はないわ。敵の能力に気を付けながら攻撃をかけることになるけれど、十分に気を付けて』 三機が揃って射出口へと運ばれていく。 『発進!』 Gがかかって一気に地上へと射出される。 まだ昇ってからそんなに経っていない日の光によって街が照らされ、少し長い影を作っている。 そんな中、中央部の超高層ビル群が地下へと消えていった。 「……まだ見えないか、」 まだゼルエルは、外輪山の外側にいるようでその姿は見えない。手元に射出されてきた新型プログソードを手に取って構えた。 零号機はポジトロンライフル。弐号機は新型ソニックグレイブを装備する。 『サード!今度こそ邪魔すんじゃないわよ!』 ゼルエルが姿を現すまでの時間に、アスカが吼えてきた。 (先に行かせるか、) ゼルエルが弐号機を攻撃するときに隙ができるかも知れない。そこを狙えばいけるかも知れない。 「わかってるよ。来た」 外輪山を越えてゼルエルが箱根の中に侵攻してきた。 『仕掛けて!』 ミサトの声と共に弐号機が猛烈な勢いで飛び出していき、零号機や支援兵器がゼルエルに向けて攻撃を開始する。初号機も弐号機の後についてゼルエルに向かって走った。 (来る!) 猛攻の中平然と顔からビームをぶっ放して来た。初号機はそれを横に飛んで躱す……直後着弾点に大きな十字架状の火柱が上がった。 見ると、弐号機も上手く躱していたようで、丘を台代わりにしてゼルエルに向かって跳躍しソニックグレイブを大きく振りかぶっていた。 ソニックグレイブがゼルエルの脳天に思い切り振り下ろされる……普通の使徒であればそれで決まったかも知れないが、ゼルエル相手では刃が頭部に食い込んだだけに終わってしまった。 食い込んでしまって直ぐには抜けないと見るや、ソニックグレイブを残してゼルエルから飛び退く……一瞬遅れて発射されたビームが空を切って空へと上っていった。 アスカのあのセンスだけは本当に凄い物だと思う。最も、それでも今回は相手があまりに悪すぎるが、 ゼルエルが弐号機に気を引きつけられている間に、初号機はゼルエルの後ろ側に回り込んだ。 隙をついて後ろから攻撃する。コアを貫ければ一番だが、後ろからでは不可能なので攻撃手段を奪うことにする。 さて、ビームの頭部かあの伸びる帯状の腕の肩、どっちを狙うか、 (肩だ!) 背後から飛び掛かり、プログソードで一気にゼルエルの右肩を切断する。 「よし!」 直ぐに間合いをとろうとしたが、ソニックグレイブが刺さったままのゼルエルの頭がくるりとこちら側を向いて、次の瞬間至近距離からビームをぶっ放してきた。 「ATフィールド!!」 ATフィールドを前面に集中してビームを防ぐ……しかし、ビームが強すぎた。フィールドが貫通される。 何とか身を翻して直撃だけは避けられたが、左脇の下を掠めたときに胸をやられた。それだけで装甲板が蒸発し、素体にもかなりのダメージを受けたようで、激痛が走った。 「ぎゃああ!!」 直ぐにフィードバックが部分的に和らげられたようで、痛みがまだ耐えられる範囲になる。 「くそ、」 ビームを第二撃、第三撃と続けて放って来たがそれらを全て躱す。 火柱が消えた後着弾点には深い穴があいていた。装甲板も何枚か貫通しているだろう……あんなものの直撃を食らえばやばいというのは言うまでもない。 今度は弐号機が攻撃を仕掛けた。一発蹴りを食らわせて、ゼルエルに存在を再認識させ、頭を弐号機の方に向けた瞬間、どこかで受け取ったのだろうトールハンマーを刺さったままのソニックグレイブに思い切り振り下ろした。 ソニックグレイブは圧倒的な力でへし折られるが、その分刃が思い切り深く突き刺さった。あれでビームは封じられたかも知れないが、未だ左腕が残っている。 間合いをとろうとした弐号機を左腕が襲う……躱し切れず、左足を太腿のあたりで切り飛ばされた。 切断面から勢いよく血が噴き出す……片足を失った弐号機がバランスを崩し地面に倒れる。 倒れたままもがいている弐号機に更に襲いかかろうとしたところで、支援兵器などから無数の攻撃が差し向けられた腕に向けて仕掛けられ、攻撃先を逸らすことに成功した。 「今度はこっちだ」 一気に走り込み、プログソードでその残った左肩を切り飛ばす。 ビームが使えなくなっていればこれで攻撃手段を失ったことになるが、用心のために又間合いをとる。 その直後、ソニックグレイブの刃がゼルエルの頭から猛烈な勢いで飛び出した。 「!」 さっきまで初号機がいた場所の地面に突き刺さっている。 「危なかった…」 流石は最強の使徒、どうやらまだまだ簡単には片付けられそうにないようである。 零号機の陽電子砲を含め、支援兵器から猛攻を受け続けているのだが、ATフィールドが中和されているのにそちらのダメージは殆どないに等しい。 (……弐号機は駄目か、) 弐号機に目をやると何とか起きあがっていたが、片足である以上まともな戦闘はできない。 つまり初号機が決めるしかない。 プログソードをぎゅっと握りしめ、又ゼルエルに向かって突進する。 ゼルエルは再び顔からビームをぶっ放してきた。斜め前に跳んでビームを躱し、そこから一気に斬りかかる。 しかし刃が振り下ろされるまさにその瞬間、ゼルエルの右腕が一瞬にして再生し振り下ろされたプログソードを弾いた。 「何!?」 直ぐに飛び退いて、反撃のビームを躱す。 一瞬で再生すると言うことはいくら何でもないだろうから体内で再生していたのを一気に出したと言うことなのだろう。……と言うことは同じくらいの時間で左腕も再生してしまうと言うことになってしまう。 やはり、手強すぎる。 右腕を初号機に向かって伸ばしてくるのをプログソードで凌ぎ、続いて撃ってきたビームを躱す。 (拙いな) その後も連続攻撃を繰り出してきてなかなか近寄らせてもらえない。 急速に学習してきているのだろう……大した学習能力である。戦闘中にも賢くなっていく。しかし、それだけではない。使徒には自己進化能力もある。 つまり時間が経てば経つほど不利になっていく。 左腕が再生される前に何とかしなければ危険である。 弐号機は片足で遠距離からの支援しかでない。零号機と連携して近距離戦を行う必要があるだろう。 「……綾波、」 モニターにレイの顔が映る。 「こっちが引きつけている間に、肩を切断して」 『……了解』 少しの間の後に淡々と了解とだけ、そんな事がシンジに寂しさを引き起こさせた。 最も致死性の連続攻撃に晒されている最中で、そんな想いにいつまでも捕らわれていることなどできなかったが、 『プログソードを出すわ!』 零号機がゼルエルの後ろ側に回り込んでいる。 ゼルエルは初号機にばかり意識がいっていたのだろう。簡単に背後に回り込まれ、残っていた肩を切り飛ばされた。 それと同時に腕の攻撃が止む、ぶっ放してきたビームを躱してゼルエルに向かって全力で走る。 初号機が間合いに入る前に、零号機に顔を向けて一発……零号機はビームに貫かれて吹っ飛ぶ。 「綾波、」 ゼルエルの顔は再び初号機の方を向いて来た。ビームが放たれるが、レイのことを頭から振り払いこれを躱して飛び掛かる。 「これで終わりだ!!!」 コアをそのままプログソードで突く、コアさえ破壊できれば良い。 しかし直撃する寸前コアを殻が覆い、プログソードは殻に当たって激しく火花を散らすだけに終わった。 「くっ」 もう引けない、このまま行くしかない。思い切り力を込める。この殻を貫けばコアなのだ。 ビームの第二射を背中側に回り込んで躱す。そのまま一回転腹側に戻ってきて又同じ所を突く。又激しく火花が飛び散る。尋常ではなく堅い。前回、NN爆弾の直撃にも耐えただけのことはある。 第三射は後ろに飛んで躱す。左腕が再生する前に何とかできなければ拙い。体内で左腕はどこまで再生されているのだろうか? 再三再四に渡って同じ場所を突くが、なかなか殻を突き破ることができない。 「でたらめだ!」 左腕が復活した!襲いかかってくる左腕とビームを避ける。又連続攻撃を仕掛けてくるようになった。 零号機は活動不能で弐号機は支援だけ、さっきのような手は使えない。 「どうすれば……」 いや、問題はそれだけじゃない。プログソードではコアを守る殻を破れない……もっと強い武器が必要である。 それを連続攻撃を避けながら考える。 何かプログソードよりも強い武器、あの殻を貫ける武器はないだろうか? ポジトロンライフルで零距離射撃?……それならば貫けるかも知れないが、あんな物を近距離で撃とうなんてしていたら、その前にこっちの首が飛んでいる。 まともな武器では無理そうである。 (くそっ) だったら、まともでない武器……例えばATフィールドならばどうだろう? そんな考えがふと思い浮かんだ。 ATフィールドを形にして武器にする。リリンとして覚醒したシンジはできる事だが……シンクロした状態でエヴァでもできるのだろうか? 「…つぅ」 危なかった。何とか避けれたがもう少しで足を吹っ飛ばされるところだった。 どのみちこのまま攻撃を避け続けていてもじり貧である。やってみる価値はあるかもしれない。 プログソードを思い切りゼルエルに投げ付ける。プログソードはゼルエルの胸に突き刺さるが、この程度で致命傷にならない事など分かり切っている。 ATフィールドを右手に集めるイメージを描き、更にイメージを剣の形に変化させる。 「どうだ!?」 どこか恐る恐る右手を見てみると、まさに描いたイメージ通り初号機が紅い剣を握っていた。 「よし!」 ゼルエルの腕が襲いかかってくる。それを紅い剣で斬った。ATフィールドでできたその刃はまるで紙を切るかのように容易くゼルエルの腕を切る事ができた。 「これなら行ける!」 プログソードなどとは比べ物にならない攻撃力、これならばきっとあの殻も貫く事ができる。 ゼルエルに向かって走る。対するゼルエルはビームをぶっ放してくるが、剣の幅を広げてその刀身でビームを受け止める。いくらビームが強かろうとも実体化したATフィールドを貫けるはずがない。ビームをはじき返してそのまま切り込める間合いまで走り込む。 短くなった左腕と再生を果たした右腕が襲ってくるがどちらも簡単に斬り飛ばす。 「くらええ!!!」 紅い剣を振りかぶり一気に振り下ろす……ゼルエルの右肩から左の腰にかけて刃が通った。 手応えあり。斜めに切断された上側の部分が切断面に沿って滑り落ち地面に落下する。 「これで終わりだ!!」 剣で殻の上からコアを貫く……その一撃でゼルエルは活動を停止した。 『パターンブルー消失!!使徒を殲滅しました!!』 青葉の声が聞こえた後、急速に意識が遠のいていく……エヴァを通してだが、力を使いすぎたのだろうか?それとも、エヴァを通して使うことが力を使うのか、どこかぼんやりとそんなことを考えながら意識が闇へと落ちていった。 パターン消失という声を聞き、戦闘を発令所で見守っていたレイラはほっと胸を撫で下ろしていた。 戦闘中は終始不安で一杯だったし、一瞬もう駄目かとさえ思ったが無事に使徒を殲滅出来た。 「回収急いで!」 「はい!」 シンジはケージに戻ってくる。だから、迎えに行こう。 そう決めて、レイラは発令所を出てケージに向かった。 結局、ケージに着いたときもシンジは意識を失ったままで、そのまま中央病院に搬送されることになってしまったため、ケージでシンジを迎えるという事はできなかった。 その検査の結果シンジは疲労が大きかっただけで、特に問題や異常などはなかった。直に目を覚ますだろうと検査をした医師から報告を受ける。 「ありがとうございました」 「いえいえ、彼のおかげで私もこうして生きていられるのですから、私こそお礼を言う側の人間ですよ」 「それでは、何かあったらいつでも呼んでください」 医師が看護婦と一緒に病室を出て行き、眠っているシンジとレイラだけが部屋に残された。 それから一人でシンジが目を覚ますのを待っていたが、なかなかシンジは目を覚まさない。 あの戦いでシンジはよほど疲れたのだろう。今までとはレベルが違う使徒との戦い……それだけでも疲労はかなりのものだっただろうに、 その上で、最後のATフィールドを剣として使った攻撃。通常の使用法とはまるで違う。あれで更に疲れることになったのかも知れない。ATフィールドを具現化させるなんて事は、ただごとではないだろうし…… 「御苦労様」 シンジの頬をそっと撫でる。 「このまま、ずっとついているから……」 ふと、気付くと紅い水面の上に立っていた。 「……ここは?」 少し離れたところに三人のレイが立っている……幼い一人目のレイ、プラグスーツを着た二人目のレイ、制服を着た三人目のレイ。 「貴女達……」 三人のレイ、いったい何故今三人が現れたのだろうか?いや、そもそもレイはレイラ自身。同じ人物が顔をあわせると言うことはあり得ない。……これは夢なのだろうか?だが、夢でもかまわないかも知れない。 (彼女たちなら、何か答えてくれるかも知れない) 「私は綾波レイだった。そうよね?」 三人のレイは一緒にゆっくり頷く。 「でも、私は自分が綾波レイだったとは思えないの。私の持っている記憶が自分のものだとは思えないの。これは何故か分かる?」 「貴女がずっと皇レイラとして生きてきたからだと思う」 二人目のレイがレイラの問いに答えた。 「皇レイラとして生きてきたから?」 「貴女は私たちとは関係なく、10年間も生きてきた」 「それは、私が綾波レイとして生きてきた時よりも長い」 レイラがレイラとして生きてきたのは10年。 対して、レイは一人目は生まれてから2010年までだが、幼かったし外の世界にでたこともない。その人生は殆どが重みがないものだったのかもしれない。 二人目は5年間。しかし、外の世界にでたり、シンジ達と接点を持ったりした期間を考えればそんなに長いものではない。 三人目に至っては一月余り。 長さだけの問題ではないが、レイラがレイとは関係ない自分を作ってしまうには十分な期間なのかもしれない。 「……私は自分が出来上がってしまったから、それとは違う貴女達の事が自分のこととしては思えないの?」 「多分」 どこか自信なさげだが、レイはそう答えた。 「そうなの……。でも、私はどうしたらいいの?そうだったら、私は自分が綾波レイだったと感じることはできないじゃない」 「そうね。でも、私は綾波レイだけれど、自分が二人目だと思うこともできない」 三人目のレイが答える。 「私は私、二人目ではない」 何のことを言っているのか、いまいちピンとこない。 「私は碇君とは殆ど接したことがない。本当に接していたのは二人目だけ。でも、私にとって碇君は大切な存在。そう思う」 「自分の想い出ではないのに?」 こくりと頷いた。 「そう思うから。私は私、その心は間違いなく私なのだから、」 心……感じること、それは間違いなく自分のことと言うのは確かだと思う。 でも想いが複雑になって、どうすればいいのか良くわからなくなってしまうことだってある。嬉しさと戸惑い、困惑……そんな反対のような感情が同時に湧いてくるようなこととか、……それに他にも問題がある。 「貴女は、補完計画の後シンジ君とアスカの元に戻った後、どうするつもりだったの?」 「どういう意味?」 「貴女は確かに綾波レイだし、二人目の記憶を持っている。だけれど、二人目ではないのならどこかに差は出てくるわ。それを指摘されたら?それとも、シンジ君が昔の想い出を貴女に話したとき、貴女はどう思い、そしてどうするつもりだったの?」 三人目はレイラの問いに直ぐには答えなかった。 「……分からない。碇君に全てを話して、決めようと思っていた」 俯き加減に口にしたその言葉は、レイラと似たようなものだった。 「そっか、私と似たようなものだったんだ」 「そうかもしれない」 一人目と二人目は黙っている。一人目は当然だが、その人生が希薄だったから二人目は過去の自分である一人目の存在は関係なかったし、二人目自身最初は自分というものを持っていなかったのだから、そう言ったことはなかった。 今レイラが持っている綾波レイとしての記憶の殆どは二人目だったときのもの……この意味では、三人目と自分は似たような物である。ただ、状況が違うだけなのかもしれない。 なら、三人目が出したであろう答えはレイラの答えに近い物になるのだろうか?……更に逆に言えば、レイラは三人目に近いと言うことなのだろうか、 ただ、三人目は綾波レイという枠の中の存在であったのに、レイラはその外にいると言う違いはある。綾波レイという枠はいったい何なのだろうか?三人のレイと自分の違い……それはこれまでの人生。さっき出てきた綾波レイとは関係なく生きてきた皇レイラとしての人生だろう。 もし、もっと早く過去の綾波レイとしての記憶を取り戻せていたら、あるいは初めから覚えていたとしたらどうなったのだろうか?……皇レイラという人格が出来上がらなければ、どうなっていたのだろうか? 「……四人目?」 レイラの口から出た言葉に三人のレイがどういう意味か無言のまま尋ねてくる。 皇レイラでなく、綾波レイであっても、三人目がそうなのなら、多分自分も前の記憶は自分のものとは思えないだろう。ならば、それは四人目のレイと言うことになるのだと思う。 「私は、皇レイラとしての人格ができなかったなら、四人目の綾波レイだったかも知れないと思って」 「そうかもしれないわね」 結局の所、自分が綾波レイだと感じられない、思えないというのは余り意味がない事なのかも知れない。正しく言えば、二人目のレイだとは思えないし、三人目のレイとも思えない。と言うことなのだろう。レイラは彼女たちではないのだから……そういう風に考えれば三人目の場合と変わらない。 なんだか、案外すっきりと答えが出てしまった。それなら取る行動も自然に決まってくる。シンジにこう言ったことも全て話して一緒に考えていこう。 その中でレイラを受け入れてくれ、そして恋人へとなれたら幸せなのだが……実際にそうなれるのかどうかと言うのは、シンジが何を求めているのかと言うのが一番大きいかも知れない。 シンジは綾波レイの何を求めているのだろうか?……いや、シンジの恋人が必ずしも綾波レイである必要はないだろう。 確かに、かなう事・それを理解することはなかったがお互いのことが好きだった。しかし、それは絶対のものではないはず。 シンジが潜在的に求めていた存在の中にレイが入っていたというのならば、本来よりは狭い範囲になっていたとしても、レイラもそこに入ることができると思う。レイラはそのレイと同じ存在であり、何よりもそのレイの記憶を引き継いでいるのだから……だからこそ駄目だと言うことはあるかも知れないが、まさかレイの使徒としての力や不自然な生まれ方故の特別な色素の容姿を求めているわけではあるまい。 (そう言えば、どうして私は……?) 使徒の力を失っているのだろう?どうして色素が普通のものになっているのだろうか? 三人のレイは揃って蒼い髪、紅い目、白い肌をしているが、レイラはそうではなく見かけはユイに非常に近い。 「どうかしたの?」 「あ、うん……どうして、私には力はないのかなって、思って」 「使徒としての力?」 「ええ、色素もだけれど、」 ひょっとしたら、自分が綾波レイとは思えなかったのには、そう言ったところも一役買っていたのかも知れない。もし、少なくとも外見がレイと同じであれば、レイと同じように特別な色素であったとしたら、あるいは自分はやっぱりレイだったのかと納得出来たかも知れない。 二人目のレイが何か考え込んでいる。 「どうかしたの?」 「……使徒の力を持たないと言うことは、限りなく人に近い。ひょっとしたら人そのものと言っても良いかも知れない」 何が言いたいのか今一要領を得ない。 「私たちは純粋な人ではない。だから、私は人になりたいと願っていたからなのかも知れない」 生まれ方も不自然だが、碇ユイとリリスの遺伝子がミックスされているのが綾波レイ……それは、純粋な人ではない。 自分はどうなのだろう? 生まれ方はおいておいて、一番大きい使徒の力も使えないし……クローン人間も人と言えるのだから、レイラも人と言えるのだろうか?もしそうなら、レイが願っていたとおり 「綾波レイが願っていたから、皇レイラと言う存在が生まれた?」 「かも知れない」 自然口から漏れていた呟きに同意されてしまった。 人になりたい……その願いはとても哀しいものである。 だけれどその願いの結果が、レイラだとしたら……いや、ひょっとしたら願いが実現したのが、今のレイラなのかも知れない。 人であること、他人との繋がり、社会的な地位……レイが持っていなかったものをレイラは持っている。その上、シンジと家族になれているし、上手く行けばシンジと恋人になれるかも知れない。 でも、それはレイが望んだことであり、レイラ自身の気持ちは入っていないのではないだろうか? (ううん…そんなことない) 心はレイラ自身のもの。今の生活、シンジと恋人になることは、レイラ自身も望んできたことなのだから。 レイラの始まりは、レイがあったから、レイが望んだからかも知れない。でも、その後はレイラ自身のこと。皇レイラという存在は確かに自分自身なのだ。 そんな風に思うと、今の自分があることが凄くありがたく、同時に申し訳なくも思えてきた。三人のレイは実際に願いが叶うことはなかったのだから、 「ありがとう……、そして、ごめんなさい」 「「「どうして謝るの?」」」 レイには意外すぎたのだろうか?三人が揃って疑問を口にする。 「だって、貴女達はその願いが叶うことはなかったのだから、私だけこんな風に……」 「どうしてそんな風に思うの?」 聞き返してきたレイは、本当に何故そんな風な考えになるのか理解出来ないようである。 「それって、これで良いって言うこと?」 頷きが返ってきた。 「私の方が、どうしてそんな風に思うのか知りたいわ」 「貴女は私のあり得た存在なのだから、貴女が願いを実現してくれれば嬉しい」 「でも……」 「それに、私たちはもう存在しない。貴女がそんなことを思う理由はどこにもない」 いくらそう言われても、いや、そう言われるからこそ、とても哀しいことのように思う。 そう感じていることが分かったのだろう。レイも口をつぐんでしまい、静かになってしまった。 「もしどうしてもそう思うのだったら、別の願いを叶えてくれると嬉しい」 暫く沈黙が続いた後、ポツリと代替案を口にしてきた。 「別の願い?」 コクンと頷いた後、三人が順番に願い事を言う。 「私は碇所長の役立ちたい」 「私は碇君に幸せになって欲しい」 「私は碇君を止めて欲しい」 三人が言った確かにレイラ自身の事ではない。だから、確かにそれを果たせば彼女たちの願いを果たすことができるだろう。 けれど、結局の所レイの望むものとはレイラが望むものと同じなのかも知れない。 二人目と三人目の願いはまさに全く一致。 ただ、一人目の願いは少し難しいかもしれない。今のレイラにとって、碇も大切な存在に思うのだが……碇が望むのは当然ユイの復活である。しかし、そのためにインパクトを必要としている。 インパクトの発生はレイラにとって受け入れたくないことであるし、それがゼーレのものとは違うと言ってもシンジには到底受け入れられるものではないだろう。 逆に言えば、もしインパクト以外の手があれば、碇の願いの役に立てるし、シンジも止めやすいし、更にこの問題が解決すればシンジも幸せになりやすいかもしれない。 今、リリスの力が使えるとしたら……容易いとは言えないが、インパクトを起こさなくてもできると思うが、レイの願いの結果、レイラは使徒の力を失ってしまった。 全てを解決へと近づける方法が思いついたと言うのに、それが実行出来ない。願いが叶ってしまったことが……とても悔しかった。 「……何がそんなに悔しいの?」 「全てを解決へと近づける方法が見付かったのに、それが実行出来ないから……」 「全てを解決に近づける?」 「碇副司令の願いはユイさんの復活。それをインパクト起こさずに達成することができれば、碇副司令の役に立てるし、インパクトを起こす計画の必要が無くなれば、シンジ君を止めやすくなるし、そうすれば、シンジ君も幸せになりやすいと思う」 「私がリリスの力が使えればわざわざインパクトを起こさなくてもできると思うけれど……」 レイラの案を聞いて三人の表情が輝き、途端暗くなる。 しかし、直ぐに何か決意を秘めた表情に変わった。 「私たちを使って」 「え?貴女達を?」 意味が良くわからない。 「私たちは、皇レイラの中に留まっていた綾波レイの心」 「外に出ることは決してかなわない」 「けれど、私たちは綾波レイ。使徒の力を持っている」 レイラとは違ってレイは使徒の力を持っている。その力を使うことができれば、確かにできるかもしれない。 しかし、その決意めいた表情と、私たちを使ってと言うのはどういう事なのだろう?それを訊こうとしたが、それよりもレイ達が次の言葉を口にする方が早かった。 「でも、それだけじゃ足りない」 「この世界の綾波レイの協力が欠かせない」 「彼女が私たちを力にすれば、インパクトを起こさなくてもリリスの力が使えると思う」 つまりリリスの力を持っているけれど実体を持たない三人と、リリスの力は使えないけれど実体をもっているこの世界のレイが一緒になればリリスの力を使うことができると……けれど、「私たちを使って」と言う表現をした。 「……貴女達はどうなるの?」 「力として消費されて消える。けれど、私たちはもう心の欠片・残留思念のようなものでしかない。それで願いが叶うなら、それ以上嬉しいことはないわ」 キッパリと言い切った……三人揃って同じ決意の表情をしている。 それでも……と言いかけたが、止めた。そのままずっと表に出られない上に、願いが叶わないなどと言うことになったら、あまりに不幸ではないだろうか、 その願いを叶えることが、三人へレイラがしてあげられる唯一のこと……その事は、三人のレイに対して物凄く済まなく、そして同じくらいありがたく思えた。 「わかった。貴女達の願いを叶えるためにも頑張る」 三人のレイは揃って微笑みで返してくれた。 「……?」 気付くと病室にいた。 目の前のベッドにはシンジが寝ている。 (そっか……シンジ君についている内に寝てしまったんだ) 時間は明け方だろう。だんだん明るくなってきている。 シンジはまだ眠ったままで目を覚ましていない。 一通り見回して状況は分かった。 さっきの夢……確かに、夢だったのだろう。だが、ただの夢であるはずがない。 夢の中でレイと話したその全てをはっきりと覚えている。 だから、レイラの心の中にいるレイと夢の中で話した。そう言うことなのだろう。 三人のレイのおかげでレイラが悩んでいたものの答えと、これから進むべき道が見えた。 (ありがとう) 心の中で唱えた三人へのお礼、この想いが三人に届いていて欲しい。