再び

◆最終話

 発令所には多数の弾痕があるし、壁面には爆破された跡も残っている。
「派手にやられたものね」
「けれど、何とか助かったわ」
 戦闘は本当に辛くもであるが、ネルフ側が防衛に成功した。
 本部内での戦闘はもう少しで敗北するところだったが、地上でのエヴァ同士の戦闘に勝利することができた。
 SS機関搭載型の量産機を完全に倒すのはなかなか困難で、何度も再生してきたが、再生の限界まで破壊しつくか、コアやプラグを破壊すれば倒すことができた。
 それでも、初号機と弐号機では、内部電源が持たなかっただろう……ヒカリの存在は大きかった。ヒカリの操る量産機がサポートすることでアンビリカルケーブルの再接続を何回か行うことができた。
 そして地上で八機のエヴァを倒した時点で、自衛隊と戦自はそれぞれ停戦を申し出、今は外輪山まで後退を開始している。
 そのまま攻撃を続ければ、いくらエヴァ三機がまだ残っているとしても、ネルフ本部陥落は時間の問題であっただろうが、そのあたりの事情はわからないが、上の方の人間の駆け引きはミサトにとってはどうでもいい。ただ、防衛することができたと言うことが大事なのである。
「葛城一佐、負傷者が多すぎ中央病院の能力では手に余ります」
「そう……上の病院は?」
「難しいです」
「仕方ないわ、負傷者の手当にも協力してもらいましょう。抵抗感がないわけではないけれど他に手はないわ」
「わかりました。戦自の司令部に回線をつなぎます」
 そうして、今すぐにしなければいけないことを一通り終えると、発令所を後にし総司令執務室に向かった。
 総司令執務室の扉の前に立つと自然に扉が開いた。
 執務室に足を踏み入れる……遮光性が高かったガラスが割れ、そこからジオフロントの光が差し込んできていて、明るさが随分違う。しかし、碇と冬月はいつも通り、執務机の向こうにすわっていた。
「葛城一佐、ご苦労だった」
「ありがとうございます」
「まずは今の状況とこれからのことだが、各国軍や政府から対ゼーレの協力の打診が来ている。今回の戦闘の結果を目の当たりにして、このままゼーレに付いているよりも、転覆させた方が良いと判断したのだろう」
「そうですか」
「既に行動に移したところもあるし、こちらから仕掛ければ堰を切ったように一気に行くだろう。決着までにはまだかなりかかるだろうが、状況を見る限りゼーレは相当追い込まれている」
 今まで支配してきた世界を敵に回したゼーレ、いくらその力が強大であろうとも世界が本気で潰しにかかれば勝つことなど到底不可能……そう思ったのだが、「補完計画が今すぐに実行することは不可能であると分かっているならば、無駄な抵抗を続けるよりも、次の計画のにつなげる力を残す対策を取っているだろう」と冬月が続けたことで予想はすぐに覆されてしまった。
「防げないのですか?」
「ゼーレの力は強大で広い。少なくとも我々にはそれを実行できるだけの力は残されていない」
「……」
 結局補完計画を完全に防げたというわけではなく、今回は防ぐことができたと言うことだったのか。
「しかし、このまま行けばあとどのくらいかは分からないが、猶予ができるのは間違いないだろうな」
「どうされるのですか?」
「とりあえずは後始末をつけなければならない。世界がどういう形になるのかはまだ定まっていないが、それに関与していかざるを得ないだろうな。補完計画や我々の計画のように、E計画以外にも投下されていた予算もまた莫大な額に上るのだ。それらの負債をまとめて返していかなければならない……それには君も関わってもらいたいがいいかね?」
 使徒戦の後の世界。確かにそれも良くしなければ、今までしてきた事の意味が失われてしまうかもしれない。
「はい……」
 ミサトも関わることができるのなら幸いではあるが、素直に喜ぶわけにはいかないために歯切れの悪いものとなってしまう。
「おそらく危惧しているのは、ネルフの計画についてだろうが……」
 碇の言葉に双方の間の空気が緊張する。
「延期することに決定した」
「え?」
「少なくとも現状はインパクトが起こせるような状況ではない。実行したくてもできないのだよ」
「……」
 今度は絶句してしまった。
 ネルフの計画にインパクトが必要であると言う内容は、当然機密レベルがミサトにあたえられたものよりも高い。そもそもよく考えてみたら人類補完計画自体、本来その断片しか知ることはできないはずなのだ。それに、ネルフの計画についての説明がこの程度で必要な情報が伝えられたという風に考えていると言うことは……
(まさか、知っている!?)
 ミサトが計画について知っていると言うことを知られてしまっている。
 碇の口元ににやり笑いが浮かぶ。
「もう気付いたか、思っていたより早かったな」
「赤木博士を通して全て筒抜けだったのだよ。最も、本当に全てかどうかは彼女しか知らないがね」
 なんと言うことだろう……しかし、今、振り返って考えてみれば、至極簡単なことだったのかも知れない。
 リツコは自分でも認めるほど大馬鹿な行動をし続けているのだから……
「いつから……?」
「もう随分前から不可思議な行動が多いことから警戒していたからね。逐一入ってきたよ。それでも、時間を遡ってきたからだと言う答えが分かったときは驚かされたがね」
「……それが分かっていながら、どうして放置していたのですか?」
「それぞれの段階によって答えは違う」
「何度か解任も検討したが、少なくとも使徒戦という意味に限っては、君は結果を出していた。それが不自然な過程を経たものであったとしても、その価値がなくなるわけではない。そのことを含めて君以上に我々にとって適切な後任が見つけられなかったと言うのもある」
 使徒戦はネルフ単独というわけではなく、その裏で様々な駆け引きが展開されていた。そう言う関係のものはずっと煩わしいと思ってきたが、結果的にそれによって助けられた部分もあったのかも知れない。
「使徒戦で更に劇的な戦果を挙げて行くにつれ、警戒心は増していったが、いっそう辞めさせるわけにはいかなくなった」
「答えが分かった後は、辞めさせるなどと言ったことはとんでもないことになった……話からすると史実では我々の計画もまた失敗したと考えるのが妥当だろう」
 ミサトは最後まで目撃はしていない。しかし、圧倒的に悲惨な状況にあったのは事実。その中で、計画を成功させることはできなかった、あるいは何らかの必要な鍵が既に失われていたであろうと碇は判断したのだろう。
「ならば、我々の計画を達成するためにも、また歴史を変えなければいけない」
 つまるところミサトを利用しようとしていたのだ。
「その通りだ」
「元々、ゼーレの補完計画を利用して計画を達成しようとしていたのだし、そこに君も対象に加えただけだがね」
「……」
 結局ミサトはこの二人の掌の上で踊っていただけであった……しかし、この二人にも予測出来なかったイレギュラーが発生した。無論ミサトも意図しなかった……するはずもないものだったが、
「結局我々の詰めがまだまだ甘かったと言うことなのだろう。イレギュラーがなければ、タブリスによってインパクトを起こされていたところだったわけであるしな」
「洞木さんについては?」
 イレギュラー……ヒカリのことである。計画を延期すると言うことは、ヒカリのために動いてくれると言うことだと思うのだが……
「今藪をつつこうとする者もそうはいないだろうし、戦闘結果を見る限りなんとかごまかせるだろう。その当たりのことは手配しておく」
「……ありがとうございます」
 そもそも、インパクトを発生させられる状況にないというのは、ヒカリのことなのだろうか?それともまた他にも要素があるのか……それは分からないが、後者で、しかもそれがずっと続くものであれば良いと思う。
「いや、かまわん。ところで、一つ頼み事があるのだが……」
「え?頼み事ですか?」
 まさかそんな単語が出るとは思っていなかったからオウム返しに聞いてしまった。
 碇から頼みごと……一体何だろうか?



 執務室を後にし、三人とレイがいる中央病院に向かった。 
 碇からの頼みは、シンジとレイとの間を取り持ってほしいと言うものだった。
 あまりに勝手すぎる頼みだがとも自嘲しながら言っていたが……
 もしそれができれば特にシンジが抱え続けている父親への想いを実現させることができる。
 更に言えば、シンジとレイと身近に接し、二人を大切にするようになれば、ユイを復活させる計画を……少なくともそのために二人を犠牲にするような計画に手をつけることはなくなると言う打算的なところもあって、思うところがないわけではなかったが了承した。
 碇のことと碇と交わした約束のことを考えているうちにレイの病室の前に到着した。
「よし、行くか」
 考えを切り替え、レイの病室の扉をノックするとレイとヒカリの返事が返ってきた。
 シンジとアスカの声は聞こえなかったが、まだ検査をしているのだろうか?
 ドアを開けて病室に入るとシンジとアスカがソファーで寝ているのが目に飛び込んできた。
「あれ?」
「二人とも眠ってしまいました」
「そうなの」
 ずっと緊張が張りつめていたのが解けたと言うことなのだろう。
「眠っている二人も含めてあなた達四人のおかげで世界の未来は守られたわ、ありがとう」
 そう言ったのだが、レイは「私も?」と聞き返したがっている様子である。
「ええ、レイもよ。もしレイがいなかったら、今こうしてみんながここにいるなんて事はあり得ないわ」
「そう?」
「きっとね」
 それにはヒカリが答えてくれた。
 ヒカリが決意したのにはレイの存在がとても大きい。その意味で明らかにレイも貢献者である。しかし、今までの使徒戦、レイなくして勝ち残ることなどで着ようはずもなかったのだからそんなことを考える必要もない。
「前にすべてが終わったら私の理由を話すと言っていたけれど……二人が起きたら話すことにしましょうか」
 ヒカリには既に話したが、シンジ、レイ、アスカの三人にこれまで隠し続けてきたミサトの秘密と、三人を護る理由やっと話すことができる……大きな肩の荷をようやく下ろすことができるのだ。
 






 最後の戦いから、1年と少し……世界は未だに混迷の状態が続いている。
 人類が抱えこんだ負債はあまりにも大きかった。それらを全て返済するにはまだまだ時間が必要だろう。
 新聞を広げれば、各地で起きている紛争・テロ・伝染病……嫌なニュースが紙面上を毎日のように踊っている。
「ふぅ……」
 一つ溜息をついて、新聞を畳んで横に置いた。
「葛城3将」
「何?」
 ミサトは冬月の跡を継いでネルフ本部副司令として毎日激務をこなしている。最もその冬月の方はあの歳で世界中を飛び回っているが、
「どうかされました?」
「いえ、何でもないわ」
 車窓の向こうに見える第3新東京市は、1年前瓦礫の海だったとは、知らなければ分からないだろう。
 しかし、使徒戦の時とは違う。世界の力を集中投下されるようなことはなく、またそれだけの力もないためその復興の速度はゆっくりとしたものでしかない。しかし、町が復活してきているのも事実で、町を離れていた者も着々と戻ってきている。
 今度は偽装要塞都市ではなく、純粋な都市として以前のような姿に戻るのには時間はかかるが、それは時間の問題である。
「ただ、人は強いって改めて思っていたのよ」
「そうですね」
 やがて車がジオフロントへと続くトンネルに入った。
 そのトンネルを抜けるまでの間、今日これから本部に戻ってから片づけなければいけない仕事の順番を考えていた。


「ただいま」
 自分で電気をつけ、暗い部屋に明かりを灯す。
 今、この家にはシンジもレイもいない……碇から頼まれたことを実行した結果である。
 極めて上手く行った。今二人はここを出て、三人で一緒に暮らしている。
 ちょくちょく遊びに来る二人から話を聞く度に、そうして良かったとは思う。しかし、こうして一人でいると寂しく思ってしまうのは事実……泊まり込みの残業が多くなっているのは仕事量が多いことだけが理由ではないだろう。
「……」
 アスカの方はあのまま一人暮らしを続けている。
 前の世界での話はしたが、アスカは平行世界での出来事と割り切った。確かにそう言う可能性もあった。しかし、今この世界では異なると……だから、ミサトとの距離は大して変わらなかった。
 ヒカリはあの後、碇と冬月が色々と手を回して普通の人として生活を送ることができるようになり、三人の親友として同じ学校にも通っている。
 リツコは今もネルフで研究を続けている。しかし、碇にとっての順位は、シンジ、レイの下。そのことは変わらない。三人が一緒に暮らし始めてからしばらくして「私はどこまでも愚かね」と零していたのが印象的だった。捨てられることこそなかったが、愛人としての関係はもう終わってしまっているのではないかと思っている。
 ミサトは歴史を変えることができた。
 自分が世界を救ったなどとまで大きな事を言うつもりはないが、世界は救われた。
 ミサトが時間を遡り、歴史を変える事ができたのはなぜか……きっとその答えを得ることはできないだろうが……今この変えられた世界を生きている。そしてこれからも生きていく。
 冷蔵庫の中身を物色し、買い置きの缶ビールとつまみを取り出しリビングの方に向かおうとして、留守番電話のボタンが赤く光っているのに気付いた。
 いつも通りにボタンを押し、録音されていたメッセージを再生する。
『葛城、俺だ。今日日本に戻ってきた』
「そっか、加持君戻ってきたんだ」
 スパイのように命の危険性が高い仕事ではないが、今のご時世加持ほどの能力がある者を使わずにおいておくのは勿体なすぎると言うことで色々と仕事に引っ張り回されている。
『明日にでも時間とれるか?とれるなら一つ一緒に飲みに行かないか?』
「いっしょにか……」
『OKなら連絡をくれ、連絡先は……』
 再生が終わるとすぐに受話器を取り、加持から言われた連絡先の電話番号をプッシュしていた。


 本当に久しぶりに加持と一緒に飲めるようになった。
「こうして葛城と一緒に飲むのも久しぶりだな」
「そうね。ここのところずっと忙しかったからね」
 今日も仕事はたっぷりで、途中できりをつけて切り上げてきた。
「ま、今日のところはのんびりと飲もうじゃないか」
「そうね、じゃ、かんぱい」
「乾杯」
 しばらく普段の愚痴や過去の話などをしながら飲んでいたのだが、しばらくして加持が思い出したように「そうそう、今日は葛城にプレゼントがあるんだ」と言ってきた。
「プレゼント?どういう風の吹き回し?」
「まま、気にしない、気にしない」
 そう言って、鞄の中から小さなケースを取り出す。
 そのサイズやケース自体の形や作りから、まさかと閃くものがあった。果たして……と、加持がケースを開けるとまさにそのものである指輪が納められていた。
「いままで頑張ってきたんだ。どうだ、良かったらこれからは少し楽になってみないか?」
 涙が勝手にあふれ出して、指輪と今まさにプロポーズをしてきた相手の姿がぼやけていく……
 袖で涙を拭き「ありがとう」と言いながら思いっきり抱きついた。



あとがき
 2001/10/20に始まったこの「再び」も、ようやく完結しました。連載期間は3年弱……と言うのは相変わらずながら時間がかかりすぎたなと思います。
 元々はアンチ・アンチミサト的な要素で書き始めたこの作品でサハクィエル戦の時点でアスカ・弐号機が戦闘不能で勝率は0に等しい、そんな中で死地に送り出すシンジとレイにすべてを話すみたいな最後を考えていました。しかし、書いているうちにあれよあれよと話が延びていき、ついに最後まで行くことになってしまいました。
 今回の最後の鍵になったヒカリを迎えに行くところで、あまりにもと言うことで没にして書き直すと言うことをしましたが、一緒に入れられるならば、なぜミサトが時間をさかのぼったのかそのあたりについてもヒントらしきものを入れようとしましたが、入れられませんでした。想定していた理由は最後の結末を見たレイが歴史の改変を願い、その手段としてとった一つがミサトの逆行だったと言うものでした。他にも未消化なものはたくさんありますが、書ききることはできず申しわけありません。
 いつもながらなのかもしれませんが、執筆を通して長編作品はやはり勢いで最後まで書ききると言う事は難しく、結果として連載が長期にわたると、モチベーションが失われたり、考え方が変わったりと問題は大きいと言うことが改めてわかりました。
 それでも、なんとかここまでやれたのは、応援してくださった皆様のおかげです。ありがとうございます。
 現在連載中の作品のうち終局まで来ている「復讐…」を完結させた後は、短編〜中編クラスおよびその連作を中心に書いていこうかなと考えています。
 ここ1年ほど最近マリみての方の更新が多かったですが、実験的な要素も含め得られたものは色々とあったと思っています。それをエヴァ側の作品にフィードバックできればいいなと思っています。
 それでは、なるべく近いうちに「復讐…」の後書きででも。