リリン

◆第12話

9月19日(土曜日)、ネルフ本部、総司令執務室、
「・・碇、新しい情報だ」
「どうした?」
「・・碇財閥とゼーレの実行部隊が動き出した」
「・・・むぅ・・・初号機の覚醒は未だ未確認だ・・・」
「今、やられるのは拙いぞ」
「うむ・・」
「どうする?」
「むぅ」
「・・・・」
「次の使徒との戦い次第だ」
「・・・そうか・・・確かに、そうだな・・・」
「・・どう転ぶか分からん・・」


実験棟では、シュミレーターで、弐号機と他のエヴァが戦っていた。
四号機を除き、六号機を加えての1対4だが、それで、漸く弐号機が押されると言った具合である。
カヲルはシンクロ率は高いのだが、格闘センスが低い、レイラは、アスカ以上の格闘センスを持っているがシンクロ率が低い、後は言うまでも無い。
「しっかし、アスカは流石ね」
「そうね」
「レイラさんもアスカくらいのシンクロ率が有れば良いのにね」
「・・初号機と勝負できるわね・・」
リツコの呟きは、現在のネルフとリリンの差を如実に表していた。


9月20日(日曜日)、第3新東京市市内の公園をシンジ、レイ、レミが散歩をしていた。
「う〜ん、今日も快適な朝ね」
レミは思いっきり息を吸い込んだ。
「そうだね」
「そうね」


その近くの雑木林の中から数人のスナイパーがシンジを狙っていた。
そして、その一人が引き金に手を掛けた瞬間、全員が力を失いその場に倒れた。
3人の女性が立っていた。
「全く、暗殺とは卑怯な真似をするわね」
「どうする?」
「そうね、取り敢えず、リリンに運びましょうか」
「そうね、じゃあ、保安部を呼ぶわ」
3人の女性は親衛隊員である。
東京帝国グループの最高幹部を警護する最高クラスの戦力を備えた女性達である。


第3新東京市、ネルフ本部、赤木研究室、
リツコは、こっそり、東京システムへの侵入を試みていた。
東京システム内のいくらかでも制圧下に置ければ、いざと言う時に大きく違う。
「ふぅ・・」
リツコは溜め息をつきカップのコーヒーを啜った。
「・・・難しいわ・・・」
回路を一つ一つ解析し、ダミーの情報に切り替え東京システムに気付かれないように支配域を増やしていく、マギのサポートがあっても半端な仕事ではない。
電話が鳴った。
「はい?」
リツコは電話を取った。
『あっ、リッちゃん』
リツコは吃驚してカップを地面に落としてしまった。
カップが割れコーヒーが地面に広がった。
「な、何かしら?」
声が上ずってしまった。
『あんまり悪戯しちゃ駄目よ』
リツコは青くなった。
ばればれだったとは・・・
『レベルBまでの閲覧権上げるから』
「は?」
信じ難いような答えが返ってきた。
「何て?」
『レベルBまでの閲覧権上げるから、悪戯しちゃ駄目よって言ったのよ』
・・・・
・・・・
・・・・
「何よこれ!!」
リツコは、レベルBの情報を見て驚きに驚いた。
ネルフが保有する使徒やエヴァに関する情報以上の物が詳細に載せられていた。


一方リリン本部、飛龍研究室、
ジュンコは、リツコのアクセスを逆流し、マギへ侵入していた。
その結果、わかったことは、メルキオールのシステムはリツコによって手を加えられている。しかし、カスパーとバルタザールは、全く手付かずである。
つまり、裏コードがそのまま使えると言う事である。リツコも知らない、カスパーの中一面に張られたメモにも書かれていない裏コードが、
「・・これでネルフは落ちたも同然ね、」
メルキオール1体では防衛すら出来ない。勿論同じマギ間なので、物理的にその交信を止める事は出来ない。とすれば、3体ごとの破棄しか残されていない。
マギの破棄は本部の破棄と道義である。
出来れば使わなくても良い展開に成って欲しいものだが・・・


夜、シンジのマンション、シンジの部屋、
レイがシンジの裾を引っ張った。
「ん?もう寝るの?」
レイはコクリと頷いた。
シンジは、時計に目をやった。
「ちょっと早いけど、まあ、良いか・・」
レイラを保留にしている以上レイとの関係を積極的に進めたくはないが、求められれば答えてしまう。
そうして、今夜も二人は同じベッドで眠りについた。


ネルフ本部、総司令執務室、
「・・これがリリンの情報か・・・」
冬月はファイルを捲りながらこめかみを押さえた。
「向こうから提供された物ですのでどこまで本物かは分かりませんが・・・」
「罠の可能性もある。」
「はい、資料による限り、初号機の覚醒はかなり近付いているようですが、これも、我々の行動を誘い出す為の虚偽のデータの可能性がありますね」
「・・・マギは何と言っている?」
「情報が少な過ぎます。50:50でした」
「・・そうか・・・」
「碇、明日の出発はどうする?」
「遅延は出来ん」
「そうか、まあ、そうだな」
「・・・冬月、一人で行ってくれるか?」
「分かった。」


リリン本部司令執務室、
蘭子の元に報告書が届けられていた。
今日1日でシンジを狙った刺客は全員で36人。
ずいぶん急増したものである。
現時点では、シンジ以外を標的にしている様子はないが、警戒の必要ありと成っている。
耕一からレイラの警護レベルを上げるように命令も下った。
だが、やはり、レイラがネルフ側にいるにも関わらず、警護すると言うのはかなり余分な力を必要とする。
杞憂で済めば良いが・・・或いは、ネルフ側も重要な駒として本気で保護をすれば良いのだが・・・


9月21日(月曜日)、昼休み、第3新東京市立第壱中学校、2−A、
レイラとアスカは、シンジ、レイ、レミに近寄った。
「ん?」
「あの・・・シンジ君、お弁当一緒に食べても良いかな?」
シンジは当然とは言わずに少し考えた。
「・・ん、良いよ・・」
だが、又しても、重要な問題は先送りしてしまった。
5人は、環状に、シンジ、レイ、レミ、アスカ、レイラの順に座り、弁当を食べ始めた。
アスカとレミはお互いのおかずを交換し合い色々と楽しそうに話しながら食事を進めている。
しかし、色々と複雑な心境の二人は、黙って黙々と食べていた。
レイは、そんな二人をじっと見詰めていた。


9月23日(水曜日)南極海、調査艦隊旗艦、展望室。
海は赤く、所々に塩の柱が立っていた。
15年たった今も尚、一部の微生物しか生息する事が許されていない。
セカンドインパクト以前の地球は、雲の白、海と空の青、陸の茶や緑が美しく混ざり合い、美しい星だった。しかし、南極海の禍々しい赤の為に現在では、美しいとはとても言えない・・むしろ、恐怖さえ感じる。とは言え、僅かずつ赤い範囲は縮小しており、いずれは元に戻るのであろうか。氷点下にも関わらず全く凍る気配の無い海だが。
そして、この調査艦隊は第2次セカンドインパクト調査団であり、非公式に行われた表向きの理由は、第1次セカンドインパクト調査団の報告に偽りが有る可能性があり、公式に発表した報告に疑いを持たせるのは、国際連合の信頼に関わる為、非公式に行うとの事だ。しかし、第1次セカンドインパクト調査団団長の碇ゲンドウの副官の冬月構造が指揮を取り、ネルフ関係者で団員が構成されている以上、どう考えても嘘である事は明白である。
ガラス張りの展望室には、冬月がいた。
「南極、如何なる生命の存在も許されない死の世界、まるで死海だな。」
「・・科学・・・その人類の傲慢によって生み出された悲劇・・・その結果がこれだ・・・与えられた罰にしては余りにも大き過ぎる」
「ゼーレと東京帝国グループ、そして、ネルフとリリン・・・これから、どうなっていくのだろうな・・・」
「・・・ロンギヌスの槍・・・最強にして最悪の武器・・・」
冬月の視線の先、空母の飛行甲板には100メートルはある巨大な棒状の物体、ロンギヌスの槍がシートを掛けられて置いてあった。
「・・・私には少々荷が重過ぎるよ・・・」


東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
モニターには南極の調査艦隊が映っていた。
「・・宜しいので?」
ミユキが尋ねた。
「・・我々は、リリスやロンギヌスの槍に関して詳細な情報を持っている訳ではない。触らぬ神に祟り無しとも言うではないか」
「しかし、ロンギヌスの槍は・・」
「呪術能力に関しては、ゼーレにとっては必要、ネルフにとっては邪魔な存在、一方単純に武器として考えればこれほどのものは無い」
「しかし・・」
「アラエルがスーパー化でもしていよう物ならば、打つ手が無い」
「・・そうですね・・・確かに、」


9月24日(木曜日)、早朝、ネルフ本部発令所のメインモニターにサハクィエルが映っていた。
「これが使徒?常識を疑うわね。」
突然画面が乱れ、映像が消えた。
「ATフィールドの新しい使い方ね。」
別の衛星からの映像に切り替わった。
やがて、使徒が体の一部を切り落とした。
「何?」
暫くしてスリランカの南海上に凄まじい爆発が観測された。
「・・・爆弾ね」
「ATフィールドの力まで使っているようです」
いつも通りリツコの解説にマヤが付け足した。
「・・・あれ、どのくらいの破壊力?」
マヤが計算した。
「映像からですが、あの破片で、NN兵器に匹敵します。」
「・・・本体が落ちてきたら・・・・・・考えたくも無いわね・・・」


そして、ミサトは、弐号機、参号機、四号機、伍号機、六号機、七号機の5体のエヴァにより落下してくるサハクィエルを受け止めると言う作戦案を提出し、リツコは、それにリリン側の零号機と初号機も加えるように要請した。


人類補完委員会、
「これ以上リリンに大きい面をさせるわけにはいかん」
「あの、シンジめを活躍させるなどもっての他、分かっているだろうな、ゲンドウ君」
「この作戦、ネルフが独力で成功させよ」
「左様、出なければ、我々もこれ以上反対勢力を押さえる事は出来んよ」
「何よりも、君の失態から始まった事だ」
「・・分かりました。」
「・・碇、期待しておるぞ」
6人の姿が消えた。
碇は歯を噛み締めた。
今回リツコが、初号機の参加を求めたのは、単に成功率を上げる為だけではなく、初号機の覚醒の具合をはかる、或いは覚醒させる事も計算に入っていた。だが、ゼーレの計画とは異なる為それを言う事は出来ない。


ネルフ本部、第6作戦会議室ではミサトに向かって、7人が並んで立っていた。ケンスケは松葉杖をついての参加である。
「作戦を通告します。」
モニターに色々と情報が表示された。
「落下してくる使徒を、6体のエヴァで、キャッチ、そして、直接殲滅よ。」
「え〜!!・・・受け止める!?」
アスカが叫んで手を見た。
「そう、それしかないの」
「作戦といえるの?それが?」
「司令部も認めた正式な作戦よ」
トウジ、ヒカリ、レイラは沈黙を守った。
「作戦の成功確率はどのくらいなんですか?」
マナが尋ねた。
「・・そうね、神のみぞ知るってところかしら?」
「神の使いを倒すのに?」
アスカの凄まじい嫌味にミサトは精神的ダメージを受け暫く沈黙した。
「・・・、配置は次の通りよ」
モニターに6つの円が表示された。
中央の円が六号機である。
これは、六号機が一番シンクロ率が高いと言う事もあるのだが、その他に、壊れるなら六号機と考えているからだ。
「一応、規定では遺書を書くことになっているけど、どうする?」
「お願いします!」
何を考えているのか、ケンスケが開口一番にそう言った。
「別に要らないよ、僕には必要ないからね」
「アタシもいいわ」
「ワイは、死ぬ気はあらへんから、いらへん」
「じゃあ、私も」
「私も書きません」
レイラは少し目を伏せた。
「・・お願いできますか?」
「分かったわ」
ミサトはケンスケとレイラに用紙と封筒を渡した。


リリン本部、長官室、
「結局、ネルフと委員会は、一切の協力を拒否しました」
蘭子の報告にレミが舌打ちをした。
「作戦の成功率は?」
「9.66%です。しかし、スーパー化されていたとしたら・・・」
シンジは眉間に皺を寄せた。
「・・・ジオフロントに、配備しておきましょう」
「・・・はい」
一応ネルフの公式?発表では成功率は41.33%と成っていた。


ネルフ本部、作戦部長執務室にレイラが、遺書を渡しに来た。
「・・お時間宜しいですか?」
ミサトは時計に目をやった。まだ時間は有る。
「ええ、座る?」
レイラはソファーのごみを横に置き、座った。
「・・・私は、世界経済の王たる皇耕一と、女神たる皇ルシアの血を引く唯一の存在です」
ミサトは黙って話を聞く事にした。
「命を狙われた回数も100や200では利きません。」
・・・
「でも、私はこんな性格だから、屋敷の奥に閉じ篭もっているって事が出来なかったんです。」
レイラは軽い苦笑を浮かべた。
「まだ小さい時でしたが・・・ゼーレと言う組織の傘下の組織に襲撃されました。」
・・・
「その時、私を守っていたのは、親衛隊員が数人・・・相手は、数百人の刺客・・・結果は、何とか、持ちこたえ、私の命は助かりました。」
はっきり言って凄い方達である。
「でも、その時に、私を庇って・・」
レイラは軽く目を伏せた。
「・・カミュと言う名の・・当時の親衛隊の隊長が・・・」
・・・
「・・・カミュは、祖母の大の親友で、母に仕え、そして、私へと・・・忙し過ぎて毎日顔を会わせる事が、出来るわけではない両親に代わり、二人がいない時、私を守り、育ててくれました・・・」
レイラの言葉の中だが、毎日会わせられるわけではない、つまり、会う日の方が多い・・・
「私は、目の前で胸を撃たれ、大量の血を吹き上げるカミュの身体を、抱き寄せて泣き叫びました」
・・・
「もう、家の中でじっとしてるから、我が侭言って外に出たりしないから、カミュの言う事なんでも聞くから・・・だから、だから、死なないでと・・・」
レイラは涙を溢れさせた。
「・・ミサトさん・・カミュは・・私に何て・・言ったと思います?」
ミサトは考えた。いくつか思い浮かんだが、絞れなかった。
「・・・止めてくださいって・・・」
ミサトは少し首を傾げた。
「レイラ様が、自由に生きていけなくなるような事は、私達の望むところではない・・・・これまで通り、レイラ様の好きなことをして、そして、幸せに成ってください・・・それが、私の最後の望みですと・・・」
ミサトは目を伏せた。
「・・・それがカミュの最後の言葉でした・・・」
・・・
「・・・死に行くものの望みは、後に残り生き残った者の幸福・・・だから私は、今まで、辛くても、私の幸せを探してきました・・・」
・・・
「でも・・・今度は私の番になってしまうかもしれませんね・・・もしもの事があった場合、この遺書をシンジ君に渡してください・・・」
レイラは遺書を机に置いた。
「・・・・分かったわ・・・・」
レイラは一礼して部屋を出て行った。
「・・・死に行く者の望みは・・・・生き残った者の幸せ・・・・か・・・」
ミサトは父の形見である正十字のペンダントを強く握り締めた。


一方廊下では、レイラが自分の言葉を反芻していた。
「・・・私の幸せ・・・カミュやその他多くの、私の代わりに命を落とした人達の為にも・・・私は幸せになる・・・・・もう逃げない・・・どんな結果になろうとも・・・・」
レイラは小さく呟き決意の表情を浮かべてケージに向けて歩き出した。


20分後、総司令執務室、
ミサトは、司令部に召喚された。
「葛城2尉です」
ドアが開き、ミサトは執務室に入った。
執務室には、碇とリツコがいた。
「御用件は?」
「レイラさんから渡された遺書を司令部に提出してちょうだい」
リツコの発言にミサトは目を大きく開いて驚愕の表情を浮かべた。
「遺書は、碇シンジリリン長官宛てですが?」
「だからよ」
ミサトはその意味に気付いた。
レイラからシンジに宛てられた手紙となればリリンの隠された情報についても触れられている可能性が高い、非常に重要な情報である。
「し、しかし・・」
「葛城2尉、これは命令だ」
「で、ですが」
「ミサト、これは、我々ネルフが、リリンを出し抜けるチャンスなのよ」
リツコの言葉に俯き、暫く迷ったが、結局は、内ポケットから遺書が入った封筒を取り出し、リツコに渡した。
「用件は以上だ、下がれ」
「・・・・はい・・・」
ミサトが退室するとリツコは封筒の封を切り、遺書を取り出し目を通した。

あとがき
ミサトの持って行き方がちょっと強引かな?
レイラの決意とは勿論・・・・です。
次は、サハクィエル戦です。
それでは、