リリン

◆第16話

戦闘終了後、東京軍東関東司令部の第1会議室にケンスケとマナは部屋に通された。
部屋の中では、シンジ、レイ、レミが待っていた。
「御苦労様、二人の活躍のおかげで被害を小さくする事が出来たよ」
シンジに礼を言われ、二人は戸惑った。
「まあ、海面を転がりまわる姿は滑稽だったけどね」
「・・レミ、貴女は、直ぐにやられたわ」
レミがからかい、すかさず、レイが突っ込んだ。
「なによ!、アタシがいなかったら、どうなってたと思うのよ!」
「まあまあ・・・ところで、これから食事でもどうかな?」
二人はゆっくりと頷いた。


シンジの誘いで、5人で食事を取る事になった。
・・・・・
・・・・・
特にこれと言った話は交わされずに食事は進み、終わった後、シンジはマナを散歩に誘った。


今、二人は司令部内の通路を歩いている。
「あの・・・」
マナは軽く俯き、どこかおどおどしながらシンジに声を掛けた。
「何かな?」
「・・・あの、使徒戦って、人類の命運を掛けた戦いなんですよね」
「敬語なんか使わなくて良いよ」
前回は名前で呼び合う中にまで発展し、裏切られたとは言え、淡い恋心を寄せ合った仲だったのにな・・と軽い苦笑を浮かべ、その表情を見たマナはどう取ったのかは分からないが、気持ちが楽になったようだ。
「使徒との戦いって、本当に、人類の命運を掛けた戦いなの?」
「うん、使徒がネルフ本部内に保管されているアダムと接触すれば、サードインパクトが発生し、人類は全滅するよ、」
「でも、ネルフとリリンは、ずっと対立して来てるじゃない、協力すれば良いのに・・・」
この事に対して、リリンの長官たるシンジから答えが聞きたかった。
「・・・エヴァには核兵器ですら利かない、この意味が分かるかな?」
マナは軽く首を振った。
「・・・使徒をもし全て倒したら、人はエヴァをどうするかな?」
・・・・答えられない。
分からない・・・想像した事すらなかった。
「・・・前世紀、核を保有する国がその脅威を武器に軍事的優位に立ち、世界を操った。」
「・・・・」
「その核ですら利かないエヴァは、最強の兵器となる。」
マナは驚きに目を見開き勢い良く俯き加減だった顔を上げた。
「・・・エヴァが核に変わる最終兵器になる」
シンジのその言葉には、かなりの嫌悪感が篭っていた。
母、碇ユイを初めとした世界中の知と、多くの犠牲者を出してまで世界中の富を集め、人類と言う種を残す為に作られたエヴァ・・・・そして、自分を含めたチルドレン・・・・皆自分の為にそれらを利用する事しか考えていない。
耕一達を初め、東京帝国グループの最高幹部達と付き合い、それも自然な事である事はわかっている。
彼ら自身、本当に純粋に自分の為だけにそのような行為をしている者は少ない。
家族の為であったり、友人知人の為であったり、組織の為であったり、自国の民衆の為であったりするのだ。
そして、それは自分にも当て嵌まる事でもある。
だが・・・理解できても納得はできない・・・できよう筈も無い。
「・・その証拠に、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアの5大国では、エヴァの建造計画が建てられ、実行に移されている。」
「・・リリンも、その争いに参加するつもりなの?」
「いや、そんな気は無いよ・・・・でも、彼等が、エヴァを武器に世界を恫喝するような事になるのなら、その対抗勢力として加わらざるを得ないけどね・・・」
そうは成って欲しくは無い・・・だが、実際には無理だろうとも思う。
「・・・・」
「人間って愚かだよ・・・種の命運が掛かっている傍から、その次に起こる権力争いの為の準備をしてるんだから・・・」
「・・・ネルフは・・・?」
「・・・ネルフの、支援国は、先に上げた5国だよ・・その意味は分かると思う、」
「・・・・」
その後は無言で暫く歩いた。


10月11日(日曜日)、東京市内を高級車が東京帝国グループ総本社ビルに向けて走っていた。
レイやレミを先に返したシンジは、耕一にレイとレイラのことを相談する為に東京帝国グループ総本社ビルに向かっているのだ。
シンジは窓越しに東京帝国グループ総本社ビルを見上げた。
「・・・」
耕一は世界経済の支配者である前に、一人の人間であり、そしてレイラの父親である。
本来ならば、その人物に相談すべき事ではないだろう・・・だが、耕一とルシア以上に的確な道を示してくれる人物は知らない。


半時間後、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
「そろそろ来る頃だと思っていた」
「・・・はい・・」
「レイ君とレイラの事だな」
「・・はい」
耕一はシンジの目を真っ直ぐに見据えて来た。
シンジは恐怖を感じた。
自分と、この世界経済の支配者、耕一との開きは未だ大きい。
「シンジ・・お前の、本心が聞きたい、」
凄まじい威圧感である。
お互い対等の位置に座っているにも関わらず、まるで、法定の被告人席にいるように気分にさえなる。
「・・・それは・・」
「・・・・・」
「・・・前にも言ったように・・・レイラは妹として見ていて・・・恋愛対象には・・・」
途切れ途切れながら何とか言葉を紡いだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙がシンジに重く圧し掛かって来る。
「・・・・」
「・・・・・」
脂汗が滲みだす。
使徒と対峙する時、前回ならば兎も角、今回は、自分にも自信があり、傍にはレイがおり、そして、母が眠るエヴァンゲリオン初号機に乗っているのだ。今とは恐怖のレベルが違う。
「・・・本当にそうか?」
「・・・・」
シンジは耕一から目をそらし、少し俯いた。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・そう・・・思い込もうと、していたんだと思います・・・・」
遂に本心が漏れた。
「・・・僕には、綾波を捨てるなんてことは、絶対に・・出来ませんから・・・・」
「・・・・・なら初めから・・・」
「・・・やはり、そうか・・・」
耕一は雰囲気を戻した。
「・・・」
恐怖からは開放されたが、とてもほっと一息付く事はできなかった。
「・・・レイ君と、レイラ・・いずれかを選べと言われたら、レイ君を取るか・・」
「・・・・はい・・・」
・・・・・
・・・・・
暫く沈黙が流れた。
・・・・・
・・・・・
「・・・そうだな・・・もう一度、良く考えてみろ・・・どうしても、解決策が見つからなければ、再び、ここに来い」
「・・・・・はい・・・・・・・」
その後は、特に話がされる事も無く、シンジは帰路についた。


第3新東京市、ミサトのマンション、
すっかり、荷物も梱包され、腐界と化していたこの部屋も綺麗さっぱりとしていた。
「・・・ここともお別れか・・・」
この15年間を思い返す。
セカンドインパクト以来、様々な事があった・・・だが、特に最近の事は自らの業を深めただけではないのか?
・・・いまや、何が正しく何が間違っているのかすら、良くわからない。
「・・・あら?」
ミサトは、唯一の同居人がいない事に気付いた。
「・・・探しに行くか・・・」
ミサトはゆっくりとした足取りで外に出た。


第3新東京市市内、公園、
レイラとアスカが散歩をしていた。
「あ〜あ、アタシの弐号機早くなおんないかしら?」
「ケンスケやマナなんかに活躍されるだなんて、き〜〜、悔しい」
アスカの本当に悔しそうな、だが以前のようなものは感じられない、その素振りを見てレイラは苦笑した。
そんな時、レイラは妙な物を見つけた。
「・・・どしたの?」
「・・・あれ・・」
レイラの指差したその先では、ペンギンがごみ箱を漁っていた。
「・・・ペンギン?」
「・・・私、初めて見た・・・」
「・・アタシもよ・・・大体、日本は・・・」
ペンギンは、二人の方を振り向いた。
勿論ミサト宅に住み着いている、温泉ペンギンのペンペンである。
「クエ」
「なんだか、可愛い・・・おいで、」
レイラの手招きに従い、ペンペンは近寄って来た。


「ペンペ〜ン!」
その頃丁度、ミサトはペンペンを探して公園までやって来た。
「クエ」
微かにペンペンの声が聞こえた。
「・・こっちか・・」
そして、向かった先では、ペンペンがレイラとアスカと戯れていた。
「ははは」
「クエッ、クエ♪」
「ふ〜ん」
ミサトは2人の姿を見て、動きを止めた。
二人の方もミサトに気付いたのか、同じように動きを止めた。
「・・・ミサト・・・」
「・・・ミサトさん・・・」
「・・アスカにレイラさん・・・」
・・・・
「・・・ネルフ、辞めたんですよね・・・」
「・・・・ええ・・・」
「・・・クエ?」
・・・・・
・・・・・
3人はベンチに座った。
ペンペンはレイラの膝の上にいる。
・・・・・
・・・・・
暫くミサトは迷っていたようだが、漸く自身の事を話す決意がついたようだ。
「・・・私が、葛城調査隊の生き残りだって知ってるわよね・・」
二人は頷きで返した。
「・・・私は、父の仇を討つ・・・そればかり考えてきた・・・」
「・・・ずっと・・・」
「じゃあ、どうして、ネルフを辞めたの?」
「・・・私、貴女達チルドレンを只の駒としか考えてなかった・・・」
「貴女達のことは考えず、只、父の仇を討つ為の道具としか・・・」
「・・・ごめんなさい・・・・」
・・・・
・・・・
暫く沈黙が流れた。
・・・・
・・・・
「・・・でも・・・使徒は、仇じゃないんじゃないかって・・・」
「それ、どう言う事?」
「・・・・ネルフって・・・リリンを目の仇にしてるじゃない・・・それこそ、まるで敵対している組織みたいに・・・」
「そうね」
「・・・人類の命運を賭けた戦いの前で、そんな愚かな対立をしている。」
・・・・・
・・・・・
「ひょっとしたら、使徒戦は人類の命運を賭けた戦いじゃないんじゃないかって」
「「え?」」
二人はその言葉に驚いた。
「・・・サードインパクトの発生は嘘・・・」
「・・・使徒は敵ではない・・・」
「・・・じゃあ、セカンドインパクトは?」
「・・使徒によって引き起こされたものではないとしたら、人為的に・・・」
「・・・・・それを隠そうとしたのは・・・第1次セカンドインパクト調査団団長、碇ゲンドウ、現ネルフ総司令、そして、その上位に存在する、人類補完委員会・・・」
二人は次々に出て来る余りに短絡過ぎるミサトの思考に唖然としてしまった。
「・・・どうかしら?」
「・・・バカ・・・」
アスカはばっさり切り捨てた。
「う・・・」
自分の人生を賭けた決断をあっさりと斬り捨てられミサトは涙目になった。
「両組織の対立は、様々な要因が複雑に絡んだ結果です」
「そんな単純に世の中動いちゃいないわよ」
自分の半分しか人生を歩んでいない者に世の中を語られるとは・・・
ミサトは俯き、いじけてのの字を書き始めた。
ペンペンが手?を伸ばし、ミサトの肩を軽く叩く・・・・・鳥に肩叩きを食らうとは・・・・
「・・でも、その割りには良い答えを導いたわね」
「そうね」
「え?」
今度はミサトが驚き勢い良く顔を上げた。
「ネルフは、E計画の裏で、人類補完計画と言う計画を進めているのよ」
初めて聞く単語、しかし、人類補完委員会との名前の類似で、直ぐに、委員会と関連性・・・いや、それこそ委員会が進めている計画があることが分かる。恐らくは、それがリリンとの対立を招いていると言う事までは容易に予想できる。
「人類補完計画とは、人為的に都合の良いインパクトを起こす計画なんです・・」
「・・・・なんで、すって・・」
「インパクトが起こると、全ての生命体がLCLに還るんです。そして、インパクトの依代になる存在だけが残り、依代の望む世界が構築されるんです。」
「LCLに?」
「ええ、」
(・・・望む世界・・・その構築の為に、全てを滅ぼ・・・ん?)
「・・・インパクトって爆発するんじゃないの?」
「違うわよ」
「・・・じゃあ、セカンドインパクトは?」
「セカンドインパクトは第壱使徒、アダムの力を解放させて、人が扱えるように卵まで戻した際に放出されたエネルギーなんです。」
・・・間違いない。人類補完委員会こそ、父の仇。ミサトは復讐の炎を燃え上がらせた。
アスカは大きな溜め息をついた。
「ん?」
「・・・ミサト、アンタ、補完委員会が補完計画の為だけに、セカンドインパクトを起こしたと思ったでしょ」
「へ?」
(違うの?)
「だからバカなのよ」
「なによ」
ミサトはむっとした表情で返した。
「単純にひとつの行動理由だけで組織が動くとでも思ってる訳?」
「使徒とアダムでも、やはりインパクトは発生するんです」
「え?」
「そうなれば、人類は消え去り、使徒にとって都合の良い世界が構築されるのよ」
「ネルフは、先ず、人類と言う種の敵である使徒を倒し、その後、補完計画の準備を整え、そして、実行する為の組織なんです。」
「途中までは利害が一致しているわ、でなきゃ、アタシ達がネルフにいるわけないでしょ」
「リリンは、使徒を倒し、人類の滅亡を防ぎ、そして、補完計画も阻止する為に作られた組織なんです。」
・・・・・・
・・・・・・
「何故?貴女達はそんな事を知っているわけ?」
「・・・ミサトさん・・・私がどんな人物なのか、忘れてないですよね・・・」
「・・・そうだったわね・・・」
本来リリンの幹部である。階級も3つも上であるし、自分の指揮下に入っていたこと自体が、おかしいのである。
「セカンドインパクトを起こさなければ、使徒の起こすインパクトによって、とっくの前に人類は絶滅していたわ」
・・・人類と言う種の為・・・その為に命を奪われる。単なる言い訳、口実に過ぎない。
しかし、自分も、それを口実に、復讐の為に多くの者を使い、そして、権力と大義名分の名の元、多くの大衆を苦しめ、無数の命を奪って来た。
・・・そんな自分は、感情は兎も角、父の命を奪った事で委員会をとやかく言う資格はないだろう・・・
「・・・ところで、ミサト、これからどうするつもり?」
「・・・決めてないわ・・・いえ、とても決められないわ・・・」
暫く沈黙が流れた。
「・・・取り敢えず、暫くは、ここを離れて、それを考えてみるわ・・・」
「・・・そうね、そうしなさいよ」
「頑張って自分の道を見つけてくださいね」
「・・・ええ・・・行こっか・・・ペンペン、」
「クエッ」
ペンペンは二人に手?を振り、ミサトとペンペンは、公園を出ていった。
「・・・行っちゃったね・・・」
「・・そうね・・」
暫くその場で佇んでいたが、二人も帰る事にした。


東名高速道路を高級車が西に向けて走行していた。
シンジは、窓越しに空を見上げた。
自分にとって、レイが一番大切な存在である事は間違いない。これは疑いようのないことである。
だが、レイラも大切である。
そして、両方の関係を維持する為に、レイラを敢えて、恋愛対象としては見ず、妹としてみてきた。確かに、初めは、15歳の精神の自分にとって、4歳のレイラは可愛い妹にしか見えなかった。だが、精神と言うのは、なにも経過した年齢にしたがって歳を取るわけではない。環境に大きく左右される。
今、シンジの精神年齢は複雑である。
耕一達に仕込まれたりした分野においては大人、若しくはそれに近いといっても良いだろう。だが、事、プライベート、特に、恋愛関係に至っては、その成長は元々が低かったと言う事もあり、さして成長していないと言える。
で、あるから、適齢に成長し美しくなったレイラは、最高の恋愛対象にすらなり得る。
レイラの魅力に惹き付けられそうになるのを、誡めて来た。
レイラを失わない為に・・・・
だが、レイラはそれを望んでいない。恋人としての関係を望んでいる。
・・・・どうすれば良いのか・・・・・
再びシンジは悩み込んだ。


第3新東京市、ネルフ本部、技術棟、会議室、
「さて、御苦労様」
リツコに労われ、ケンスケは喜んだような表情をしたが、一方マナは表情を暗くした。
「・・?・・どうしたの?」
「・・・ネルフは・・・使徒を全て倒した後・・・私達とエヴァをどうするつもりですか?」
日向はその事が重要な事である事に気付いた。
「・・確かに・・赤木博士、何か御存知ですか?」
「・・・そうね、いずれは、貴女達は全員解任されるでしょうね、」
レイがいない為ダミーシステムの開発は遅れている。だが、レイがいなくても、時間は掛かるが何とか成る。同じく、ゼーレ側も、タブリスのダミーシステムを完成させるだろう。そうなれば、チルドレンは不要となる。むしろ、いない方がゼーレにとっては都合が良い。
そして、エヴァを戦略兵器に使用しようとしている大国にとっても・・・
一方、ダミーシステムの存在など知らないマナは驚きを表情に表した。
「ネルフは、エヴァで世界を支配するんじゃないんですか?」
「・・5大国ね、委員会や私達ネルフが、そんな愚かな事に手を貸すとでも思ったの?それとも、リリンの誰かに吹き込まれたのかしら?」
それ以上の愚かな事の為に作られた・・・リツコは自嘲し、一方マナは黙り込み考えを整理し始めた。


夜、第3新東京市、シンジのマンション、
シンジは部屋で悩んでいた。
「・・・何をそんなに悩んでいるの?」
何時の間にそこにいたのかは分からないが、レイが横に立っており、声を掛けて来た。
「・・・レイラのことだよ・・・」
「・・・そう・・・」
「・・・僕が綾波を取る事は間違いない・・・どうすれば、レイラの疵付くのが小さくて済むのか・・・」
何気なく漏らした言葉だった。
ここのところずっと、いや、10年間考えていた事なのかもしれない。
最近、落ち込んでいるレイを安心させる為でもあったのだろう。
だが、レイは目に涙を浮かべた。
「綾波?・・・僕は、綾波を取るって言ったんだよ・・」
「・・・どうして・・・どうして・・・そんな事を言うの・・・」
レイは涙を零した。
「え?」

あとがき
さて、ミサトが第3新東京市を去ります。
再登場・再登板はあるのでしょうか?
どうなんでしょうねぇ・・・
キャラ人気投票第2位(後書きを書いた時点)の霧島マナ、何か皆さんお気に入りの様で・・・
これからどうなるんでしょうねぇ
さて、レイの心の中や如何に?
それでは、