リリン

最終話

◆終焉

 12月5日(土曜日)、東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
 耕一は報告書を読みながら、コーヒーを飲んでいた。
「うむ…ん?」
 気づくとカップは空になっている。
 誰かに入れて貰おうと呼び出しのボタンを押そうとしたとき、ドアがノックされた。
「報告書を持ってきました」
 ミユキの声がドアの向こうから聞こえて来た。
 軽く一礼してミユキが会長室に入ってくる。
「会長、これが今回の報告です」
 差し出された報告書の束を受け取り目を通す。
 最初の報告書はゼーレの秘密基地を占領する際に行った戦闘の結果と脱出したゼーレのメンバーを追撃した結果についてであった。
 軍が到着したとき基地に残っていた者の数はおよそ250名、その殆どが最後の最後まで抵抗を続け、生きて逮捕できたものは1桁に過ぎなかった。
 基地外に逃亡したもののうち1000名近くを発見、戦闘の結果内800名弱が死亡、20名ほどを逮捕…残りには逃げられた。
 発見できなかった者もあわせれば結構な数を逃がしたことになる。
 そして、逮捕したものや死亡した者の中にエリザベートと思われる人物はいなかった。
「逃がしたか、」
「残念ながら」
「…まあ、仕方ない。再びゼーレが力を取り戻すにはかなりの時間が掛かるだろう」
「はい、」
「それまでに経済と政治を再建しなければな…」
 別の報告書に目を移す。
 先のアルミサエル戦、ゼーレ戦の被害を纏めたものである。
 当然かなりの被害が記載されている。
「又大きな被害を出してしまったな」
「はい」
「まあ、せめてもの救いは使徒戦はもう終わったことだな。対使徒につぎ込む予算がすべて経済の復興につぎ込める」
「とはいえ、厳しいことには変わりありませんね」
「ああ、使徒戦の被害は余りにも大きすぎた。その為に世界が背負った莫大な負債をこれから解消していかなければいけない」
「そうですね。それでは、私はこれで」
「ああ、そうだ。コーヒーを頼めるかな?」
「はい、直ぐにお持ちします」
 ミユキは軽く笑んで会長室を出ていった。


 リリン本部、司令執務室、
 蘭子と榊原の二人がソファーセットに向かい合って座っていた。それぞれの手のグラスには高級ワインがつがれている。
「漸く終わりましたね」
 蘭子が溜息のように漏らした…この使徒戦は期間にすれば半年程度のものである。しかし、その間には本当に様々なことがあった。
「ええ、長かったですね」
「ご苦労様でした」
「貴方こそ、本当に御苦労様でした」
 リリンを共に支えて来たお互いの労を労いあう。
「ところで…リリンに関することはもう後処理だけです。本社に戻られますか?」
「ええ、もう準備もしました。後をお願いできますか?」
「そのつもりです」
「お願いしますね」
「分かりました」
 グラスを空にしてから蘭子はソファーを立ちドアの方に歩いていったが、その手前で立ち止まり振り返る。
「…貴方と組んで色々とやって来た事、結構楽しかったです」
「そう言ってもらえると非常に嬉しいですよ」
 榊原も笑みを浮かべて返す。
「又、機会があったら組みたいと思っています」
「その時を楽しみにしていますよ」
「それでは又」
「ええ、又」
 二人は笑顔を浮かべながら別れた。


 ネルフ本部の総司令執務室には3人の姿があった。
 珍しくソファーセットに3人が座っている。
「終わりましたね」
 リツコがコーヒーカップをテーブルに置きながら口を開く。
「ああ、使徒戦もゼーレの補完計画への夢も…そして我々の計画もな」
 碇はゆっくりとその様に返した。
「これからどうする?」
 冬月は、どのような回答が帰ってくるのかは大凡分かっているが、確認という意味もあって尋ねる。
「そうだな、ネルフが今のまま存在するのは不可能だ。どう言う形になるにしても、そう遠くない内に東京の方から何かあるだろう」
「それを待つか」
「ああ、」
 碇もカップを手に取り口へ運ぶ。
 そしてそのカップをテーブルに戻してから再びリツコが尋ねる。
「証拠の隠滅に関してはどうしましょう?」
「意味の無い行為だ。外部に漏れなければそのままにしておいて良いだろう」
「分かりました」
「全ては皇耕一に委ねられているからな」
「ああ、今更何かしてもそれはただ見苦しい限りだ」
 ネルフの首脳の2人はどこかさっぱりとした様子でもあるようにも見え、これが諦めた者の姿なのか?ともリツコは思ったが、そう言うものともどうも違うような気がして、いまいち納得のいかないと言うのが、表情に少し表れていた。


 シンジが目を覚ますと白い天井が目に飛び込んできた。
 おそらくはリリン本部の付属病院だろう。どうやら助かったようだ。
 ゆっくりと上半身を起こすと、すこし腹部が痛む…しかし動けないような強い痛みと言うわけでもではない。
「無事、目が覚めたようですね」
 声を掛けられて傍に榊原が立っていたと事に気付く、
「あ、榊原さん」
「戦いは終わりました。我々の勝利です」
「…アスカがやってくれたわけですか…」
「ええ、大活躍でした」
 アスカに心の中で感謝する。
「皆は?」
「無事です。お会いになりますか?」
 みんな無事であると言うことを聞き、ほっとして胸をなで下ろし、そして嬉しげに頷いた。


 シンジと榊原は食堂に向かって廊下を歩いている。
 既に片付けられてはいるものの、先の病院内での戦闘の跡はまだまだ生々しい。
「随分激しい戦闘があったんですね」
 壁や床にある銃弾の跡や、誰のものかは分からない血の跡等に視線を向けながら呟く、
「ええ、かなりの戦闘だったようですね。戦死者の数もかなりです」
「…そうですか、」
 ひび割れたガラス越しみえる隣の病棟の被害は更に凄いようだ。
「あれは、戦闘ではなく零号機の自爆によるものですね」
 零号機の自爆という言葉に嫌な思い出も甦るが、今回はそれで誰も死ぬことはなかった。その喜びも同時に感じることができた。
 やがて二人は食堂に到着する。
 もう既にレイ、レイラ、レミの3人が席に座って待っていたが、結構長い間待っていたのだろうか、レミが少しいらいらしていたようでもある。
「お〜、漸くきたわね」
 レイとレイラは笑みを浮かべてシンジを迎える。
 それらに対してシンジは軽く手を挙げて反応を示して席に着いた。
「…終わったんだね」
 様々な想いを込めて呟くように言う。
 前回の使徒戦の始まり…その以前のユイの事故から始まる悲劇だったのかもしれないが…から続く長い道のりが漸く終わった。…その間に本当に色々な事があった。
「ええ、」
「そうね」
「まあ、漸くって感じかしら?」
「歴史を変える事に成功したんだ。あの悪夢の結末を」
 あの、赤い海…全てが終わりを告げた世界が思い出される。
 そして、それを変えることが出来たという、達成感とでも言うようなものが湧いてくる。
「これからは皆で力を合わせて、新しい歴史を作っていこうね」
 レイラの言葉に笑みを浮かべて頷く。
「さて、先ずは勝利を祝してっと」
 レミはグラスにワインを注いで行く。
「かんぱ〜」
「ちょおっとまったぁ〜〜!!!」
 乾杯の音頭をとろうとしたとき、アスカの声がレミの声を遮った。
「つぅ…」
 大声を出したせいで痛めていた脇腹が痛んだようで、コルセットの上から脇腹を押さえる。
「アスカ」
「アスカ…」
「アスカさん」
 みんなアスカに心配そうな声を掛ける。
「…この、勝利の立役者…惣流アスカツェッペリン様を忘れてんじゃ…ないわよ」
 コルセットの上から脇腹を抑えながらもそのような言葉をつむぐ、
「…大丈夫?」
「ぜ、全然問題ないわよ、」
 アスカは空いている席に座り、レミが新しいグラスにワインを注いだ。
「じゃあ改めて、勝利とアスカの活躍を祝して、かんぱ〜い!」
「「「かんぱ〜い!」」」
「乾杯、」
 皆ワインに口をつける。
 ただ、思い切り得意そうなアスカに、シンジとレイラは軽く苦笑いしていた。
 その後、用意してもらった食事も運ばれてきて、使徒戦のことを振り返りながらの談笑を交えながら楽しく食事をとった。


 同じ頃、ネルフ本部の職員食堂ではマナがどこかぼんやりとしながら食事をとっていた。
 暫くしてケンスケがラーメンをトレイに乗せて歩いてきた。
「霧島、どうした?」
「…ん…相田くん?」
 声を掛けられて、現実に戻ってきたようである。
 ケンスケはマナの向かい側に座った。
「ちょっと、これからどうなるのかぁ〜って考えてたの」
「これからか?世界がどうなるのかといわれても俺なんかには分からないけど、自分達がどうなるのかって言われたら、俺みたいに普通の学生に戻るだけだろ」
 マナは少し目を大きく開き、そして表情を緩めた。
「そうだね、私中学生だもんね」
「ああ、」
「ありがと、相田君も意外に良いこと言うんだね」
「意外、ね」
 勿論素直に喜べる言葉でもなく、ケンスケは苦笑を浮かべた。


 回収された初号機が予備ケージに拘束されていた。
 腹部を大きく抉られ、他の部分の素体自体にもかなりのダメージを受けている。
 司令室でジュンコが初号機の状態をチェックしている。
「…コアのダメージは軽微ね、」
 装甲が厚いと言う事もあるが、それでもコアへの損傷は軽微で済んでいた事は幸運であった。
 もし、コアに大きなダメージを負っていればとんでもないことになったところであった。
「これならサルベージは無事に行えそうね…」
 ただジュンコ自身は振り切ったはずではあるが、やはり多少複雑な想いもあるのだろう、嬉しそうと言うような表情ではない。
「博士、どうされますか?」
「そうね、早い方が良いでしょうし…とはいっても、ここでは行えないわね、」
「そうですね」
「ここ以外で行える場所、松代か、東京帝国グループ中央技術研究所の仮設ケージと言ったところね」
「判断を仰ぎますか?」
「そうね」


 ジュンコは榊原にサルベージ計画に関することを報告した。
「リリン本部の状況から考えて、中央技術研究所の仮設ケージを使った方がいいな。会長に伝える」
「お願いします」
 早速榊原は電話を取って、東京帝国グループ総本社ビル会長室に繋ぎ、耕一に報告した。
「如何でしょうか?」
『そうだな、確かに中央研究所を使った方がいいだろうな、明日受け入れられるように手配しておく』
「ありがとうございます」
『そちらも輸送の準備をするように』
「はい、では失礼します」
『ああ』
 榊原は電話を切った。
「会長も中央研究所の方を支持された。直ぐに輸送の準備できるか?」
「はい、」


 12月6日(日曜日)、
 広大な敷地に様々な研究施設が整然と立ち並んでいる東京帝国グループ中央技術研究所、
 その中に存在する付属空港に初号機を搭載したリリンの新型ウィングキャリアーが着陸するために高度を下げていた。
 やがてウィングキャリアーが地上に降り立ち、初号機がおろされ、大型のリフトで仮設ケージに運ばれていく、
 同乗してきたシンジ、レイ、レイラ、ジュンコの4人を研究所の所長が出迎えにやってきた。
「ようこそお越しくださいました」
「宜しくお願いします」
「お願いします」
 レイとレイラもペコリと頭を下げる。
「さっ、どうぞこちらへ」
 所長に案内され、動く歩道の上を歩いて仮設ケージに向かう、
「涼気とはいえ、やはり日中は暑いですからね」
「そうですね…しかし、大きな研究所ですね」
「来られるのは初めてですか?」
「ええ、噂には聞いていはしましたが、たまたまこちらとは縁が無かったもので、」
「そうですか、良かったらこちらにお越しください、歓迎しますよ」
「機会があればそうさせていただきます」
 ジュンコと所長が会話を交わしながら仮設ケージのある建物に入った。
 仮設とは言うがかなりの施設で、ネルフ本部の正規ケージと同等クラスの設備が整っているようである。
「予想していたよりも随分良い施設ね。これなら、進めやすいわね」
「別便で来られたスタッフも既に準備についていると思います」
 司令室に入ると、仮設ケージで初号機を拘束し、そして様々な機器を取り付ける作業を行っているのが目に入った。
「準備は順調のようね」
「そのようですね。とは言えまだまだ時間も掛かるでしょうし…3人は、どうされますか?良かったら研究所を案内しますが」
「お願いします」
「そうですね」
 レイも頷く、
「では、そうしましょう」
 3人は所長と共に仮設ケージを出て行き、ジュンコは作業に取り掛かった。


「初号機の輸送か…」
 報告書を片手に碇が呟いた。
「名目上は、先の戦闘の修復となっているがな…」
 冬月が茶を啜りながら返す。
 今まで様々な工作や画策をしたり等していたが、それらから解放され、更に東京がその判断を下すまで特にすることもないと言う事もあり、二人は何年ぶりにか時間に追われると言うことから解放されていた。
「零号機とは違い、初号機はネルフには置けんと言うことかな」
「まあ、それもそうだろう。我々の真意は分かるはずがないのだからな」
「確かに、初号機がネルフにあったとすれば、又事情が変わってくる可能性もありえるからなぁ」
「もはや、遅すぎるがな」
「確かにな…まあ良いだろうが」
「ああ…ところで冬月、茶をついでくれないか?」
「自分でやれ、そのくらい」
「いや、急須がお前の手元にあるからな」
 確かに目の前に急須がある。
「…うむ、確かに…仕方ないな」
 冬月は碇の湯飲みに茶をついだ。
「すまんな、」
「なに、別にかまわんよ」
 そう言って冬月は急須を碇の側に置いた。
 目の前にある急須をじっと見つめる…そして暫くの沈黙の後、分かったと短く答えた。


 12月7日(月曜日)、
 東京帝国グループ中央技術研究所の仮設ケージでジュンコたちがサルベージの準備を進めていた。
「ふむ、予想よりもずいぶんはかどっているわね」
「ええ、やはり設備がいいからですね」
「本部のケージには及ばないまでも、やはり設備が良いと作業もはかどりますね」
「そうね」
 データをチェックする。
「今日中には何とかなりそうね」
「はい」
「…明日、明日正午から行うことにしましょう。そう連絡して」
「分かりましたその通りに準備を進めます」
 暫くしてジュンコは司令室を離れた。
 ドアが閉まると軽く凭れ、様々な思いを込めてユイの名を呟いた。


 メインタワーの展望室でシンジ、レイ、レイラの3人が景色を眺めていた。
「う〜ん、やっぱり、これだけ整然と並んでいると壮観だなぁ〜」
 そうねと短く返しただけでレイはそのままじっと何かを見つめ続けている。
「ん?綾波、何か気になるものでもあるの?」
「少し、」
「…ん?誰か来た」
 レイラは誰かが来たことを感じ取りそちらの方を振り向き、それに続いて二人も振り向く、
 その方から研究所の職員がやってきた。
「飛龍博士から伝言です」
「なんですか?」
「明日正午に行うとの事です」
「分かりました。御苦労様でした」
「では、失礼します」
 シンジはガラス窓の直ぐ傍まで歩いていき、仮設ケージが入っている建物を見つめた。
 今あそこで準備が行われている。
(…いよいよ明日、か…)
 新たな歴史を刻む第一歩、母ユイのサルベージ…ある意味一連の事の始まりとも言えるかもしれない、ユイの事故…
 再びユイに関係した事から始まるとは…少し皮肉的な物もあるのかもしれない…
 そのまま、じっと色々なことに思いを巡らせる。
 二人はシンジをそっとしてあげることにして、そっと展望室を出た。


 東京帝国グループ総本社ビル会長室、
「失礼します」
 本社に戻ってきた蘭子が入ってきた。
「サルベージの件か?」
「はい、先ほど、中央研究所の方から連絡がありまして、明日正午よりサルベージ計画を始めるとの事です」
「そうか、」
 表情を緩める。
「明日の昼の予定空けておいてくれるか?」
「既に空けておきました」
 少し得意そうな笑みを浮かべながらその様に返す。
「すまんな」
「いえ大したことじゃありませんから、ところでこれに目を通していただけますか?」
 蘭子はファイルを取り出して耕一に渡した。
「ああ、」
 ファイルを受け取り捲り目を通し始める。


 シンジはベッドに横になってユイのことを考えていた。
 10年…前回の10年もあわせ20年もの年月の間、確かに間接的には様々なかかわりを持ったし、直接的に心を触れ合わせたりもした。しかし…肉体を持って、母子として直接接したことはない…
 果たして…上手くやっていけるのだろうか?
 暫くそんなことを考えていたが、もう考えるのは止め布団を頭までかぶってさっさと寝てしまうことにしたが、その夜はなかなか寝付くことは出来なかった。


 12月8日(火曜日)、昼前、
 サルベージの準備はすっかり整い、後は開始のときを待つだけになった。
 仮説ケージの司令室には、どこか緊張した空気が漂っている。
 シンジはガラス越しに初号機をじっと見下ろした。
 これから母ユイのサルベージが行われる…嬉しいという気持ちも勿論あるが、色々な意味で不安という気持ちも大きい。
 その時、耕一が司令室に入ってきた。
 それに気付いた者は皆立ち上がって頭を下げる。
「いや良い、作業に戻ってくれ」
 それに続こうとした者を制止して作業に戻らせ、ジュンコの傍に寄る。
「準備は?」
「完璧です。お任せを」
「ああ、期待している」
 2、3言言葉を交わした後、耕一はシンジの横にやって来た。
 シンジは軽く頭を下げる。
 それから暫く二人は並んだままじっと初号機を見つめたままだったが、耕一の方が先に口を開いた。
「…不安か?」
 その言葉にシンジは軽く上を仰ぎ、暫く何か言葉を捜しているようでもある。
 今の今までずっとそれに考えが捕らわれていたのだろうがいざそう答えるとなると、少し戸惑ってしまった。
「…そうかもしれません…」
 又少し沈黙が訪れる。
「そうか、だがな…結局のところ、どうするのかはシンジ次第だからな、」
「…僕次第ですか?」
「そうだ。ユイ君とどのような関係を持つのか、それはシンジ次第、シンジの心の持ちようだろう」
「持ちようですか…」
「ああ、血縁上の母と子と言うのは変わらないが、保護者と被保護者から憎しみあうまで、様々な形がある。心の持ちよう次第でどのように関係にもなれるはずだ」
 シンジはそうは言うが…と言うような表情を浮かべたが、それを見て耕一はふっと表情をゆるめた。
「まあ、そうは言っても…という時は、頭の中を空にして考えるのを止めて、思うことを素直に行動してみてもいいかも知れんな」
「思うこと、ですか?」
「ああ、それが望んでいることでもあるわけだからな。何も考えずに感情で動くのも、時にはいいかも知れんな」
 しばしそれを考える。
 確かに考えすぎだったのかもしれない…これからのことを考えるのは重要だが、考えすぎてもしようがない。
「…そうかもしれませんね」
「ああ」
「…そろそろ始めて宜しいでしょうか?」
 話が終わるのを待っていたのか、終わって直ぐにジュンコが尋ねて来た。
「ああ、頼んだぞ」
「はい、」
「では、これよりサルベージを開始します」
 ジュンコの声でサルベージが始まり、オペレーター達が操作を始め機器が一斉に動き始める。


 サルベージの開始から3時間ほど…依然として緊張した雰囲気が続いている。
 ジュンコは時計に目をやった。
「…そろそろ、反応があっても良い筈…」
 そう、呟いた直後にモニターの一つに変化が出始めた。
「反応ありました!」
「誘導開始して!」
「「「「はい」」」」
 一斉に司令室が慌ただしくなる。
 オペレーター達が機器を操作して自我形成を誘導していく、
「反応増大、」
「まもなく臨界を迎えます」
 プラグの中にうっすらと人型の存在が形成され始め、次第にはっきりとしはじめる。
 映像が切られ、やがて形成が終了する。
「パターン照合中…暫くお待ちください」
「照合、確認されました!」
 その声と共に司令室がわっと盛り上がり歓声が上がる…
 しかし、そんな中でもシンジは素直には喜ぶ事が出来ず、そのまま初号機を見つめていた。
「成功したわね…」
 ジュンコ達がほっと息をつく、
 プラグが排出され、ケージに待機させてあった担架で付属病院に運ばれていった。


 検査で異常無しと出たユイがベッドに寝かされている。
 部屋には耕一、レイラ、シンジ、レイの4人が椅子やソファーに座るなどしてユイが目覚めるのを待っている。
 その中でやはり、色々な思いが湧いてくるシンジは複雑な表情を浮かべていた。
(…まあ、これからのことなんだ…今考えすぎて悩んでも仕方ないな…)
 もう何度目になるのか、同じ事を自分に言い聞かせ、考えを切り替えることにしたが…やがて又同じように戻ってきてしまい、思考がループしてしまう。
「…ん…」
 そのループももう何週目にはいるかと言うとき、覚醒が近いのかユイが声を漏らし皆一斉に反応した。
 ユイがゆっくりと目を開く。
「…ここは?」
 ゆっくりと上半身を起こして病室を見回し4人の姿をとらえる。
「あ、会長…」
 2004年と殆ど変わらない姿の耕一は直ぐにわかり、半ば反射的にか軽く頭を下げ、それに対して耕一は軽く苦笑を伴った笑みを浮かべる。
 そして、視線をシンジとレイに移す。
「…シンちゃんとレイちゃん?」
 ちゃん付けて呼ばれることに少し違和感を感じ、軽い苦笑となるが笑みを浮かべて頷く、
「…大きくなった…のね…」
 二人が大きくなったことの喜び、そしてそれまでの長い間母親として接することができなかったと言うことのすまなさ等であろうか、様々な思いからかユイは目を潤ませた。
 シンジはユイに何か言おうと口を開いたが…一体何をどのように言えば良いのかわからず、声を発することなく閉じられることになった。
 その後も言うべき言葉が出てこず、結局黙り込んでしまったのを見てユイが少し淋しげな表情を浮かべ、耕一が口を開いた。
「さて…早速だが私の娘を紹介しておこう、」
 ユイはレイラに視線を移す。
「初めまして、私皇レイラです」
「あ、貴方がレイラさんなのね」
「はい、宜しくお願いします」
「ええ…」
「さて、紹介も済んだところで、色々と話したいこともあるだろうが、先ずは食事にしないかね?」
「…そうですね、」
 それから、シンジの態度のことに対して気を利かせてくれたと言うことを感じ取り、了承する。
「じゃあ、食堂に行くか…シンジ、肩を貸してやれ」
「…はい、」
 少しの間の後、シンジはベッドの脇に立ちユイはシンジに支えられてベッドから降りた。
 ユイは自分ひとりでも歩けるようだが、せっかくなのでこのまま大きくなったシンジに少し甘えることにしておこうと言うような感じにしたようである。
 5人は病室を出て食堂へと向かった。


 5人が食堂に到着したときには既にテーブルの上に料理が用意されていた。
 それぞれ、席に座る。
「さて、先ずは、再会を祝して乾杯と行くかな」
「そうですね」
 それぞれのグラスに飲み物が注がれる。
「では、乾杯」
「「「乾杯」」」
「乾杯」
 皆グラスを口に運び、飲み物を飲む。
 シンジはユイに対して何か言おうとしているのだが…未だ上手く言い出せないでいた。
「…さて、そうだな、ユイ君」
「はい、」
「ユイ君から色々と話してくれるかな?」
「私からですか?」
「ああ、覚えていない子供の時のこととか、その時のユイ君の思い出とかをな」
「…分かりました」
 ユイは軽く笑みを浮かべてから、昔の…但しユイにとってはつい最近の思い出話を語り始めた。


 12月9日(水曜日)、
 結局、昨日はユイ側の話でおわり、シンジ側から何か話し出すと言うことはなかった。そして、今日は場所を東京帝国グループ総本社ビル会長室に移して話をすることになった。
 ソファーにシンジ、レイ、レイラと、耕一、ユイと向き合って座る。
「どうぞ、」
 ミユキが紅茶とケーキをテーブルの上に置いていく、
「では、失礼します」
 トレイを抱えて軽く一礼した後退室していった。
「さて…長い話になるだろうが、シンジ話してくれるか?」
 シンジは深い溜息を一つついた。
 結局誰かに誘導して貰わなくては、母親ともまともに話し出すことも出来ないのか…と軽く自己嫌悪を感じながらも、切っ掛けはともかく、又どのような事になるにしても、ここから全てを変えて行かなくてはならないのだと自分に言い聞かせ、ゆっくりと口を開いた。
「…分かりました」
 そして、ゆっくりと語り始める。
 前回の歴史で先生のもとに預けられてから、今までのことを覚えている範囲で全て…途中いくつかあやふやな点があったり、勘違いしているところがあったりして、レイがそれらを補ったりしながらでもあったが、


 部屋に差し込む光が少し赤くなり始めた頃に、長い話も漸く終わりが近付いてきた。
 これまでのところ、ユイは終始じっと黙ったまま話を聞いている。特に感情を表に出さないように努めているようでもある。
 そして、話が終わったとたんじわっと涙を溢れさせた。
「…ごめんなさい…」
「…迷惑…いえ、ひどい目に…あわせてしまったわね…」
 涙声で謝罪の言葉を述べ、ハンカチを取り出してこぼれ出す涙を拭く。
「…ううん…その歴史は変えられた。これからは新しい歴史を作っていかなければいけないんだ…。母さんもそれに協力してくれる?」
 シンジの顔をじっと見つめる。
「…良いのかしら?」
 ゆっくりとうなずきで返す…そして、今度は喜びから涙を流す事になった。
「さて、遅くなってしまったが、皆で食事をとるか」
 最後の言葉から1分ほど経ってから耕一が切り出した。
「…ええ、」
「そうだね」
 会長室を出た5人はみんな笑顔を浮かべていた。


 会長自宅の方に移動する。
 玄関をくぐり中にはいるとルシアが奥から出迎えに出てきた。
「待ってました」
「お久しぶりです」
 ユイがルシアに頭を下げる。
「ええ、久しぶりですね」
「はい、」
「体の方はなんともありませんか?」
「ええ、全く問題ありません」
「そうですか、それは良かった。それなら、料理を美味しく食べられますね♪」
「ふふふ、そうですね」
 軽くはにかみながら返す。
「それじゃあ、おじゃまします」
「ただいま〜」
「ただいま」
「…おじゃまします」
 ユイとルシアが言葉を交わした後、それぞれ一言言いながら靴を脱いで上がったが、一人シンジはどうしようかと少し思ったが…半年ほど前はここで暮らしていたわけであるし、ただいまと言って上がることにした。
 一流料理店にでも頼んでいたのだろうか、美味しそうな料理がテーブルの上にずらっと並んでいる。
「これ、どこかに頼んだんですか?」
「ええ、蘭子さんが手配してくれました」
 ルシアからその回答を聞き、少しほっと胸をなで下ろす耕一。
「美味しそうだね」
「うん、」
「ええ、」
 レイに配慮されているのか肉や魚を使っていない料理も結構色々とある。
「さて、席に座って食べようじゃないか、」
「ええ、そうしましょう」
 それぞれに席に座って、食事をとり始める。
 どれも美味しいものばかりである。
「シンジ君、美味しいね」
「うん、そうだね」
 レイも頷く、
 食事は軽く談笑を交えながら食事は良い雰囲気で進んでいき、そして半ばに差し掛かったときに、ルシアが思い出したように言い出した。
「そうそう、耕一さんデザート作ったので後で出しますね」
(なんですって?)
(え?お母さんが、デザート…)
(…ルシアさんが…)
(あ、あの味は、真似できないのよね…)
(……?)
 ルシアがその言葉を言った瞬間、レイ以外の4人…耕一、ユイ、シンジ、レイラの表情にさっと縦線が入ったが、レイにはその意味がよく分からずに軽く首をかしげることになった。


 夜、シンジは久しぶりにここの自分の部屋に入った。
 ここを離れる前、第3新東京市に行く前のままそのままにされている。
「ふぅ…」
 椅子に座って部屋を見回す。
 第3新東京市には持っていかなかった使い慣れた物が色々と目に入る。
 ちょうど机の上に置いてあった置き時計を手に取り、軽くなでる。
「…久しぶりだな…」
 半年ほど離れていたわけだが…随分前のことのようにも思える。それだけ、色々なことがあったと言うことなのだろうか、
 この10年の行動の殆どの結果が半年ほどの期間に次々に現れた。
 シンジがここにいた頃のことを思い起こそうとしたとき、ドアがノックされた。
「だれ?」
 ドアが開きレイラとレイが入ってくる。
「シンジ君、久しぶりにこの部屋に入った気分はどうかな?」
「…そうだね、懐かしいね…」
「でも…今の生活とかこれからの生活を考えると、過去の想い出の空間であるべきところなのかな、」
 これからの生活を営む場はここではないはずである。
「今日は、私は自分の部屋、レイさんは客室で寝るね」
「ん、そう?」
「ええ」
「じゃあ、おやすみなさい」
「うん、お休み」
「…おやすみ、」
 二人は部屋を出て行く。
「…僕も、寝るかな」
 一言呟いてから、ベッドにゴロンと横になる。
 目に飛び込んでくる天井…今までいくつもの天井を見てきた。果たしてこれからどのような天井を見つめていくことになるのだろうか?
 様々なことに思いをとばしている内に眠くなり、やがて眠りへと落ちていった。


 ユイが泊まっている客室に耕一が尋ねて来た。
「ちょっといいかな?」
「ええ、どうぞ」
 耕一はソファーに腰をおろし、ユイも対面に座る。
「…シンジのこと本当にありがとうございました」
 ゆっくりと深々と頭を下げる。
「いや、そのことは構わん。私にも色々と良いことがあったしな」
 軽く笑いながら応える。
 レイラのこともそれに含まれているのかもしれない。
「そうですか、」
「それよりも、碇のことだが」
「…あの人ですか、」
 色々な思いがあるのだろう複雑な表情で返す。
「ああ、極めて大きな問題の一つだ。どう言う形であったとしてもこれを解決しなくては永遠にしこりが残ってしまう」
「…そうですね。二人が溝を作っていくような状況は私は嫌です。で、どういう風にするつもりなんですか?」
 耕一のことだからその辺りも既に考えているだろうと言う考えのもと聞いてみる。
「そうだな、最終的なものはこれからの人生でつかんでいくしかないし、その時にサポートしていくのはユイ君しかいないだろうが、私はそれにつながるきっかけを作りやりたいと考えている」
「きっかけ、ですか?」
「ああ、明日シンジと話してみようと思っている」
 二人の間の取り持ちは自分がやりたいし、本来じぶんが行うべき事なのだが、残念ながら自分はそこまで深く関われるほど今の二人を知らない。知ってからと言うのでは遅くなってしまう。遅くなってしまえばしまうほど溝を埋めるのは困難になっていく。
 今ちょうどこの新しい歴史を歩みだした瞬間を逃すわけには行かない。だから、耕一に全てを任せるしかない。それが最前の方法なのだ。
「…宜しくお願いします」
 再び深く深く頭を下げた。


 12月10日(木曜日)、
 シンジ、ユイ、耕一の3人が会長室のソファーに向かいあって座っている。
「さて…碇のことだが…」
 まずは耕一から話を切りだした。
「前に言った通り、碇がシンジのことをどう思っているのかと言うことは、これから確かめていけば良い事だ」
 そうは言っても…と言うところが強いためであろうか、シンジは黙ったまま返せない。
「今、シンジは碇がどう思っているのかというのかと言うことを正しく判断できるほど彼のことを知っているわけではない。こうだと思っても、それはそう思っていると思う…と言う不確かな推測に過ぎない」
 その通りである。どういう人間であるというイメージが描けるほど知らないのである。だが、だからといって素直に確かめてみようという風には行かない…
「さて、そうは言うものの、反感が消えるわけではない。そのためのきっかけは作らなければならないだろうな」
「…きっかけですか?」
「ああ、一つ案があるんだが、のるかな?」
「案…ですか?」
 耕一はにやりとしてからその案について話し始めた。


 12月12日(土曜日)、
 リリン本部の会議室で耕一が一人で待っている。
 予定の時刻が迫ってきてぎりぎりになった時、漸くドアがゆっくりと開き碇が入ってきた。
「…まあ、掛けたまえ、」
 耕一は向かいの席を勧め、碇は軽く頭を下げてから無言で席に座った。
 それからお互い向き合ったまま暫くは沈黙が続いた。
 数分ほどして耕一の方からその沈黙を破った。
「…君は、エヴァの最初の搭乗実験でエヴァに取り込まれた、妻であるユイ君を取り戻すために、全ての計画を立てた」
 殆どの情報は筒抜けである。今更隠したり否定したところで何の意味が無いと言うことから、碇はゆっくりとそうですと答えた。
「そして、その為には全てを、大切なものを全て捨て、利用しなくてはならなかった」
 無言で肯定する。
「そして、その中には自身の良心や、友人、知人…そして、家族……シンジやレイも含まれていた」
 その言葉に暫く沈黙することになり再び暫く沈黙が流れた。そして、今度は碇の方から沈黙を破った。
「…何を言っておられるので?」
 それは自分の心の中だけのもの、知られるはずが無い…否定という意味よりも驚きという意味が強い言葉だったのかもしれない。動揺を完全に隠し切れたわけではなく、声にはそれが普通の者であれば気付かない程度であるが現れていた。
「ふっ…まあ良い、一つ良い知らせがある」
 軽く笑って流してから告げる。
「…良い知らせですか?」
 突然話の方向を変えられ、一体何が言いたかったのかと少し眉をしかめながら返す。
 分厚いファイルを机の上に置く。
「…これは?」
 碇はファイルを手にとってパラパラとめくる…中身はユイのサルベージ計画の詳細な方法などである。
「ユイ君をサルベージする方法は完成した」
 無言で読み進める。一通りパッと見ただけのところではあるが、理論は完成されており穴は無いようである。耕一がここまで自信満々に言っているのである。まず間違いなく本当に完成したのだろう。
「…これを?」
「そうだ。だが、素直にこれを実行するつもりは無い」
「……素直にと言われますと?」
 耕一の真意を探ろうとじっと目を見据えるが、耕一は軽く笑みを浮かべているだけで、その表情の中にその様な物は全く現れておらず探ることが出来なかったため、暫く間をおいてから言葉で尋ねた。
「そうだな…」
 耕一は顎に指を軽く当てて考えるような仕草をする。
 既にその答えは用意されている物であろうが、この辺りどこか楽しんでいるというのが読みとれる。
「ユイ君の為であればなんでもする。何でも捨て利用するという証明が欲しいかな?」
「それが利用されたものにとってのせめてもの物になるしな」
 最後の言葉は極めて真剣な表情を伴って告げられた事もあり、暫くその言葉を反芻した。
「…具体的には何をしろと?」
 その言葉を聞くと耕一は内ポケットから一本の大きめのナイフを取り出し机の上に置いた。
「これは?」
「それで、証として利き腕を切り落としてもらおうか」
「…何ですと?」
「もう一度だけ言う、利き腕を切り落としてもらおう」
「…腕一本…その程度ですか?」
 その程度のことでユイをサルベージ出来るのであれば、とてつもなく良い取引である。だが…余りにも良すぎる。今まで自分が犯してきたようなことは腕一本くらいとでは到底釣り合うはずがない。いぶかしむような視線を耕一に向けるが、耕一は軽く流し反応しない。
「どうした?切り落とすなら早くしろ、でなければ帰れ」
 暫く経ってもその状態が続いていたため、耕一はシンジから聞いた前回碇が言い放った言葉を少しもじって言う。まあ、今の碇にはそれを連想することは出来ないが…
「…わかりました」
 ナイフを左手に持ち替え右肩に当てる。
「むん」
 思い切り力を入れ、それと共に鈍い痛みが走る。
「…ん?これは?」
 おかしさを感じた碇がナイフを良く見てみるとナイフの刃先は丸くなっており、これではそう簡単に物を切ることはできない。
 ふと、視線を耕一に向けるとニヤニヤと言ったような表情をしている。
「…どう言うつもりですか?」
「入ってきてくれるかな」
 耕一はドアの外に声をかけた。
 そして、ドアが開きシンジ、ユイ、レイ、レイラの4人が入ってくる。
 今、この場にいるはずのないユイの存在を見て驚きで目を大きく開く…口をぱくぱくと動かしはするがなかなか声が出てこない。
「…ユ…ユイ…」
 漸く声が出る。
「では、説明しようかな」
 耕一がどこか得意そうな口調で話し始める。
「まあ、色々とあって、シンジもお前の行動にも納得はできないまでも理解はできるようにはなっていた」
「しかし…自分がどう思われているのか、それに関してはさっぱり分からない」
 当然であろう。それは、あれ以来隠し続けてきたのだから。
「分かるほど知らなかったからな。そのことは、これからの人生の中で確かめていくしかないが、かといって…と踏ん切りがつかなかった」
 シンジに視線を向ける…少なくとも否定をしているような表情ではない。
「そこで、そのきっかけとなるように、一つ芝居を仕掛けてみたわけだ」
「ユイ君のためであれば大切なものであっても切り捨てる。自分も大切に思われた存在なのかもしれない。それを確かめてみても良いかもしれないと思えるようにな。まあ、利き腕というのは単に象徴と言うだけだがな」
 碇は耕一の言葉にシンジに視線を向け、又シンジもそれを返しじっとお互い眼を見る。
 但し一方は、サングラスに隠れたままであるが…
 暫くしてその事に気づく…真意を他に読まれないためにかけたサングラス。又一方で、自分を思いとどまらせてしまうような物を直視しないための物でもある。今はこれをかけていてはいけない…サングラスを取る。自分が色をつけずにシンジを見、そして又一方で自分を見せるために、
 その状態でお互いの目をじっと見つめ合う…そして、どれだけ経ったのかは分からないが、突然ふっとシンジは表情を緩めた。
 それに続いて碇も少し、表情を緩める。お互いにそれで分かったのだろう。
 だが、ある意味当然であるが、どこか不可思議に思っているような表情である。
「さて、相当疑問に思っていたと思うが、そろそろその種明かしをしなくてはな」
 碇は片眉を少し上げる。
「シンジ、話してくれるか?」
 シンジは軽い笑みを浮かべたままゆっくりと頷き、ユイに話したように全てを語り始めた。


 長い話が終わった後、碇は涙を溢れさせた。
 雫が次々に机に落ち面を濡らす。
「…すまない…本当にすまない…」
 謝罪の言葉を何度も口にし、頭を下げる。
「その事、これまでの事は良いよ。歴史は変えられたんだし。それよりも…いっしょに新しい歴史を作っていってほしいんだけれど…」
「…私がか…本当に良いのか?」
 ゆっくりと大きく頷く…そしてユイと同じように、今度は喜びから再び涙を零した。
「…すまない…そして、ありがとう…」
「さっ、貴方涙を拭いて顔を上げてくださいな」
 碇はユイからハンカチを受け取って涙を拭き顔を上げる。
「みんなで協力して新しい歴史を作っていきましょう」
「ああ…」
 涙声でユイの言葉に返す。


 12月20日(日曜日)、
「失礼します」
 正式に主席秘書官に戻った蘭子が会長室に入ってきた。
 蘭子が主席秘書官に戻ってから、様々な事が迅速に行われるようになり、耕一自身も改めて蘭子のすごさを実感することになっている。
「経済再生プランの青写真が出来ました」
「そうか、御苦労だったな」
 ファイルを受け取り捲って中身に目を通していく。
 かなりしっかりと出来ており、元々ある程度の物はあったとは言え、使徒戦の結果それが大きく変わってしまったと言うことを考えると、この短期間の間に良くここまで纏められた物である。
「…ふむ、」
「如何でしょうか?」
「そうだな、良くできている。少し気になるところはあるが大きな問題は無いだろうな」
 蘭子は少し得意そうな笑みを浮かべる。
「やっぱり蘭子も関わったのか、」
「はい、リリンの方に行っていまして、最近余り仕事ができませんでしたから」
「じゃあ、これをもとに具体的なプラン作りに入るように各部署に指示してくれ」
「分かりました」
 蘭子は嬉しそうな笑みを浮かべたまま一礼して退室していった。
「予算が少ないから大変だろうが、頑張ってくれ」
 蘭子には聞こえないようにその言葉を口にする。
 少なくなった原因は使徒戦…リリンの司令官を務めていた蘭子にも勿論罪はないが責任は無いわけではない…それを感じさせるわけにはいけない。


 12月21日(月曜日)、
「起立!」
「礼!」
「着席!」
 教室に本当に久しぶりに委員長のヒカリの号令が教室に響く、
 チルドレンは普通の中学生へと戻った。…疎開で多くの者が第3新東京市を離れてしまったために、現在教室にいる生徒の数は少ないが、それでも日常に戻ったというのは事実であろう。
 シンジは軽く笑みを浮かべながら久しぶりの授業の様子を見回す。
(良いなぁこういう雰囲気も、)
 これから学生生活という物も思いっきり満喫していこうかな?等という事を考えながら授業時間を過ごしていた。


 昼休みになりシンジ、レイ、レイラ、レミ、アスカの5人は屋上に出てお弁当を食べることにした。
 遮る物がなく吹いている涼気の風が心地良い。 
「さて、お弁当食べますか、」
「そうだね、」
 5人は円になって座り、シンジたちが作ってきた弁当が入った重箱を開けた。
 中には色とりどりの料理がぎっしりと詰まっている。
「「「「いただきます」」」」」
「いただきます」
 みんな料理に箸を延ばし、談笑しながら食事を進めていく。
 そんな中で、レミが住居の事について触れた。
「今日引越しだっけ?」
「うん、」
 色々とあったものの、一緒に住んだ方がこれからの事を考えれば良いであろうということから、碇やユイとも一緒に暮らすことになった。
 そうすると今のマンションでは狭いと言うことから、新しい家に移ることになり、今日がその引越しの日なのである。
 新しい家族の誕生、少し拡大して復活という風にも考えられるが…今は、不安よりも期待の方がずっと大きい。今はこれからのことが非常に楽しみである。


 そうして、やがて学校が終わり5人は帰路についた。
 話を楽しみながら道を歩いていく。
 第3新東京市の人口はまだまだ回復しておらず、横を通っていく車などは非常に少ない。
 途中近道をするために公園を通ろうとしたとき、どこからともなく第9のハミングが聞こえてきた。
「ん?」
 こんなところでいったい誰が…と5人は周囲を見回す。すると、天使の像の上に銀髪の少年…渚カヲルが座っているのが目に飛び込んで来た。
「なっ!?」
 渚カヲル…ゼーレの指示によってシンジを狙撃した犯人、そして、第拾七使徒タブリスでもある。
 皆直ぐに警戒し、レイはATフィールドを展開する準備をする。
 そんな5人に目をやるとふっと軽く笑った後、カヲルはすっと飛び降りて地面に降り立った。
「シンジ君、久しぶりだねぇ」
 何かのんきな口調でしゃべり始めたカヲルの雰囲気に何か皆戸惑ってしまう。
 そして少しの間の後に、シンジだけがその意味するところを理解する。
「…まさか…まさか、カヲル君?」
 友人と再び会えることが出来たという喜び、突然のことでの驚き、今までの決して良くないことから来てしまう戸惑い、そしてそれが否定されたら…と言う不安など様々な感情が混じりあって言葉の中に現れている。
「そうだよ、シンジ君、」
(カヲル君も戻ってきたんだ)
 一気に喜びの感情が大きくなり、それが表情に出る。
 何か親しげな二人の様子にレイラ、レミ、アスカの3人は理解できずに二人を交互に見て、そして小首を傾げる。
「どう言うこと?」
「…貴方も戻ってきたと言うわけなの?」
 レイが警戒を伴った声で確認する。
 カヲル自身をそこまで信じていないと言うこともあるかもしれないが、カヲルがシンジに寄せていた思いの一端は知っていることもあって、あまりシンジには近づけたくはないと言うこともあったのかもしれない。
「そう言うことさ、綾波レイ、」
「カヲル君は前の世界での僕の最後の友達で…」
 そして…自分が握りつぶした…自らの掌をじっと見詰め、あの時の感触を思い出す。
(僕が…この手でカヲル君を……)
 肉や骨が潰れる嫌な感触…それも心を通わした者の…実際の感触以上にその精神的なものの方が遙かに強かった。
「そして、シンジ君に殺してもらった君達リリンの敵、タブリスさ」
「カヲル君!」
 なぜそんなことを言うのか、そんな気持ちがこもった叫びであった。
 何故、敵などと言う言葉を使うのか…友達という関係であってはならないとでも言うのか?…無性に哀しくなってくる。
「…なんで、なんでそんなこと言うんだよ…」
 シンジの言葉に対し、カヲルは特に反応を返さない。
 暫く沈黙が続いたが、1分ほどしてからカヲルが口を開いた。
「シンジ君、少し二人で話をしないかい?」
 4人に視線を向けると、4人はがっちりシンジの周りを固めて二人だけにすると言うことは絶対に阻止するという意志を明確に示している。
「ずいぶんと嫌われているようだねぇ…こっちの世界の僕がずいぶんなことをしたのかな?」
「ずいぶんなんてもんじゃないわよ!」
「おやおや、それは困ったねぇ」
「「アタシこいつむかつく!」」
 カヲルが両手を軽くあげるようなジェスチャーをしたこともあり、それにむかついた二人が声をだしたが、やはり結局のところ同じ人物、二人の声がぴったり重なっていた。
 シンジは軽く下を向いてじっと黙ったまま特に言葉は発しない…触れたくないことだからその事には触れないと言うことなのだろう。
「タブリス、何のよう?」
「そうだね、シンジ君の様子を見に来たのと…後もう一つ、シンジ君にお願いをしに来たのさ」
「お願い?」
「…君達が戻ってからずいぶん世界を変えたようだね」
 急に話を変えられて…と言うよりは話を逸らされて皆少し顔を顰める。
(カヲル君…君がいったい何を考えているのか、よく分からないよ…)
「本当に変わった。今はゼーレの存在も殆ど消え、世界は群体としての人類が支配している」
「そして、シンジ君は友人を取り戻し、更には恋人と言うものを手に入れたようだね」
 その恋人と言う言葉にレイとレイラが少し頬を赤くする。
 その通りなのだが、それを他の者から言われると言うことにはやはり照れのようなものがあるようである。
 だが、一方のシンジの方はそのことよりも今はカヲルの真意の方が気になり複雑な表情を作ることになった。
「…さて、僕のお願いなんだけれど、聞いてくれるかな?」
(…お願い…一体なんだろう?)
 カヲルがお願いしてきそうなことを考えるが…今カヲルが考えていることが全然分からない以上、そのお願いは見当もつかない。
 お願いというものが皆目見当もつかない状態でどう答えたら良いのか、シンジは迷った。
(でも…敵にお願いをするなんて事無いよな。お願いをするって事は友達だからこそだよな)
「…うん、なんだい?」
 そのお願いというのはまだ想像できないが、友人としてその様に応えた。
「…又、僕を殺して欲しい、」
 しかし、カヲルの唇がその言葉をつむいだ瞬間、時が凍ったような気がする。
(い、いま、カヲル君はなんて言った?…又、僕を殺して欲しい…?)
(なんだよそれ…なんなんだよそれ…)
(なんでそんなこと言うんだよ)
(僕に又君を殺せって?…この手で?)
 自分の手を見つめる。
 実際にカヲルを握りつぶしたのは初号機の手である…しかし、シンクロしていたためその感触はこの手に残っている。
「「アンタバカァ!!?」」
 暫く経ってからアスカとレミが同時に叫ぶ。
「…なぜそんなことを言うの?」
 何故わざわざそんなことを又もシンジに言うのか、レイは反感のようなものを込めた視線を向けるが、カヲルは一旦それを流してから、説明をする。
「簡単なことだよ…今のこのリリンが支配する世界にとって、そしてシンジ君にとっても僕は邪魔な存在、敵だからさ」
「カヲル君!」
 何故敵などと言うのか、友人であってはいけないのかという想い…憤りのような物が今度は叫び声に現れた。
「…お父さんに頼めば、何とかしてくれるかも」
 今、現在地球上でもっとも大きな力を持っている耕一ならば何とか出来るはず。耕一は嫌がるかもしれないが必死で頼めば何とかしてくれるかもしれない。
 しかし…カヲルは軽く首を振ってそれを否定した。
「そう言う問題じゃないんだよ、君達群体の人類側の問題じゃないんだよ、それが神が定めし僕達の運命、相容れぬもの同士の悲しい悲劇さ」
「カヲル君!!僕たちは友達じゃいけないの!!?」
 今度は直接的にその部分を言葉にしてぶつける…するとカヲルはふっと軽く微笑んだ。
「友達…言い言葉だね……シンジ君が僕のことを友達と思ってくれていることを望んでいた。そして、それはその通りだった」
 静かで抑揚のない言葉、そこから何も読みとれなかったため、みんな黙って次の言葉を待った。
「…友達だから、お願いをしているんだよ」
 確かに、友人だからこそ、頼み事をしているというのは分かる。
 だが…なぜ、友人に敵と言い、そんな頼み事をするのか…
「アンタバカァ!!?だったら、わざわざ死ぬためだけにここに来たわけ!?」
「そうかも知れないね」
「だったら、一人で死んでなさいよ!」
「そうよ!何でわざわざ出てくるわけよ!」
 レミとアスカが次々に声を荒たげて叫ぶ。
 それに対して、カヲルは軽く微笑んだ後、又語りだした。
「そうだねぇ…ひょっとしたら嫉妬なのかもしれないなぁ」
「「「「嫉妬?」」」」
「そう、嫉妬なのかもしれないね」
 訳が分からないといった表情を皆浮かべる。
「つまり、僕はシンジ君のことが好きってことさ」
「「はぁ!?」」
「でも、シンジ君には恋人がいる。だから、せめて好きな人に殺してもらいたいって事なのかな」
「「アンタ…ホモ?」」
「ふふふ、そんなんじゃないさ」
 カヲルの軽い笑いを伴った返答に二人は身を震わせる事になった。
 そして、シンジは…かなり複雑な心境であった。
 好きは好きでも、恋や愛の要素を伴ったもの…恋人になれないならいっそ…と言うことなのだろうか?
 友達ではなく…恋人に…今のシンジにとってその事は喜べることではない。
 ましてや、殺して貰いたいとまで言っているのである。
「まあ、君達からすれば矛盾しているのかもしれないけれどね」
「…友」
「でもね」
 シンジの言葉を遮る。
「…僕の存在自体がリリンの敵であると言うことは変わらない、それは真実なんだよ。僕が存在していれば必ず君達にとって不幸なことが訪れる」
「例え、あの時のような状況でもなく…そして、シンジ君に恋人という存在がいなかったとしても、結局は同じ世界を生きていくことは出来ないんだろうね…」
 少し淋しげにその言葉を口にする…シンジの言おうとしたこと全てを否定するかのように…
 シンジはまるで縋るかのような目でカヲルを見る…否定して欲しい。嘘だと言って欲しい。
 暫く経ったが、カヲルは否定などしなかった。
 突然カヲルは掌にATフィールドを集中し一本の棒状に形作り始め、皆警戒し身構えた。
「シンジ君、これを」
 カヲルはそれをシンジに投げ渡す…シンジは突然のことに少し戸惑ったが、それを受け取る。
「これは?」
「僕のATフィールドを結晶化させた。それならば僕を殺すことができる」
 シンジはATフィールドの棒をじっと見つめる。
 先が尖ったり等はしていないただの赤い円柱状の棒である。
 しかし、ATフィールドの結晶で出来ており、その武器としての力はロンギヌスの槍とまでは行かなくても、桁はずれの強さだろう。
 これで、今からカヲルを殺せと言う…
「…どうして」
「シンジ君、君は彼女達が不幸になっても良いのかい?彼女達だけでなくその他の人たちもね」
 いっこうに決断に移れないシンジ…、その様子を見て軽い笑みを浮かべるが、その言葉を突きつけその表情を変えさせる。
 じっとカヲルを見る。本当にそうしなければならないのか?本当に他に方法はないのか?
「それが定めなのさ、残念ながらね」
「君たちは歴史を変えることには成功した。でも、神が定めた定め…原理原則を変えることは出来ないんだよ。それが嫌だからと言って無理に変えようとすれば、必ずそれ以上の悲劇が起こる」
 その言葉の後はただ沈黙が流れる。
(なんでなんだよ…)
 シンジはぎゅっと棒を握りしめ、この不条理な事に腹を立たせる。
(せっかく…折角カヲル君と又会えたのに…何でなんだよ)
(……なんでだよ……)
 いつまでその沈黙が続くのかと思ったとき、カヲルが再び口を開いた。
「君達が幸せをつかむには、僕は邪魔でしかない存在なのさ…まあそれに対しての僕の憤りの表れなのかもしれないね。でも、僕が君に殺して貰いたと思うのも事実だしね。それに前にも言ったけれど、僕たちにとって、生と死は等価値…その事は気にする必要はないよ」
 カヲルの命と、レイやレイラ、そしてその他の者の幸不幸を天秤に掛ける…そんなことは許されることではない。
 だが…それらが相反するものであり、必ずどちらか一方を選ばなければならないとすれば……
 なかなか決断できない自分のためにカヲルは配慮を示してくれた。その事に感謝をしつつも、その一方でカヲルはそんなことをしてくるような存在であると言うことなのだ。それもあって、一層そんなことはしたくはない。
 だが、したくないしたくないばかりで逃げているのでは、何も変わらない。したくないから逃げるというのも自分の選択なのだ。
 今までにその自分の逃げると言う選択でどの様な結果が導き出されてきたのか…歴史を変え、新しい歴史を作るために逃げるのを止め、今の今まで行動してきたのだ。今、ここで、逃げると言うわけには…行かないのだ。
「…カヲル君、ごめん、」
 一言謝罪の言葉を口にしてから、レイとレイラの間を掻き分けてカヲルの前に立った。
「願いを聞き届けてくれて嬉しいよ、」
 それには答えず、ただぎゅっとATフィールドの棒を強く握り締める。
「僕のコアはここだよ」
 人の心臓に当たる部位に手を当てる。
 シンジはいざこれから行動となり再び二の足を踏んでしまっていた。
 再び友人をこの手に掛ける。その行為は決してしたくなどない行為…だが、それ以上に大切な者を守るためにはそれしかないのならば………
 それに、このことはそのカヲル自身の願いなのだ。ここで実行することこそカヲルにとって良いことなのだ。
 むしろ、結果として自分が不幸になってしまうと言う事はカヲルの望むところではない。
 シンジは顔を下げ、地面を見ながら何度も自分に言い聞かせる。
「…逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…」
 ある意味おきまりの言葉を小さく呟き、そしてゆっくりと顔を上げてカヲルと向き合い、口を開く。
「…カヲル君、僕は、君と出会えて、良かったと思ってる」
 まっすぐに好意を向けてきてくれた。そして、今も…
 確かに、わざわざ出てきて再び殺して貰うなどと言った嫉妬のようなものから来るものもあるのだろう…だがカヲルは自分の幸せを願っている。だからこそ、あんな話をしたのだ。
 ならば、自分はそれを達成するだけである。それが、全ての者にとって良いことなのだ。
「そう言ってくれてとても嬉しいよ」
 ここで、そのようなことを言い出すと言うことは、どう言うことを意味するものなのか分かったカヲルは微笑みを浮かべる。
「…行くよ…」
 そして、シンジは勢いをつけてATフィールドの棒で一気にカヲルの胸を突く…その瞬間接触した部分が紅い光を放ち、一気にカヲルの胸を貫き、背の方向にATフィールドの紅い光が勢い良く迸る。
「ありがとう…シンジ君…そして、君達が、幸せになってくれると、僕も、うれしいよ…」
 コアが消滅したからなのか、カヲルの体が光の粒子へとなっていく。
 それぞれの光の粒子は、初めは纏まり人の形をしていたが、徐々に散り散りになっていき…やがてカヲルの原形をとどめない、ただの光の粒子の集まりとなる。
「…カヲル君…」
 シンジはそっとその光の粒子に触れようとしたが、手が触れるとその粒子はさっと消えてしまう。
 にわかに強い風が吹いてきて、光の粒子はその風にのって一斉に動き出した。
 シンジの視線は風に乗り天へと上っていく光の粒子の集まりを追っていく……それぞれの光の粒子の輝きがだんだん小さくなっていき、やがて全く見えなくなった。
 カヲルがいた場所には何一つ残っていない…
 その存在を表すものが全て消えてしまったことが分かると、とたん悲しさが込み上げてくる。
 シンジは膝をつき涙を溢れさせ、地面に手をつき数度友人の名を口にする。


 その光景を4人はただ黙ってじっと見ているしかなかった。
 種の背負った運命と言うものと、その中に存在する個々の意志の存在…その両方がぶつかった結果…結局ここにいる者の誰もそれに干渉することは出来なかった。
 やがて、レイとレイラどちらからともなく、未だ地面に手をついたまま零れる涙で地面を濡らしているシンジに近寄り、手を差し伸べた。
 暫く色々と思うところがありすぎてその手を取ることは出来なかったようだが、その手を取って立ち上がるのを見て、もう大丈夫だろうとわかりアスカとレミは笑みを浮かべた。



こうして、長かった使徒との戦いは遂にその幕を閉じた。
あとがき
遂にリリンも最終話となり、後はエピローグを残すだけとなりました。
エピローグに関しても近日中に更新出来るものと思います。
それでは、エピローグで又、