〜〜3年後〜〜 漸く世界は落ち着きを取り戻し、平和と言うものを世界の多くの地域で実感できるようになってきていた。 無論、全く戦争がおこっていないわけではないし、貧困や飢餓・伝染病も依然として続いているが…そうであったとしても、セカンドインパクト期、そして使徒襲来期と比べれば遙かに良いだろう。 ネルフ本部とリリンは一端統合され、技術研究開発の組織として、東京帝国グループ・日本政府管理の組織として分割され、ネルフの各国の支部については、各国と国際連合の共有の組織とされた。 ゼーレの残党に関しては、主要メンバーは国際指名手配され、目下捜索中である。既にかなりの数が逮捕されているものの、ある意味一番肝心なエリザベートに関しては未だにその消息はつかめていない。 5人で暮らし始め、それぞれの呼び方が変わって3年が過ぎた。 この家に越してきて5人の新しい家族が始まって3年。 楽しいときは短く感じる…それは本当だったのかもしれない。 インターホンが鳴る。 私は玄関に向かいモニターで訪問者を確認する。 モニターに映っていたのは冬月先生だった。 お母さんがちょうど奥からでてくる。 「冬月先生?」 コクリと頷き肯定する。 お母さんは玄関のドアを開ける。 「お久しぶりです」 「久しぶりだね」 私はお母さんと一緒に出迎えて頭を下げる。 「レイも綺麗になったな」 そう言われると嬉しい。 頬の辺りが少し暖かくなってくるのがわかる。 「先生、あの人が待ってますので」 「ああ、分かったよ」 一緒にリビングに入る。 お義父さんがソファーに座って冬月先生を待っていた。 「久しぶりだな」 「ああ、元気そうだな」 「まあな、お前が日本にいるおかげでぼける暇もないよ」 「そうか、では今度ぼけ防止の画期的な方法として学会に発表でもしてみるか?」 「ふっ、好きにすると良い」 「まあまあ二人とも、美味しいケーキがあるので持ってきますね」 「済まんな」 「いえ」 お母さんはキッチンに向かう。取りに行ったケーキは確か有名な店のものだったと思う。 「まあ、何はともあれ、ご苦労だった。暫くこっちにいるのか?」 「ああ、その予定だ」 お義父さんと冬月先生はとても不思議な関係だと思う。 今みたいに本気と冗談の境目が分からないような会話を交わすような関係だけと言うわけでもない。 司令・副司令の時の関係だった時のようにお義父さんの方が上になったり、それ以前の関係のように先生の方が上になったりと、ころころと変わってしまうことがある。 使い分けているのだと思うけれど…私にはいまいち分からない。 「あ、冬月先生、」 シンジ君とレイラさんがリビングに入ってきた。 「お久しぶりです」 「久しぶりだね。うむ、シンジ君はやっぱりユイ君似だな。こいつに似なくて良かったな」 「うむ、私もそう思っている」 「はい、ケーキ持ってきました」 又本気と冗談の境目が分からないような話があったけれど、ケーキを食べながら色々と談笑した。 サルベージが行われるので私たちは中央研究所にやって来た。 お母さん達はもう1週間はここに泊まり込んでいる。 シンジ君とレイラさんと共に司令室に入ると、お母さん達が作業を進めていた。 追い込みで疲れているのが表情からとれる。 多分大丈夫だろうけれど、やはり無理していないのか少し心配になる。 ケージが覗ける窓の傍にレミとアスカが立っている。 二人はじっと七号機を見つめている。 何を思っているのだろう?……お母さんのこと? そう…多分そうね。二人はお母さんのことを考えているね。 「準備は全て完了しました」 「宜しい、では、これよりサルベージを開始します」 お母さんの声でサルベージが始まる。 上手く行って欲しい。 アスカとレミのためにも…そして漸くここまで辿り着いたお母さん達のためにも この3年間、お母さんとふたりの赤木博士はこのために本当に頑張ってきた。 それを私は知っているから、より上手く行って欲しいのだと思う。 「漸くね…」 「そね…漸くママと又会えるのね」 二人はとても嬉しそう。 二人ともしっかりしているから、もう保護者という意味ではお母さんは必要ないのかもしれない。 でも、長い間会えなかったお母さんと漸く会える…その事が嬉しいことであると言うことは変わらないのね。 だけれど、その反面大きな不安も感じているみたい。 順調に行程は進んでいたように思う。 1時間ほどしてモニターの表示が大きく変化し始めた…何かあったみたい。 お母さん達の表情に目を向けると、軽く嬉しそうな笑みを浮かべていた。 そう、良いことなのね。 数分で変化が止まり、とたん司令室が静かになる。 「サルベージ成功よ、みんな御苦労様。二人とも良かったわね」 お母さんの言葉で一斉に沸き上がる。 二人に目を向けるととても良い笑顔で喜び合っていた。 今までで見た中で一番良い笑顔。 レミは体自体は私と同じ…私もあんな笑顔浮かべられるの? 「レイ、どうかしたの?」 シンジ君は、私が何を考えているのか気になったみたい シンジ君だけに聞こえるように耳元で説明したら、吹き出して笑い始めた。 私、そんなに変な事を言ったの? 「はは、レイの笑顔もいいし、僕は好きだよ」 その言葉を聞いて私も笑みを浮かべる。 多分、今の笑みが好きと言ってくれた笑み。 「どうしたの?」 レイラさんが聞いてくる…改めて考えると恥ずかしい。 今、鏡を見たら顔が真っ赤になってると思う。 シンジ君がファイルを熱心に読んでいる。 随分熱心…どんな内容なのか気になってくる。 「それは何?」 「うん、ミサトさんに関することだよ」 ミサトさん…葛城2尉…確か今は東京軍に所属していて3佐になっていたと思う。 「ミサトさん東京軍を辞めたんだよ」 「…どうして?」 「ミサトさんは、使徒への復讐のためにネルフに入っていたからね。そして、その時に犯してしまった事への罪の贖罪からリリンに入っていた。その後は目的がなくなってしまったから惰性で東京軍に勤めていたんだ。…何か、目的を見つけたみたいだよ」 嬉しそう…それも当然ね。 シンジ君にとってはかつての家族だったのだから、 私は彼女とそんなに近い関係は持っていない。 もし、私がシンジ君のように彼女と近い関係を持っていたらどうなっていたのだろう? 想像の域を出ることはないけれど、色々と違った形になったのかもしれない。 3人で墓地にやってきた。 使徒戦とゼーレ戦を通して出た犠牲者によって、この墓地も拡張された。 随分遠くまで墓石が並んでいる。 墓石の中を歩いていき、目的とする墓の前で立ち止まる。 渚カヲル…タブリスの墓。 シンジ君が彼のことを心にとどめておくために作った墓。 墓の中には何も入っていない…お義父さんが作ったお母さんの墓と同じように、 シンジ君がゆっくりとした動作で墓に花を供える。 何を思いながら供えたのだろう? 前回の最後の友人であり自らその命を奪った存在。 今回は敵として現れ殺されかけ、そして、最後に現れシンジ君に殺されることを願い、実行して貰った… 「カヲル君…ひょっとしたらセカンドインパクトに始まる一連の悲劇の一番の被害者は君だったのかもしれないね…」 私たちも花を供える。 タブリス…貴方はいったい何を望んでいたの? あの時の言葉は本当に真意なの? 私には分からない。 使徒と人とは相容れない者…本当にそうだったの? 確かにリリスを半分元とする中間的な存在の私とアダムを元とする正式な使徒である貴方とは違う。 だから私には答えが分からないの? 貴方は私にとって肝心なことは何も語らなかった…… 「カヲル君、僕たちはここを離れることにするよ、」 「君が今どういう思いで僕たちを見つめているのかは分からない…だけど、今も僕たちの幸せを願っていると思う。そして、それに答えるという意味でも幸せになるように努力するよ」 私はこうしてシンジ君達と共に生きているし、これからも生きていく…貴方はどうだったの…? いくら問うても答えは得られない。 私はこれからもこの問いを忘れることはないと思う。 でも、どれだけ経っても答えを得るのは無理かもしれない。答えを知る貴方はもういないのだから… シンジ君が墓標に語りかけるのを止めた後はただ風の音だけが耳に響いていた。 キッチンに食事を作る音が響いている…私とレイラさんが昼食の用意をしている。 少し味見してみる…良くできていると思う。 「レイさん、そっちは出来た?」 レイラさんがいつも通りの明るい声で尋ねてきた。 でも、少し緊張しているような声…これからのことのことがあるから当然かもしれない。 「ええ、」 「こっちもよ」 暫くして昼食が出来上がり、出来た料理を皿に盛って二人でダイニングに運ぶ。 ダイニングではもう3人が椅子に座って待っていた。 テーブルの上に料理を並べ私たちも椅子に座る。 「じゃあ、食べようか」 「ああ、そうだな」 みんなでいただきますと言ってから料理を食べ始める。 「二人とも、どっちもとても美味しいわね」 お母さんに誉められて思わず笑みが零れる、横を見るとレイラさんも笑みを浮かべていた。 そして食事が終わった後、決めていた通りにシンジ君が切り出した。 「…あのさ、父さん、母さん、言いたいことがあるんだけど…」 「何だ?」 「……僕たち、京大を受けようと思うんだ」 「そうか…もう、そんな時期か…」 何度も私たち3人で相談して決めた事。 お母さんは嬉しそうな、だけれどどこか寂しそうな笑みを浮かべている。 けれど、お義父さんはどこか遠い目をしていて何を考えているのか私には分からない。 「……シンジ、私は、父親としてはどうだった?」 暫くしてからポツリと呟くように尋ねてきた。 「…良い父親。ひょっとしたら僕にはもったいないまでの父親だと思うよ」 私も本当にそう思う。 本当にいい父親だったと思う。 碇司令だったときとはまるで違う…いえ、父親としての姿こそがお義父さんの本当の姿…碇司令としての姿は、お母さんを取り戻すためにかぶっていた仮面だった…そう今は思う。 「そうか、ありがとう」 お義父さんの目から涙が零れ机にこぼれ落ちる。 「ううん。僕の方だって、ホントにありがとう」 そして、私も心からのお礼を言う。 …本当にありがとうと… 私の言葉で、お義父さんは一層顔をしわくちゃにしてしまう。 お義父さんは、シンジ君の事で大きな罪悪感を感じていた…でも、それと同等かひょっとしたらそれ以上に私の事で感じていたような気もする。 それだけに、こう言う風に改めて言われるとうれしいのだろう。 この家族の生活の中にはその贖罪という意味合いがあったと思う。でも、それを考えてもお義父さんは私にとって良い父親であった。 私たちは春にはここを離れることになる…だけど、お義父さんにはずっと私の父親であって欲しいと思う。 「はい」 いつの間にかお母さんが紅茶をいれてくれていて、目の前にカップを置かれて初めて気付いた。 お母さんはにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべている。 お父さんとシンジ君…そして私の間がしっかりと解け合うのを一番願っていたのはお母さんだった。 そして、今までにそのために様々なことをしてきてくれた。 心を直接触れ合わせるような時にいまいち踏ん切りが付かなかったりしていると、切っ掛けのようなものを作って背中を押してくれたことも一度や二度ではない。 このような関係になれたのもお母さんがいたと言うことも大きいと思う。 それだから、今お母さんもとても嬉しいのだろう。 一言お母さんにも心からお礼を言って、ふんわりとした良い香りをたてている紅茶に口を付けた。