リリン〜もう一つの終局〜

◆第7話

 11月14日(土曜日)、東京、東京帝国グループ総本社ビル再最高議会室、
 東京帝国グループの最高議会とはアジア、オセアニア、アフリカ、中近東、アメリカ、ヨーロッパのそれぞれの最高責任者と、日本の東京帝国グループ最高幹部が出席して行われる東京帝国グループの最高意思決定機関である。
 議題は今後の方針全般についてである。そして、今話し合われているのは、アメリカについてである。
『アメリカは完全に無政府状態、全土で極度の混乱状態にあります。既に相当数の者が死亡したものと思われます』
 可憐がどこか淡々と報告を読み上げていく。
 会長席は空席となっている…流石にこの席にレイラをつれてくるわけには行かない…
「…早速だが、我々は決断を迫られている。アメリカ…アメリカの国民を守るか、見捨てるかだ。…皆はどうするべきだと思う?」
 救也が皆に問うた。
「……」
「……」
『……』
「…現状から見て、アメリカの国民を守ると言うのは、かなり難しいものがあります。確かに、上手くすればアメリカの企業や団体を味方にできるかもしれません…しかし、時間が少なく、又予算も限られているうえに、人材もかなり投入する必要がでてきます。そうすると他の地域でのゼーレとの攻防が不利になる危険性がかなり…」
 再び沈黙が流れる。
「…会長であればどうされるかな…」
 誰かがポツリと漏らした言葉、それが、更なる沈黙をもたらした。
(…会長…)
 みんな耕一であればどうするのかと言う事を考えている。


 第3新東京市、ネルフ本部、総司令執務室、
「今、東京帝国グループの最高議会が開かれている」
「…どう言う結果を出すかな?」
「…これが、今後の世界を決める事になる」
「長引くだろうな…」
「ああ、東京帝国グループを纏める存在がいない、東京帝国グループ最大の弱点は、ナンバー2となる存在がいなかった事だな」
「光蘭子、星救也の2人が上位だろうが、どちらも全てを統括するような影響力はもっていないか…」
「二人がどれだけの影響力をもつことが出来るかに掛かるかな?」


 リリン本部の特別執務室でレイラはごろんとソファーに寝転んでいた。
 ドアがノックされる。
「失礼します」
 郁美がアスカを連れて入ってきた。
「レイラさん、アスカさんをお連れしました」
「アスカ…」
 レイラは体を起こす。
「…ごめんなさい」
「はい?」
 頭を下げ謝ったレイラに対して、アスカはその意味がわからずに疑問を口にした。
「…私、…私、アスカたちに、あんな作戦を…」
「……」
 アスカは無言でぐぃ〜っと顔を近づけた。
「レイラ、このアタシの目を見なさい」
「……」
「…この目がそんな事を気にしているような目に見えるの?アンタは」
 レイラは軽く首を振った。
「誰もそんな事思っちゃいないわよ、それなのに、レイラがそんこと気にするってのは、アタシ達に対する侮辱よ」
「……」
「いい?」
「…うん」
 郁美が紅茶とケーキを持ってきた。
「どうぞ、」
「あら、美味そうね」
「私が作ったんですけど…口にあうと良いんですが」
「食べていい?」
「ええ、勿論ですよ」
 二人はケーキを受け取って食べる。
「うん、美味い美味い」
「美味しいね」
 二人から誉められて郁美は笑顔を浮かべた。


 リリン本部付属病院にレイとレミが今日も来ていた。
「…医者はそろそろ目を覚ますんじゃないかって言ってたけど」
「……」
「早く目を覚ますと良いわね」
 レイはコクリと頷いた。


 東京帝国グループ総本社ビル最高議会室では沈黙はまだ続いていた。
 非常に長かったその沈黙を破ったのは蘭子であった。
「…会長ならばどうするのかと言う仮定は、何の意味もなさい無いわ…私たちが出来る最善の方法を考え、それを実行するしかないわ…」
『主席秘書官は何か考えがおありで?』
「ええ、一応ですが、」
「聞かせてくれるかな?」
「…ゼーレは、我々、東京帝国グループを潰す事は出来ません。東京帝国グループが潰れてしまえば、世界がどうなるのかは目に見えていますからね。そして、それは彼らの計画補完計画の失敗も意味します。」
「ならば、我々が力を抜いたとしても彼らも全力で勢力争いに参加して来る訳にも行かない…どこかで止めざるを得ないと言うことか、」
「その余力をアメリカに回すと言う事ですか?」
「そう言うことですね」
「しかし…いえ、」
「…どうでしょうか?」
「確かに悪くは無いと思ます。ですが、途中からゼーレがアメリカに干渉してくるのは必至では?」
「それまでには時間がある。幹部の精神的打撃も収まっている。ならば、それまでに新たなる堅固な体制を作り上げれば、ゼーレと全面的に対立することも出来るな」
「なるほど、」
「しかし、レイラ様は…」
「…新会長はまだ東京帝国グループを動かすには早すぎる。支え、代わりに東京帝国グループを動かすのが我々最高幹部の責務だ」
 救也の言葉に議会室がシンと静まった。
「…反対は無いようですし、アメリカの対策は先のとおりとして、次の話に移って良いでしょうか?」
 そして、アメリカへの対策は決定され、次の議題へと移った。


 11月15日(日曜日)、リリン本部付属病院の廊下をレイラがもの凄い勢いで走っていた。
 いっしょに走っ来た郁美は既に後ろの方で見えない。
 シンジが間も無く目を覚ますという知らせが入ったのである。当然のごとく公務などほっぽり出して飛んできた。
 そして、病室に到着し慌てて消毒を済ませて中に入る。
「シンジ君」
「…ん…」
 シンジの声が微かに漏れる。
「…ん、んん…」
 ゆっくりとシンジの瞼が開かれシンジの瞳が現れる。
「…ここは?」
「シンジ君!!」
 レイラは涙をぽろぽろと溢れさせながらシンジに抱きついた。
「シンジ君〜!」
「…レイラ…」
 レイラはシンジの胸で泣きじゃくる。
「私、私…」
 そんなレイラに対してシンジはそっと抱きしめてやり安心させようとした。
「……」
 丁度その時、病室に入ってきたレイは二人の様子を見て、自分はどうすればいいのか分からなくなってしまった。
「……」
 暫くしてレイラが漸く泣き止み、シンジから離れ、椅子に座った。
「…碇君…レイラさん、」
 レイが言葉を発した事で漸く二人はレイの存在に気づいた。
「綾波」
「レイさん…」
「……」
 そして3人がほぼ同時に何かを言おうとした瞬間、
「「シンジ!!」」
 アスカとレミの声が響き、ややあって二人が病室に駆け込んできた。
「なんだ、思ったよりも元気そうじゃない」
「まあ、何にせよ漸くね」
「あ、うん…」
「あのさ、」
 そのときアスカとレミのおなかがほぼ同時に鳴った。
「「あう…」」
 二人は顔を赤く染める。
「あのさ…朝御飯未だなのよ…なんか、貰ってきて良い」
「はは、そうだね、僕も何か食べたいし、」
 連絡して暫くすると食事が運ばれてきた。
 シンジの食事はお粥などの消化器にあまり負担にならないものが主だが、それでも結構美味しい。


 司令執務室、
「…漸く目覚めましたか…これで、良い方向に向かってくれればいいのですがね…」
 とりあえずは、祝い酒ということで、秘蔵のワインの中から一つ取り出す。
「…やはり、一人は寂しいものですね…」


 東京、東京帝国グループ総本社ビル会長室、
 蘭子、ミユキ、救也の3人はシンジが目を覚ましたという報告を受けた。
「良かったですね」
「ああ、」
「我々も頑張りましょうね」
「俺は明日アメリカに発つ、こちらは任せた」
「お願いします」
「ああ、二人も頑張ってな」
「「ええ」」


 ネルフ本部、総司令執務室、
「…一つステップが進んだな」
「ああ、」
「どうするつもりだ?」
「暫くは現状を維持し様子を見るが、心配するほどの事は無い」
「…そうか、」
「ああ、当面は、問題ない」
「…久しぶりに聞いたなその台詞…」
「……、そうか?」
「ああ、」


 夜、リリン付属病院、特別病室、
「ん?」
 誰かの気配でシンジは目を覚ました。
「…シンジ君…」
 レイラが立っている。
「…どうしたの?」
「…一緒に寝て良い?」
「あ、うん…別にいいけど…」
 レイラは微笑を浮かべてシンジのベッドに潜り込んだ。
 その夜は、久しぶりにシンジの暖かさに触れながらレイラは眠りについた。
(…レイラ…本当に、大変だったんだよね…)
 皆が帰った後に榊原が来て一連の出来事を話してくれていた。レイラの心労はただならないものがあったのだろう…そして、それはこれからも…
(…僕が支えてあげなくちゃね…)


 11月16日(月曜日)、朝、リリン本部付属病院、
 ジオフロントから朝日の光が差し込んできてシンジは目を覚ました。
「あ、シンジ君…おはよう」
「おはよう」
「私、仕事があるから、もう行くね」
「あ、うん、頑張ってね」
 レイラは軽く笑みを浮かべて病室を出て行った。
「…やっぱり、レイラ大変なんだな…」
 そして、朝食が終わり、小1時間ほどして、レイとレミがやってきた。
「今日も来てやったわよ」
「はは、お見舞いありがとう」
「…碇君、体の調子はどう?」
「うん、結構よくなってきたと思うよ」
 その後、3人は取りとめもない話を続けていた。


 第3新東京市、ネルフ本部、総司令執務室、
「九号機のコアの換装が始った」
「…そうか、」
「明日起動実験を行う、上手くいけば戦力の大幅UPになる」
「そうだな」


 暗い空間にキールと碇の二人が向かい合っていた。
「…暫くの間の勢力はほぼ安定化したといえる」
「私もそう考えています」
「…だが、先の作戦で受けた被害は大きいと言える」
「……」
「エヴァの修復に掛かる費用だけでも相当なものになる」
「ええ、」
「…分かっているとは思うが、世界は完全に混乱に陥った。戻りつつあるとは言え、脆弱な状態でしかない」
「承知しております。…ところで、一つ聞きたい事があるのですが、」
「なんだ?」
「…先の件…実は、失敗すると思っていたのでは?」
「そのとおりだ。東京帝国グループの罠にこちらから嵌るつもりだった」
「しかし、成功してしまったと」
「ああ、」
「なるほど…」
「予定外の事態だった…だが、勢力比ずいぶん良くはなった」
「しかし、人類の持つ絶対的な力は衰えてしまったと」
「そう言うことだな」
「使徒に負けるわけには行きません」
「ああ、」
「八号機に関しては、明日送る事になる」
「分かりました」
「…碇、予算に関しては限られている…その範囲で結果を出せ」
「承知しております」

あとがき
碇はレストランの貸し切りの部屋で共に食事をする相手が現れるのを待っていた。
碇  「…遅いな…」
支配人「あの、お食事の方はどうなさいますか?」
碇  「まだだ、相手が来るまで待ってくれ」
支配人「かしこまりました」


やがて、どれだけ待ったか、ユイが部屋に入ってきた。
ユイ 「貴方…待たせてしまってごめんなさい」
碇  「いや、かまわんよ、この程度のこと…こういった形とは言え、会えたのだからな」
ユイ 「そうですね…こういった形だけど、又会えると言うことは幸せなことですね」
碇  「ああ…本当にな」
ユイ 「ええ…」
碇  「ああ、君、料理を持ってきてくれるか?」
支配人「はい」
直ぐに食事が運ばれてくる。
ユイ 「あら?これって…」
碇  「ああ、ユイの好きな料理をコースにして貰った」
ユイ 「ありがとう、貴方」
碇  「気にするな。この程度のこと、」
ユイ 「ふふっ、そう言えば…貴方、納豆未だ食べてるんですか?」
碇  「ユイは納豆嫌いだったな」
ユイ 「当たり前です」(きっぱり)
碇  「そこまで言わなくてもなぁ…前に家に入れてくれなかったこともあったな」
ユイ 「ええ、納豆臭くなっちゃいますから、当然です」
碇  「体にもいいんだがなぁ…」
ユイ 「そう言う問題じゃありません」(きっぱり)
碇  「ちなみに…あれ以来納豆は断っている…
    どこかに納豆を食べていると絶対に帰ってきてくれなくなるような気が
    しているからかもしれんが……」
ユイ 「そうですか…確かに納豆臭い人のところには帰りたくないですね」
碇  「はは…そうか」(苦笑)
碇  「まあ、良い、食事を楽しもうか?」
ユイ 「ええ、」


そして、会話を交わしながら食事も終盤にかかってきたところで、ポツリと今の現状に関することが出た。
ユイ 「…ゼーレの方は計画が順調に進んでいるようですね…」
碇  「ああ、状況的にはネルフよりも良いだろうな、ネルフ側がいくつか鍵を持っているが、
    それを破棄するわけにはいかんからな」
ユイ 「そうでしょうね…」
碇  「ネルフの計画はいくつか未だ鍵が欠けていてゼーレほどではないが、
    それなりに進んでいるな…」
ユイ 「そうでしょうね…そして、まだまだ難関が続くことになるわね…」
碇  「ああ…」
ユイ 「…私はただ見守ることしかできないわね…」
碇  「……」
ユイ 「…傍観者というのは色々と悔しいものがあるわね…
    まあ、私の場合はこの状況で表舞台にいたとしても、
    その行動を単純に決めるわけにはいかないから、それも辛いかもしれないけど……」
碇  「そうかもしれんな…」
ユイ 「私としては、色々と事情があるから強くは反対できないけど……」
碇  「まあ、そうだろうな…その辺りの事情はユイにとっては複雑だな……」
ユイ 「ええ…出来れば丸く収まって欲しいんだけど…とても無理そうね…」
碇  「もはやこうなってしまった以上、後戻りはできん…お互いにな…」
ユイ 「分かっています…でも…あの子達…シンジやレイのことは…」
碇  「……分かっている…このような形にはなりたくはなかった…
    だがこうなってしまった以上、もはや計画を100%の形で成功させるしかない…」
ユイ 「……そうですね…結果良ければそれで良し、
    確かにそうかもしれないけど…私としては………」
碇  「やはり、ユイは母親だな……」
ユイ 「そうかもしれないわね……例えどんなことがあっても、
    子供達が傷つく様を見たくはないのね……覚悟していたはずなのに……」
碇  「ユイが考えていた以上に悪い方向に向かってしまった……
    いや、向かわせてしまったのだな………この俺が……」
ユイ 「結果から言えばそうかもしれないけれど…でも、貴方が悪い訳じゃないわ…」
碇  「そう言ってくれると救われるよ、もはや止められない以上、
    結果が出てから全ての審判を受けよう」
ユイ 「……応援するわけにはいかないけれど、応援したいという心はあるわ…」
碇  「その言葉だけで嬉しい……」


やがて、食事も終わりを迎える。
ユイ 「…私はこれで、」
碇  「ああ…次会うことが出来るのは、いつになるだろうな」
ユイ 「わからないけれど…いい形で会えることを祈っているわ」
碇  「ああ、私もだ」
ユイ 「…じゃあ、貴方、又会いましょう」
碇  「ああ、又な…」
ユイの姿がゆっくりと消えていった。
碇  「……私は全力を尽くすのみだな……」