立場の違い2R

第15話

◆恐怖

 1月17日(日曜日)昼過ぎ、第3新東京市、ネルフ本部実験棟でハーモニクスの実験が行われていた。
「ハーモニクス検出開始」
 マヤの声と共にモニターには次々に数値やグラフが表示されて行く。
「先輩、凄いですよ、シンジ君。」
 リツコはマヤのことでディスプレイを覗き込んだ。
《EVA−00 99.766 EVA−01 77.366 EVAー02 67.105》
「随分と伸びているわね」
「ええ、本当に凄いですね」
「そうね、ハーモニクスも、かなりの数値を叩き出しているし、」
「ほ〜、やるじゃない」
 モニターを横から覗き見たミサトはその意味が分かっているのか分かっていないのかは分からないが、感心しているようだ。
「シンジ君もアスカも二人とも凄い伸びね。以前と比べたらずいぶんと出せる力が変わってきているわね」
「戦力の水準が上がることは好ましい事ね…怪我したりする可能性も減っちゃうしね」
 そして、その日の実験は2時間ほどで終了した。
「実験を終了します。」
「御苦労様」
 ミサトは労いの声をかけた。


 実験終了後、女子更衣室、
「アスカ、随分延びていたみたいね」
「ま、まだまだだけどね」
「でも、シンクロ率が上がれば、それだけ生き残る確率は上がるわ…アスカ自身、そして、一緒に戦っている私たちもね」
「そうねぇ」
「おめでとうとありがとうを両方言っておくわ」
「ありがとうの方は早いわよ」
「それもそうね」
 二人は軽く笑みを浮かべながら、一緒に更衣室を出た。


 1月19日(火曜日)、昼、第3新東京市Dエリア
 街中に突如黒い影と球状の物体が現われた。
 人々は逃げ惑っている…所々、親と逸れた子供が泣き喚いている。
『第3新東京市に緊急避難勧告が発令されました。直ちに住民の皆さんはシェルターに避難してください』


 P.M.3:51、ネルフ本部、第1発令所、
 富士の電波観測所は探知せず、ATフィールドも観測されず、マギも判断を保留していた。
 状況がさっぱり分からず、ミサトは眉間に皺を寄せていた。
「アレ使徒よね」
「使徒だと断言は出来ないけど、使徒でないとしたら…いったい何なのか答えられないわね」
「各機展開まもなく完了します」
 3機のエヴァを展開し一応包囲している。
「住民の避難は3分で完了します」
「いい、未だ、接近しちゃ駄目よ、」
『はい』
『分かってるわよ』
 レイはミサトの言葉に頷きで返した。
 一定の距離を保ちつつ様子を見、やがて住民の避難は完了した。
「さて、どうしましょうか、」
「先ずは、各兵装ビルから一斉攻撃を掛けて」
「了解」
 各兵装ビルから一斉攻撃が使徒に掛けられる。
 着弾する直前使徒の姿が消え、ミサイルや砲弾は周囲のビルを次々に破壊した。
「使徒は!!?」
「どこへ行ったの!!?」
 オペレーター達は必死にモニターに目を光らして使徒を探す。
「パターンブルー検出!!」
 青葉の叫びが響いた。


 地上、零号機、
「…くる、」
 零号機がその場を飛び退いた瞬間、黒い影が先程まで零号機がいた地点の傍に合った車やビルを飲み込み始めた。
 影が、零号機に向かって急速に接近してくる。
「くっ」
 零号機は跳躍し、高層ビルの屋上に跳び乗った。
 高層ビルは徐々に影に飲み込まれて行く。
 零号機は、パレットガンを影に向けてぶっ放したが弾が飲み込まれるだけだった。
『碇!!』
 初号機がスナイパーライフルを片手に、こっちに向かってくる。
「六分儀君!!駄目!!」
『え?』
使徒は、初号機を目標に変えたようで、初号機に襲いかかった。
「六分儀君!!」
『シンジ!!』
「うわっ!」
 直ぐにその場を飛び退き、間一髪で避けられたが、影は初号機を追い掛け始めた。
「なっ、なんだよこれ!!」
 零号機はビルの屋上からパレットガンを影に撃ち込んでいくがやはり利かない。
 レイは眉間に皺を寄せて、どうすればいいのか悩んでいた。
『みんな!引きつけながら第3新東京市から脱出して!』
 ミサトの指示に頷き、零号機はビルから飛び降り、他の2機と共に影に攻撃を加えつつ、第3新東京市の郊外へと誘導していった。


 第1発令所、
 ミサトは眉間に皺を寄せたまま考え込んでおり、又一方リツコやマヤは使徒の分析に大忙しであった。
「…厄介な敵だな」
「ああ…今までの使徒とは又一つ違うようだ」
「…元々、使徒はそれぞれ別個の種族…今までの使徒がたまたまある程度の範囲で似ていただけかもしれませんね」
「…それも又厄介だな」
「ああ」
 3人はメインスクリーンに映る戦闘…誘導の様子に視線を向けた。


 第3新東京市郊外の開けたところまで誘導に成功した。ここならば、全方位が見渡せ、移動速度はエヴァの方が速いため比較的容易く躱す事が出来る。
 しかし…使徒は自己進化する…そして、一方のシンジ達は少しずつであっても疲労が蓄積してきてしまうだろう…
 それまでに、使徒の分析と殲滅方法の発見をしなければならない。
(ミサトさん…リツコさん…)
 二人の指示を頼みにシンジは今は耐えているが…疲労を感じて来るに連れて不安がでてきた。
「……」
 ぎゅっと操縦桿を握る。


 そのころ第1発令所では、マギがそのフルパワーで分析をした結果、あの影こそが本体…最初現れていた球体の物体こそ使徒の影であると言うことが分かった。
 使徒は、その厚さは数ナノメートルと言う極薄であり、内向きに張られたATフィールドで、その内部に虚数空間を維持しているらしいと言うことも推定された。
 しかし…殲滅方法はいっこうに見いだせないでいた。
 マギが何度目かの回答不能を提示した。
「…判定基準は無制限であり得る可能性を列挙させなさい!」
「「「了解!」」」


 しかし、その答えが導かれる前に初号機が避けた際に体勢を崩し地面に倒れ込んだ。
「いつつ」
『六分儀君!!』
『シンジ!!』
「あっ!!」
 気づくと初号機は使徒に取り込まれ始めている。
 何とか抜け出そうとするが、全く上手く行かない。
 使徒はその面積を広げていき、既に数百メートル単位の大きさになっており…回りから助けるすべはない…
 零号機も弐号機も、その縁で立ち往生してしまっている…
「…碇…綾波…」
 両機に向かって手を伸ばすが当然届くはずはない…
 飲み込まれて行くに連れて恐怖が大きくなってくる。
「助けて!!碇!!綾波!!ミサトさん!!リツコさん!!父さん!!!」
 シンジの絶叫は、初号機が完全に飲み込まれることで途切れた。


 第1発令所、
「…零号機と弐号機を撤退させろ」
「え?」
「早くしろ」
「…了解しました…」


 P.M.4:46、第3新東京市市街、大型発令車、
「使徒は直径720メートルで行動、拡大共に完全に静止しました。」
 見ると、再び球体の影が出現している。
「…困ったわね…」
 ユイが中に入ってきた。
「あ、リツコちゃん…どうかしら?」
「…かなり芳しくありません…」
「そう…」


 地上では日が暮れた頃、ネルフ本部の技術部の会議室の一つで、対策について会議が行われた。
「両機は、生命維持モードで、およそ後9時間分しか電源は残されておりません。」
「…9時間…ね、」
「…初号機との通信は?」
「距離次第ね、この世界ではないのだから、どのような空間に成っているのか想像する事は出来ないわ」
「そうね…、でも、使徒が、虚数空間を維持している以上限界はある筈だわ。SS機関は、確かに、半永久動力機関、取り出せるエネルギー量は無限大…しかし、その出力は無限大ではないわ」
「そうですね…しかし…それだけのエネルギーをどうやって?」
「…瞬間的に取り出すには、核かNN、いずれかしかないわね。」
「で、でもそれじゃあ二人が!!」
「…成功する確率は低く、例え成功しても、二人が無事である可能性は低い最後の手ね、これを準備する事に変わりは無いわ…但し、実行に移る迄に、皆でもっと他の案を考えましょう。使徒を倒す為ではなくシンジ君を助ける為に、」
 ユイの言葉でみんなの表情が変わった。


 使徒の直ぐ近くの高台からレイが使徒の姿を見下ろしていた。
 使徒は漆黒で、まるで第3新東京市にぽっかりと穴が空いたようにも見える。
「…六分儀君…」
 レイの呼びかけが空間に吸い込まれていく。
「帰ってきて…必ず…」
「…お願い…」
 レイはシンジの無事をその場で祈り続けた。


 初号機の中でシンジは目を覚ました。
 ゆっくりと上半身を起してスイッチを押すとレーダー、ソナー、光学、など様々な探査結果が映し出されたが…そのいずれも反応は全くない。
「ふぅ、…何も映らないか、空間が広過ぎるんだ」
 シンジはもう一度スイッチを押して画面を消し、シートに上半身を倒した。
《 0:25:36》
「僕の命も後6時間足らずか」
「…お腹すいたな…」
 そう呟いた後、もう一度目を閉じた。


 ネルフ本部総司令執務室、
「いいのか?」
「ああ」
「シンジ君を失ってもか」
「問題無い」
「計画には大きな修正が必要だろうな…」
「いや、」
 冬月は納得が行かないと言った顔をする。
「我々が外部から救う事は不可能だ。絶対にな。例え、彼女達がいくら優秀であろうとも。だが、」
 冬月は六分儀が言わんとしている事が分かり漸く納得が行ったと言う顔をした。
「信じているわけだな…過信でない事を祈るよ」


 技術部第1大会議室、
 ネルフの頭脳が集結し必死に打開策を検討したが、結局そんなものは出てきはしなかった。
 もはや時間が無い、大会議室はとてつもなく重苦しい雰囲気に包まれていた。
 ユイはこめかみを指で押さえた。
 いくら天才と賞賛され、自他共にそれを認めていたとしても限界はある。
 しかし、ここで限界が来るとは…無力である。
「…ユイ博士、」
 レベルが違うとは言え同じような傾向のリツコには、ユイの今の心境がわかり心配そうに声をかけた。
「ん、大丈夫。そろそろ準備をするわ、」
 ユイはゆっくりと立ちあがり、大会議室を出て行った。


 初号機の中でシンジは再び目を覚ました。
「…さむい…」
 ヒータも切れ、LCLの温度はかなり下がっている。
 やがて、スーツの電源の残量が後僅かである事を知らせる発光ダイオードの光が消えた。
「…誰か…助けて…」
 その言葉の後、シンジは意識を失った。


  真っ暗闇の中、男女の話し声が聞こえる、どうやら男性の方は六分儀のようだ。
「男だったら、シンジ、女だったらアスカと名付けよう。」
「六分儀、シンジ。六分儀、アスカ」


 シンジは母、キョウコと湖の辺を散歩をしていた。
「もう良いの?」
 シンジは赤く光る小さな玉を見つけてキョウコに見せた。
「綺麗なものを見つけたわね」
「うん」
 シンジは無邪気な笑顔を見せた。
「そう、良かったわね」


 シンジはガラスに引っ付いて零号機のようなものを見ていた。
 部屋には六分儀と冬月ともう1人、赤毛の女性がいる。
「どうしてここに子供がいる?」
「所長のお子さんだそうです」
「六分儀、ここは託児所じゃない」
『済みません、先生。』
「キョウコ君、分かっているのか今日は君の実験なんだぞ。」
『この子達に未来の光を見せておきたくて』 


「僕は…母さんがいなくなった時、その場にいたのか」
 シンジが呟いた瞬間、辺りが光に包まれた。
 シンジが目を開くと光の空間の中をシンジの方へ向かって光の女性が飛んで来た。
「だれ?」
 光の女性はシンジを抱きしめる…その時、その懐かしい感じにその人物が誰であるのか分かった。
「母さん!!!」 


 朝焼けの中、第3新東京市市街上空を千機近い大型爆撃機が飛行している。
『…作戦配置に、ついたわね。』
 ミサトも取りたくも無い指揮を取っていると言う事が分かる。
「…待って、」
 何か変化を感じたレイが作戦の開始を止めた。
『どうしたの?』
 突如辺りを地震が襲った。
『何!?』
 アスカ、そして発令所が慌てふためく中、レイは冷静に使徒を見ていた。
 地割れが起き、次々に使徒が切り刻まれる。
 上空の影が真っ黒になり、次の瞬間内側から血のような赤い液体が噴出した。
 そして影を切り裂き、影の中から初号機が姿を表した。
 初号機は咆哮を上げて大気を振動させビルを揺らし、地面に着地した。
 そして、使徒が崩壊し消え去った…
 辺り一面赤い血のような液体で塗れている。その中に立つ赤く染まった初号機はまさに悪魔か鬼のように見えた。
 初号機が停止したことを確認し、零号機は回収に入り、それに続いて弐号機も回収作業を手伝った。


 ネルフ本部第2ケージ、
 初号機のエントリープラグが開けられた。
「シンジ君!」
 ミサトは涙ぐみながら横たわっているシンジに抱き付いた。
「…助かったの?」
「ええ、」
 ミサトの脇でレイが微笑みを浮かべる。
 シンジはそれに笑みで返した後気を失った。
「だれか!」
「はい」
 何人かの手で直ぐに中央病院に搬送された。


 ネルフ中央病院の病室でシンジは目を覚ました。
 視界にレイが入った。
「…碇、」
 シンジは上半身を起した。
「…もう良いの?」
「あ、うん」
「そう、良かったわね。」
 レイは微笑を見せ、シンジはそのレイの笑みに魅入った。
 暫くしてドアが開き、アスカが入ってきた。
「結構元気そうじゃない」
「あ、うん…そうだね」
「何にせよ無事で何よりよ」
 その時シンジのお腹が大きな音を立てて鳴った。
「あ……」
 恥ずかしさで真っ赤になる。
「待ってて、何か貰ってくるわ」
 レイは食事を貰ってくるために病室を出ていった。
「全く…ま、まる1日何にも食べてなかったんでしょ、しょうがないかもしんないわね」
「ははは…」
 頭をポリポリと掻く。
 暫くしてレイが食事をトレイに乗せて持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、」
 お礼を言って早速食べ始める。空腹であったから尚一層美味しい。
「おいしいや」
「少し処理があるけど、私たちがしておくから六分儀君はゆっくりしていて」
「いいわよ、大したことでもないしアタシ一人でやっとくわ」
「でも、」
「ま、気にしない気にしない、それじゃ又ね」
 アスカは病室を出ていき、二人が残された。
「…ふぅ、美味しかった」
 暫くして食べ終わったシンジはゴロンとベッドに寝転がった。
「くすっ…満腹になった?」
「うん、美味しかったよ」
 再び上半身を起こす。
「…碇は?」
「まだ、夕飯には少し早いわね」
 外は赤い光がジオフロントを照らしているが、確かに未だ夕飯には少し早いだろう。
「そうみたいだね」
 病室が再び静かになる。
「…碇、」
「何?」
「……あのさ…何がどうなっていたのかわかる?」
「多分…全部分かっている人は誰もいないと思う」
「そっか…」
「でも、本当に無事で良かった」
「心配してくれたの?」
「勿論、家族だし、それに……」
 その後の言葉はちょっと聞き取れなかったが、良い意味の言葉であると感じたので笑みで返した。


 そのころケージで初号機がシャワーを浴びて血のような液体を落としていた。
 六分儀とリツコがカッパを来てアンビリカルブリッジの上に立って話をしている。
「エヴァの真実をあの子たちが知ったら許してくれないでしょうね」
「今は良い…今は未だ…」
 六分儀の呟きは、シャワーの轟音でかき消された。
 司令室からガラス越しにユイが二人を見詰めていた。

あとがき
レイ 「……次のステップには未だ進まないの?」(いらいら)
YUKI「まだ…のようですね」
レイ 「ようですね、ではないわ、」
YUKI「まあ、そう言いましても二人の性格ではなかなか」
レイ 「何かイベントを起こせばいいわ、二人が十分に意識するようなイベントを」
YUKI「そうですねぇ…そろそろ、あっても良い頃かもしれませんねぇ」
レイ 「そう、では次はバルディエル戦ね…色々と出来そうな要素はあるわね」
YUKI「ん〜、確かに、それが良い形で使えるかどうかは分かりませんけどね」
レイ 「使うの」
YUKI「そう言いましても…」
レイ 「いい加減にしておかないと、後悔するかもしれないわね…」
YUKI「怖いことを…」(汗)
レイ 「それでは、次の話を楽しみにしているわ」
YUKI「はい…」