「もう十二月だねぇ」 「そうですね」 十二月。 よくクリスマスという文字を見かけるようになってきたし、早いところはもうクリスマスに向けた飾り付けをしていたりもする。 リリアンでは中旬に期末試験があり、その後試験休みに入り、終業式を挟んで冬休みへと突入する。今日は試験勉強の気分転換もかねてということで、二人で遊びに来ている。 チラシを配っていたお姉さんからケーキ屋さんのチラシをもらう。 クリスマスケーキが紙面に踊っている。 「このケーキとかおいしそうじゃない?」 フルーツがいっぱいのったケーキを指して祐巳に見せる。 「ほんとですねー」 クリスマス……私の誕生日まであと少しということでもあるのだけれど、祐巳の口からその話がなかなか出てこない。こう言うのは自分から言い出すのは抵抗があり、何かと連想しそうな話を振ってみるのだけれど、全然のってくれない。このケーキだって、真ん中の砂糖で作ったサンタのお菓子をHappy Birthdayのチョコの板に変えればそのまま誕生日ケーキになりそうな感じなのに…… そして、それはお出かけも終盤、二人で夕飯を食べにファミレスに入ってもだった。 祐巳の口から出てくるのは、むしろ…… 「わかってはいるんですけど、こうしてテストが近づいてくるたびに乃梨子ちゃんの頭の良さを再認識させられるんですよね」 乃梨子ちゃんの話が多い。 「今度も一緒に勉強してるの?」 「ええ。去年お姉さまに家庭教師をしてもらったおかげで私の成績ぐんと伸びましたし、私だってちょっとでも役に立てればって思って」 そう言った後、「まあ乃梨子ちゃんの場合ははじめからトップですけど……」と小さく続ける。 「だからこそお姉さまとしての面目を少しでもって普段から結構がんばって勉強するようになったから、私の成績もあがったんですよ。この期末では上位をとって見せますから!」 「そっか、妹ができると成長するってところがあるけど、成績はわかりやすいねぇ」 「ですね。あ、あとは最近料理の練習もしてるんですよ」 「料理?」 「手作りのお弁当の交換とかうらやましいなぁって思ってたところもあって」 「ふーん、ずいぶん仲いいんだねぇ」 最近の私とは違ってと言外に言ってみたけれど、まるで通じなくて「はい!」って元気に返事されてしまった。 そして、ついには「この前家にお泊まりして、一緒に登校したんですよ」などとののろけ話まで。 私のことを妹とその妹の仲がいいことを素直に喜べるほどできた姉だとでも思っているのかね? この祐巳すけは。 一言二言言ってやりたくもあったけれど、祐巳があまりに楽しそうな顔で話すものだから、口を挟むことができなかった。 (のろけ娘には手がつけられないなぁ。今日はこの辺で切り上げるか?) このままだと延々とのろけ話を聞かされるだけで終わってしまいそうだ。早めに入ったから空いていた店も結構席が埋まってきたし、ちょうどいいかもしれない。 「え? 今なんて言った?」 「え? 今度は、乃梨子ちゃんのお宅に泊まりに行くんですよ。あ、正確には乃梨子ちゃんが下宿している大叔母さんのお宅なんですけど」 別にお泊まりしに行くのはいい。さっきからのろけまくっていた延長線上でしかない。けれど……問題はその日程。 恒例行事の終業式の日に薔薇の館で行われるクリスマスパーティーの後直行する……そう言っていた。 つまり……クリスマスイブは乃梨子ちゃんと一緒に過ごすわけだ。それだけならまだいいかもしれない。しれないが……ここまで、のろけまくっていて本当にお泊まりだけなんてことはないだろう。25日に私との話が出ないということは、間違いなくクリスマスも乃梨子ちゃんと一緒なのだ。 ためいきの深さがはかれるとしたらどんな数字が出るだろうか。少なくとも相当なものがでるのは確実。 そもそもあそこまでのろけにのろけている祐巳に期待を持ったのが間違いだったかもしれない。けれど、自他共に認める強い結びつきの姉妹。いや、強すぎるとさえ言える姉妹だったのに、これはあんまりじゃないか…… 祐巳の前では強がっていたけれど、M駅で別れ祐巳の姿が完全に見えなくなるとすぐに「祐巳の薄情ものぉ」と気持ちが口から出た。 半泣きで家に帰って、途中で買い込んだスイーツをやけ食いしていると携帯が鳴った。 「はいはい、でますよっと」 スプーンをカップに戻して、携帯をとると『水野蓉子』と表示されていた。 「はい、こんばんはー」 『こんばんは。いまよかったかしら?』 「ぜんぜんいいよ。一人でテレビ見てただけだから」 『そう。たいした事ではないのだけれど、大学の友人と遊びに行ってきてね。お土産を買ってきたから、渡したいと思って』 「それはありがとう。どこ行ってきたの?」 遊園地に行って、絶叫マシーンやアイススケートを満喫してきたらしい。楽しい休みだったようで結構なことだ。 それに対して私は…… 『聖、なんだか元気がないみたいだけれど、何かあった?』 祐巳のことでいじけていたとか恥ずかしいから平静を装ったのだけれど、ごまかしきれなかったようだ。いったんばれてしまったのなら、いっそのこと…… 「……聞いてくれる?」 『もちろん。これから行ってもいいけれど?』 「そこまではいいよ。でも、長くはなると思うし……こっちからかけ直すね」 『わかったわ』 携帯を切り、家の電話の子機から蓉子に電話をかけた。 そして、今日のことを話し始める。 「あのさ、祐巳がね……」 それから本当に長い時間あれやこれやと愚痴を聞いてもらった。 『聖、誕生日の予定は空いているのよね?』 「何、とどめでもさそうっていうわけじゃないわよね?」 『違うわよ。私でよければだけど、一緒にお出かけしない?』 蓉子からのお誘いに私に断るなんて選択肢はなかった。 親友ってありがたいものだ……本当にそう思う。 十二月二十五日……クリスマス。そして私の誕生日。 「さすがにまだ来てないか……」 待ち合わせ場所のM駅のエキナカショッピングモールのエスカレーター脇の柱の近くに蓉子の姿はなかった。 待ち合わせに私の方が先に来るなんてきわめてまれな話。だが、それもまあ仕方ない。 どうにもいてもたってもいられないとまではいかないものの、今日一人でいることにうずうずしてきてしまい、待ち合わせよりも1時間以上早く来てしまった。 「……時間つぶすか」 4階のカフェにでも行って時間をつぶそうとエスカレーターに乗って上の階にあがり店に向かう途中、ふと改札の方を見ると蓉子がホームから3階にあがるエスカレーターに乗っているのが目に入った。蓉子と視線が合う。 軽く手を挙げてくるりUターン。下りのエスカレーターで3階に戻った。 「誕生日おめでとう」 「ありがと」 「なんとなくそうなるかもは思っていたけれど、早く来て正解だったようね」 「誠に。でも、こんな早く来て私が遅刻するパターンだったらどうするつもりだったの?」 「その準備もしているから大丈夫よ」 そう言って手提げから紅いブックカバーをかぶせた厚めの文庫本をちょっとだけ見せた。 「用意がいいことで」 「こういう事に慣れさせてくれた誰かさんのおかげね」 「う……」 蓉子の場合は前からだろうと思わなくもないが、心当たりがいっぱいあるから反論できない。 「それじゃ、行きましょうか?」 時計と電光掲示を見て1, 2番ホームに向かい、ドアを開けて待っていた電車に乗り込んだ。 K駅に到着し北口に近づくと、とたんに冷たい風が吹き込んできた。 「さぶ」 手提げからマフラーを取り出して首に巻く。 「あら、今日にあわせて?」 「ん? うん、今日の気温だとこれがいいかなって思って」 「そう」 なんだか、微妙にかみ合ってない気がする。 この白いマフラー……あ、そっか、これ去年の蓉子のプレゼントだ。 「うん、これ暖かいからね。ありがと」 「そう言ってもらえてうれしいわ」 去年の誕生日もこれをしていたっけ。あと祐巳からもらった白い手袋。 そして、このクリスマス色に染まった町……ロータリーや大通りの並木道アーケードなんか……を祐巳と二人で歩いた。……まあ新聞部の連中と追いかけっこもあったけど、二人のデートができた。 今年は……今頃乃梨子ちゃんと二人で楽しんでいるのだろう。 確率は低いけれど、もし二人とばったり出くわしちゃったりしたらかなりいやだな。祐巳がどう思うのかわからないけれど、どんな風に思いどんな態度を取っても私にとってはつらい話になる気がする。 「……新宿とかに出た方がよかった?」 「いいよ。蓉子のお薦めの店に連れて行ってくれるんでしょ?」 「ええ、一つ目はここよ」 けやき並木から一本入ったところにあった輸入雑貨の店……最近と言うほどではないけれど前に通ったときはなかった気がするし、結構新しい店か。やっぱり蓉子は情報が早い。 珍しいもので楽しめるといいな。 「それじゃ、そろそろお昼を食べに行きましょうか」 三件の店を見て回った後、蓉子が言った。時計の針は十一時を回ったところ。 「ちょっと早い気がするけれど、それだけ人気の店で早く行かないと埋まってしまうとか?」 それならかなり期待できる。 「そう言うわけではなくて、むしろ行くのに少し時間がかかるのほうね。でも、絶対に気に入ると思うわ」 「おお、蓉子がここまで言うなんて、さらに期待がふくらむね」 「お楽しみにね」 道を渡って住宅街の中に……住宅街を抜けてさらに向こうかなとか思っていると、入ってすぐのコインパーキングに蓉子の車があった。 「車だったんだ」 「ええ。こっちの方が都合がいいから」 徒歩ではなく車となると間違いなくK駅付近ではない。いったいどこまで行くつもりなんだろう? 助手席に乗り込みシートベルトを締める。 「いい?」 「OK」 出発進行、すぐにK駅から離れていく。 「ん? 蓉子ってあそこに車を止めてM駅まで電車で来てたわけ?」 「ええ。K駅を待ち合わせにしてもよかったのだけれど、ちょっとしたサプライズって事で」 「それはどうも」 しばらくして蓉子がウインカーをだした。 目的地は左のマンションか。 一階に店が入っているタイプには見えないけれど、ひょっとして一室が知る人ぞ知る系のレストランになっているとかだろうか? 前にテレビでそう言う店やっていたし。 地下駐車場に車を止めて降りる。 「何回か来てるの?」 「これが三回目ね」 「ふーん」 リピーターになっているのだし、それだけ気に入ったって事なのだろう。 エレベーターであがった上のフロアの通路も普通のマンションのドアや窓が並んでいる。 「ここよ」 特にこじゃれた看板が出ていたりとかはしていなかった。 蓉子がインターホンを押す。 「水野です」 『待っていたわ。入ってちょうだい』 年配の女性の声。思いっきりアットホームな感じかな。 「じゃ、どうぞ」 蓉子がドアを開けてくれるなり炸裂音がしておもわず「うわっ!」って声を上げてしまった。 「え?」 見るとクラッカーを持った祐巳と乃梨子ちゃんの姿が…… 「「お誕生日おめでとうございますー!」」 「祐巳? 乃梨子ちゃん?」 どいうこと? 蓉子おすすめの店にお昼を食べに来たわけじゃなかったの? 二人の向こうに見えるのはごく普通のマンションの玄関と廊下で、とてもお店には見えない。そう言えば、蓉子は『店』とは言っていなかった気がする。 まさか…… 「はい、乃梨子ちゃんのお宅です」 「ここに案内したかったの?」 「ええ。あらためて、私からも誕生日おめでとう」 そうか、ずっと祐巳があんな態度を取っていたのも、このためだったのか。 「これ、乃梨子ちゃんの発案なんですよ。お姉さまをびっくりさせたいって」 「いかがでしたか?」 ひどい出会いから始まった乃梨子ちゃんとの関係……でも、今は誕生日を祝うのにこんな風に手のこんだ事をしてくれるくらい…… 目の前が潤んできた。 「お、お姉さま?」 「ありがとう祐巳、ありがとう乃梨子ちゃん!」 二人をぎゅっと抱き寄せる。 「私、いい妹と孫を持ったものだね」 「本当にね」 涙がこぼれる。 こんな風にうれしい涙を流したのはいつ以来だろうか。 やっと落ち着くことができ、中に入ると年配の女性が待っていた。乃梨子ちゃんの大叔母だったっか下宿させてもらっているリリアンのOGだろう。 「初めまして、リコがお世話になっているね」 「初めまして、佐藤聖です」 「いつまでも玄関だと寒いだろうし、あがってちょうだい」 「お邪魔します」 リビングに入ると大きなテーブルにいろんな料理が並んでいて、中央には大きなケーキも置かれていた。 「おお」 「フライ系の料理は私が作ったんですよ」 「乃梨子ちゃんは?」 パターン的に何かを作っているだろう。 「ピザとかサラダとかです」 すばらしい。 パーティーの料理は二人の手作りが多かった。 年期からくる腕の違いだろう菫子さんが作ったものとは差があるが二人が作ったものも十二分においしい。 祐巳が言っていた料理の練習……流石にこのためだけにって事はないが、それも一つの理由だったんだろうなと、今なら思える。 こんな風に妹と孫に誕生日を祝ってもらえる。それに協力してくれる親友もいる……私ってなんて幸せなんだろう。 「と言う感じだったとさ、ちゃんちゃん」 先日の話をする聖の顔は本当に楽しくうれしそうだった。以前の……二年前からはとても考えられないくらい。 「どうしてそこに私がいないのかしら?」 その点だけは不満。私が加わったらなら、あえて聖の誕生パーティーの買い出しにいく二人の姿を見せるとか、リリアンかわら版で二人の熱愛報道をさせるとか、もっと盛大にできたことは間違いないだろうに。 「そりゃ、人徳の差でしょう?」 「人徳? 私にないとでも? あなたたちの時だって私が裏でどれだけ動いていたとおもっているの?」 「うん、その点は感謝しているけど、江利子の場合自分が楽しい展開に誘導するでしょ? それがより波瀾万丈になる方向だから、祐巳や乃梨子ちゃんも自分から声をかけようとは思わなかったんでしょ。それに私だって、江利子に祐巳に忘れられてなんて言ったら、馬鹿にされそう……いや、そうでもないか」 「なによ。令はちゃんと私の誕生日をお祝いしてくれたわよ。バレンタインデーだっていったん家に帰ってからわざわざ届けてくれたりしたし、負けてるなんてこれっぽっちも思っていないわよ」 「あ、そうなんだ。それはよかったね」 「ずいぶんと上から目線ねぇ、蓉子に半泣きで愚痴っていたっていうのに」 「終りよければすべてよしって言葉を知っているかね?」 「むぅ……。いつまでその余裕が続くのかしら? 聖はお姉さまらしいことをどのくらいやっているっていうの? 放っていると過去の人になるわよ」 「今度三人そろって旅行に行きます。私の運転でね。それにそれを言うなら江利子の方こそどうなわけ?」 「私はしっかりやっているわよ。この休みだって外部受験する令にいろいろと教えてあげたし……ああ、外部受験と言えば去年愉快なことをした人もいたわね」 「そうだねぇ、くじ引きで進学先を決めた人がいたらしいね」 「受けなくてもいい試験を受けた人もいたらしいわね。しかも、妹にはそのことを伝えるのを忘れてたとか、どれだけ薄情なお姉さまなのかしら」 「……妹と孫が姉妹解消したって時に何もできなかった薄情なお姉さまもいたっけ」 「孫を思いっきり否定したおばあちゃんの話も聞いたわね」 「……」 「……」 あの日から丸二年と少し。こんな風に親友の誕生日を語り合える日が来ようとは。 現役リリアン生に聞かれたりしたら大事になりそうな馬鹿な言い合いをしながらも、内心親友の変化に喜ぶのであった。