もうひとつの姉妹の形 -another story-

fluorite g

〜8〜

 ともかく旅館を出て蛍がたくさんいるという近くの小川の方に向かうことにするのだけれど……あの仲居さんと絶対に顔を合わせたくない。
「OK、だれもいないよ」
 次の廊下にあの仲居さんがいないかどうかお姉さまが陰からそっと確認する。私は、そんなところをばっちり見られてしまったりしないように後ろの見張り。
 ……そうして、仲居さんとの遭遇を無事に避けながら裏口に到着できた。表の玄関を避けたけれど、よく考えたら従業員の人はむしろ裏口の方をむしろ頻繁に使うんじゃないだろうか? 顔を合わせずに済んだのはむしろ幸運だったといえるかもしれない。
 さて、出かけようというところで、ふと気づいたことがあってお姉さまに聞いてみた。
「あ、そういえば、外って暗いですよね?」
「うん、そうじゃなきゃ蛍見ても微妙だよね。さっき外見たときは月も雲で隠れてたし、蛍を見るには本当に良い感じだと思うよ」
「いや、それは良いですけれど、それまでの暗い道って危なくないですか?」
 田舎なのだし街灯も少なそう……というかなさそうだし、月もなければ暗いところは本当に真っ暗に近いかもしれない。
「まあ、大丈夫だとは思うけどねぇ。しかしご安心召されよ、そういうこともあろうかと……じゃ〜ん」
 帯に挟んででもいたのだろうか? 背中のほうに隠し持っていた懐中電灯を取り出して見せてきた。いつの間にそんなものを……準備良いですねって言おうとしたけれど、夜道を歩くことは分かり切っていたのだしどっちかっていうと私がよくないだけのような気がしてしまったからやめた。
「スイッチオーン!」
「わっ! ……何するんですか!」
 懐中電灯を私の顔に向けてスイッチを入れてきた。しかも、かなり明るくてものすごくまぶしかった。本気でまぶしかったからくってかかったのだけれど、「良いでしょ〜、これ白色LEDのライト、このために買ったんだよ」なんて、私の抗議もどこ吹く風で自慢をしてきた。
「どうしてそんなことをしますかねぇ」
「ちょっとしたお茶目じゃない」
 さらに非難がましく言ってもやっぱり全然悪びれた様子がない。普段ならそのままのらりくらりとすまされてしまうのだろうけれど……今日は違う。
「ひどいと思うよね?」
 もう一人の同行者、もといもう一匹の同行猫であるゴロンタに聞いてみると「にゃ〜」と鳴きながらうなずいてくれた。
「うう……ゴロンタまで」
 今日のお姉さまの運転のおかげというか、せいで一蓮托生・一心同体になった私たち。ひょっとしたらこのまま特別な関係になれるかもしれない。
「……ごめんなさい」
 いたずらを許す代わりにお姉さまからライトを取り上げることにした。
 で、取り上げたライトを見てみると明るさの切り替えスイッチもついているし、さっき実感させられたようにずいぶん明るいし、このライトはかなり高そうだ。
「ちなみに、このライトも宝くじですか?」
「うん、まあね。前からほしいとは思ってたんだけどね。お金も入ったし、ちょうど良い使い道もあるしってことで良いやつを買ってみたのよ」
「そうなんですか……すごく明るいし、私もほしいなぁ」
「だったら祐巳も宝くじ当ててみれば?」
「ねらって当てられれば良いんですけどね」
「祐巳は福沢だから、当たる気がするけれどな」
「福沢だからって……福沢諭吉が一万円札だからですか?」
「うん、私も今まで宝くじで夏目漱石とか野口英世くらいしか受け取ったことなかったのに、祐巳を妹にしたら、福沢諭吉ゲットできたしね」
 祐麒は一万円……つまり福沢諭吉が当たったことがあるからともかく、私はその辺りの方はおろか三百円しかないのだけれど……。
「宝くじ、買わなきゃ当たらない。これ絶対間違いない」
「いや、まあ、それはそうですけれど……」
 そんな話をしながら、私がライトを持って旅館を出発した。
 あんな恥ずかしいことがあったせいで日が暮れてからすぐに出発とは行かなかったから、もう空はすっかり暗かった。見上げるとぼんやりと明るいところがある……月は雲で隠れているのがわかる程度か。
 これでは月明かりで歩くなんてことはとてもできない。街灯がないところではこのライトの明かりだけが頼り、だからこそ大活躍をするだろうと思ったんだけれど……ここはそこまでの田舎ではなかったようで、通りにはぽつぽつと街灯があるし、ライトがなければとても怖くて前に進めないなんてことはなかった。
 このライトは少し離れたところくらいなら簡単に照らすことができるくらい明るいから、どれだけ暗い道でも歩きやすい道に変えてしまえるのに、ちょっと残念かも……なんてことを考えていたら、何考えてるの? ってお姉さまに聞かれてしまった。
「いえ、大したことではないですけど……さっきの私が途中の道が危なくないかとか言っていたのに、大丈夫じゃないかって言っていたのは、街灯あるってわかってたんですね」
「前にも来たことあるからね。ちなみに前は山百合会のみんなで来たんだよ」
「そうだったんですか……ちなみに、それっていつですか?」
「うん、私たちが一年の時だから三年前の話かな」
「じゃあ、来たことがあるのは蓉子さまと江利子さまだけなんですね」
「自分たちで来てなければね。せっかくの機会だし、本当ならみんなに一声かけてもよかったのかもしれないけれど、あんなことされたから私たちだけでね」
 そうですねって同意する。みんなでわいわいしながら蛍を見に来るのも良いけれど、お姉さまと二人っきりで静かに蛍を眺めたり、眺めながら話をしたりって方が良い。
「そういえば、聞いてなかったけれど、祐巳って蛍見たことある?」
「はい。小さいときですけれど、山梨のお祖父ちゃんのところに行ったときに」
「そっか、じゃあずいぶん久しぶりになるわけだ」
「そうなりますね。だから楽しみです」
 少し広い道に合流すると、他にも歩いている人を見つけた。二十歳くらいの男女連れが手をつないで歩いている……間違いなくカップルだな。
「あの人たちも蛍を見に来たんでしょうか?」
「なんじゃないかな? カップルで蛍を見に来るだなんて良いよね〜、まあ私たちも似たようなもんだけど」
 そう言って、お姉さまは私の方に手を差し出してきた。うなずいて手をつなごうとしたら、もう一匹のお仲間であるゴロンタが鳴いてアピールしてきた。
「ああ、ごめんごめん。カップルだけじゃなかったね」
 いけないいけない。さっきあんなことを考えたばっかりなのに、つい私まで半分忘れてしまっていた。私もごめんと謝ったけれど……その一方でお姉さまと手をつなぎ損ねてしまったし、何となく良い雰囲気をじゃまされてしまったような気もするから、少し複雑な気持ち。
「ゴロンタはもちろん初めて蛍を見るんだし、楽しみだよね」
「そもそも蛍を知らないだろうし、何を見に来たのかわかってないと思うんですけど?」
「まあ、それもそうか」
 私たちが何について意見がそろったのか、わかっているのかわかっていないのかゴロンタは私たちの方を見てうにゃ? っと一つ鳴きながら首をかしげた。
「あっ、蛍!」
 しばらくして宙を飛んでいる小さな光を見つけた。すぐにライトの明るさを切り替える。光はすぐ道ばたの木に止まった。葉っぱの上に一つ小さな明かりがともっている。光が消えてまた光り始める。やっぱり間違いない蛍だ。
 お姉さまと二人でその光に近づく……蛍が葉っぱにとまって光っていた。そして蛍が葉っぱの上を歩くと、葉っぱの上の光もゆっくりと移動していく。
「ほんと、こんなところまで飛んできたのかな?」
「あ」
 蛍が珍しい……というよりは初めて見た何かに興味津々なのだろうゴロンタがそ〜っと蛍に向かって手を伸ばしてきた。そして、捕まえようとした瞬間、蛍はひらりとゴロンタの手をかわして奥へ飛んでいってしまった。
「まだ結構離れてるのに、蛍が飛んでるってことは期待できそうだな。いっぱいいるところは本当にすごいからね」
 一匹だけとはいえ蛍を見たからだろう、お姉さまが言うようなたくさんの蛍を早く見てみたくなってきた。お姉さまと、蛍に逃げられてちょっと残念そうなゴロンタに「行きましょう!」と声をかけて残りの道を急ぐことにする。
 しばらくすると、目的の場所に近づいてきたのがよくわかった。ポツリポツリと蛍が見えるようになってきたというのもあるけれど、それ以上に人の数が増えてきた。日帰りの人たちが車を止めている駐車場があって、そこからは一気に人が増えた。私たちみたいに浴衣を着込んできている人も結構いるし、なんだか夏祭りに行くような気分。
 けれど、さらに行くと……人のざわめきというか、いろんな音が聞こえてくるようになった。大勢いるのがよくわかる。何を言っているのかまではわからないけれど、特に子供がうれしそうに騒いでいるのがよく聞こえてくる……。
「う〜ん……良かったのか悪かったのか」
 大勢が集結してきているってことは、その分たくさんの蛍がいるんだろう。いるんだろうけれど、やけに人がいるなぁ……
 もし誰もいなかったら水が流れる音が聞こえてくるんじゃないかと思うくらい小川に近づくと、本当に辺り一面そこら中に蛍の光が見えるようになった。木や葉っぱにとまっている蛍。宙を舞っている蛍……とても数え切れないくらい無数の蛍の光が見える。
 けれど、人もたくさんだった……まるでお祭りみたいに大勢の人でごった返している。
 さすがに蛍見物に来ているのだから、蛍を見るのに邪魔になりそうな屋台が出ているとかそんなことはなかったけれど、大砲みたいに大きなカメラを構えた人を筆頭に、蔦子さん顔負けの人たちが大勢いたし、うれしそうにはしゃぎ回っている子供たちもいっぱい。その上何か大声で話をしているおばさんたちの団体さんなどなど……
「すごい感じですね」
 これだけいると正直うるさい。まあ、ビデオカメラの人たちはうるさくはないけれど、ふつうのカメラでパシャパシャ音をさせている人たちもいるし……とにかくお姉さまと一緒にゆっくりと蛍を見ようと思うのに邪魔な雰囲気を作っている人が多すぎるのは間違いない。
「前来たときはこんなにいなかったのになぁ……」
「蛍がですか? 人がですか?」
「どっちも、特にほ乳類の方だけど」
 ほ乳類って……まあそうだけれど。
「みんなで来てたんだったら、別にかまわなかったんだけどね」
「どちらかっていうとお仲間入りですね……」
 いや……あの買い物に行ったときのように、もし由乃さんと江利子さまが令さまを巡ってやり合ったりすれば、単なるお仲間ではなくなってしまうかもしれない。そうならなくて良かったのだろうか?
 しかし、辺りの人混みや蛍を見回し、どうにかならないものか、すいていそうなところはないかと探したけれど……。どうにもなりそうにないし、すいていそうなところもなさそうだった。
「うん、しかたないな。奥いこ、奥」
 それで弱っているとお姉さまが私の手をとって森の奥の方に続いている小さな道の方を指さしてそう言った。ああ、これってあの浴衣を買いに行った時M駅前でみんなに冷やかされて恥ずかしくて弱っていた私の手をとって駅の方に歩こうとしてくれた時と少し似ているかも。
「ん? どうかした?」
「いいえ、何でもないです。行きましょう」 
 そうして、二人で森の奥へ進み始めた。横を見るとちゃんとゴロンタもテクテクとついてきている。



 つづく