第一話

放課後の決闘

〜1〜
 どうして、こんなにも元気なんだろうか?
 思わず首をかしげたくなってしまうのは令ちゃんの様子。
 今日は日曜日の朝……薔薇さまを送る会として茶話会があったのは昨日のこと。
 それで令ちゃんのことが少し心配で朝からこうして令ちゃんの部屋にきたのだけれど、とりあえず見た目には変なところはない。
 悔しいけれど、この前の思い出すだけで腹立ちそうなあの一件で令ちゃんは黄薔薇さまとまた仲が深まったばかりだから、きっと寂しがっていると思ったのに……まだ卒業式までには日はあるからだろうか?
「どうかしたの?」
 視線に気づいた令ちゃんが編み物をする手を止めて聞いてきた。ちなみに今編んでるのは私の新しい膝掛け。
「ん、なんでもない」
 そう答えて、こたつの真ん中においてあるみかんのかごに手を伸ばした。
 皮をむいて一つ口に放り込む。あ、このみかんおいしい。
「そう。じゃあ私の方から良い?」
「どーぞ」
 みかんを食べながら令ちゃんの言葉に応える。
「うん、もうすぐ卒業式だけど、お姉さまに今までのお礼にってプレゼントを贈ろうって思ってるの」
「ふーん」
「で、ヘアバンドにしようと思ってるんだけど、由乃はどう思う?」
 みかんを食べるのをやめて「ヘアバンドか、いつもつけてるやつ?」って黄薔薇さまがヘアバンドしてる辺りをなぞって聞き返すと嬉しそうな声で答えが返ってきた。
「うん、気に入ってもらえるようなものになれば良いと思うんだけれど」
 これっぽっちも寂しそうに見えない、あの令ちゃんが?
「……良いんじゃない?」
「うん」
 令ちゃんの話はそれで終わって、編み物に集中し始めた。
 ……ひょっとして、妹としてお姉さまを立派に送り出すことこそつとめって思いこむことで、胸からこみ上げてくる寂しさに気づかないようにしているとかだろうか? あたっているかどうかはわからないけれど、とりあえず今のところは大丈夫のようだ。ならいまは心配しなくて良いか。
 ……それにしても、もうすぐ卒業式か。あともうすこしで三年生は卒業してしまうのだ……それも、黄薔薇さまは進学先がリリアンじゃないから本当にいなくなってしまう。
 正直言って、とんでもない上級生だったけれど、ついにというかとうとういなくなってしまう。
 初等部や中等部にいたときは同じ校舎に通っているというだけで、接点なんて全然なかったし、全校的な有名人って訳でもないから知りもしなかった。だから、リリアンかわら版を通して黄薔薇のつぼみの妹として知った……リリアンの有名人。
 その見方が変わったのは、それからちょうど一年後。令ちゃんがなんと黄薔薇のつぼみの妹になってしまったのだ。
 びっくりしたなんてものじゃない。令ちゃんが嬉しそうに私に知らせに来たときだって、とても信じられなくて話半分に聞いていたのに、それから二日して登校すると黄薔薇のつぼみの妹の噂で教室中が一杯だったのだ。そして私のところにやってくるみんなとリリアンかわら版に令ちゃんと黄薔薇のつぼみが並んだ写真が載っていて……改めてびっくりたまげたわけだ。
 あのときからリリアンの有名人に、令ちゃんのお姉さまという見方が加わった。けれど、それだけじゃなかった。お姉さまのお姉さまという見方も加わることが決まったりもしたけれど、私にとって何より大きかったのは、恋敵だということ。令ちゃんを巡って争う人間になると決まったのだ。
 令ちゃんがお姉さまを作ったらそうなるだろうとは前々から思っていたけれど、相手が相手だったからかなり驚いてしまった。でも、いくらリリアンを代表するような人間であっても、令ちゃんのことについてならむしろ相手に不足はないくらい。
 令ちゃんがうれしそうに、のろけ話をしているのを邪魔するほど無粋でもないし、高等部に入ったらみていろと思っていた。
 それが……高等部の入学式は熱を出してしまってでることができなかった上に、姉妹の儀式も何もあったものじゃなかった。少しあこがれみたいなものもあったのだけれど、結局こんなものになってしまうほど私たちは一緒にいるのが自然なのだとプラス方向に考えることにして、いよいよやってくる直接対決に向けて気合いを入れたんだったっけ……


〜2〜
 薔薇の館を見上げる。
 山百合会の本部。ただの古い建物といってしまえばそれまでの存在なのだろうけれど……
「やっぱり緊張する?」
「まあ、ちょっとだけね」
 やっぱり、幼稚舎からこのリリアンで過ごしてきた以上緊張せざるを得ないような場所だけれど、今日はそういうわけにはいかないし、それどころじゃない。令ちゃんの妹のお披露目会みたいなもののために来ているのだ。
 つまり、私にとってはここは勝負の場であるわけだ。
「ここに初めてくるときはやっぱりみんな緊張しちゃうものだよ。私もお姉さまに連れてこられてきたときはがちがちに緊張してしま」
「よしっ」
 令ちゃんの言葉を放っておいてパンと左手を右の拳でたたいて薔薇の館の入り口をくぐった。
「よ、よしの」
 ちょっとびっくりした感じで、そして心配そうに私の名前を呼ぶ。いまはまだ許してあげるけど、今日の勝負の場で心配性の令ちゃんは出さないでよね。
「さっ、お姉さま、薔薇の館の皆さまに私を紹介してくださいな」
「あ、うん……由乃、付いてきて」
 令ちゃんについて二階に続く階段を上る。いよいよ決戦……由乃、行くわよ!


「これからよろしくお願いいたします」
 あいさつを終えて、最後にもう一度深めに頭を下げた。
 完璧! きまった。この上ないほどに決まった。しっかり練習したかいがあった。もはや、文句のつけようもないくらいのあいさつ、どうだ!?
 そう意気込んでその相手の黄薔薇さまを見たら……ほおづえなんてついて、ぼ〜っとどっかを眺めて見るからにつまらなそうだった。
 なに、その態度は? 妹の妹にまるで興味なし?
 その上、一つ大きくわざとらしくため息をつく。ひょっとしてけんかを売っているのですかそれは? 机の下の握り拳に力がこもってきてしまったけれど、ここで表に出すわけにはいかない。冷静に冷静に。
「由乃ちゃんだっけ?」
「はい」
 だっけって、ちゃんと聞いてなかったと?
「メッキはすぐはがれるわよ。ましてや本物を見慣れている私たちにとってはねぇ〜」
 祥子さまの方を見ながらそう言ってきた。
 ぐ……見抜かれていたのか。
 確かに祥子さまは正真正銘の、どこであっても輝くようなお嬢さまの中のお嬢さまだ。
 完璧にこなしても演技は演技ってことか? いや、むしろあまりに完璧すぎたからこそ、ばれてしまったのかもしれない。いずれにせよ作戦ミス……悔しい。
「ねぇ、令」
「はい」
「あなたの妹つまらなそうねぇ、私はもっと別の妹の方がいいわねぇ」
「ちょっと待ってください! それどういうことですか!?」
 自分のミスだったのだから、苦言を言われても黙って聞いているつもりだったけれど、なんだそれは。
「どういうことって、言った通りよ。私はあなたじゃない方がいいと思ったのよ」
「いくらお姉さまだからっていうのもあるけど、その理由がつまらなそうっていったいどういうことですか!?」
「だってそうでしょ? 令が妹を連れてきてくれるって言うからどんな子かと、昨日なかなか寝れなかったくらい楽しみにしてたのに……それがあなたみたいなつまらない子だなんて、がっかり」
 首を軽く振りながら大きくため息。おまけに寝不足とか言ってあくびまでしだす始末。
 これは私をなめてるのか? 何で判断基準がおもしろいとかつまらないとかになってるんだ? それともおちょくってるのか? ……頭に血が上ってきた。いけない、おさえないと。
「何、不満かしら? だったら、これから長いつきあいになっていく以上下手なメッキをしてもはがれていくことは分かり切っているのに、あそこまで気合いを入れてメッキをするという、本当の自分に自信を持っているとはとても思えないこと。そしてそんな人間はいらないということを理由につけ加えておこうかしら?」
 断言できる。私にけんかを売っているのだ。
 なんてことだろう。リリアンにいる人間の全てがあこがれている黄薔薇さまはこんな人間だったのだ。正直私も敵だとは思っていてもあこがれてもいた……それが完全に幻滅。
「あ、あのお姉さま……」
「なに? ロザリオを返してもらうなら早くしたほうが良いわよ」
 売られた喧嘩、買ってやろうか? ……いや買ってやろう。初対面の人間にここまで非礼を働くような人間に礼を尽くす必要はもはやない。
「おとなしくしてたら、おちょくりたいほうだいおちょくってくれて、それでもリリアンを代表する黄薔薇さまなわけ!?」
「あら、過激なこと言えたのね。どうやらまだ猫をかぶってたみたいね」
「単に無礼な人間に礼儀はいらないってだけよ!」
「ふ〜ん、わかったわ。でも、あなたはそもそも薔薇さまというものをまるでわかっていない」
「どうわかっていないって言うのよ」
「黄薔薇さまというのは単なる役職。選挙で選ばれるかどうかで決まるものであって、黄薔薇さまだからこうあらなければいけないなんてものではないでしょう?」
 薔薇さまはリリアン生として生きてきたものであれば誰にとっても特別な存在であるはず。言っていることは正論かもしれないけれど、私の想いを自ら木っ端みじんにしてくれた。
「それにさっきも言ったように、不本意だけれど長いつきあいになるなら、自分を隠してメッキをしたところでしようのないことでしょう? 私としてはあなたみたいなつまらない子とは長いつきあいになりたくないのだけれどね……令」
 令ちゃんは見るからに困っていて、何も言葉を返せない。まさか、令ちゃんに対しても仕掛けているのか?
「どうしたの? お姉さまの言うことが聞けないの?」
「お姉さま……」
「令ちゃん、こんな妹をいじめて楽しむような輩と姉妹でいる必要なんかないわ、令ちゃんが持っているロザリオこの場でたたき返してやりなさいよ。そうすれば、あっちが望むとおり私と長いつきあいでいる必要もなくなるんだし」
「よ、由乃〜」
「ああ、なるほど、そういう手もあったわね。令、どうする?」
「お姉さままで……」
 なんと、私の言葉に乗って来るだなんて……正直あきれてしまった。
 令ちゃんの方を見たら……お願いだから退いてよと懇願するような目を向けてきたけど、退くわけないでしょう。今度はあっちに、すると楽しそうに笑いおった……こんな人をおちょくりまくって楽しむような輩を睨みつけてもう一歩踏み出す。
「令ちゃん、今すぐ縁きって。令ちゃんのためにもならない」
「だ、そうよ。私はかまわないわよ」
「黄薔薇さま、その辺りにしておいたら?」
 黙って私たちのやりとりを眺めていた他のメンバーの中の一人、紅薔薇さまがたしなめに入って来た。まあ、どちらかというとなかなか口を挟めなかったといった方がいいかもしれないけれど……
「あら、これからがおもしろいところなのに」
「趣旨が変わってきてしまっているわよ」
「まあね。今日のところはこの辺で勘弁しておいてあげましょうか。というわけで、合格」
「は?」
「私は由乃ちゃんを令の妹として認めるわ」
 突然手のひらをひっくり返した。
「由乃ちゃんが絡むと令でも楽しめるし逆もしかり。二粒で四粒くらいのおいしさよね。大歓迎よ」
 両手を大きく広げて、語尾に音符がつきそうなくらい楽しそうにそんなことをのたまった。
 さっきのは遊びだったということがわかったけれど、私を認めた基準は自分が楽しめるかどうかだったともわかって、怒りなんてものはどこかへ消し飛んでしまうほどにあきれてしまって何も言えなかった。


〜3〜
 あれから薔薇の館の一員としての高等部生活が始まったわけだけれど……黄薔薇さまは本当に、自分が楽しめるか楽しめないかが全てだったのだと、それから一月もせずに身にしみてわかることになってしまった。
 ただ……そうであっても、腐っても鯛とでもいうべきか、黄薔薇さまは黄薔薇さまだった。様々な方面で並はずれている能力を備えていることは紛れもない事実だった。
 そして、その能力を……自分の楽しみのために私に向けてきたのだ。
 ………
 ………
「よ、よしの、どうしたの?」
「あ、うん……ちょっといやなこと思い出しただけ」
 思わず頭を抱えてしまった。
 あの手この手でからかわれ、してやられ、手のひらの上で踊らされ……
 もっと他の有意義なことにその能力を使えと言いたかったし、実際に言ったりもしたけれど、そんなことに聞く耳を持つわけもなかった。
 で、でも! 令ちゃんのことについてだけは負けてない。負けてないはず。確かにはっきりと何か決着をつけたことがあったわけではないけれど……それでも、令ちゃんのことだけは勝っているはず。
 ……もうすぐ黄薔薇さまがいなくなってしまったら、不戦勝みたいな形になってしまう。唯一と言っていいかもしれない勝利が不戦勝だなんて、冗談じゃない! いなくなってしまう前に、決着をつけないと。
「ねぇ、由乃」
「何?」
「ひょっとして何かたくらんでる?」
「たくらんでるなんて人聞きの悪い。しなければいけないことを思い出しただけよ」


〜4〜
 勝負を挑むために黄薔薇さまの教室にやってきた。
 やっぱり、三年生の教室に来るのはそれなりに緊張するけど、こんな程度で腰が退けてしまう私ではない。
 ちょうど教室の前にいた三年生に呼んでもらうように声をかけた。
「ごきげんよう。すみません、黄薔薇さまをお願いできますか?」
「ごきげんよう。でも、残念だけれど江利子さんは来ていないのよ」
「え? 来ていないんですか?」
「ええ、あの騒動があった日からほとんど来ていないのよ」
 それは……交際が公認されてしまったからってこと?
 相手は、確か花寺の非常勤だったと思うけれど……教員なのにそんな毎日って良いのだろうか?
「自由登校だとは言っても、本当にすごいわね」
「はあ」
「ああ、ごめんなさいね。由乃さんの用事のほうはどうしたらいいかしら?」
「そうですね……」
 まあ相変わらずだけれど卒業式まではまだまだ日があるし、まさか卒業式まで一度も来ないなんてことはないだろうから又の機会で良いだろう。そういうわけで、また来ますと伝えて自分の教室に戻ることにした。


 次の日も顔を出したのだけれど黄薔薇さまは来ていなかった。……本気で学校なんてどうでも良い状態なのだろうか?
 元々がああで、その上自由登校になっているからそんなものなのかもしれないけれどこっちは困る。下手にのめり込まれてしまったら、本当にこのまま卒業式になってしまうかもしれない。
 それで危機感を感じて、電話で呼び出すことにしたのだけれど……
『ごめんなさい。今日はまだ帰っていないのよ』
「そうですか……やはり、山辺先生がらみですか?」
『たぶんね。何か伝言があれば伝えておきましょうか?』
「ありがとうございます。それでは、話があるので電話でも良いから私に連絡をしてほしいと」
『わかったわ。伝えておくわね』
「ありがとうございます」
 お礼を言ってから電話を切る。
 電話を終えてから気づいたけれど、出たのが黄薔薇さまのお母さんでよかったのかもしれない。もし他の家族だったらどうなっていたのだろうか?
 ……想像できない。直接その時を見ていないというのもあるけれど、祐巳さんから聞いた話ではとんでもなさは黄薔薇さまと良い勝負らしいし。……どうなるか予想が付かないけれどやっかいなことになることだけは間違いないだろう。


 結局、黄薔薇さまから電話がかかってくることはなかった。
 男の家族ならともかく、黄薔薇さまのお母さんならば、伝えてくれただろう。それなのに、まるで反応なし。どんな用事なのか伝えなかったからたいしたことないと思われてしまったのだろうか?
 昼休みにのぞきに行ってみたけれど、朝は来ていたけれど、もう帰ってしまったみたいだとのこと。
 どうにも会えない。
 帰った理由は当然あの山辺先生に会いに行くため。やっぱり今はそのこと以外目に入らないのだろう……いったいどうしたらいいものやら。
「お〜い」
 空振りの帰り道三年生の教室の廊下を考え込みながら歩いていると、白薔薇さまの声が聞こえてきた。
「あ、ごきげんよう白薔薇さま」
「うん、ごきげんよう。どしたの?」
「えっと……黄薔薇さまに用があったんですけれど」
「なるほど、でもいなかったわけだね」
「はい」
「あの状態だからねぇ……大事な用事?」
「まあ」
 そういえばこの白薔薇さまは黄薔薇さまの親友の一人というだけでなく、幼稚舎からのつきあいで、しかも中等部に上がるまで天敵同士だった。
 立場が全然違うけれど、黄薔薇さまの敵としては大先輩みたいなものだ。白薔薇さまだったら何か良い方法を知っているんではなかろうか?
「何か思いついた?」
「白薔薇さま、これからお時間ありますか?」
「ん、じゃあお昼食べながら話聞いてみようか」
「ありがとうございます」


 薔薇の館でお弁当をつつきながら、今までのことを話してみた。
「ん〜、今の江利子をか、これはなかなか骨だね」
「ですよね」
「何か、それ以上に気を引くものを用意できたら良いんだろうけど」
 腕組みをして一緒に考えるけれど、なかなかでてこない。
「そういえば、白薔薇さまの時はどうだったんですか?」
「私の時?」
「はい、中等部に上がるまでは天敵同士だったんですよね」
「まね。でも、顔を合わせたらぶつかり合うって感じで、何もなければお互い関わりたくないってかんじだったしなぁ。そのまま今まで来てたとしたら、江利子がリリアンから去る前に決着をつけようって由乃ちゃんみたいに思ったかもしれないけど」
「あれ? 白薔薇さまってリリアンなんですか? 祐巳さんから外部受験をしたって聞きましたけど」
「あ……」
 白薔薇さまは痛恨の自爆だったって感じで露骨にしまったと顔をしかめた。どうして自爆?
「うん。まあね、そのあたりのことはいろいろとあったから、祐巳には黙っててくれるとうれしいかな」
「わかりました」
 釈然としないけれど、相談をしている立場では何も言うわけにもいくまい。
「さて、江利子のことだけど……まずはどんな方法でも由乃ちゃんが決着をつけたがっているってことを知らせないとね。知らせさえすればそれはそれで江利子の興味を引けると思うんだけど」
「知らせる方法ですか」
「うん、それ考えよう。周りに気づかれずに江利子だけに確実に伝える方法」
「なるほど」
 直接の連絡が付かないなら、手紙とかそういう感じで伝えればいいだろうか。いくらあの家族でも黄薔薇さま宛の手紙を勝手に見るなんてことはしないだろうし。……山辺先生や男からの手紙だったら検閲しかねないけれど、私からの手紙だったら大丈夫だろう。保険をかけるなら表の差出人は令ちゃんの名前にしたって良い。
「そうだ、そうだ」
「え? 何がそうなんですか」
「うん、手紙で伝えればいいわけだけど、どうせだったらすごい手紙にしてみない」
「すごい手紙?」
「手紙自体で興味を引けるくらいのインパクトのあるやつ。たとえば、挑戦状とかどうかな? さすがにもらったことなんてあるわけないし、見たらびっくりするよ」
「いいですね! あ、果たし状の方が良いかな?」
「おお、いいね。それなら江利子もぜったいにその気になるよ」
 白薔薇さまが太鼓判を押してくれた。
 よし、ここは一つ度肝を抜くような果たし状を送りつけてやろう。


 そうと決まったら後は早かった。早速帰りに文房具屋で使えそうな高級和紙を買った。ちょっと値段がはったけど、むしろそのくらいの方がいいというものだ。
 帰宅して最近とんと使っていなかった毛筆セットを引っ張り出した。……筆の状態は問題なし、よしまずは練習しよう。
 まず目にとまる表から……気合いを入れて【果たし状】と半紙に書く……最近毛筆は使ってなかったのだけれど、それなりにうまく書けたと思う。
 もっと気合いを乗せて書けるように、何度か練習する。
 ………
 ………
 見事に気合いが入った文字が書けた。よし、これならいいだろう。
 次は買ってきた紙に同じように書く……うん、見事。自分でも惚れ惚れするほどに見事な果たし状だ。
 次は、中身。
 同じように練習で半紙に中身の文章を書いていく。
 果たし合いの日時は?……向こうとしても予定の都合とかもあるだろうし十分に余裕があった方がいいだろう。受験は……デートやなんやに浮かれているわけだし、さすがにあの家族だって受験が続いている中で毎日のように引っ張り回すなんてことはしないだろうから終わっているだろう。半分以上遊びで受けてるみたいなもんだから、たとえまだあったってその程度のことでしかないから問題なし。
 場所はどうするか?……屋上なんかが良いかもしれない。こんな寒い時期、放課後に好きこのんで屋上に出てくる人間なんてまずいないから邪魔されることなんてないだろう。
 よし、うまく書けた。
 次は本番……完成!
 さすがに果たし状なんてものをもらったのを家族が見たりしたら大騒ぎになるし、ましてやあの家族なのだからいっそうだ。それこそ江利ちゃんがやられる前にとか言ってみんな総出で私を襲撃に来てしまうかもしれない……そういうわけで普通の大きめの封筒にいれる。
 こっちには普通に鳥居江利子様とボールペンで宛名がかいてある。
 あとはこれを書留で送ってしまえばいいか。


〜5〜
 ……見られている?
 休み時間廊下を歩いていて妙な視線を感じた。それで振り向いたら、さっと誰かが壁の陰に隠れたのが見えた。私をつけ回すなんて、十中八九新聞部と見て良いだろう。
 ふむ……新聞部が目をつけたのはたぶん最近黄薔薇さまの教室にたびたび顔を出していたからか。何があるのかまではわからないものの、何かはありそうだということはわかってしまったか。……三奈子ならやるにちがいない。
 とはいえ、この前のこともあるし猛者本人が動くわけにもいかなかったのか、私をつけていたのは強者ではなさそう。さりとて捨て置いて良いものだろうか? 決戦までにはまだ日があるし今つけさせておけばかえって何もないと思わせられるだろうか?
 いや、あの三奈子が一度食いついた餌から離れるわけがない。……めざわりだし追っ払うか。
 そう決めて彼女の方に向かって歩いていく。壁の陰で息を潜めているところに「ごきげんよう」とにっこり笑顔で声をかける。
「あ、はい、ごきげんよう」
「あなた新聞部の部員ね」
「あ、はい」
「何かご用かしら?」
「え、えっと……特に用というわけではないのですけれど」
「だったらどうしてそんな風な姿勢になっているのかしら?」
 口ごもってしまって答えられない。いくら取材とはいえストーカーまがいのことまでするのには負い目があるのだろう。これが三奈子あたりだったら平然と反論しているに決まっている。本当に猛者たちでなくてよかった。
「特に用事がないのでしたら、もう行ってもよろしいかしら?」
「あ、ど、どうぞ」
「ではごきげんよう」
 今日の所はこれで良し。
 決戦までは日があるとはいえ、何か手を打たなければ……なかなか道のりは険しそうだ。


〜6〜
 いよいよ決戦は、明日。
 時間的な余裕も十分にあったし、あれだけの果たし状を送りつけたのだから、黄薔薇さまなら何か用事があってもそっちを放り出してこっちに来るはず。
 それに、三年生を送る会では退場するときにわざわざ私の方を見て不敵な笑みを浮かべたのだから間違いなく読んでいる。……なのだけれど、それ以外の反応はまるでなし。何度か新聞部の目を盗んで教室に様子を見に行ったりもしたけれど、一度たりともいなかった。
 本当に来るだろうか?
 明日決戦場に行ったら誰もいなくてそのまま一人待ちぼうけなんてことは……やめてほしい。いやそんなことはあってはならない。令ちゃんのことはあっちだって一度決着をつけておくべきだとは思うはず、だからそんなことはないはず……なのだけれど、あの黄薔薇さまだけに心配ではある。
「いた」
 そんなことを考えながら歩いていたら薔薇の館のドアにぶつかってしまった。
 いけないいけない。これでは黄薔薇さまが何か一つのことに夢中になってしまうというのを笑えない。
 頭を切り換えて中に入り二階に上がると、祥子さまがお湯を沸かしていた。
「ごきげんよう、祥子さま」
「ごきげんよう、ちょうどよかった。カップの用意をしてもらえるかしら?」
「はい」
 そうして紅茶の用意をしている内に、令ちゃんと祐巳さんがやってきた。
 祐巳さんの表情は優れず、普段の明るい雰囲気がまるで見られない。やっぱり土曜のことが響いているのだろう。
 その前からなんだかぎくしゃくし始めているようだったけれど、いったい白薔薇さまに何があったんだろうか?
 祐巳さんにもどういうことなのかさっぱりわからないと言っていたから、そのことには触れずに紅茶を飲みながら軽い雑談をすることになったのだけれど、志摩子さんがなかなかやってこなかった。
「志摩子、遅いね」
「そうですね。委員会の方でしょうか?」
「今日はないはずだけれど、どうかしたのかしら? まあ良いわ。志摩子が来ない理由を考えていても仕方がないし、そのうちに来るでしょう。私たちだけで始めましょうか」
「はい」
 そうしてみんなで仕事を始めてから一時間くらいして志摩子さんがやってきた。
「遅くなって申し訳ありません」
「今日は委員会のほうはなかったはずよね? こんな時間まで何をしていたの?」
「紅薔薇さまとお話をしていました」
「そう……わかったわ。席に着きなさい」
「はい」
 卒業を控えてその前に志摩子さんと話しておくことがあったのだろう。その話がどんなものかはわからないけれど、おばあちゃんと孫、薔薇さまとつぼみの妹の間、伝えておくべきこともいろいろとあるものだろう。
 紅薔薇ファミリーは優等生揃いだからか、やっぱりそういったことをきっちりと押さえているように思う。それに引き替えうちの薔薇さまは……頭が痛い。
 何でこんなことで頭を痛めなければいけないのだろうかと思うと、むなしくなってきてしまった。一つため息をついてから改めて仕事に取りかかる。
 しかし、なかなか仕事は進まなかった。


「ねぇ、由乃。いい加減教えてよ、何するつもり?」
 いつも通りいっしょに歩いて帰る途中、令ちゃんが聞いてきた。
「別に何でも良いでしょ、令ちゃんに迷惑なんかかけないわよ」
「残念。すでにかけられてるから。祐巳ちゃんもだけど、ふたりそろって問題抱えられてて仕事もはかどってないでしょ? 私はともかく、祥子や志摩子にまで迷惑をかけるのはどうかな」
 まったくおっしゃるとおり。確かに迷惑かけてた。祥子さまや志摩子さんにも今度謝っておかないと。
「ほら、わかった?」
 わかったけどそういう言われ方すると頭に来る。
「わかってるわよ。でも祐巳さんとは違って私のはどう転ぶにせよあと一日で終わるから安心して」
「どう転ぶにせよって何よ?」
 しまった、余計なつっこみどころを作ってしまった……下手に何か言ってもさらに穴を深くしてしまいそうだから「言わない」と、ついっと令ちゃんから顔を背けることにした。
「わかった。言わなくてもいいよ、明日、何かするつもりなんだね」
 一瞬やけに物わかりが良いなと思ったけれど、まさか明日私をずっとつけ回すつもりだろうか?
「何? つけ回すつもり?」
「つけ回すだなんて人聞きの悪い。別に、由乃が何をしようと自由だけれど、私が何をしようと自由でしょう?」
 やめてほしければ素直に何をするのか話せか。
 令ちゃんに話したら絶対に止める。かといって、令ちゃんを連れて決戦の舞台に行くなんてことになったら、まさに修羅場だ。……そこまでする気はなかったんだけど、それはそれで良いかも?
「由乃、ホントになにするつもりなの?」
 いつものようにここで言い合いになるのでもなく、無言のまま不敵な笑みを浮かべてしまったせいだろうか、少しうろたえてる。
「由乃、何か危険なことをするとかじゃないよね?」
「そんなことはわかってるし別に危険はないわよ」
「そう……」
 一転引き気味になってしまった。まあいいか元々だし、一気にたたみかけることにする。
「つけ回したり何かしないよね? それとも令ちゃんは私のこと全然信じてないの?」
「……わかった。でも、絶対に危険なこと、あと周りに迷惑がかかるようなことはやめてね」
「わかってるわよ」
 令ちゃん。私は絶対に勝ってみせるから。


〜7〜
 本日の天候は雪。三月も下旬に入っているというのにだ。朝から降りだした雪は午後になって止むどころか勢いを増してきた気もする。
 そんな光景を教室の窓から眺め、前途多難かもとつい後ろ向きなことを考えてしまったりもしたのだが……それは早くも実現しつつある。
 放課後、いよいよ決戦の場に赴く……訳なのだが、今日も後ろつけているのがいる。
 まぁ、つけられること自体は覚悟していた。はじめて追っ払ってからというもの、またつけられ追っ払ってを繰り返していたのだから。しかし、それ故に今日もつけられたところで追っ払うなりまくなりすればいいと思っていたのだ。
 なんでよりにもよって今日という日に限って山口真美、つまり新聞部副部長なのだろうか。
 三奈子の妹にして新聞部では二番目、いやある面においては一番しつこく、侮れない相手であるといえる。彼女を追い払ったりまくというのは容易なことではないだろう。
 ……いっそ三奈子なら前科を突くこともできただろうに。その点はよく分かっているのか今まで一度たりとも彼女が直接出てきたことはなかった。無論糸は引いているだろうからますますいまいましい。
「……まいったなぁ」
 つけられたまま校舎の中でまくことは不可能、というわけで雪が降り続ける中、昇降口から外に出て並木道を歩きながら対策を考えることにした。
 暫く歩き回ってから後ろを振り返ってみる……姿は見えないけれど、足跡でそこの木の陰に隠れているのは丸わかり。全然あきらめる様子はない。もっとも、たとえこの場で振り切れたとしてもこの雪では足跡が残ってしまうからどこへ行ったのかすぐにわかってしまうだろうが。
 しかし、その悪条件を加味してもなお上回るメリットも存在する。それは……走れること。走ってまいてから校舎に再度入ればどの入り口から入ったことかは分かってもどこに行ったのかまでは分からない。 
 角を曲がると同時にスタート。全力疾走!
 走りながら後ろをちらっと振り向くと、見失ってなるものかと恥も外聞もなく必死に追いかけてきている。
 付いてこれるものなら付いてきてみなさいっていうの! 振り切ってやる!
「あっ!」
 反対側から見知った顔がやってくるのを見つけて、その方にちょっと気を取られてしまったのが悪かったのだろう。足を滑らせてしまって盛大に転んでしまった。幸い原因でもある雪がクッションになって思ったほどは痛くなかったけれど……
「大丈夫? 立てる?」
 そう転んだ私に手をさしのべてくれた方は紅薔薇さま……紅薔薇さまの前で全力疾走をするのもはばかられるからこそ気を取られてしまったのだ。
「あ、どうもすみません」
 紅薔薇さまの手を借りて起きあがる。
「ごきげんよう、由乃ちゃん」
「ごきげんよう紅薔薇さま」
「こんな雪の中あんなに急いでどうしたの?」
「……ご覧の通りです」
 軽く後ろの方を見ながら言うとすぐにわかってくれた。
 隠れる場所がなくて隠れられなかった真美さんが気まずそうに立っている。
「なるほどね。理由教えてくれたら私がなんとかしてあげるわよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
 いっしょに歩きながら話の内容を聞き取られないように小声で理由をかいつまんで説明する。
「……で、今から決着をつけに行こうとしていたんですけれど、完全にマークされててどうにもいけないんです」
「江利子とね……わかったわ。真美さんのことは私に任せて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
「足跡には気をつけてね」
「はい」
「ああ、ちょっと待って」
「なんでしょう?」
「ちゃんと雪を払ってからいきなさい。でないとね」
 言われて気付いた。さっき転んだときの雪があっちこっちに付いたままだった。
「ありがとうございます」
 そうして紅薔薇さまにあとのことはお任せして大回りをして決戦場に向かった。


 隙間から入り込んでくる風のためにヒューヒューとうなり声を上げる階段を一歩一歩上る。目の前にある扉を開ければいよいよ対決の時だ。
 大きく深呼吸をする。大丈夫、私は負けない。
 勢いよく扉を開く。雪が積もってひどくがらんとしている屋上に果たして人影がひとつ。
 扉の音に気づき彼女は振り返った。
「ごきげんよう。ずいぶん遅かったじゃない」


つづく