もうひとつの姉妹の形 -another story-

三奈子の秘密

 おかしい。
 最近お姉さまの様子がおかしい。
 今はお昼休み。大勢のおしゃべりで賑やかなこの校舎から離れた道を私のお姉さま……築山三奈子が歩いている。
 別にお昼休みに外を歩くのが変というわけではない。実際、こう天気がいいと外でお弁当を食べている人たちの姿も結構見かける。
 ただ……どこか様子がおかしいと思っていると、こうした光景も妙に思えてしまう。お姉さまはいったいどこへ向かっているのだろう? そこで何をしようとしているのだろうか? と。
 それが気になること数日、いてもたってもいられなくなり、ついにこうしてこっそり後をつけることにした、というわけだ。
 正直に言うと、また何かよからぬことを企んでいるのではないかと心配なのが六から七割方……今度また何かやらかしたら、新聞部の活動停止は免れまい。もしそうなのだとしたら、新聞部部長としてそれは阻止しなければならない。逆にほんとうにスクープネタなのだとしたら、それは新聞部の一員として協力すべきだろう。妹としては、いくら気分転換(現実逃避)だとしても受験勉強にいそしまなければいけない人間が何か関係ないことにとらわれている状況は好ましくない。
「あれ?」
 十字路を曲がった先にはお姉さまの姿はなかった。
 こそこそと隠れながら距離を開けてつけていたから、お姉さまが曲がってから確かに少し時間はある。しかし、見たところ道の両側は林でそんなすぐに姿が見えなくなるとは……
「まさか」
 つけていたのがばれたのだろうか?
 それで思い切り走って行ったとか、このどっちかの林に飛び込んで身を隠したとか。
「……」
 心配が九割近くにふくれあがってしまった。
 単につけられていると思っただけならいいけれど、もし私だとわかってその上でこう姿をくらましたのだとしたら…………何か手を打たなければいけないかもしれない。


 あれから何度かつけては巻かれてというのを繰り返し、私の心配はふくれあがってきた。
 そして、昨日新聞部に顔を出したお姉さまにそれとなく聞いてみると、お姉さまにしては珍しく慌てた様子でごまかしてきた。
 ああ、心配だ。
 いったい何なのかさっぱりわからないけれど、とにかくとんでもないことをしでかしたりしないでほしい。
 マリア様にお姉さまのことをお祈りしてから教室に向かおうとすると、そこにクラブハウスの隣の部屋の部のエースがいた。


 真美さんが蔦子さんといっしょに私のところにやってきて、さらに由乃さんもと呼んで打ち明けてきた話は三奈子さまについての話だった。
 話を聞いていてものすごーく私の顔が渋くなっているのが鏡を見なくてもよくわかる。由乃さんもまさにそうだったからまちがいない。
 三奈子さまはいったい何を企んでいるのやら……
 それにしても妹である真美さんがわざわざ白薔薇さまである私や由乃さんに相談しにくるだなんて、三奈子さまのお姉さまとしての威厳はほんとうに薄っぺらいものでしかないのだろうか?
「お姉さまは新聞部に籍はまだおいているけれど、もし何かやらかしてしまったとしても新聞部には処分は下さないでほしいのよ。私が新聞部部長を辞任とか解任って形にしてもらってもいいけど、妹である私までで処分は止めてほしいの」
 まだ何もやらかしていないのに妹からこんなふうな扱いを受けるのはほんとうにどうかと思う。
 思うが、ここまで頼まれてしまっては何らかの答えをせずにはいられない。
「私だけでは答えるわけにはいけないけれど、祥子さまと令さまにも私の方からお願いしてみるよ」
「ありがとう祐巳さん!」
 ほんとうに喜んでいるようだ。ポーズに近かったとはいえ三奈子さまが不祥事で新聞部部長を辞して顧問になってしまったという、その地位を引き継いだものとしてはいろいろとしゃれにならない話なのかもしれない。
「ところで、当然予防線を張るだけでは不足よね」
「ええ、当然新聞部をあげてお姉さまの行動を追跡するわ。未然に防げればそれに越したことはないもの」
 由乃さんの言葉に真美さんが応えた。確かにその通り、そうできればどんな被害も発生したりはしない。
「私もやるわ。祐巳さんもやるでしょ?」
「え?」
「煮え湯を飲まされたものとしては、ほおっておくなんてできないもの」
 その不敵な笑みは、三奈子さまの秘密を暴いてやる! って感じだろうか。やっぱりいろいろと根に持っているんだろうなぁ。
 ただ、それは私も五十歩百歩である。
 こうして新聞部に山百合会から私と由乃さん、さらに写真部の蔦子さんを加えた対三奈子さまチームが結成されることになった。


 放課後、私は由乃さんとペアを組んで木陰に身を隠していた。
「ねぇ、通ると思う?」
「さぁ……どうかな」
 もちろん教室からぴったりと後をつけていく人たちもいるが、真美さんがすでにその手で巻かれてしまっている。それで見失ったときのために校内のあちこちにこうして人員が配置されているのだ。
 第一陣が見失ったとしても、誰かが三奈子さまを見つければそこから尾行が再開できる。それにもう巻いたと思っている三奈子さまが油断していたりすれば、尾行も楽になるというものだ。
「あ」
 由乃さんが押し殺したような声を上げた。
 私もそっと木の陰から道を見るとこっちに向かって三奈子さまが歩いてきていた。
 木の後ろに回って三奈子さまをやり過ごして尾行が始まった。
 すでに真美さんが何度も巻かれているというから細心の注意をはかってつけていく。
「あれ?」
 大学の校舎と校舎の間の道に三奈子さまが入って行ったのを見たが、そこに三奈子さまの姿はなかった。
「ちっ! やられた! 祐巳さん、おうわよ!」
 しかし、目標を見失った追跡がうまくいくはずもない、しばらく短距離走をしたがもう三奈子さまの姿は見つけることはできなかった。


 翌朝、真美さんから報告を受けて判明したのは校門に張り込んでいたメンバーが帰宅を確認したとのことだった。
 そのときはまったくこそこそするようなことはなく、むしろ駅のホームで向こうから話しかけてきたそうな。そのまま三奈子さまの家まで同行するなんていったいどんな理由をつけたのだろうか?
 それはともかくすでに用事を済ませてこそこそ隠れる必要はなかったからというでまずまちがいないだろう。 早朝から校門で張り込んでいたメンバーは巻かれてしまったというし、真美さんの推測通り三奈子さまの目的は学園の中での話のようだが……いったい何なのだろうか?
「よし、ここは令ちゃんも巻き込もう。最悪令ちゃんなら三奈子と追いかけっこしても大丈夫なはず」
 いや、その段階になったらやっぱり三奈子さまはもう目的の場所に向かわないのではないかと思うが……まあ、人手が多ければ張り込める場所は増えるし、それだけ見失ったとしても三奈子さまを発見して再追跡できるチャンスは増えるはずだ。
 頼めそうな人……瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの顔が思い浮かんだ。あの二人も三奈子さまにはいろいろと思うところはあるはず。協力してくれるだろう。
 祥子さまと志摩子さんはこういうことはしないだろうな。
 だとすると……桂さんに頼んでみようか? 以前に江利子さまをいっしょに尾行した仲でもあるし。
 ……あとは、そうだ静さま。静さまは結構こういうことを楽しみそうだし、話したら協力してくれる気がする。
 そして思った通り四人はOKしてくれ、昨日よりも人手を増やした捕り物だったが……結局三奈子さまの姿を見失って、同じように校門に張り込んでいたメンバーが帰宅を見届けることになってしまった。


「……三奈子さんがねぇ」
 眉をひそめながら私たちの報告を聞いた祥子さまがつぶやいた。
「いったい何をされるのでしょうか?」
「よほど後ろめたいことなのでしょう。まったく困ったものだわ」
 令さまが、山百合会としてきちんと手を打つ? と聞くと祥子さまは、どんな理由で? と聞き返した。
「確かに。それがなおのこと困るよね」
 一同うまい手がないか考えるが、いっこうに誰もいい手を思いつかないでいると、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。これはお姉さまの足音だ。
「ごきげんよーって、今日はまた大勢だねぇ。静までいるんだ」
「はい」
 今日はいつものメンバーに真美さん、蔦子さん、桂さんに静さまを加えた総勢十一人である。
「みんなしてどうしたの?」
「ああ、私から説明いたします」
 と真美さんが立ち上がってお姉さまに経緯を説明した。
「ふーん。それはまたおもしろそうだね。あの三奈子の秘密を暴くか」
 由乃さんは口にはしなかったことをお姉さまはずばりと言った。真美さんは苦笑している。
「よし、ここは一つ私が策を出そう」
 みんなして悩みこんでもいっこうにうまい手が出てこなかったが、お姉さまが言う策とはいったいどんなものだろうか?


「ワトスン君、ホシの動きはどうかね?」
「誰がワトソン君よ。ホームズよりもレストレード警部の役どころの方が近いし、今はそんな用語使われていないわよ」
 のりにのっているお姉さまに指摘をしたのは加東さん。
「まま、いいじゃない。それより今三奈子はどこ?」
 そしてここは大学で一番高い新校舎の屋上であり、対三奈子さまチームの本部である。
「とりあえず、今の場所は中等部の体育館の裏よ」
「確認しています!」
 双眼鏡をのぞき込みながら報告したのは新聞部員。
 お姉さまの携帯電話が鳴る。
「はい。うん、わかった。ありがとう」
 幼稚舎から大学までの各所に散らばって定点報告をする捜査員……お姉さまのファンと、ここから双眼鏡で監視・捜索する新聞部員の皆さん。
 確かに尾行するのではなく、通り過ぎたと携帯電話で報告するだけだったり、遠くから双眼鏡で追いかけるだけなら三奈子さまに気づかれる可能性はぐっと下がる。
 それが新聞部や山百合会のメンバーではなく単なるお姉さまのファンというだけならいっそうである。
 ただ……正直、ここまで話が大きくなるとは思わなかった。
「ふむ……」
 お姉さまはリストを見て何人かに移動の指示を下し、加東さんがそれに併せて番号が振られた駒をポスター印刷されたリリアンの衛星写真上を動かす。
「あ、林の中に入りました!」
「林? ここか……」
 三奈子さまの駒は中等部の近くの林にある。
 しばらくして林から出てきた三奈子さまがそのまま帰宅するのを確認した。
「よし、明日はこの林をローラーかけるよ」
 きっと明日三奈子さまの企みが判明する。そう思えるだけのものがあった。


 昨日と同じ林に入った報告を受けて、みんなといっしょに林の中に入った。
「なっ、なによ!」
 三奈子さまの声が聞こえた。
 そっちに走るとすでに何人もがいて、三奈子さまが続々と増える人に驚きたまげていた。
「お姉さま。いったい何をしようとしていたのか正直に話してください」
 真美さんが三奈子さまを取り囲むリングから一歩進み出て自白を迫った。
「な、何って、私は別に……」
「にゃー」
 場違いな気がする鳴き声が三奈子さまの方から聞こえてきた。
 見ると三奈子さまの足下で小さな子猫がキャットフードを食べていた。
「ねこ?」
 何人もの声が重なり、三奈子さまがちょっとかわいくうめいた。
 その後、三奈子さまの説明によると……きっかけは気分転換に何かネタはないかと校内を探していると、たまたまその子猫を見つけたらしい。
 親猫の姿は見えずどうやら見捨てられるか何かになってしまったようで、三奈子さまが面倒を見ることにしたのだそうな。ただ、三奈子さまのお母さんが猫アレルギーのため連れて帰ることができず、かといって誰かにお願いしてみるというのも、自分のイメージからかけ離れているように思えてできず。仕方がないからこうしてえさをやりに来ていたのだという。
 なんと去年のお姉さまとゴロンタと同じような関係だったのだ。
 その告白しているときの三奈子さまが恥ずかしがる様子がかわいくて、エピソードも本人が思っているとおり、これまで三奈子さまに持っていたイメージとはずいぶん違うもので、三奈子さまのイメージが変わったように思えた。


 ちなみに、その子猫はクラブハウス内の新聞部の部室で飼われることになったそうである。



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