「みんな、ごきげんよう」
 私の平穏安定な学生生活は二月半ぶりに薔薇の館に現れた来訪者によって打ち破られてしまったのかも、いや間違いなく打ち破られたのだろう。
 扉を開け放って立っているのは鳥居江利子……先代の黄薔薇さまで、令ちゃんのお姉さま。
 いったい何をしに来たというのか。
 今でもここは私のテリトリーだと言わんばかりに勝手に腰掛け、雰囲気的に偉い人だと察したのであろう乃梨子ちゃんが用意してくれた紅茶を受け取る。
 乃梨子ちゃんの賢さが今は憎い。「どなたさま?」とでも言ってやればいいのに。私が言いたいくらいだ。
 そんな私の考えを知ってか知らずか(否、絶対に知っている!)微笑みを絶やさず「ありがとう。あなたが噂の祐巳ちゃんの妹よね?」と乃梨子ちゃんに尋ねる。
「はい。二条乃梨子と申します」
「私は鳥居江利子。令のお姉さまよ。よろしく」
「よろしくお願いします」
 視線が深々と頭を下げてから祐巳さんの隣へ戻る乃梨子ちゃんの事を追いかける。そして首を縦に振りながら「なるほど」とうなずく。
 今のところ、あの祐巳さんがもう妹を作った、それも新入生歓迎会を使って仕掛けるほどのことがあった……なんて事を聞き、乃梨子ちゃんに興味を持ってどんな子なのか見に来た。
 そういう風にしかみえないのだが、私の直感が絶対にそれだけではないと訴えかけてきている。
「話に聞いたとおり、ずいぶんできのいい子みたいね。祐巳ちゃんがんばれ!」
「それにしても聖のやつもうらやましいわねぇ。本人があのていたらくなのに、孫にまで恵まれるなんて……」
 べた褒め。褒め殺しとは違うが……素直にはとうてい受け取れない。ただ人を褒めるというのは、この人が好む退屈しのぎとはほど遠い。一体、何をたくらんでいるのだろうか?
「ああ、でも私の場合は難しいか……」
 聖さまのことをさんざんうらやましがった後に、あからさまに大げさなため息。
 ……なるほど。
 要するにというか、やはりというか、私にけんかを売りに来たわけだ。
 どっちがついでなのかはわからないけれど、そこに意味はないだろう。どうせ一石二鳥的に考えているし違いないし。
「どういう意味ですか?」
 あちゃぁ、祐巳さん言っちゃいましたね。見てよ、このめちゃくちゃうれしそうな顔。
「だって、考えてもご覧なさい。由乃ちゃんに妹を作ることなんてできると思う? それも私を楽しませてくれるようなすてきな妹を」
 こらえろ私。
 ここでのせられたら、いっそう楽しませてしまうだけじゃないか。
 しかし次から次へと放たれる口撃に……拳を握ってこらえているのにも限度があった。
「私だって妹の一人や二人作って見せます!」
 自分の頭を殴りたい! 思いっきり殴りたい! ……そう思いながらももう止まれなかった。


「由乃。どうするつもり?」
「……探すわよ。探すしかないでしょ」
 約束・宣言してしまった。いや、させられてしまった。江利子さまにまたしてもいいように乗せられてしまったのが悔しい。
 しかも、今回は妹作り……その上期限は夏休みまで。さらに江利子さまをぎゃふんと言わせるような妹なんて条件までついてしまっている。
 だが、一度約束してしまった以上、必ず達成しなければいけない。
 江利子さま自体は、夏休みどころか、今すぐごめんなさいやっぱり無理でしたなどと頭を下げても、ひととおりからかった上で、少なくとも学園祭ぐらいまでは許してくれるだろう。
 後からお互いに後悔しない姉妹になること、それが大切なことは、何のかんの言ってもあの方だって十分分かっているのだ。
 だがダメだ。そのまま退くということを私自身が許せそうにない。
「だよね」
 私の内心を知り尽くしている令ちゃんがため息をつく。
「なによ、令ちゃんは私が妹を作ることが不満?」
「ううん……いや、完全には否定できないな。それでも、まあ、由乃が妹を作るというのはいずれくる話だから。とはいえ、こんな形だと私は由乃がどんな風にどんな妹を作るのかって思って」
「どういう意味?」
「お姉さまをあっと驚かせるかどうかって基準だけで選んだりしないかとかそんなことは心配していないけど、逆は少し心配」
「逆? 妹にしたい子を見つけたけど、江利子さまにつまんない子ねぇとかいわれそうだから妹にしないとか?」
「どう?」
 ……どうだろう? そもそもだれかを妹にしたいって思ったことは、これまで一度もなかったわけで、よくわからない。
「それだけ」
「ん、わかった。覚えとく」
「うん」
 それでこの話はおしまいにして、明日からの中間テストについての話をすることにした。
 江利子さまに大変な問題を持ち込まれてしまったけれど、このときは別に令ちゃんとの間に何かあったわけではなかった。
 それがわずか数日であんな事になるなんて、このときの私には想像も付かなかった。
 


もうひとつの姉妹の形 〜レイニーブルー〜
黄薔薇注意報 第一話 A



「由乃さま、お聞きしたいことがあるのですが、伺ってもよろしいです?」
 三薔薇さまが予算委員会に出かけて、私と志摩子さん、乃梨子ちゃん、そしてお手伝いに来てくれた瞳子ちゃんの四人だけになったところで、瞳子ちゃんがそんなことを言ってきた。
「私と令ちゃんのこと? 剣道部のことも?」
「ええ」
「別に隠すことじゃないし、いいわよ。その代わり、新しいの入れてくれる?」
 残り少なくなったカップに目をやりながら言うと「ええ、ありがとうございます」と言ってすっと立ち上がった。そして乃梨子ちゃんも手伝うと二人でカップを回収して流しの方に行った。
 瞳子ちゃんは、祐巳さんと乃梨子ちゃんが声をかけ、祥子さまと乃梨子ちゃんのお手伝いということで暇なときに来てもらうことになった。以前遊びに来ていたときと今で、雰囲気が異なることに違和感があったのだろう。
「由乃さんと令さまのことって何があったの?」
 あらま、志摩子さんには話していなかったか。話していないまま、この雰囲気に巻き込んで悪いことをした。
「ちょっとね。一緒に話すわ」
 そして二人が入れてくれた紅茶を飲みながら、先々週の令ちゃんと剣道部入部を巡ってけんかしたことから、入部受理、それを知った令ちゃん即体調不良、復帰後も私は部活、令ちゃんは予算委員会の準備でなんとなくぐだぐだのまま今に至ることを話した。
「そんなことがあったのね」
「ええ、ちなみにみんなは令ちゃんが反対してることについてどう思う?」
「そうね……やっぱり令さまは由乃さんのことが心配なのだと改めて思うところね」
「そうですね。でも、瞳子は祥子お姉さまからそんな風に心配してもらいたいです」
 と志摩子さんの反応は予想通りで、瞳子ちゃんもまあそんなに外れていなかったが、乃梨子ちゃんだけは「心配って剣道部で部活をするのが? しかもそれを聞いて体調不良!?」って感じだった。前者はともかく、後者は私だってびっくりだからさもありなん。
「そう。まあ、去年手術をするまでは心臓が悪かったからね。今の私しか見ていない乃梨子ちゃんには信じられないでしょ?」
「はい。でも、それ以前の由乃さまを知っている人間には、そのときの印象が強いと」
「そんな感じ。それでも、令ちゃんって過保護すぎるとは思うのよね。体力ないから、メニューこなすのも大変だし筋肉痛もひどいけど、それで倒れたりするなんてことはないのに」
 まして、聞いただけで自分が倒れるとは。あぁ……
「剣道部、がんばってください」
「ありがとう」
 そんな話をしていると下のドアが開き階段を上ってくる音が聞こえてきた。なぜだろう、なぜかその音を聞いていると自然と身構えてしまう。そしてその理由は来客がドアを開けて姿を現したときにわかった。その相手は私にとってはとっても好まざる来客……鳥居江利子さまだったのだ。どのくらい好まざるかというと賭場にとっての奉行所の役人くらい。
「ごきげんよう。予算委員会は今年ももめている?」
 もめるのが楽しいのか……この人的にはそうなのだろう。それこそ大紛糾を楽しみそうな人だ。
 今朝祐巳さんと話した感じでは、初日はまさにそんな感じだったらしい。なんと言っても、出演者が各部のエース級勢揃いなのだから。雰囲気をうまく言葉にできないくらいものすごかったと、お昼に言っていた。静さまも参加しているかどうかまでは聞けなかったけれど、参加していたらいっそう大変だろう。
「肝心の三薔薇さまはいないか、仕方ないわね。陣中見舞いってことで、おいしいケーキを買ってきてあげたし、後で戻ってきたら薔薇の館のみんなで食べなさい」
「ありがとうございます」
 志摩子さんが代表してお礼を言ったが、私の警戒レーダーの出力は目下上昇中である。蓉子さまあたりならともかく、この方がたったそれだけのためにやってくるとは思えない。それに、今三薔薇さまがいないことはわかりきっているはずなのにさっきの台詞……まさか、もうせっつきにきたというのか、いくら何でも早すぎだろう。そんなことを言おうものなら、思いっきり噛みついてやる。おもしろがられたって構うものか。
「あら、由乃ちゃん。何か言いたいことがあるならおっしゃいなさいな」
「いえ、わざわざ申し上げるほどのことではありませんから」
「そう。それじゃ、今日はこれを渡しに来ただけだから、これで帰るわね」
 なんと江利子さまはケーキの入った箱をおいて行くと、本当にさっさと帰ってしまった。
 私の反応が予想できて退いた? そんなわけはない。私が反応すればするほど楽しむ方だ。
 だとすればこっちか? きっとこのケーキに何かあるのだろう。箱は聞いたことがあるケーキ屋さんの箱。特に不自然なところはないし、重さも中はケーキが入っていると思われる重さ……
「ずいぶんあっさり帰ったわね……開けていい?」
「ええ、開けるだけなら」
 ケーキの箱を開けてみる。
 中にはおいしそうなケーキが並んでいる……並んでいるが、そのケーキを見ただけで江利子さまの意図が見て取れてしまったのだ。その数は7個……今の山百合会幹部である三色の薔薇さまとつぼみの6人にお手伝いに来てくれている瞳子ちゃんの分を足せばぴったり数はそろっているが……
 赤系……いや紅系のケーキが二つ、白系のケーキが二つ。そして黄色系のケーキが三つ。これが意味することは明らか。さっさと黄色の三人目を見つけてこいという催促+忘れるなというメッセージだ。
 何のことは無い。直接やり合う楽しみではなく、意味を察した私がどう反応するかを想像して楽しむことにしたのだ。本当にいい性格してるわ、あの女!
「……どうしよ」
 とはいえ、現実からは目を背けられず、机に突っ伏してしまう。
「あの、どういうことなのですか?」
 何のことかわからない瞳子ちゃんが聞いてきたが、わざわざ自分の口で説明するのもいやだなぁと思っていると、志摩子さんと乃梨子ちゃんがそれぞれケーキの箱をのぞき、その意味を理解して私の代わりに瞳子ちゃんに説明してくれた。
「なるほど……そういうことですか」
「ええ……そういうことなのよ。でも、ホントどうしたものか、姉妹体験ブームのせいでみんなすでに売り切れか予約済み、あるいは訳ありばっかりだし……」
「今年は姉妹体験のおかげで、多くの姉妹が誕生しているのよね」
「ほんとに」
 志摩子さん全然緊張感が見えませんけど、あなたも遅くても秋には祥子さまから妹を作るように言われるのですよ。そしてそのときには状況はもっと悪くなっている可能性が高い。
 ただ、つい半月前に姉妹続いての秘密の告白……姉妹の間に実は潜んでいた問題を取り除くことができたばかりの志摩子さんに、今そのことを口にするのははばかられる。
 聖さま、祐巳さん、乃梨子ちゃんの白薔薇ファミリーが成立したのは姉妹体験故。さらに言えば祥子さまと志摩子さんの姉妹が今のような深い関係になったのも姉妹体験があったからこそ……それはわかっているが、それにしても姉妹体験がこんなことにつながるとは……
 ん、体験はあくまで体験、結果的に奪ってしまう形もありではないだろうか……いや、絶対にない。やってはいけない。略奪婚的な姉妹成立をいやしくも黄薔薇のつぼみが行ってしまおうものなら、どんなことになるか……全校を巻き込んだ混乱になるのは目に見えているし、その子にとっては途中で二股をかけていたのと同じようなもの。つい先日私はそんな人間をなんと言ったか……
「あーどーしよー!」
「かなり深刻そうですね」
 ふと瞳子ちゃんの姿が目にとまった。確か、姉妹関係はなかったはずだ。それに、祥子さまと乃梨子ちゃん経由でこの薔薇の館にも結構通ってくれていてそれなりに接点もできているし……
「ねえ、瞳子ちゃん、私の」
「それ以上は言わないでください。私、由乃さまのことを軽蔑したくないです」
「……ん、ごめん、混乱してた。忘れてもらえる?」
「ええ、もちろん。お気持ちは分かりますから」
 一瞬、頭に血が上りそうになったけれど、瞳子ちゃんの言うとおり。今のはない。目にとまった手短にいた人間に声をかけるなんてのはあり得ない。
 そこまで追い詰められている自分に気づいて愕然とする……でも、ほんとどうしたらいいんだろうか。




 第一話Bへつづく