第四話

『白いカード』 後編

〜5〜
 祐巳の家に二人で揃って到着。
 結構久しぶりに祐巳の家にやってきた気がする。
「もう言ってある?」
「はい……」
 ずいぶんと歯切れが悪い……今までのパターンだと、祐巳のお母さんは玄関で待っている気がする。祐巳もそのことを考えているのだろう。
 祐巳のお母さんだから楽しいけれど、それが自分の親がだとしたらちょっと……だよなぁ。
「ただいま〜」
 って言いながら祐巳が玄関のドアを開けると「おかえりなさい、白薔薇さまいらっしゃいませ」とそこで待ちかまえていた祐巳のお母さんが返してくれた。
 予想通りってところか、しかし、いつからここで待っていたのかは多少気になるところだな。
「さっどうぞ、お上がりになってください」
「おじゃまします」
 まあそんなことを気にしていてもと、勧められるままにあがることにした。
「いつも祐巳がお世話になっていまして本当にありがとうございます」
「いえいえ、私の方こそ祐巳に助けてもらっていますから」
 今日はなんだか、いつもにもましてのっている気がする。
「祐巳ちゃん、準備はしておいたわ」
「へ?」
 リビングにスーツケースや鞄が並べられている。この量……いったいどこの国に旅行に行くのだろう?
「お母さんこれ何?」
「ほら、何が必要になるか分からないし、そんなときに白薔薇さまやご家族にご迷惑をおかけするわけにはいかないでしょ?」
 そう言って鞄を開いて中に入っているものを説明し始めた。
「これが、風邪の薬、これがおなかが痛くなったとき、これは……」
 薬一つとっても一式。他も色々と揃っているんだろうなぁ……でも、どちらにしてもこんなに大量に持って行けないし、タクシーか何かを使ったとしてもってこられてもじゃまでしかない。
「あの〜」
 色々と反論しても、もしああなったらどうするのみたいに、再反論されて困っている祐巳に代って私が声をかけることにした。
「はい、何でしょうか?」
「着替えだけあれば十分ですよ。他に必要になったら私のを貸しますから」
「ええ〜! で、でも、そんな白薔薇さまにご迷惑をおかけするわけには!」
 この量の荷物を持っていく方が迷惑……とは言えないな。
「可愛い妹のために貸すのに迷惑だなんてことあるわけないじゃないですか」
 と言いながらぽんと祐巳の頭に手をのせる。
 すると祐巳のお母さんは……うるうるって目を潤ましてしまった。
「白薔薇さま!!」
「は、はい!」
 ものすごい気迫で迫られて思わず後ずさりしそうになってしまった。
「祐巳のことよろしくお願いします!」
「ま……任せてください」


 祐巳の家を出るのにもずいぶん時間がかかってしまったけれど、まあ、何とか無事に私の家に向かうことができた。でも、その前に寄るところがある。
 今日はうちの親は二人ともいないから、私たちでご飯を作ることになる。そのための食材を買いに私の家の近所のスーパーに寄った。
 夕飯に何を作るか考えなければいけないわけだけれど、祐巳の得意料理なんか良いかなぁとは思うけれど、何かリクエストがないか聞いてみる。
「祐巳、何か食べたいものある?」
「ん〜……」
 しばらく店に並べられている食品に目をやりながら、考えた答えは「そ、そうですね……お姉さまの得意料理なんかが」なんてものだった。
「そっか……考えることは同じかぁ」
「え? 同じ?」
「私も祐巳の得意料理が良いかなぁっておもっていたからね」
 恥ずかしいのかちょっと身を小さくする。
 私の得意料理か……特にこれっていうのはないんだよなぁ。よく作るのだと、お弁当用に冷凍食品以外にもみたいな感じの卵焼きとかになるけれど、それじゃあなぁ……でも卵は特売だった。
「得意料理ってわけじゃないけど、オムレツとかオムライスとかにする?」
 卵つながりですぐに思いついたのを口にする。
「あっ、良いですね」
 こうして今夜の夕飯はそのあたりに決まり、付け合わせの野菜は何が良いだろうかなんて話をしながらレジに向かった。


 オムライスとオムレツ、どっちにするか話しながら、やっと我が家に到着……もうずいぶん遅くなってしまっているけれど、当然と言えば当然か。
 正直おなかが空いてきてしまっているし、さっさと夕飯にしよう。
 祐巳は初めて見る私の家に目を輝かしている。
「じゃ、いらっしゃい〜」
 玄関のドアを開けて、祐巳を中に入れてあげる。
「お、おじゃます」
 リビングに案内する。
「とりあえず荷物はここにおいておいてよ。おなか空いちゃったし、すぐに準備してご飯にしよう」
「はい」
 そうして、手早く準備をしてオムライスを作ることにした。
 ………
 ………
 炒めているチキンライスにケチャップを入れて、塩とこしょうを振り掛ける。
「お姉さま、卵入れますね」
「うん、お願い」
 祐巳がもう一つのフライパンに卵を流し込む……半熟になったところにチキンライス載せて、フライ返しで卵の端を返してチキンライスにかぶせる。
 フライパンの端に寄せて……
「ていっ」
 ちょっとオーバーなリアクションでフライパンをふるってくるっとオムライスをひっくりがえした。
「うわ〜さすがお姉さま」
「ふふふ、祐巳もやってみる?」
「む、無理です無理」
「そっか、じゃあ、普通にやってみてよ」
「はい」
 良い感じになったオムライスを皿に移して、二つめを作るためにフライパンにバターを入れた。
 また半熟になったところでチキンライスを載せた後は祐巳に任せた。
 フライ返しを使って何とかひっくりがえす。
「上手くできたじゃない」
「お姉さまみたいにはできないですけれどね」
「良いって良いって、大事なのは美味しいかどうかなんだから」
 二つめのオムライスができあがったら、早速準備しておいたサラダと一緒にテーブルに運んで、席に着いた。
「それじゃ、いただきま〜す」
「いただきます」
 良い感じにできていたから美味しいのは分かっていたけれど、おなかが減っているからいっそう美味しい。それと、初めて祐巳と一緒に作った料理だから特別なものっていうのもある。
「美味しいですね」
「うん」
「お姉さまって料理上手いんですね」
「え? そんなことはないよ」
「だって、味付けも良いし、あんな風にくるっと返せるのもすごいですよ」
「そっか、ありがとう」


 いつもさっさと済ませるだけの後かたづけも祐巳と一緒だと楽しいものだ。隣で鼻歌を歌いながらお皿を拭いている祐巳を見ているだけでも顔が緩んでくる。まさかこういう幸せを感じられるようになるとは思わなかった。
 一昨年の私なら今の私を鼻で笑うだろうか?
 祐巳の鼻歌が止まっていることに気づき隣を見ると心配そうに私を見つめていた。顔に出ていたか?
「お姉さま、どうかしましたか?」
「うん? いやぁ、途中で祐巳の鼻歌の音程が気になって気になって……」
「そ、そんなの気にしないでください!!」
 真っ赤になって抗議するこの可愛い妹をなだめることにした。
 ……そう、これでいい。嫌がっているふりをしている祐巳の頭をわしゃわしゃ撫でながら過去の私に別れを告げた。


〜6〜
 後かたづけも終わり、リビングに戻ってチョコレートを渡すために鞄から白いリボンをつけた箱を取り出した。
「お姉さま、これチョコレートです」
「ありがと、開けて良い?」
「もちろん」
「じゃ、早速」
 リボンをほどいて包装紙を開いて中の箱を取り出して開ける。
「へぇ、白いトリュフチョコか」
 一つつまんで口に運ぶ。普通のチョコで作った方は祥子さまに美味しいと言ってもらえたけれど、こちらはどうか……?
「うん、美味しい。美味しいチョコをありがとうね」
「よかったぁ……」
お姉さまにも美味しいと言ってもらえた。
「誕生日プレゼントの手袋もそうだったけど、祐巳って結構やるんだね」
 褒められると照れ恥ずかしくなってしまう。


 チョコを食べてもらった後、お姉さまの家を案内してもらうことになった。
 私の家よりも大きな家だけれど、大きさだけなら小笠原邸という桁違いのインパクトを受けていたのでそれほどでもないけど、やっぱりお姉さまの家ってだけで興味津々である。
「ここが、私の部屋ね」
 ついにお姉さまのお部屋……開けてもらったドアをくぐってお姉さまの部屋に足を踏み入れる。
 シックな色調で整えられている部屋は機能的そうな感じが強かったり、机にノートパソコンがあったりとか色々とあるけれど……やっぱりお姉さまは私なんかとは違うなぁとおもうのは本棚に並んでいる本。背表紙にアルファベットでタイトルが書かれている洋書が一冊や二冊じゃなくて段単位である。
「どしたの?」
「あ、えっと……お姉さまって洋書読んでいるんですか?」
「ん、時々ね」
「すごいんですね」
「ありがと。そうだ、一冊貸してあげようか? 英語の勉強にもなるよ」
 確かに……でも、英語で読むのはかなり大変そうだなぁ。
「ん、そっか、まあ読みたくなったらいつでも言ってよ」
「はい」
 そしてお姉さまの部屋を出ようとしたとき、ふと棚の上に置かれていた包みが目に入った。あれは……ひょっとして、黄薔薇さまがお姉さまに買ってきたハワイみやげの不気味な仮面だろうか?
 あんなものでもおみやげだから捨てられないのか、黄薔薇さまが呪術用の仮面だと言ったから捨てられないのか……
「ゆみ?」
「あ、何でもないです」
 慌ててお姉さまの部屋を出た。


 スーパーで買ってきたお菓子を食べながらバラエティやドラマを一緒に見た。今日は番組自体はあまり面白いものをやっていなかったのだけど、お姉さまと一緒に見ている、ただそれだけで本当に楽しかった。しかし楽しいときはあっという間に時間が過ぎてしまうもの。ずいぶん遅くなってしまったのでお風呂を借りることになった。
 湯船に浸かりながら今日の出来事を思い出していた。今日は本当にいろいろあった。静さまには驚かされるし。あの方のことを考えると気が重くなったけれど……今日はせっかくの楽しいお泊まり、今は横に置くことにしてお姉さまとの買い物や晩ご飯を思い出す。それだけで顔がにやにやしてくる。さらに今度はこの後の事へと想像が進み……
 ……進みかけたところで温度センサーの横にある時計が視界に入った。とてもじゃないが早いとは言えない時間がたっていた。このまま妄想モードに突入していたらと思うと本当に恐ろしくて湯船に浸かっているのに寒気がした。
慌てて上がりパジャマに着替えてお姉さまの部屋に戻った。
「お、お待たせしました!」
「なんかずいぶん慌てているみたいだけどどうかした?」
「い、いえなんでもないです!」
 い、言えない。妄想を発展させていたら時間を忘れていましたなんて……
「ふ〜ん…… まぁいいや。じゃあ今度は私が入ってくるね。和室に準備しておいたからそっちで待っててよ」
「はい」
 にやにやしながらお姉さまがパジャマをもってお風呂に向かった。
 か、完璧にばれていたのかも……
 気を取り直して、和室に向かうと布団を二つ並べて敷いてあった。
 二つ並べて布団を敷いて一緒に……まあこんなところだろう。さすがに前に妄想していたみたいな展開にはならなかったけれど、なったらなったで眠れない夜になってしまったきがするのでこれで良かった気もする。
 しばらくしてお姉さまがパジャマを着て戻ってきた。ずいぶん早い気がする。
「お待たせ」
「はやかったですね」
「祐巳を待たせちゃいけないかなって急いだんだよ」
「……ありがとうございます」
「いいって、それより、これから寝るわけだけど……茶色にする?」
 う……その単語を楽しげに、正月に茶色と黒でみんなに笑われてしまったっけ。
「……お任せします」
 ちょっとむすっとしながら返すと声を出して笑われてしまった。
「正月は楽しかったよね」
「……そうですね。また、みんなで集まれればいいですね」
「そうだなぁ……もう一度みんなで集まれればいいなぁ」
 もう二月も半分が過ぎてしまった……三月・お姉さまたちの卒業式まであともう少し。
 お姉さまと姉妹の関係でいられるのも、あとわずかか……
「祐巳」
 お姉さまが少し真剣な表情と声で私の名前を呼んだ。
「リリアンの姉妹制としてはもうすぐ終わりだね。でも良かったらこれからも……」
 嬉しかった。
 ついこの間、お姉さまの分からず屋! なんて啖呵を切ってしまうようなことがあったけれど、今日のお姉さまは私のことを本当に分かってくれていた。バスの中のことも思い出し涙がこぼれそうになった。
「……これまでもこれからもずっとお姉さまはお姉さまです」
「うん、ずっとね」
 優しげな微笑みを浮かべて答えてくれた。
「じゃそろそろ寝ようか」
「はい」
「色は黒ね」
 お姉さまが部屋の電気を消すと……部屋が黒になった。
 布団に入って横になっていると、しばらくしてお姉さまが「まだ起きてるよね?」と声をかけてきたから「はい」って返した。さすがにこんなにすぐに寝られる特技はもっていない。
「今日はお疲れさま」
「どうも」
「一つ言い忘れてた……いつでも遊びに来ても良いからね」
「また来ますね」
「うん、改めておやすみ」
「おやすみなさい」



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