厄日

 薔薇の館の2階の開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んできている。
「あ、いけない」
 余りの風の心地よさに、ついうたた寝をしてしまっていた。
 何かしなければ行けないことがあったような気がして、未だ半分ほどうたた寝を続けている頭を回転させて思い出す。
 確か学園祭の収支報告書を提出していなかったクラブにこちらから出向いて取りに行かなけえればいけなかったはず。少し慌てて腕時計を見るが、記憶にある時間から5分ほどしか経っていなかった。どうやら寝過ごしてしまうと言うことは防げたようである。
 祥子も祐巳ちゃんも何か用事があるのか未だやってこないし、他の薔薇ファミリーも今日は未だ来ていない。
 余り遅くなるのも困るし、さっさと済ませてしまった方が良いから、今から自分で取りに行くことにする。
 ビスケット扉を開けてサロンを出た。


「ごきげんよう、ロ……ロサ…キネンシス」
 薔薇の館を出て、外を歩いているといつも通りいろんな生徒が声を掛けてくるのだけれど…みんな何か様子がおかしい。
「ごきげんよう、どうかしたのかしら?」
「い、いえ…そ、その…な、なんでもありません…」
 何か逃げるようにこそこそと私から離れていく。こんなのがもう何度も繰り返されている。
(何なのかしら?)
 次に同じように逃げようとした生徒を捕まえてこちらから聞いてみることにする。
「どうしたの?」
 ぐいっと顔を近付けながら問い詰める。こうすると大抵の生徒は口を割る。あの新聞部の三奈子だって口を割らせる自信がある。
「そ、そのぉ……」
 目が思いっきり泳いでいる。もう一押しね。
「言いなさい」
 ピシャリと言いつける。そうしたら「申し訳ありません!!」って叫びながら走って逃げられてしまった。
(何?そんなに言えないことなの?)
 いったいどんな噂が流れてしまっているのだろうか?もしかしたら…まさかあのこと…?ううん、そんなはず無い。それにいまいちそう言った反応のようには思えない。今も、みんな私を避けるようにしているけれど、向こうから声を掛けてきた生徒も結構いる。だけど、そう言った生徒もみんな途中から態度が豹変してしまっている。
(何かついてる?)
 ぺたぺたと顔を触ってみるけれど特に何かついていると言うことはないし、変な寝癖がついていると言うこともないみたい。
「……おかしいわね、」
 不機嫌が顔に出たのか、今まで以上に避けられているという雰囲気が強まってしまう。もっと山百合会が一般生徒に親しまれるようにしたいのに……
(どうしてみんな私を避けるの?)


 少し気分が暗くなってしまったけれど、さっさと報告書を回収して薔薇の館に戻ることに決めて、未だ提出していないクラブを回っているのだけれど…
「ご、ごきげんよう…ロ、ロサ・キネンシス……」
 やっぱり、みんな露骨に態度がおかしい…
「そ、その何の御用でしょうか?」
「学園祭の収支報告書、未だ提出されていなかったわよ」
「あ、そ、その申し訳ありません!!」
「今、出せる?」
「は、はい!」
 一通り集め終わったけれど…やっぱり、みんな反応がおかしかったし、訊いても答えずに逃げてしまう。今日は本当に厄日…いったい何なの?
「ロサ・キネンシス…そのぉ」
「何?」
 そんな中では唯一合唱部の歌姫蟹名静さんが答えを教えてくれそうな雰囲気で、やっと答えにたどり着けそうな予感に弾んだ声で訊いたのだけれど…
「あ…いえ、そのぉ…」
 結局教えてくれなかった。
「学園祭での歌素晴らしかったわ、又聞かせてもらえる?」
「え、ええ。勿論です」
「楽しみにしているわね」
 そう言った会話をして別れることになった。


「紅薔薇さま、随分面白いことをしているわね」
 江利子が物凄く楽しそうな顔をして声を掛けてきた。
「面白いこと?」
「ええ、く、くすくすくす」
 笑いを堪えきれなかったと言う感じ、
「黄薔薇さま、何があったのか教えて」
「くくく、こんな面白いこと私がわざわざ教えると思ってる?」
「そ、そうね…」
 江利子はそう言う性格だった。でも、江利子の態度からある程度は推測できた。私が気付いていないことが面白いと言うこと。
 多分、私の姿を見れば一目で分かるくらい変なところがあると言うこと、
 でも、制服が変とかタイがほどけているとか言ったことはないのに…いったい何?
「これから薔薇の館?ついていくわね」
 江利子という暫定的ストーカーを引き連れて薔薇の館に戻ることになった。


 薔薇の館に戻る途中で、祥子と祐巳ちゃの姿を発見した。
「お、お姉さま!!」
「ロ、ロサ・キネンシス!!」
 こういう風に驚かれるのも慣れてしまったと思ったけれど、この二人からも驚かれるとそれなりにショックね。でもこの二人なら何があったのか教えてくれるわよね。
「二人とも…私のどこが変なのか教えて」
「え!?あ、ああああ、あのそそその!」
 祐巳ちゃんはパニくってしまったから祥子だけがのぞみね。
「お、お姉さま。コレを…」
 コンパクトを取り出してその鏡を私に向ける。
 そこには普段通りの私の顔が映っていた。ただ…額に「肉」と書かれている以外は…


 額の落書きを消した後、総力を持ってして犯人を捕獲し、ロープでぐるぐる巻きにして木から逆さ釣りにした。
「蓉子…怒ってる?」
「当たり前じゃない」
「そ、その…ごめん。いや、蓉子がもっと山百合会が親しみやすい雰囲気になればいいのにって言ってたから、蓉子がそんな感じになれば良いかなって、」
「親しみやすいを遙かに通り越してみんな引きまくってたわよ」
「白薔薇さまと言えど、お姉さまに屈辱を味あわせたのは、到底許し難いですわ」
 祥子がロープを揺する。すると犯人は振り子のように揺れ始めた。
「あ〜あのね〜その〜〜」
「どうやら頭に血が不足しているみたいだし、こうして逆さにして振り子みたいに揺らしていれば重力に遠心力も合わさって十分な血が行くんじゃない?」
「と〜め〜て〜よ〜ね〜〜!」
「暫くそのまま反省していなさい。私は疲れたから薔薇の館に戻って休んでいるわ」
「祐巳、後をお願いできる?」
「あ、は、はい…」
 祥子も考えたわね。祐巳ちゃんなら言いつければ直ぐに解放することはないけれど、限界が来る前には解放してあげるだろうし、聖にお灸を据えるには丁度良いわね。
 薔薇の館に戻る途中何人かの生徒と会ったけれど…あのことは噂としてかなり広まっていたのか、どこかみんな引いてしまっていた。
(ああ、私の夢が叶うのはいつの事になるのかしら…?)