復讐・・・

◆第拾話

 ユイの命日が近付いてきた…前回ユイの命日には碇と二人で墓参りをした…あの時の会話、まともに双方向の話をしたのはあれくらいであろうか…とは言え、それでも表面上の事でしかない、本心をぶつけ合ったことなど無いのだ。
「…そう言えば、話す場を用意すると言っていたか…」
 それは、果たしてどんな場になるのであろうか…そんなことが可能なのであろうか?
 そんなことを考えていたが、ふと気づくとそろそろ学校に行く時間であった。
「そろそろ行くか、」
 シンジが部屋を出るとちょうどレイもでてきたところだった。
「おはよう」
「おはよう」
 挨拶を交わし、二人は一緒に学校に向かって歩き始める。 
「旅行どうだった?」
「良かったわ…あ、お土産があるから帰ったら渡すわ」
「ありがと」
 こうして又再び日常が始まった。

 
 リツコたちの声が通信回線越しに聞こえる。今は本部でシンクロ関係の実験をしている。
『調子はどうかしら?』
「まあまあですね」
『そう、何か違和感があったら言ってね、では、シンクロスタート』
『マギ経由でエヴァ本体と接続します』
 エヴァとのシンクロが行われる…別段違和感などは感じない、そして同時にこの感じは、ダミーではないと思う。マギ経由とは言え、エヴァ搭乗時と変わらないから、やはり初号機のコアにいるのはユイであろう。
『シンジ君、どうかしたの?』
「…いえ、何でもありません」
 実験中にこう言ったことを考えていては、悪戯に長引かせる結果になるだけだと判断して実験に集中する事にした。


 実験終了後更衣室で着替えを済ませ外に出ようとするとリツコが待っていた。
「シンジ君、ちょっと良いかしら?」
「…今日の実験の事ですか?」
「ええ、良いかしら?」
「…少しなら、」
「時間的にもいいし、食堂で何か食べながらにしましょうか?奢るわよ」
「…分かりました」
 

 職員食堂はお昼時ということもあり、結構込んでいたが、空いている席を見つけ、そこに座った。
 シンジは牡蠣フライ定食、リツコはサンドイッチセットを食べる。
(…この前のお土産の牡蠣は美味しかったんだけどなぁ…まあ、職員食堂じゃこの程度か…)
「どうかしたの?」
「いえ、何でもありませんよ」
「ところで早速だけど、今日の実験で普段とは違う事とか、何か違和感とか感じなかったかしら?」
「…特に何もありませんでしたが、」
「そう、じゃあ、最近何か大きな悩み事とかある?」
「え?」
「今日の事は悩み事を抱えていてそれに気を取られていたからと考えれば、納得がいくのよ」
「…そうですね、悩み事ですか…抱えていないわけではないですね」
「良かったら話してくれないかしら?それで解決するかどうかは分からないけれど、自分の中だけで抱え込むよりは良い方法が見つかる場合もあるわよ」
「……確かにそうかもしれませんね、でもプライベートな事でそうそう人に話せる事でもないですし、そのような話をあまりプライベート付き合いの無い赤木博士に話すべきかどうか…まあ、誰かに話すと言う方法もあると言う助言として受け取っておきます」
「そう…早く解決するといいわね。私個人としてもそう願っておくわ」
「ありがとうございます…これで終わりなら、こちらから一つ聞いていいですか?」
「ん?いいわよ…何かしら?」
「…父は近くにいる人間の一人である赤木博士の目から見てどのような人ですか?」
 少し驚きを伴ったような表情を浮かべる、直ぐに戻すがどのように言うべきか少し迷っているようでもある。
「……そうね、ユイさんへの愛…いえ、恋かもしれないわね…それを貫き通そうとしている人かしら?」
 どこか悲しげな音を含みながらそう吐く…果たしてどこからどこまでが本心…或いは、これは本心のうちのどの程度であろうか?
「…そうですか…」
「…ああ、それからね」
「と、すみません。食べ終わりましたし、そろそろ帰りますので」
「そう…」
 これから言おうとしているのはシンジを味方に引き入れようとするためのイメージ像でしかないだろう。そう判断してシンジはリツコの言葉を遮りさっさと席を立つ事にした。
 食堂から出てジオフロントゲートへ向かっている途中で耕一と出くわした。
「こんにちは、」
「こんにちは」
「丁度いいところで会ったな」
「丁度いいところ?」
「ああ、前に言っていた話す機会なんだが、命日の前日と言う事でどうだろうかと思って確認を取ろうと思っていたところだったものでな」
「…前日ですか…」
「公欠の手続きならこちらでやっておくぞ」
「いえ、そこまでする必要はありませんよ…まあ、どうせ会う事になるでしょうけど、前日と言うのもまたいいかもしれませんね」
「そうか、じゃあ詳しい事が決まったら何らかの方法で伝えるよ、これから相手側のほうの了解も取り付けないといけないのでね」
「ええ、それでは又」
「ああ、又な」
 最後に一言交わしてから別れる。


 そして、約束の日シンジはネルフ本部の司令執務室にやってきた。 
「良く来てくれたな、ケーキでも出すから座って待っててくれ」
 直ぐにケーキとコーヒーが出され、一言言ってからそれらに口を付けた。 
 5分ほどすると、碇がやってきた。
「来てくれたな」
「…来させたのでしょうが、」
「まあ、気にするな、ケーキを出すから座ってくれ」
 碇はシンジの反対側のソファーに座った。
 やはり沈黙が訪れる。
「さてと…今回、君たちの親子喧嘩を仲裁しようと思って思い動き出したわけだが、まずは、相手のことを知らなければならないだろう…お互い殆ど知らないだろうからな」
「確かに、そうかもしれませんね…」
「色々と調べさせて貰っているが、05年にシンジ君は人に預けられ、それ以降疎遠になっていたようだな…その時のことがやはり関係しているのかな?」
 その理由は今では一部であろう…だが、その事を言うわけにもいかない…
「それもありますね」
「そうか…」
「…そうなんじゃないでしょうか?」
「そうか…では、人に預けた理由を聞いて良いかな?」
「妻がいなくなって、仕事も極めて忙しく一人では育てるのは不可能と判断したからですよ」
 にらみつけるがどこ吹く風…平気な顔で耕一が用意したコーヒーに口を付ける。
「そうか…まあ、育てられない以上、人に預けるというのは当然の行為かもしれないな。だが、疎遠にしていたのはどういう事かな?手紙を書いたり電話をする時間もなかったのかな?」
 指摘され黙ってしまう。
「……それだけの暇が出来たときには既に疎遠になってしまっていましたからね」
(逃げたか…)
 暫く沈黙が続いていたがシンジが口を開いた。
「嘘は見苦しいな…」
「…何のことだ?」
「…色々、」
 ケーキを口に運ぶ…美味しいが、状況が状況だけにそれを楽しむと言うことは出来ない。
「…嘘か、嘘などついていない。それに、例え、嘘をついていてもお前にはそれが嘘かどうかを見分けることは出来ない」
 確かにその通り、普通ならばそうであろう。だが、そうではない…
「…補完計画…」
 その言葉を口にした瞬間、碇の動きが止まった。
「……何が言いたい?」
「…さあね…」
 ものすごい威圧感を掛けてくる…今までに掛けてきた物とはレベルが違う…
「…くっ」
 しばらくはにらみ返していたのだが、耐えられなくなって碇から視線を少し逸らした。
 耕一の方に視線を向けるが、耕一は気にせずカップを口に運ぶ、
「…関係ないな」
 沈黙が続いたので、シンジから否定した。
「…目的は何だ?無目的で行動しているわけでもあるまい」
「話す必要はないな」
「…そうか、まあ良い」
「シンジ君、何も知らなければ、でてくるような言葉ではない…どうしてそれを知り得たのか、話してくれないかな?対して、それの意味を説明する必要もあるだろうが…」
 シンジから碇へと視線を変えながら言う。
「……」
 とりあえず、シンジの知った理由は言えるようなものではない…だが、耕一は何を知っているのであろうか?シンジのことを知っていると言うようなことは考えられないのだが…知っているような気がしてならない…
 対して碇の方も多少ではあるものの困っているようでもある。
「答えられないか…まあ、仕方ないかもしれないな」
「ここは、私の方の理由から少し話すべきかな…?」
 二人の驚きを伴った視線が耕一に集中する。
「まあ、今は全部を話すわけには行かないんだが…私が色々と知っている理由や、君たちの親子喧嘩の仲裁をしようと言うことになったのは、頼まれたからなのだよ」
「頼まれた?」
「そう、頼まれたからだな。まあ、私の利害とも一致している部分があったから乗ったという感じかな」
 それは、いったい誰から頼まれたというのか?
「…司令はどこまで知っておられると?」
「ふむ…そうだな、大凡の出来事は把握しているつもりだ。その人物から聞いたことにあわせ、私の方でも色々と調べたからな」
「ずいぶんと、自信があるようで」
「過信ではないと思っているがね…まあ、このあたりの事では答えに辿り着くのは難しいだろう。二人が、正直に話せば、私も全てを話そう」
 耕一の意図と、そして果たしてどこまでが本当なのかと言うことが問題である…もし、先の話が全て本当ならば、ある程度であろうともそうなった理由を知っているとしたら、それを今話せと言っているのか…碇の方も悩んでいるようであり、同じようなことを考えているのかもしれない。
「どうやら、シンジ君から話すのは難しいようだ。君の方から話を始めてくれないか?」
「…意味を説明しろと言っても、対象が分からないと言うのは難しいですね」
「そうだな…とりあえず、補完計画に関して話すのが良いのではないかな?」
「…補完計画ですか…前提から話さなければならないとしたら、かなり長い話になりますが」
「そのあたりは多少はしょっても良いだろう…分からなければ聞けば良いだけだからな」
「…分かりました」
 碇は一息ついた後、話し始めた。
「補完計画は、人を本来の姿にする計画だ。人は元々1個の単体の存在だった…それが、群体としての道を歩み始めた。元の姿単体の存在へと人を纏め上げる計画だ」
「…それが理想の計画だと?」
「そうだ」
「一緒になりたく等無い者の意志はどうなる?」
「遙かに大きな意義の前には、その価値はない」
 話を聞いているとむかついてくる。そんなばかげた計画のせいで…そう思うとカップを握る手に力がこもる。瞬間、カップの取っ手が砕け散りカップがテーブルに落ちた。
 沈黙の中、テーブルの上を残っていたコーヒーがゆっくりと広がる。
「代わりを用意する」
 耕一はふきんでコーヒーをふき、砕けたカップを片づけて、直ぐに新しいコーヒーを持ってきた。
「すみません」
「いや、気にしないで良い…先ほどの意味が分かるのなら大きいだろう」
 碇の方は眉間にしわを寄せて、考えているようだ…今の行動は明らかに怒りかそれに似た感情からもたらされたものである。では、それはどうして出てきたものなのか…それを考えているようである。
「…お前はどうやら計画に関して知っているようだな…計画をどう思う?少し意見が聞きたい?」
 敢えて補完の言葉をつけずに計画とだけ言ったようにも思う。
「…許せるようなものではない、断じて…」
 じっと目を見据え、おそらくはどちらの意味で言ったのかと言うことを探ろうとしている…答えは、両方と言うことであろう…果たしてその結論にたどり着く事になるかどうかは分からないが…
「そうか、では続きを話すか…どこまでかは別として、知っているようですしね…」
 シンジから耕一へと視線を移しながら言う…シンジ、そして、耕一も知っていると判断したようである。ある意味、シンジが両方の意味で言ったと言う事は正しく認識したのかもしれない。
「補完計画の完遂は、利害に反する。だが、途中までは利害は一致しているため、現時点では協力している形だ」
「…又、補完計画を利用し、私の目的を達成しようと考えている」
「…それで?それが許される事だと思っているのか?」
「許してもらおうとなどとは思ってはいない」
 カップを握る手に再び力がこもりカップを再び壊してしまいそうになったところで気付き、カップをテーブルの上に戻したが、既にひびが入っていた。
 分かっていた事だがこうして直に言葉にして言われると、やはり怒りがこみ上げてくる。
「絶対に認める事はできない」
「妨害したいのならば好きにしろ、命を狙うものも掃いて捨てるほどいる」
 本当にこの場で殺してやろうかもと思ったとき、耕一が口をはさんできた。
「あんまり物騒な展開にはなって欲しくは無いのだがね…」
「…司令の目が黒いうちはできないようですね…」
「新しいコーヒーを入れてこよう」
 耕一は席を立って暫くして新しくコーヒーを入れたカップを持ってきた。
「時に言葉は実際の暴力よりも人を傷つける事もある。だが、しかし言葉にするべき事は言っておくべきではないかとおもうが…。私は、席を外そう」
 カップをテーブルの上において執務室を出て行った。
 シンジはコーヒーに口をつけ、コーヒーをすすりながら考えた。
「…一人の人間のために自分とその人物を除く世界の全てを破滅させるつもりか?」
「…そうだな、場合によってはそうなっても構わんな」
(そう、そして、そのとおりに世界を生贄にしたんだ)
「どうした?」
「…何でもない」
「…そうか、」
 碇もカップに口を付ける。
「しかし、何故そこまで計画に怒りを覚える?お前にとって認めることが出来ないと言うことはあろうが…それにしても、少々異常だな…」
 答えはただ一つ…実際に体験させられたからである。だが、それを言うことは…しかし、理由は置いて置いて耕一は、話せと言っていたとしか思えない。
 じっと、長い間考えていたが、その事を突きつけてやることにした…
「…答えを知りたいか?」
 突然方向性が変わったことをどう思ったのか、碇は眉間に軽く皺を寄せ、それから「ああ」と短く答えた。
「…答えは、実際に体験したからさ、」
 ある意味突飛なその言葉の意味を解釈するのに時間が掛かっているようであったが、やがて、複雑な表情を浮かべる…いまいち断定は出来なかったのかもしれない。
「くだらん戯れ言を…」
「戯れ言か…最初そっちから聞いてきたんだろ、信じるか信じないかは好きにするがいいさ。他の答えを言うことはあり得ない以上、何故なのかと言うことが謎としてずっと残ってしまうだけだ」
「計画は当然ながらまだ発動していない…もし、それが事実であるとすれば、タイムスリップでもしたことになるが、時を遡ること等はできはしない」
「ふっ…いったいどういう計画を進めているのか考えて見ろ」
「……依代にったというのか?」
「そうだ!!お前達やゼーレのせいで!!」
「そうか…なるほど…」
「くだらない妄想につきあわせられてどんな目にあったか!!」
 怒りが口から言葉となって飛び出る。
 しかし、碇は冷静に言い捨てた。
「…だからどうした?」
「何!!?」
「そんなことを私に言ってどうしたいのだ?もし謝罪しろと言うならば、謝罪しよう。だが、それは形だけの謝罪にすぎない…更に本心から謝罪したいと思っても、それは所詮大部分が推測に基づくもの…どうあってもそんな物にしかならない…実際に自らが行ったことをの非を認め謝罪するのでなければ、結局は形だけの謝罪とそんなに大きな差があるわけではないだろう」
「む…」
 確かにその通りである…この碇ゲンドウは、前回の歴史で実際にシンジを悲惨な目に遭わせたと言う事は体験していないのである。で、あるからして…命を奪ったとしても、同じ事であり…結構な部分で気分は晴れるかもしれないが、その事をはっきりと理解してしまった以上、それでは大きなしこりが残ってしまうだろう。
「……今度は絶対に利用されたり等しない!」
「…妨害したければしろと言ったはずだが…」
「くっ…」
 悔しい…開き直っていると見るか、覚悟が既に出来ていると見るかはともかくも、何も言うことが出来ない…言っても無駄なのである。
「…もう、特に話すことも無かろう、私はこれで帰る」
 碇はソファーを立ち部屋を出ていこうとしたが、ドアを開けると耕一が立っていた。
「もう、話は終わったのかな?」
「もう話すことはありません」
「…そうか、言葉にするべき事は言っておくべきだと言ったようなことを言ったと思ったが…」
 耕一の言葉に対して沈黙で返す。
「まあ、仕方ない…又と言うことにしよう…後で話がある」
「…分かりました」
 小さく言い残し執務室を出ていった。
「ふぅ…あんまりいい結果は出なかったようだな」
「…そうですね…ただ、いずれにせよ敵だという事だけは分かりましたよ」
「そうか……まあ良いが、そう思うと言うことは…碇にとってはどう言うことなのかな」
 良くわからない言葉に、首を軽く傾げる。
「その事は、彼の口から喋らなければ意味がないから私は言わないが…」
「まあ良い…もうすぐ昼食時だ、何か奢ろう」
「御馳走になります」


 こうして耕一のおごりで職員食堂で食事をとることになった。
 食事が終わると碇と話してくることがあるからと言って耕一は席を立った。
「……どうしたものかな…」
「…碇君、」
 いつの間にかレイがトレイを持って立っていた。
「ここ良い?」
「うん、良いよ」
 レイはシンジの反対側、先ほどまで耕一が座っていた席に座り山菜定食を食べ始めた。
「…碇君、お父さんとはどうだったの?」
「…敵だって事が分かっただけだよ」
 その言葉にレイは哀しげと言ったような表情を浮かべた。
「どうして綾波はそんな顔をするんだ?アレがどんな奴なのか分かっているのか?」
「……碇君はどうして理解しようとしないの?」
「何を言っているんだよ」
 暫くシンジの目をじっと見つめてきたが、レイはトレイを持って立ち上がりすたすたと去っていった。
「何なんだよ…」
「…理解しようとしないか…そう言えば、司令はそれがどう言うことかって言ってたな…敵だって認識したら、利用できなくなるだけじゃないって言うのか?」
 答えは出ない…その事がいらだたせる。
「……たくっ、」
 その後、シンジは本部内をぶらぶらしていたが結局もやもやとした物を抱えたまま帰路に就くことになった。