〜1〜 「シンジ、レイのことは好きか?」 「う、うん」 「レイは、シンジのことが好きか?」 「ならば、何があっても護り抜け……」 気のせいかもしれないけれど、できなかったとき俺のようにって小さくつぶやいてやめた気がする。 「では、よろしく頼む」 お父さんがホームに向かって歩いていく。 追いかけようかと思ったけれど、僕の肩に手を置いているお姉ちゃんが力を強くしたから、追いかけちゃいけないんだってわかった。 「お姉ちゃん」 「大丈夫、シンジは私が護るわ」 「……お姉ちゃんのことは、ぼくがまもるね」 「ありがとう」 お父さんの姿を見送る。お父さんはホームに続く階段を上っていった。 「もう、良いかな?」 お父さんの姿がまるで見えなくなってから、僕たちを預かった先生が声をかけてきた。 「はい、これからよろしくお願いします」 「お、おねがいします」 お姉ちゃんを追いかけるように同じように先生に頭を下げた。 それから先生の車で先生の家にやってきた。 「さぁ、着いた。ここが今日から二人の家だよ」 先生の家は結構大きかった。二人では寂しいって言っていたのもわかるかもしれない。 「行きましょう」 「うん」 玄関でおばさんが待っていてくれた。 「レイちゃんとシンジ君ね」 「「はい」」 「これからはここがあなた達の家、私たちは家族になるんだから何でも言ってちょうだいね」 「ありがとうございます」 「あ、ありがとうございます」 僕たちは二人で一つの部屋だった。先生たちはもう準備をしっかりしてくれていて、机や本棚、ベッドとか必要そうなものはみんな二人分きっちりそろっている。 先生の家には部屋はまだあまっているし、もう少し大きくなったら隣の部屋が僕の部屋になるらしい。 開いてくれた僕たちの歓迎パーティーが終わって、お風呂に入ってから部屋に戻って寝ることになった。 二つの並んだベッドで寝る。 「……お姉ちゃん」 「何?」 「そっち、行ってもいい?」 少しでもお姉ちゃんといっしょにいたかった。 お母さんがいなくなってしまって、お父さんもなかなか帰らなくなってしまってもずっと我慢していた。でも、我慢しきれなかった。 「ええ、いっしょに寝ましょう」 枕だけもってお姉ちゃんのベッドに潜り込んだ。 「シンジが寝るまでこうしていてあげるわね」 「ありがとう」 お姉ちゃんはとっても暖かかった。 お姉ちゃんが第3新東京市から帰ってきて、わざわざ大事な話があるって言い出した。 何となく、話がいやなことだってわかったけれど、お姉ちゃんの大事な話を聞かないなんてことはできなかった。 「シンジ、私は第3新東京市に戻るわ」 お姉ちゃんがお父さんの仕事を手伝っているのは知っている。どんな手伝いをしているのかは教えてくれないけれど、大きな休みの時とお父さんから呼ばれたとき、お姉ちゃんは一人で第3新東京市に行っている。 でも……そうじゃなくて、もうずっと第3新東京市にいるってそう言う意味だった。 「そんなのいやだよ」 「シンジ、私もシンジとは離れたくないし、シンジといっしょにいたいわ」 「だったらいっしょにいようよ」 「でも、私は行かなければいけないの」 「どうして?」 「それが必要だからよ」 「どうしても?」 「どうしても」 お姉ちゃんがいなくなったりするのなんかいやで、いろいろといってみたけれどどうにもならなかった。 いつもだったら、これだけ何か言ったら、苦笑いを浮かべながら仕方ないわねと言って僕も納得できるような方法を言ってくれるのに…… 「本当に絶対に行かなくちゃいけないの?」 「ええ、ごめんなさい」 お姉ちゃんがつらそうな顔をするのは僕もいやだ。 いつもお姉ちゃんが考えてくれるけれど、だめなら僕が考えなくちゃ。 「そ、そうだ!」 「どうしたの?」 「僕も行くよ! 姉さんといっしょに行くよ。そうしたら、いっしょにいられるじゃない」 「……そうね。でもだめ」 良い考えだと思ったのにだめだった。 「どうして?」 答えにくいのか、お姉ちゃんは困ったように眉をひそめた。 「……私は、お父さんを手伝いに行くの。だからだめ」 「僕じゃだめなの?」 「シンジはまだ小さいし……お父さんを手伝いたかったら、もっと大きくなりなさい」 「大きく?」 「そう、勉強も運動ももっと頑張って、もっと大きくなりなさい」 「そしたら、お姉ちゃんのところに行ける?」 「……ええ」 「……」 「だから、約束」 「うん……」 それから、お姉ちゃんは少しでも僕といっしょに過ごせるようにっていつもいっしょにいてくれたし、僕のお願いは何でも聞いてくれたけれど、第3新東京市に行く日はすぐにやってきてしまった。 お姉ちゃんを見送るために先生たちといっしょに駅までやってきた。 ホームに姉さんが乗る電車が入ってきた。 「向こうに着いたら手紙書くわね」 「僕も書くね」 「シンジの手紙楽しみにしてるわね」 「僕も楽しみにしてる」 「……行ってくるわね」 お姉ちゃんが電車に乗りこむ。 「お姉ちゃん!」 やっぱりいやだ! お姉ちゃんがいなくなってしまうなんて我慢できない! 「来てはだめ!」 いっしょに乗り込もうとした僕をしかるように大きな声を出した。 「約束したでしょう? 私は約束を破るのは嫌いよ」 「う……」 お姉ちゃんは約束を破ることが本当に嫌いで、僕が破ったりするとひどく怒る。 「いいわね?」 「……で、でも」 「シンジ、いいわね?」 僕はお姉ちゃんと約束したんだ……だったら約束は守らないといけない。 「う、うん……」 電車のドアが閉まって、電車がゆっくりと走り始める。 「お姉ちゃん!」 走ってお姉ちゃんを追いかけるけれど、どんどん離されていってしまう。 「シンジ、またね」 お姉ちゃんはいってしまった。 すぐにお姉ちゃんが乗った電車は見えなくなってしまった。しばらくホームの端で待っていたけれど、電車が戻ってきたりなんてことはなかった。 〜2〜 「姉さん……」 どうやら眠ってしまっていたようだ。姉さんとの夢を見ていた。 ……それにしてもここはどこだったっけ? いくつものシートが並んでいて、ああ電車の中か。窓の外の光景がすごい早さで動いている。 そうだった。 この電車は第2新東京市と第3新東京市を結ぶ特別列車の特別車両。 本当だったら僕なんかじゃとても乗れない車両だけあって、シートも良いし、何もかも快適でいつの間にか寝てしまっていた。 鞄から僕宛の封筒を取り出す。僕なんかがこんな列車に乗ることになったきっかけの父さんからの手紙が入っている。 父さんからの手紙……ほとんど黒塗りになっていて何が書いてあるのかさっぱりわからないけれど、余白に『来い ゲンドウ』って手書きで父さんの僕宛のメッセージが短く書かれている。 どうしてここまで黒塗りになっているのかはわからないけれど、手書きのメッセージが書かれていてよかったと思う。もし、これが全部黒塗りだったら誰からの手紙かもわからなくて、いたずらとしか思わなかったと思う。 でも、父さんからの手紙で僕も第3新東京市に行く……戻ることになった。姉さんから遅れること五年。 姉さんとの約束を守るために……いや、姉さんに約束を守ってもらうために勉強も運動も頑張った。姉さんは僕が第3新東京市に行くことを嫌がっていたし、たぶん今も嫌がっている。 あのときはどうして嫌がっているのかわからなかったけれど、それが父さんの仕事の手伝いを僕にさせたくないからなのかもしれないって何となくそう思えるようになってきたのは中学にあがってから。 たぶん、つらい手伝いなんだろう。でも、それだったらなおさら僕が手伝わないと、姉さん一人にそんなつらい手伝いをいつまでもさせるわけにはいかない。だからいっそう頑張った。 そうして、ついに僕も父さんから呼ばれた。 本当に念願のって言葉をつけたいくらいの手紙……それなのに、素直に喜べなかった。 この五年間ずっと毎週欠かさずに送りあってきた姉さんと僕との手紙のやりとりが先月から途絶えてしまっている。姉さんからの手紙が来ない。 こんなに長く手紙が来ないなんて初めて、その上携帯や電話もかけてみたけれどつながらなかったし、姉さんに何かあったんじゃないかと心配でいろんなものが手に付かなくなってきてしまったところに、父さんからの手紙が届いた。 姉さんの様子を確かめるって意味でもちょうどよかったのかもしれないけれど。今、姉さんはどうしているんだろうか? 「……もうすぐわかるんだ」 姉さんがどうしているのか、この電車が第3新東京市に着けばすぐにわかるはず。今僕が心配してもどうにもならないし、ただ姉さんの無事を祈っていよう。 考えを変えるためにも、手紙をしまっておばさんが持たせてくれたお弁当を取り出した。 わざわざ駅まで先生もおばさんも見送りに来てくれて、これを持たせてくれた。 ふたを開けるといつも以上に手が込んだお弁当がぎっしりと詰まっていた。 姉さんと二人で六年。僕一人でさらに五年。僕が父さんや母さんといっしょに過ごした時間よりもずっと長い。その間先生とおばさんには本当によくしてもらった。本当に育ての親って言う言葉がぴったりあう。 「……先生、おばさん、いままで本当にありがとう」 最寄り駅じゃなくてわざわざ第2東京駅まで見送りに来てくれた二人に向けた感謝の言葉をまた口にしてから、お弁当を食べ始めた。 〜3〜 お弁当を食べ終わって、魔法瓶の暖かいお茶を飲んでいたら突然車内放送が入った。 『さきほど、東海地方を中心とした関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。この列車は次の駅で緊急停車いたします。乗客の皆様は誘導に従いシェルターに避難してください』 「え?」 特別非常事態宣言? シェルターに避難? 何があったんだろうか? しばらくして車掌さんが後ろのドアから入ってきた。 「お急ぎのところ申し訳ありません。特別非常事態宣言が発令されましたので、次の駅で停車いたします。お客様はシェルターにご避難ください」 「あの、何があったんですか?」 「申し訳ありません。詳細はわかりませんが、直に発表があると思います」 「そう、ですか……」 車掌さんは他の車両の人に知らせに行くために前の車両に向かって歩いていった。 「特別非常事態宣言……か」 何が特別なんだろう? 窓の外、進行方向に駅が見えてきた……あの駅に止まるんだろう。 特別車両にはテレビが付いていたから、見ていれば何が起こっているのかそのうちわかるかなと思って、電車に乗ったまま待っていたんだけれど、どのチャンネルも特別非常事態発令中ってことと、発令区域や避難を指示するメッセージが出るばっかりで、臨時番組や特別番組が放送されたりとかはしなくて時間だけが過ぎてしまった。 運転手さんや車掌さん、車内販売の人もみんな避難してしまったみたいで誰もこの車両を通らない。 「……」 実はちょっと半端でないことでも起こっているんだろうか? 戦争でも起こったんだろうか? でも、発令されたのが関東中部地方って、戦争だったら北海道とか九州・沖縄とかそう言ったところだろうから違うかな? 外の様子を見てみたくて電車を降りたけれど、僕以外本当にホームには人っ子一人いなかった。 電光掲示板には発車時刻とか行き先の代わりに、緊急停車・特別非常事態宣言発令中って表示されている。 「何があったんだろ?」 それにしても、ホームどころか見渡す限り本当に誰もいない。ガラス越しに見える駅の近くの通りにも誰の姿も見つけられない。 「そう言えば……」 姉さんが第3新東京市の避難訓練は徹底されているって言っていたっけ。避難訓練も月一くらいであるから結構たいへんだとも。 「本当に徹底してるんだなぁ」 みんなそろって避難し尽くしてしまっているみたいだ。 第2新東京市で大きなテロがあったときとかに、非常事態宣言が出されたことがあったけれど、学校が休みになったからって遊びに行った人もクラスにいるくらいだったのに、ここまでやるなんて第3新東京市の人はみんな律儀なんだろうか。 でも、いくら律儀だって放送の電波みんな止めちゃったりするのはどうかとおもう。 「まいったなぁ……」 ベンチに腰を下ろしてこれからどうするか考える。 姉さんや父さんもきっと避難しているだろうけれど、それは第3新東京市のシェルターだ。 早く第3新東京市に行きたいけれどまだ何キロもあるはず。行ってもすぐに会えるかどうかもわからないなら、歩いていくのは避けたいのだけれど…… 何とかならないかいろいろと調べてみたけれど、交通機関どころか、携帯も公衆電話も使えなかった。 いくら何でもやりすぎだと思う。このぶんだと、手紙にあった第3新東京市の大きなビルは地下に収納できるようになっているって言うのも冗談じゃなかったのかもしれない。 第3新東京市に行きたいけれど、駅前の駐輪場に停まっている自転車を拝借するなんてこともできないし、駅かシェルターで解除をずっと待っているか、歩いていくしか手段はないみたいだ。 でもただ待っているだけと、姉さんのことが心配でたまらなくなってしまいそうだったから、歩いていくことにした。 道路標識からすると16キロも残っていて。かなり遠いけれど夕方までにはつけるだろうし、途中で宣言が解除されたら、あとはバスなり電車なりいろいろと使えるはず。 「よし、いこう」 歩きだしてしばらくして、初めて動いている車を見つけた。黒い車がこっちに猛スピードでやってくる。 何事かと思っていると、僕の目の前で止まった。ひょっとしてあの写真の葛城さんが迎えに来てくれたんだろうか? でも、ドアを開けて中から出てきた人は黒いサングラスに黒いスーツの人だった。 黒い車に黒いスーツに黒いサングラス。しかも、すごく体が大きい。正直怖かったし、特殊な自由業の人かと思って一瞬逃げようとしてしまったけれど、たぶん逃げたらもっとひどいことになると思って逃げなかった。 その人は手に持っている写真と僕を見比べている。ひょっとして僕の写真? 「碇シンジ君だね?」 「は、はい!」 「我々はネルフ保安部のものだ。葛城三佐に急用ができたから代わりに迎えに来た」 「あ……ありがとうございます」 どうやらこの人はネルフの人だったようだ。正直ほっとした。 それから我々って思って見てみると、車の中にはもう一人運転席側に同じ服装の人が乗っていた。あの服はネルフの制服みたいなものなんだろうか? そう言えば、映画でそんな感じの服装の特殊な組織があったような。ネルフ……父さんが働いている国連の機関。詳しいことは姉さんも教えてくれなかったし、あの手紙もひどいことになっていたし。映画みたいに特殊な仕事をしている機関なのだろうか? 黒いスーツに黒いサングラスの父さんを思い浮かべる……怖い。父さんだとわかっていなかったら脱兎のように逃げるか、蛇ににらまれた蛙みたいになってしまうかもしれない。 「さ、のって」 後部座席のドアを開けてすすめてくれたので、一つお礼を言ってから車に乗り込んだ。 「シートベルトをしてくれるか?」 「あ、は、はい」 後部座席でシートベルトって珍しいなと思いつつ言われたとおりにシートベルトを締める。 特別非常事態宣言発令中だからだろうほかに車は全然走っていないし、信号は全部赤になっているけれど、信号を全部無視してかなりのスピードでとばしている。 「あの、赤信号いいんですか?」 青信号にならないんだから無視するか降りるかしかないんだけれど、不安になって聞いた。 「ああ、大丈夫。許可でてるから」 「あ、そうなんですか」 国連の機関……公的な機関だから、警察や消防なんかと似たような感じなのだろうか? ともかく第3新東京市まで歩くよりもずっと早く着きそうだ。 「なに進路が変わった? まずいな。どっちに行けばいい? ああ、現在地は……」 さっきから助手席の人が携帯で僕をちゃんと乗せたこととかを話していたのだけれど、なんだか様子がおかしくなってきた。焦っているみたいだ。 「ああ、ん、きこえない。ノイズがひどくて、こっちの声は聞こえてるか…………きれやがった」 「どうした?」 「電波が急に悪くなった。ともかく急いだ方が良さそうだ」 「ああ」 車が加速する。 それからまもなく、遠くで何かが爆発するような音が聞こえてきた。それも何度も。 「まずいな、どっちだ?」 「え!?」 ミサイルが前から飛んできて車の上を通り過ぎていった。 「ミサイル!!」 「捕まっててくれ!」 アクセルをめいっぱい踏み込んでさらに加速する。 こんな戦争でも始まったんだろうか、ヘリや戦闘機が飛び交い始めた。 でも、戦争よりももっとびっくりするようなものが現れた。後ろの方のビルが轟音を上げながら崩れ、そこからビルみたいに大きな化け物の姿が見えた。 「か、怪獣!?」 緑色の化け物に次々に攻撃を仕掛ける軍隊。 でも、全然攻撃は効いていなくて一方的にやられていく……怪獣映画が目の前で実物大で上映されていた。 「……」 声が出せない……実際に飛んでいる戦闘機や、建っている大きなビルを次々に壊すみたいなそんなばかげた映画の撮影なんてあるわけがない。 まさに怪獣映画そのままの光景だけど、これは現実に起こっていることなんだ。 逃げられることをただひたすら祈っていた。 だんだん怪獣が小さくなって、これなら逃げられる。そう思ったのに、あの怪獣にやられたヘリがこっちに向かって降ってきた。 「うわぁあ!」 〜4〜 「おい、大丈夫か」 「ん……」 目の前に知らないおじさんがいる。 「だいじょうぶのようだな」 あ、この人は僕を迎えに来てくれたネルフの人だ。サングラスがなかったからすぐにはわからなかった。 「な、なにが、え!?」 車がぐちゃぐちゃになっていた。ガラスも完全に割れているしフレームもへしゃげてしまっている。事故だ。事故を起こしたんだ。 でも、何で事故を起こしたんだっけ? 「はやく、逃げるんだ」 おじさんが僕の手を掴んで引っ張り出そうとする……シートベルトが邪魔だったからはずして、外に出た。 車を外から見ると……信号機に思いっきりぶつかって左側の前が特にひどく壊れてペシャンコになっていた。信号機はぶつかったところから折れ曲がってしまっているし、よく怪我もせずに無事でいれたものだ。シートベルトのおかげなのは間違いない。 あれ? 確か……そうだ。助手席に座っていたもう一人のネルフの人! で、でも、助手席の部分は…… 「え……」 「いくぞ」 おじさんが僕の荷物を持ってくれて、僕の手を引っ張って走らせる。 「あ、あの……もう一人の人は?」 先に逃げて助けを呼びに言ったとかそんな答えてあって欲しかった。でも、おじさんは首を振るだけだった。 「そんな」 「ちゃんと走るんだ、お仲間入りしてしまうぞ!」 言われて、爆発の音が続いていることにやっと気づいた。まだ、軍隊があの怪獣と戦っているんだ。僕たちはそのやられてしまったヘリコプターにまきこまれそうになったんだった。 必死に走っていると、シェルターって看板が掛かった地下鉄の駅みたいに下に続く階段が見えてきた。 「よし! あそこまで行ければ!」 助かる。そう思った瞬間、突然おじさんが僕を突き飛ばした。 「うわっ!」 思いっきり突き飛ばされたから受け身も何もとれずに地面を転がってしまってすごくいたい。 いきなり何をするんだって文句を言おうとしたけれど、そんなのとても言えなかった。 大きなコンクリートの固まりが地面に突き刺さっていて、おじさんの体の半分くらいがそのコンクリートの下だった。 「お、おじさん!!」 僕をかばって!? そんな! 「良いから逃げろ! ネルフに連絡するんだ!」 駆け寄ろうとした僕を一喝。 「で、でも!」 「良いから行け!!」 「は、はい!」 必死ですごい迫力だったおじさんに言われて、シェルターに向かって走った。 言われたとおりに逃げたっているのもあったけれど、僕をかばってあんなことになってしまったんだ。僕が何とかしないといけない。あそこに行って助けを呼べば、レスキュー隊とかに助けてもらえれば! そう思ったのに、ものすごい音をあげながら、あの怪物がこっちに向かって飛んできた。 「うわあああ!!」 こわくて目を閉じて、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。 怪物は僕の頭の上を通り過ぎていったようで何かが当たったりとかはしなくて、風で飛ばされそうになっただけだった。 「助かった……。!」 目を開けて言葉が出なくなってしまった。僕は無事だったけれど、あのシェルターの入り口が壊れたビルのがれきに飲み込まれてしまっていた。 「そんな!」 でも、それにショックを受けている場合じゃなかった。とんでもない音を出しながら何本ものミサイルが怪物に向かっていって爆発する。 「うわ!」 どうして僕がここにいるのに撃つんだよ! そう言ってやりたかった。でも、言う相手も知らないし、言う方法もなかった。 怪獣がこっちを向いた。 え!? まさか、こっちに来るつもり!? に、にげなきゃ! そう思ったけど、足が震えて動かない。 「あ、あああ」 ゆっくりこっちに向かってくる。 踏みつぶされるって思ったそのとき、巨大なロボットが現れて怪獣を横から突き飛ばした。 「ロボット!? うわっ!」 怪獣がつっこんで破壊されたビルのコンクリート片が飛んできた。大きいのは当たらなかったけれど、やっぱりここにいちゃだめだ。逃げないと! 怪獣とロボットが戦っているすきに必死で逃げる。足が動く限り、思いっきり走って。 とにかく、にげなくちゃ。 どれだけ走ればいいのかわからない。でも、さっきみたいにシェルターの入り口があれば、助かるかもしれない! でも、通りをいくつか抜けたところで何かに吹っ飛ばされて地面にたたきつけられてしまった。 「つつ……」 目の前にある大きなものは……ロボットの指? ロボットの指と指の間にいる。 どうやらこのロボットがこっちに吹っ飛ばされてきてしまったようだ。 危なかったもうちょっとでペシャンコになっていたところだった…… 「あっ!」 でもほっとすることなんかできるわけがなかった。このロボットがここにある。それも吹っ飛ばされたってことは! あの怪獣がこっちに向かって歩いてきてる。 ま、まずい! に、にげなきゃ! 逃げようとしたとき、怪獣が急に立ち止まった。どうしたんだろう?……何をするつもりなんだろう? 胸というべきなんだろうか? そこについている顔みたいな部分の目が光ってまぶしい光に包まれた。 死んじゃったかな? と思ったんだけれど、目を開けたら目の前にはロボットの大きな背中があった。ロボットのおかげで直接光を浴びずにすんでいる。 光がやんでからあたりを見ると、ロボットの陰になっていなかった道路のアスファルトが消し飛んで地面がむき出しになっていた。 まさか、僕をかばってくれたんだろうか? ロボットの背中のパーツが開いてなかから白い棒みたいなのが出てきた。 すぐ目の前……手を伸ばしたら届きそうなところまでのびてきて、プシューとか言う音がして白い棒の上のふたが開いた。 これって僕に乗れって言っているんだろうか? 正しいのかどうかわかんないけど、それしかない。 よじ登って中に入ろうとして……中には何かよくわからない液体がいっぱいに満たされていた。 「え?」 これに入れって? でも、僕泳ぎ下手だし、そもそも液体の中じゃ息は…… 「うわっ!」 ととまどっていたら、ぐらぐらってゆれて、液体の中に落ちてしまった。その上僕が中に落ちたらふたが閉まってしまう。 「ーーーーーーー!!!」 びっくりして息をはき出して、液体を飲み込んでしまった。 「〜〜〜!!!」 死ぬって思ったんだけれど、不思議と気持ち悪いだけで苦しくなかった。 「息できるんだ」 ドンって大きな衝撃で揺さぶられた。 そうだ。このロボットは戦っていたんだった。 今どうなっているんだろう。 「え!?」 どうなっているのか確認しようと思って周りに目をやったら、とんでもないものが目に入ってきてしまった。目の前のシートに姉さんが座っている。 「ね、姉さん!?」 でも、ぐったりとしていて、包帯とかギプスつけてて、その上血が出てるし。 「姉さん!」 思わず揺り動かしそうになってあわてて止める。 どう見たってひどい怪我をしているのに下手に動かしたりしちゃだめだ。 それにしてもどうしてこんなところに姉さんが? それも大怪我をしているんだ? なんだろう? 姉さんの前に操縦桿みたいなのがある……このシートは操縦席? だとしたら……まさか、姉さんがこのロボットのパイロット? だからさっき僕を助けてくれた。かばってくれた? じゃあ、姉さんが今血をながしているのは…… 「うわっ!」 今までよりもずっと大きな衝撃にバランスを崩してシートに転がり込んでしまった。 で、姉さんの体の上に落ちてしまった。僕は全然いたくなかったけれど、柔らかいクッションは姉さん。それも大怪我をしている体なんだ。 「ね、姉さん!」 苦しそうな声が聞こえてすぐに飛び退く。 ひどい怪我をしているのに当たり前だ。 また大きな衝撃がおそってきた。揺さぶられた姉さんが苦しそうな声を出す。 これが操縦席だったらあるはずのモニターも計器も何もない。今どうなってるんだ!? 「うわっ」 また大きな衝撃がきた。姉さんがこの状態だから、一方的に攻撃されているんだ。 このままじゃやられちゃうし、大怪我をしているのにこう何度も激しく揺さぶられていたら姉さんの体が持たない。 「なんとかしなきゃ!」 でも、あるのは二つの操縦桿とそれに付いているボタンだけでほかにはボタンもモニターも見あたらない。いったいどうやって動かすんだ!? 操縦桿をつかんで付いているボタンを押しても反応はない。 「どうすれば良いんだよ!」 思わずガンって操縦桿をたたいてしまったけれど、何ともなかったし、何も起きなかった。 ひどい衝撃が連続して揺さぶられる。何とかしないと、このままじゃ姉さんが! 「どうして動かないんだよ!」 姉さんが僕をかばったから、いまこんな風になってしまったって言うのに! 「動いてよ! 動かないと、姉さんが! お願いだから動いてよ!!」 〜5〜 「エヴァ初号機再起動!」 一方的に攻撃を受けるだけだった初号機が反撃に移った。 頭を掴んでいた手をひねりつぶし蹴り飛ばす。さらに追撃、大きく飛びかかり殴りつけ、投げ飛ばした。 「なに!? まさかあの子が戦っているって言うの!?」 「いえ、そんなはずはないわ! まさか、暴走!?」 「モニターは依然できません!」 使徒の反撃のビームをいとも簡単にはじいた。 「勝ったな」 「ああ」 ATフィールドで防御しようとしたようだが一気に浸食して破る。 「うそっ!」 「あのATフィールドを……」 それから流れる光景はまさに惨状……強者が一方的に弱者を殺戮するだけだった。 発令所にいるものは、オペレーターも、上層にいる国連軍の将官たちもエヴァの圧倒的な力に畏れを抱いているようだ。 初号機がやられその上シンジ君まで巻き込まれ、初戦ですべてが終わってしまうかと思ったのに、本当によくこうまでうまくいったものだ。 あのときシンジ君をかばったのものせたのもレイではなくユイ君だったのかもしれないし……この男の悪運に感謝するべきだろうか? 「一時はどうなることかと思ったが無事に幕を開けることができたな」 「ああ、シナリオの始まりだ」