もうひとつの姉妹の形 -another story-

fluorite d

〜4〜
 結局浴衣が決まるまでにだいぶ時間がかかってしまったが、ファッションショーも無事に終了。祐巳に浴衣を買ってやるという今日の目的は果たせたわけだ。
 来るときに考えていたようなリッチなレストランでお食事とかはあきらめるしかないけれど、今でなければいけないってものでもないし、次に回せばいいだろう。
 レジで浴衣を包んでもらっているのを見ながら、これでやっと帰れるのかと思っていたら、蓉子が何か思いついたように声をかけてきた。
「無事に祐巳ちゃんの浴衣は決まったわけだけれど……聖は浴衣を持っているの?」
「ん? 私の浴衣? 昔のならあるけどっていうか、蓉子も見たことあるでしょ?」
「ああ、あれね……でも、せっかくだし、新しいのを買ってみるのもいいと思わない?」
「別に、新しくても古くても浴衣は浴衣、別に着れないとか、悪くなってるとかそんなものでもないし、わざわざ新しいのを買う必要なんかないよ?」
「そう? でも、私は新しいのを選んだ方がいいと思うのだけれど……」
 と言って江利子の方を見る。なんだろう……何かいやな予感がする。
「ええ、そうね。それが良いわね。せっかく祐巳ちゃんにはみんなで選んであげた最高の浴衣なのに、聖は昔の浴衣だなんてアンバランスよ」
 おい、江利子。
「江利子もそう思う? 祐巳ちゃんはどうかしら?」
 え? 蓉子から話を振られた祐巳は私の顔をじ〜っと見てきた。一秒……二秒……、ぷいと顔を背けて「そうですね、そう思います」って答えた。
「ゆみ?」
「はい、では決定〜、聖にもみんなでぴったりの浴衣を選んであげましょう。江利子、聖を更衣室に案内して差し上げて」
「ちょ、ちょっと蓉子!」
「かしこまりましたわ、さあお客様、どうぞこちらへ」
 江利子にがしっと腕を組まれてずるずると、更衣室に案内ではなく連行されていく。
「ゆ、ゆみ〜!」
 祐巳に助けを求めて手を伸ばしたけれど、祐巳はちょっとほっぺたをふくらませ、ツイッと私から顔をそらせたままだった。まさか、道連れを増やすつもりか?
 ……いや、そういう態度じゃない。あれは腹を立てているって感じだから……
 ああっ! しまったあ! そうか、祐巳のやつ。さっき私が助け船を全然出そうとしなかったのを根に持っているのか!
「……うそでしょ?」
「嘘なわけないでしょう、私はいつでもどこでも本気よ」
 そんな体格差があるわけでもないのに、私の必死の抵抗もむなしく、ついに江利子に更衣室に引きずり込まれてしまった。
 カーテンが閉まる直前に見えた蓉子の楽しそうな表情を見て信じがたい……信じたくないような考えがひらめいてしまった。
 今日これまでのすべての行動は私のファッションショーをするための準備、これこそが本番だったのではないだろうか? 祐巳という味方を失い、孤立無援になった私を着せ替え人形のようにおもちゃにして遊ぶ……すべてがこのために仕組まれていたものだった。
 そんな馬鹿なことがあるはずがない! と片付けられない。あのM駅前で蓉子が口にしていた『そのために準備もしてきたし』という言葉、きっとあれはこのことを意味していたのだ。
 ……これが、蓉子と江利子が完全にタッグを組んできたときの恐ろしさなのか!! こんなことまでされるなんて、いったい何をしてしまったっていうんだ……
「……ねぇ、本当に着替えなきゃいけないの?」
「別に自分で着替えるのがいやなら手伝ってあげるわよ」
 そう言って、身の毛もよだつほどの楽しそうな顔を浮かべながら手をわなわなさせながら迫ってきた。悲鳴こそ出さずに済んだけれど真剣にやばい!! って感じて「そっちの方が勘弁!」って全力で叫んでいた。
「ちぇっ……じゃあ早くなさいな」
 今度は一転してぶっきらぼうな言葉を投げてきた。
「……それはいいけど、何でこの狭い更衣室に江利子も入ったままな訳?」
「聖のことだから、誰かが見張ってないと着替えないでしょ?」
「見られてる方が着替えにくいに決まってるでしょ!」
「あら、そう? 仕方ないわねぇ……」
 江利子は本当に渋々と更衣室から出て行った、何が悲しゅうて江利子に着替えをみせにゃならんのだ。
 しかし、さっきの恐怖の答え通りだったとしたら、もうそれこそ、蜘蛛の巣に完全に引っかかってしまった蝶々のようなものだ。どんな抵抗をしたところで無駄、ならば素直に従うしかない……あきらめて、最後にもう一つだけ深い深いため息をついた。
「はい、聖。私が聖のためを考えて選んであげたこれに着替えてちょうだい」
 江利子がカーテンの隙間から浴衣を差し出してきた。
「はいはい……」
 もう持ってくるなんてずいぶん早い。あらかじめ目星をつけていたのだろう。いったいどんな浴衣を持ってきたのかと思いながら江利子から浴衣を受け取って…………投げ返した。
「なにするのよ!」
「こっちがなにするのよだ! 何であの天使の浴衣を持ってくるわけ!?」
「なによその言い方。聖に似合うと思ってせっかく選んであげたのに、そんなこと言うなんてひどいわね!」
「わかっててやってるのがバレバレ! やるならやるでもうちょっとはわからないようにやんなさいよ!」
「やれやれ、聖はわがままだから仕方ないわね。別のを選んできてあげるわ」
 まったく……江利子のやつめ。別のを取りに行ったけれど、もし今度はあの小悪魔の浴衣を持ってきたりしたら、退場、即レッドカードだ。今度は祥子も関係ないし、さっき不完全燃焼になってしまった分も上乗せしてさんざんに言ってやる。
 腹を立てながら待っていると、しばらくして江利子が代わりの浴衣を持ってきたけれど、今度は普通の浴衣で、しかもかなり気合いを入れて選んできたようだった。悔しいが自分で選んでいても試着してみようと思っただろう。
 ……仕方ない、着替えるか。
 それにしても、またもや不完全燃焼。今日はずいぶん多いような気がしてしまう。……ひょっとして二手先三手先まで私の反応を読んだ上での行動なのだろうか? まさか、ねぇ……


 ……祐巳、本当にごめん。
 みんなの前で着せ替え人形にされることがこんなに恥ずかしいものだなんて初めて知った。祐巳はこんなに恥ずかしい思いをしていたのに私はどうせ無駄だからと一切助けようとしなかった。
 腹を立てるのも当たり前だ。むしろ立てないはずがない。
 私だって、何もしていないのに、こんな状況で祐巳が助けてくれようとすらしなかったら、きっと腹を立てていることだろう。ああ、本当に済まないことをしてしまった。
 宝くじに当たらなくても良いから時間を巻き戻してほしい……本当に。
 けれど、そんな願いが叶うはずもなく、「はい、じゃあこの浴衣に着替えてね」と蓉子から投票の結果見事一位に輝いた浴衣を渡された。
「ああ、やっぱり」
 何となく最初に浴衣を渡されたときに予感してしまったけれど、果してそれは蓉子が選んだ浴衣だった。祐巳の時とは違って本気で選びに来ていたのがよくわかる。よほどのセンスがなければすぐに選べる代物ではないし、江利子の方も天使の浴衣の代わりに持ってきた浴衣は、蓉子の選んだものに比べて見劣りすることのない着る人間、つまり私に合ったすばらしいものだった。
 あれは二人とも絶対に昨日来て選んでいたはずだ。蓉子が言っていた準備の一環なのだろう。きっとそうに違いない、やはりこの私のファッションショーこそが二人のねらい。祐巳のは前座くらいの扱いだったのだ。
 そして二人の祐巳に対する浴衣の選択は私に対するメッセージだったのだろう。もちろん祥子あたりが最良のものを選ぶということを確信した上での。
「準備はいい?」
「ああ、もうちょっと待って」
 でも、そのことがわかっても、どうにかできるわけでもない。今、私にできることはこのファッションショーを早く終わらせるためにも、とっとと着替えをすませてしまうことくらい。
 ……着替え終わって蓉子に準備ができたことを伝えた。
「はい。投票の結果、聖に一番似合う浴衣に輝いたのは!」
 カーテンが開かれる……さっきさんざん体験したけれど、こう見せ物みたいになると何度目であっても恥ずかしい。笑いをとると笑われるの違いというか。自分で狙ってちょっかい出したりされたりするならよいのだけどこれは……
 それでも、これでようやく終わる。そう考えていたのに、なぜか蓉子がじ〜っとみつめてきている。
 まさか、まだ何かあるのか? どうかしたのか聞いてみると、あごに手をやりながら少し考えてから答えを口にした。
「うん、いいのだけれど……一ついまいちな点があるわね」
 蓉子が近づいてきて、私の髪をまとめてあげてきた。
「やっぱり、髪をあげた方がよくなるわね。髪留めを取ってくるから少し待っていて」
 そう言って蓉子は髪留めが並んでいた方に歩いていった……どうやらまだもう少し続くようだ。せっかく、これで終わると思ったのに……
 しばらくして髪留めを一つ手に戻ってきた蓉子は早速私の髪をあげ始めた。
「はい、できた。思った通りこの方がいいわね。みんなはどう思う?」
 蓉子から聞かれて、「髪あげた方が良いですね」「似合ってます」なんて風にみんな口々に賛成の意思を示した……更衣室のカーテンが開いていたからそこにある鏡で自分を見てみる。確かに浴衣には髪をあげた方が良いかもしれない。
「祐巳ちゃんは?」
「……え? あ、はい、良いと思います」
「よし、祐巳ちゃんも見とれていたようだし、これに決まりね」
 ん? 祐巳が見とれていたのか? まあ今はいいや。とにかくやっと終わった……本気で精神的に疲れた。
 …………
 …………
 今日は本当にさんざんおもちゃにされたけれど、さすがにまるで抵抗らしい抵抗もせずに無条件降伏というのは受け入れられない。最後に、レジに行く前にだめ元で抵抗してみることにした。
「じゃあ、この浴衣戻しておいてね」
 とできる限り自然に蓉子に浴衣を渡す。
「え? 戻すの?」
「元々、祐巳の浴衣を買いに来たんであって、私の浴衣を買いに来た訳じゃないしね。それに、そんなに高い買い物じゃなくったって、他の使い道とかいろいろと考えてるんだし……そういうわけだから、せっかく選んでもらったけれど……ごめんね」
「あら、そうだったの。そういう理由なら、仕方ないわね」
 絶対いろいろと言われると思っていたのに、あっさりと了承されてしまって拍子抜け。
 それに蓉子が事前に準備してまで選んだ浴衣なのに残念そうな口調でもないし、こうなることは予想していたのだろうか?
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
「そう。戻してくるから少し待っていてね」
 蓉子には残念そうな雰囲気はぜんぜんない。………やっぱり今日の蓉子はわからなかった。



 つづく