第二話

姉妹体験ふたたび 後編

〜4〜
「ごきげんよう、乃梨子さん」
 登校途中、マリア様の前で声をかけてきた人がいた。
 この人は瞳子さん。私に声をかけてくれる回数もかなり(……たぶん)多いし、容姿も両耳の上で縦ロールを作ったレトロなヘアスタイルをしていて印象が強いので、確実に顔と名前を一致させることができる数少ない人の一人だ。
「ごきげんよう」
「いっしょにまいりましょう」
 それじゃあ少し待ってもらえる? と聞いて、形ばかりではあるが、マリア様にお祈りを捧げる。
「お待たせしました」
「いえ」
 二人でいっしょに銀杏並木を歩く。
「ところで乃梨子さん、ゴールデンウィークは祐巳さまとどこかへ行かれますの?」
「え? ゴールデンウィーク?」
 ゴールデンウィークの予定は幽快の弥勒を見せていただきに、小寓寺というお寺に行くことに決まっているが、祐巳さんとは関係ない。というか、どうして祐巳さんとどこかへと行くとかいう話になるのだろうか?
「いえ、特に予定は決まってないけど」
「そうですか、乃梨子さんの予定がまだ何も決まっていないのでしたら大丈夫でしょうが、祐巳さまとどこかへ出かけられることを考えていたのでしたら、調整が必要かもしれませんよ」
「祐巳さんと?」
「祐巳……『さん』?」
 あ、しまった。リリアンでは先輩のことは『さま』付けにするのがマナーだったのだった。
「ああ、さん付けで呼んでいいよって言われてたから」
「そうでしたか……祐巳さまは乃梨子さんと目線の近い姉妹関係を目指しているのかもしれませんね」
 そうだった。姉妹体験をしている以上、せっかくの大型連休、予定の一つや二つくらいって周りは思うものなのかもしれない。姉妹体験の話は、取り扱いに気をつけないとな……
「それで先ほどの話ですが、祐巳さまが祐巳さまのお姉さまの佐藤聖さまと旅行に行かれるので、その日は祐巳さまとご一緒はできないかもしれないという話でした。いっそお二人の旅行に混ぜてご一緒させていただくのもありかもしれませんが」
「そうなんだ。ありがとう……でも、どうして瞳子さんがそのことを知っているの?」
「一昨日、薔薇の館に遊びに行ったときに、聖さまがいらして祐巳さまと旅行の約束をしていたんです。……そういえば、乃梨子さんは薔薇の館には顔を出していないのですか?」
「ああ……祐巳さんの時もそうだったらしいけど、妹体験と白薔薇のつぼみ体験は別なんだって」
 頭の中のメモ帳を参照して答えた。
「そうなんですの」
「うん、祐巳さんは結局白薔薇のつぼみにも今は白薔薇さまにもなったんだけどね」
「乃梨子さんはどうなんです?」
「うーん、まだちょっとわからないかな」
 そのうち気になる人もいるかもしれないからと、祐巳さんがあらかじめ用意してくれた回答集だが、まさかこんなに早く使うことになるとは……
「瞳子さんは薔薇の館にちょくちょく遊びに行くの?」
「まだ二回だけですけれどね。紅薔薇さまの小笠原祥子さまと親戚なんですの」
「あ、そういうことでね」
「ええ」
「あら、乃梨子さん、ごきげんよう。ちょうどよかった」
「ごきげんよう、どうかしました?」
 もう少しで教室というところで、呼び止められた。えっと、この人はいったい誰だったか。同じクラスでもなかったと思うが……いや、もしクラスメイトならいくら何でも失礼だし……
「手芸部のものなのだけれど、放課後申請書を出しに薔薇の館に伺うと白薔薇さまに伝言をお願いできるかしら?」
 ああ、よかった、そういうことか。
「わかりました。伝えておきますね」
「ありがとう。よろしくお願いするわ」
「……隣のクラスの方ですもの、無理ありませんわ」
 その方が去ってからささやく瞳子さん。少なくとも名前を覚えていないところまではばれているようだ。……実際には名前どころか顔も、さらに言うなら同じクラスの人たちですら依然としてあやふやなのだけども。
 ……そういえば、この話を祐巳さんにしたときに、ちゃんとその理由もあるんだし心配いらないって言っていた。祐巳さんのお姉さまである佐藤聖さまは、本当に人の名前を覚えない(られない?)人だったのだという。それでも立派に白薔薇さまをやっていたんだから大丈夫だと。
 でもそれは、佐藤聖さまがそんな部分を補ってあまりあるだけのものを持っていたからこそな気はするのだが。しかし、まあ、致命傷にはならないということは言えるのだろう。
「乃梨子さん、どうかしました?」
 少し考え込んでしまった私に心配そうに声をかけてくれた瞳子さんに「少し考え事を。けれど、たいしたことではありませんので」と答えた。
「そうでしたか、ともかく参りましょう」
「ええ」
 二人で教室に入る……やはり、私にはこの教室にいる人の多くが同じように見えてしまう。
 しかし、最近は頻繁に声をかけてくれる人は以前よりぐっと減ったぶん、その人達の区別がしやすくなった。しきれているとはとても言えないが、それでも改善はしていると思う。
 それもこれも姉妹体験のおかげということを考えると……まさに祐巳さん様様である。


 そしてお昼いつものように祐巳さんといっしょに屋上でお弁当を食べるとき、頼まれた伝言を伝えた。
「あ、そうなんだ……でも、今日はみんな用事でいなくて薔薇の館お休みなんだよなぁ。よし、放課後すぐに私の方から手芸部に行くことにする。伝言ありがとう」
「大したことじゃないですから。ところで、今朝……瞳子さんって知ってます?」
「あ、うん。瞳子ちゃんね、薔薇の館にも遊びに来るし知ってるよ」
「朝、瞳子さんに祐巳さんとゴールデンウィークにどこかへ行く予定かって聞かれたんです」
「そうなんだ」
「姉妹体験をしているなら予定の一つや二つ入れるのが普通なんでしょうか?」
「どうかなぁ……確かに姉妹体験をして初めての大型連休だし、早速予定を入れている人たちも多いだろうけど、入れなければいけないってこともないしね。でも、せっかくだし私たちも一緒にどこかへ行ってみようか? 五月の三連休はもう予定が入っちゃっているけど、四月の連休なら乃梨子ちゃんの行きたいところにつきあえるし」
「五月はあいにく私も予定が入っていまして……そうですね、四月ですか」
 小寓寺に伺う日は既に決まっているからどうにもならないとしても、今週末の連休なら確かに空いている。
 でもなあ。
 行きたいところっていうと、やっぱりお寺とかそういうところばかり頭に思い浮かぶし。確かに同年代の友達(今回は先輩だけど)と一緒に行けたらと一度も思わなかったと言えば嘘になるけれど、まったく興味がないであろう祐巳さんを誘うってのはなあ……
「実はさ、乃梨子ちゃんがそれほど熱を入れる仏像ってどんなものなんだろうと思って、図書室で仏教美術の本を借りてみたんだ」
「え?」
 祐巳さんからのお誘いとはいえさすがに……と思っていたところでの思いがけない一言に面食らってしまった。
「ほら? 近くにいる人が少しくらいならともかく、これ以上ないほど好きってものになると気にならない? この人がそこまではまるものっていったいどういうものなのかなって」
「それはたしかに……」
「例えば由乃さん……あ、前会ってもらった黄薔薇のつぼみね。彼女は剣客ものが愛読書なんだけど、それだと多少なりとも読んだこともあるし知っていたわけで。対して、乃梨子ちゃんの趣味はさすがに教科書や資料集の写真以上には何も知らなかったし。そんなわけで興味がわいてちょっと調べてみたってわけ」
 うーん。
 それなりに納得いったものの、同世代でそこまでしてくれた人は初めてだったし、結局の所祐巳さんに無理させてしまっている気も抜けず、申し訳なかった。でもそう思う一方で、感想を聞きたくてうずうずしている私もいた。やっぱり自分が好きでやっていることを他の人はどう感じるのかって気になるし。
 おそるおそる聞いてみる。
「そ、それで、どうでした?」
「うん。最初に興味を持ったのが歴史の資料集にも載っていた空源上人立像でね。ほら、すごく印象的じゃない? で、そこから入っていったんだけど、同じお寺に安置されている座像の雲快って人が……」
 ……本当に驚いた。それはもう、図書室で本を借りてきたと聞いたさっきの比ではない。
 祐巳さんの口から出た言葉は、実のところ見ていようが見ていまいが言えてしまうような薄っぺらいものではなく、本当に関心を持って調べて・見てくれたってのが伝わってきたからだ。
 ついに身近な同志誕生!?
 そんな思いから心は沸き立ち、開いた口は止まらなくなっていた。
「そこから目をつけるとはなかなか祐巳さんもやりますね! そうですよね、空源上人のあの口から伸びる六体の阿弥陀なんかインパクトありますよね!! しかし、そこから雲快座像、さらに雲快自身の作品へと伸びていくあたりがまたお目が高い! うん、でも気持ちは分かります。雲快は何と言っても当時を代表する仏師ですし、国宝たる金剛力士像なんかやっぱり目を引きますよね。分かります、分かります。強いて難点といえば彼の作品の中で真作と確認されているは意外の他少ないところですけど、そこは私たち学者じゃありませんし真作か否かってことよりもその作品に感じるものがあるか無いかと言いますか……とはいえまったく気にならないのかといわれると、それもまた嘘になるのも複雑なところですけど。ところで、彼に目をつけられたってことは快派……ああご存じかもしれませんけど、名前の後ろに快の字が付く一派の人たちのことです……その中でやっぱりかなり有名な幽快の作品もごらんになりました? 私、あまたの仏師の中でも幽快が一番お気に入りなんです。彼の作品って不動明王や金剛力士像に多いんですけど、顔の表情なんかに特徴があって、そこに惹かれていって。で、五月の連休の予定なんですけど、実は幽快作の弥勒像が東京にあるって聞いてこれは拝観せざるを得ないとお……」
 ふと気づく。さっきから祐巳さんの声を聞いていないことに。それどころか祐巳さんの顔を見ているようで、話すことに夢中で見ていなかったことにも。合っているようで合っていなかった目の焦点を祐巳さんに……そこには目を丸くしてたじろぐ祐巳さんの姿があった。
 やってしまった。とうとうやってしまった。
 聞かれてもないことをだらだら語りだすのはマニアの悪い癖、とネットでもちょくちょく見かけていたが自分に限ってそんなことをやるわけがない……そう考えていたというのに。
「……申し訳ありません」
 ともかく、まずは謝る。そして大きなため息をついてしまう。
 せっかく祐巳さんが仏像に興味を持ってくれたのかもしれないのに、これじゃあどん引き間違いなしだよなあ……
 もうだめだ。そう思っていた私に祐巳さんからかけられた言葉はまたも想定外のものだった。
「いやあ、乃梨子ちゃんの熱意の前に圧倒されかけちゃったよ。うん、ちょっとかじったくらいで一緒に見に行こうなんて考えが甘かったよね。ごめんね、乃梨子ちゃん」
「と、とんでもないです! 私こそ本当にご迷惑を……」
「うん、私も乃梨子ちゃんと一緒にお寺を巡るなら、もっと勉強してからにしたいと思ったよ。その方がきっと満喫できそうだし。良かったら乃梨子ちゃんおすすめの本を貸してもらっていい? 連休中に読んでみたいな」
「それはかまいませんが……あの、本当にいいんですか?」
「もちろん! あぁー、ひょっとして場の空気からやむなくとか社交辞令とかそんな風に思ってない、乃梨子ちゃん?」
「その……お恥ずかしながら少し」
 あれだけの自爆をしてしまったのだ。それでも祐巳さんは優しいからフォローしてくれている……とまったく考えないのは逆に難しいというか。
 すると少し口をとがらせて「むー」という祐巳さん。失礼ながらちょっとかわいいと思ってしまった。
「乃梨子ちゃんには言っていなかったっけ? 不肖福沢祐巳、姉から百面相の名をいただいた女よ」
「百面相?」
「そう。表情がころころ変わり、嘘がつけないから……って、自分で言っていてなんだけど、へこんでくるね、これ」
「す、すいません」
「ううん、いいよ。そういうわけで乃梨子ちゃん、私は嘘のつけない性格なのです。OK?」
「りょ、了解です。……でも、それならそれで祐巳さんの気持ちを疑うようなことをしてしまってやっぱり申し訳ないような」
「気にしない、気にしない。もしどうしても気になるって言うなら……そうだね、私を仏像愛好家の世界に引っ張り込んじゃうようなお勧めの本を選んで欲しいな」
「あ、はい、分かりました! 祐巳さんに気に入ってもらえるようなものを持ってきますね!」
「うん、よろしくね」
 こうしてそのあとは五月の連休にお互いが行くところ……私はさっきもちらりと話した小寓寺のこと、祐巳さんは祐巳さんのお姉さまと函館へ花見に行くとのことなどを話して過ごした。
 話してて改めて実感することは、やっぱり祐巳さんは本当にすてきな人だなってこと。今日は帰ったら気合いを入れて本を探さないとな。


 
〜5〜
 今日もバスに乗ってリリアンに到着し他の生徒たちといっしょに校門をくぐる……ほんの二週間も前は、ほんとうに憂鬱な登校だったというのに、ずいぶん気が楽になったものだと自分でも思う。これもすべて祐巳さんのおかげである。祐巳さんがいなかったら、あるいは祐巳さんと出会えていなかったなら、今も憂うつな登校だったのはまちがいない。
 鞄の中にはこの学園からはちょっと外れた本が二冊。
 昨日は帰宅して夕食と今日の準備を済ませた後、手元にある冊子をずらずら並べ、夜遅くまでじっくり考えていた。祐巳さんが図書館で借りたという本と比べると、扱う時代が狭くなりその分ちょっと奥深さを感じられる……それでいて専門的になりすぎず眺めているだけでも満足できるものを選んだつもりだ。
 楽しんでもらえるといいな……そんなことを考えつつ、いつものようにマリア様の前まで来た私は息をのむことになった。
 数人の生徒が並んでお祈りをしている中でまったく異質な雰囲気の人がいたのだ。
 ただ一人、熱心にお祈りをする生徒……周りの生徒だって私みたいにほんとうに形だけのお祈りってわけではないだろうが、所詮五十歩百歩なんじゃないかと思えてしまうくらい、この人だけはほんとうにお祈りをしているっていうのが瞬間でわかってしまった。
 それに……お祈りを終えて歩き出したその人の容姿は、抜けるように色白で、人並み外れて整った顔立ちをしていた。日本人離れした西洋人形のような……いや、この場合はまさにマリア様や聖女様のようなと表現した方がふさわしいかもしれない……その人の姿が見えなくなるまでずっと私の目はその人を追っていた。
「乃梨子さん?」
「え? あ、瞳子さん」
「ぼうっとして、どうかなさいましたの?」
「あ、いや、ちょっとね……ああ、お祈りを済ましちゃったらいっしょに行く?」
「ええ」
 そうしてマリア様に……形だけのお祈りをしてから瞳子さんといっしょに教室に向かって歩き出した。
 あんな人がこのリリアンにいたんだ。入学式からもう三週間……まったく見かけすらしなかったなんてことはないかもしれないが、今まで気づかなかった。私の中に余裕が出てきたってことなのかもしれない。
 それはともかく、あの人はいったい誰なのだろうか? あれだけの人だけにそのことが気になった。


「ふむふむ、この二冊が乃梨子ちゃんのお薦めなんだ」
「は、はい」
「ではちょっと見させてもらうね……」
 そういって祐巳さんは本をめくり始める。
 ゴクリと唾を飲み込む。体はもうカチコンコチンで、それこそちょっと叩いたらそのまま粉々に砕け散ってしまうのではないだろうかとすら思ってしまう。
 ここは屋上、最近では恒例となった祐巳さんと一緒のお弁当なのであるが、まず先に本を……ということなり今に至っている。
 この瞬間に比べたら、新入生代表のあいさつやら受験の時の緊張などそう呼ぶに値しない程度としか思えない。少なくともそのように感じるくらいにはドキドキしていた。
「……うーん、すごいね、これ」
 本に視線を向けたまま祐巳さんがつぶやく。その瞳は真剣そのもので、昨日の話同様決して義理ではなく、本気で読んでくれているのが分かって少しほっとする。
「私みたいなド素人でも説明が読みやすくて、もちろん写真はほれぼれするほど綺麗。乃梨子ちゃん、この本探すのに相当苦労したんじゃない?」
「ああ、この本はネットをやり始めてから同好の方に教えてもらった本なんです」
 祐巳さんが直接口には出さなかったけれど、恐らく考えているとおりだ。
 趣味としては年齢層を抜きにしても決して大きくはない世界である。そのため、それなりに大きな書店でさえ取り扱っている量というのは知れている程度になり、しかも絶対数が少ないためその界隈では良書というものが置いてあるとも限らないのだ。
 まして地方ではなおさらその手の現物は確認できなくなる。
「ネット……インターネットのことだよね?」
「ええ、そうです。何でもある夢の世界……ってわけではないんですけど、それでも私みたいな趣味でしかも中高生だと実際にはなかなか出会えない方々とも知り合うことができて」
「良いお師匠さまがいたって感じかな?」
 そういって祐巳さんはクスリと笑った。
「師匠ってのはアレですけど、頼りになる先輩に恵まれたとは思います……ここでの祐巳さんのようないい人たちに」
「もう、乃梨子ちゃんったら嬉しいことを言ってくれるなあ! でも、本当にありがとう。今週末と言わず、家に帰ったら早速二冊ともじっくり読ませてもらうね」
「はい、気に入ってもらえたら幸いです」
「ちらりと見せてもらっただけでも、引き込まれちゃったから。すごく楽しみ……と、そろそろお昼にしようか」
「ええ、そうですね」
 こうして今日も楽しいランチが始まった。
「あ、そういえば」
「どうかした?」
 楽しくおしゃべりしながらお昼を終えた後、ついさっきまで緊張と不安で頭の片隅に追いやられていた事柄がむくむくと沸いてきたのだった。
 で、一度そうなると話さずにはいられなかった。だって正直名前と顔の一致が怪しいクラスメイトに話そうものならどう思われるか分かったものではない。頼みの綱はやっぱり祐巳さんだけだ。
 というわけで、朝の印象をそのまま素直に話したのだが、祐巳さんの回答はある意味予想通りだった。
「ふーん……たぶん九割方それが誰かわかるよ」
 印象と髪型を伝えただけで分かってしまうということは、祐巳さんが生徒会長であることを差し引いてもやはり結構な有名人に違いない。……クラスメイトに聞かなくて本当に良かった。
「どんな人なんですか?」
「藤堂志摩子さんって言うの」
「志摩子さんって言うんですか」
「うん、私の親友の一人」
 なんとあの人が祐巳さんの親友だったとは。
「志摩子さんはシスター志望だから私たちみたいなチャンポンな宗教観の人間じゃないの。確かに、志摩子さんお祈りの時他の人とは雰囲気が他の人とは明らかに違うよね」
「そうなんですか」
 祐巳さんは突然何かをひらめいたようでポンって手をたたいた。
「そうだ。志摩子さんって祥子さま……紅薔薇さま、入学式で在校生代表の挨拶をした人わかる?」
「ええ、一応」
 あのリンとした姿は憂うつそのものだった入学式の中でも印象に残っている。あの人も志摩子さんとは違う意味で他の生徒とはまとっている雰囲気が違った。
「祥子さまの妹で紅薔薇のつぼみなの」
 あの二人が姉妹だったとは……ある意味納得だが、一般生徒とは隔絶した姉妹だと思わなくもない。
「あ、つまり生徒会役員に近い方ってことですね?」
「そういうこと。だから普段薔薇の館にいるのよ。乃梨子ちゃん、せっかくだし薔薇の館に来てみない?」
「え? あそこにですか?」
「志摩子さんもいるし、純粋に遊びにって感じで、どうかな?」
 薔薇の館……このリリアンを象徴する中枢にか……あ、いやそもそもそこの主の一人である祐巳さんの妹体験をしている私がそんなこと言い出しちゃ元に戻っちゃうか。逆・隠れキリシタンの親藩大名の江戸城入城、上等って感じじゃなきゃ。
「私の時もそうだったけど、お客様としてみんなも歓迎してくれるから、どう?」
 ただ一つ……紅薔薇のつぼみである藤堂志摩子さんがシスター志望とまでいくほんとうの信徒であるところが気になったが、会ってみたいという興味心が上回った。


 放課後、祐巳さんに連れられて薔薇の館にやってきた。
 薔薇の館を見上げる……校舎の窓からは何とも見たりしていたが、こうしてすぐそばで見るのは二回目……生徒会室などではなく、生徒会のために一つこのような建物が用意されるだなんて……って祐巳さんに案内されたときに思ったっけ。
「さ、どうぞ」
「おじゃまします」
 祐巳さんに招き入れられ、階段を上がる。
「ごきげんよう皆さん。今日は乃梨子ちゃんを連れてきました」
 薔薇の館に集まっていた面々……その中にあの人もいた。
「乃梨子ちゃん、薔薇の館にいらっしゃい。歓迎するわ」
 そう、あの人の横に座っていた……紅薔薇さまが言ってくれた。
「ありがとうございます」
 祐巳さんに勧められて、席の一つに座りその隣に祐巳さんが座った。
「志摩子、祐巳ちゃんと乃梨子ちゃんの分をお願い」
「はい」
 紅薔薇さまに言われ流しの方に行く。もう一人三つ編みの方、先日祐巳さんと一緒に教室まで来てくれた黄薔薇のつぼみこと……たしか島津由乃さんも「私も手伝う」と向かった。
「入れてくれている間に自己紹介をしようか。私は支倉令。黄薔薇さまよ」
 とショートカットの人が言った。この方がもう一人の生徒会長か。
「小笠原祥子、紅薔薇さまよ」
「二条乃梨子です。よろしくお願いします」
 あいさつを終えたところで、紅茶の入ったカップが目の前におかれる。
「はい」
「ありがとうございます」
「私は藤堂志摩子、紅薔薇のつぼみをやらせていただいています。乃梨子さんよろしくね」
 そうほほえんだ志摩子さんはとても美しかった。
「えっと、既にお会いしたけれど、この流れで私だけ紹介しないってのも変だから一応もう一回ね。黄薔薇のつぼみこと島津由乃です。改めてよろしくね、乃梨子ちゃん」
「こちらこそ先日はお世話になりました。今後ともよろしくお願いします」
「へえ、由乃はもう紹介してもらっていたんだ。祐巳ちゃんに?」
「はい、お姉さま。たまたま機会がありましたので」
「そうなんだ。それじゃあ……」
 そのあとは祐巳さんが言ったとおりゲストとして扱ってもらいつつも肩肘を張ることもなく、終始穏やかな雰囲気で過ごすことができた。
 それにしても……二杯目の紅茶をいただきながら思うのだが、ここの生徒会役員、紅薔薇姉妹の二人を筆頭に美少女としてのレベルがかなり高いような。黄薔薇姉妹にしたって妹は正真正銘、姉だって方向性が違うだけで、この人が特別な何かと言われたら誰もがさもありなんと思う格好良い人だ。
 リリアンの生徒会役員は世襲制になっているから、わざわざ容姿のいい人間を選んでいるなんてことでもなければまさに類は友を呼ぶって感じなのだろうか?
 祐巳さんには悪いけれど、やっぱり私には場違いかもなあ。事務的な経験はあるとはいえ、この華やかな空気の中で一緒に作業をしている自分というものの想像がさっぱり付かなかった。


 
〜6〜
 ゴールデンウィーク前半……と言っても土曜日が休みになって連休になっただけだが……が終わり、五月になって最初の日の休み時間。
 瞳子さんがやってきて『私、乃梨子さんのお手伝いをさせていただきます!』なんてびっくり発言をかましてくれた。
「ど、どうして?」
 あまりの発言に思わずどもってしまいながら聞き返す。
「本来姉妹制とは姉が妹を指導していく制度ですし、祐巳さまが乃梨子さんにいろいろと教えてくださったということはわかっています。けれど、祐巳さまはやはり学年が違いますから、どうしても細かいことまでは手が回らないでしょう。さらに白薔薇さまということで、なかなか時間のやりくりも難しいご様子。どちらがいけないとかそういうことではないのですけど、それでも乃梨子さんはまだまだリリアンになれてはいらっしゃらないように見えますし、私がお手伝いしようと決心しましたの」
 ……そ、そうきたか。
 外部入学の私にいろいろと親切……そう本当に親切心からめいっぱい世話を焼きまくられて辟易していたわけだが、祐巳さんと姉妹体験をすることになってからは大幅に緩和されていた。
 しかしそんな状況にもかかわらずお世話をしてくれる人はいて、その中の一人が目の前の彼女である。
 まあそれだけでもいろいろと思うところが無いわけでもないが、これからは頻度を下げるどころかさらに上げていくとの宣言だ。
 ……勘弁して。
 ようやくうっとうしい空気から解放され、祐巳さんのおかげもあってか自分なりに学校生活を楽しめるかなー?と思いかけてきたところなのである。この瞳子さんの親切は正直逆効果というか、そんな感じでしかない。
 とはいえ、この純真無垢な天使さまを傷つけるわけにもいかないし、どういって断るべきか、そんなことを考えていた時に事態は発生した。
「乃梨子さん、そんな迷惑そうな顔なさっちゃって嫌。瞳子、乃梨子さんのことを思っているのにぃ」
 そして瞳からこぼれ落ちる雫。
 一瞬頭が完全にフリーズした。
 ……泣くか? いくら何でもそれくらいで泣くか!?
 こっちは好意が分かるから、せめてできるだけ傷つけないように断ろうと思っていたというのに!
 やっぱりこの学校は別次元だ。私にとって想定外な出来事が次から次へとやってくる。
 公立中学生としての経験だけでなく、良くも悪くも年齢による甘えが存在しにくいネットでの体験は年齢相応以上のちょっとやそっとの荒波なら乗り越えられる……そんな自信めいたものを私に与えていたはずなのだが、ものの一ヶ月少々で粉砕されたというのを改めて実感してしまう。
「瞳子さん、どうなさいました?」
 私が呆然としている間に早速他の天使が気づいてしまったようだ。ええと、アツコさんだったか、ユキコさんだったか。さらにわらわら集まってくる。
「が、学園にもっと慣れるまで乃梨子さんのお手伝いをしたいと申し出たら、乃梨子さんが頑なに遠慮されて……私、なんだかとっても寂しくて、悲しくて……」
「まあ」
「それはつらいわね」
「そのお気持ち、よく分かりますわ」
「でも乃梨子さんにも事情というものがあるでしょうし、無理は良くないと思うの」
「白薔薇さまとほんの少しでも長く一緒の時間を過ごしたいのかもしれないわね」
「たとえ会えない時でも、白薔薇さまに想いを募らせているのかも……」
「と、瞳子も皆さんのおっしゃることは分かります。乃梨子さんは少しも悪くありません。すべて私がかってに申し出たこと。でも、それでも瞳子、少しでも乃梨子さんのお役に立ちたかったから、つらくて、つらくて……」
「瞳子さん、乃梨子さんともっと親しくなりたかったのね」
「それはつらいわね」
「そのお気持ち、よく分かりますわ」
 とうとうもらい泣きする子まで現れ始めた。
 しかし、この場に及んでも瞳子さんに同情する人は数あれど、誰一人として私を責めようとする人間が現れないのがリリアンという別世界が別世界たる所以なのだろう。
 このときの私の心情をシンプルに表現するならこうなる。
 もうどうにでもなーれ。
「悲しませちゃってごめんね、瞳子さん。祐巳さんはいろいろと私に教えてくれてくれたし、よくしてくれているけれど……確かにおっしゃるとおりクラスメイトとかじゃないから、細かいところまではなかなかってところはあるし、さらには白薔薇さまですごく忙しいわけだし……そういう意味では、誰か一人くらいクラスメイトで、いろいろと聞ける人がいるのはありがたいかな……その方が瞳子さんだったらうれしいかも……」
 なかばやけくそ気味の発言だったが、効果は絶大だったらしい。ついさっきまで泣いていた瞳子さんはパッと表情を輝かせた。
「瞳子にお任せください!」
「良かったわね、瞳子さん!」
「私も乃梨子さんのお役に立ちたかったのですけれど、瞳子さんが一番お似合いですね」
「乃梨子さん、白薔薇さまという素晴らしいお姉さまだけでなく、瞳子さんほど思ってくださるお友達がいてうらやましいわ」
 そうしてこの後はお昼までのすべての休み時間にわたって、瞳子さんを中心として皆々様から直近の一大イベントというマリア祭についての講釈を受けることとなった。
 マリア祭自体のどうでもいい感もさることながら、ここぞとばかりにお世話を焼きたがる周囲の人たちにはほんと参った。
 祐巳さんという巨大な防壁の前に遠慮していたものの、やっぱりうずうずしていたということなのだろうか?
 その好意には心から感謝しなければいけないのだろうけど……なんとも。


 お昼休み、癒しを求めるかのごとくそそくさと教室を抜け出た私は屋上へ向かった。まあ堂々と出ようが、数少ない祐巳さんと一緒にいられる時間ということになっているため、たとえあの状況であっても問題は無いのだが、気分的にというやつだ。
「乃梨子ちゃん、今日は特に早いね……って、どうかした?」
「ああ、こんにちは、祐巳さん」
 祐巳さんは私の表情を見てすぐに何かあったと分かってしまったようだ。まあ隠してもどうなることでもないし、起きたことをありのまま話すことにした。
「うーん、それは災難だったね。まあクラスの子たちは今日中には落ち着くと思うけど、もし続くようなら言ってね。何か手を打つから」
「ありがとうございます」
 祐巳さんがそういうならたぶんそうなのだろう。少しだけ安心する。
「それにしてもあの瞳子ちゃんがねぇ……」
 首をかしげながら祐巳さんはそんな風につぶやいた。祐巳さんと私で瞳子さんに抱いている印象が結構違う感じ?
「ひょっとして意外、でした?」
「うーん、どうかなぁ。ピンと来ないという意味ではそうかも。……あ、でも考えたら私の時も涙を流しながら怒ってたっけ、しかも公道で」
 ……公道で? 涙を流しながら怒るっていったい……
「瞳子さんって紅薔薇さまの親戚で薔薇の館にも顔を出しているっていましたけれど、祐巳さんと何かあったんですか?」
「ああ、そのときもちょっとした出来事はあったけど、さっき言ったのはもっと前。去年のクリスマスの話でね……」
 そうして祐巳さんは去年のクリスマスに起こった出来事を話してくれた。
 新聞部が特集を組むべく追跡してくるなんて、生徒会役員というよりはアイドル(地域限定)だと、今までのことから分かっていたこととはいえ改めて実感する。
 まあその話は置いておくとして。
「……つまり、端から見ていてもちょっとやばいシーンを、よりによって瞳子さんが目撃したものだから、公道で泣きながら罵倒してきた、と」
「そういうこと。その時に私自身も情けない妹だって言われてしまってさ。まあその時はそれで終わったんだけど、四月になって薔薇の館に遊びに来たときも、最初は結構一触即発っていうか、かなりきわどくてね。もう私の中で苦手意識みたいなものができてしまっていたのかもしれない」
「あー、ちょっとびっくりしましたけれど、何となく想像つきます」
 祐巳さんみたいないい人にそこまで言うなんてどうかと思うが、あの感情のままに生きる姿を見ていると納得というか、さもありなんというものを感じるのだ。だから決して意外ではないというか。
「そう、そうなんだよ。私も話しながらそう思った。想像付くよね? 瞳子ちゃんの新しい一面とかそういうのじゃなくて、少なくとも私たちが知っている瞳子ちゃんならそこまで言ってしかるべき状況だった、ということなんだろうねぇ」
 祐巳さんはそう言って、苦笑いを浮かべながら小さなため息をついた。
「なんというか、いろいろと大変ですね……本当にお疲れ様です」
「ありがとう、乃梨子ちゃん。でも大変なのは承知の上で薔薇さまになったのだから仕方ないよ」
「そういうものですか」
「そういうものなのですよ。だから、乃梨子ちゃんには白薔薇のつぼみ体験をしてもらってないのだし。私の妹体験のついでにって程度では割に合わない部分もあるからね。と、まあこの話はここでおしまいにして、先週借りた本のことなんだけど……」
 そこからは午前中の気苦労が吹き飛ぶくらいの至福の時間だった。
 同世代の人とお昼をとりながら仏像について語らうなんて、それこそ仏像も好きになってくれる恋人でもできなければ無理だと思っていたのに。
 しかも夏休みかあるいは紅葉狩りもかねて秋頃に一緒に京都に行く約束(メインは当然仏像鑑賞だ)までしてしまった!
 もちろん今の時点じゃ行けたらいいね程度に過ぎないかもしれないけれど……夢みたい。
 私、リリアンに入って良かった!
 菫子さんが(理由を知らずに)聞けばさぞ喜びそうなことを考えながら、その日は過ぎていくのであった。
 ちなみに午後は午後で休みに入るたびにそこそこ騒がしかったのだが、かわいい小鳥のさえずりにしか聞こえなかったあたり私もほんと現金なものだ。


 
〜7〜
 五月四日木曜日、ゴールデンウィーク後半の三連休の中日……週休二日であれば五連休になったのだが、残念ながらリリアンはいまだに土曜日は半日授業があるのだ。ここに通うことになった以上はまあしかたない。
 そう言えば祐巳さんに私の中学が週休二日だった話をしたらうらやましがっていたなぁ。
 そんな貴重な三連休の二日目、私は電車に乗ってH市にやってきた。
 目的はもちろん幽快の弥勒を見せていただくため。
 今回はタクヤ君が細かくお膳立てをしてくれた。そのことはもちろん感謝しているが、それ以上にそこまでしてくれるだなんて、きっと幽快の弥勒が素晴しいものだからこそという部分があるのだろう。そうも思えて、まだ目的の小寓寺に向かう途中だというのにかなりドキドキしている。
 駅前のファーストフード店で簡単に昼食を済ませバスターミナルからバスに乗って小寓寺へと向かう。
 つくのが今か今かとほんとうに待ち遠しい。途中のバス停に止まる時間や赤信号での待ち時間でさえ、その少しの時間がなければいいのに! と思ってしまうほどだ。
 アイドルのコンサートに行く熱狂的ファンの人たちもきっとこんな感じなのだろうな。
 ふと、アイドルという言葉から地域限定とはいえ同様の存在といえる祐巳さんのことを思い出した。私のためにいろいろしてくれるだけでなく、まさか本当に仏像にも興味を示してくれるなんて思いもしなかった。
 今回はさすがに無理だったけれど、今後はこうして日帰りで行けるとこなら一緒に行くことも夢ではないのだ。なんと言っても京都へ行く約束だってしたぐらいだし!
 二人で仲よく仏像鑑賞かぁ……姉妹というのはいまだにピンと来ないが、結果として一緒に楽しめる人ができるのであればリリアンも姉妹関係も大歓迎だ。
 そんなことを考えていたら、目的地を告げるアナウンスが流れていた。さて、いよいよである。……うーん、ドキドキしてきた。
「あ……」
 緊張で震えている私の脇を黒塗りの超高級車が通り過ぎていった。小寓寺の方に向かっていったが、あんな高級車で小寓寺に乗り付けるような人がいるのだろうか?
 そう思ったが、山門に続く階段の脇にその車が停まっていた。運転席に男の人が一人……単に高級車というだけでなく運転手付きですか。
 山門を見上げる……今この寺をあんな車に乗ってやってきたお客さんがいる。いったいどんな人なのだろう? それともこれだけのお寺となると檀家さんもそうそうたる顔ぶれになるのが普通とか?
 そのことも気になっていたが、山門をくぐる頃にはやっぱり幽快の弥勒のことで頭の大部分が占められていた。
 そして寺男に本堂に案内されて住職を本堂で待つことになったのだが、ただ単にじっと待っていられないのが仏像愛好家の悲しきさがというもの。さりげなくのつもりが、いつのまにやら立ち上がって本堂の阿弥陀三尊像を見入ってしまっているところに声をかけられた。
「気に入りましたかな?」
 背後からの声に振り返ると、袈裟姿の中年のお坊さんがにこにこしながら立っていた。この寺の住職さんだろう。
「もしや、二条乃梨子さん、でしょうかな?」
「あ、はい。すみません、断りもなくじろじろと鑑賞してしまって」
「なんのなんの。こちらこそお待たせして申し訳ない。実はもう一人来客がありましてな」
 あの車に乗ってきた人か。
「ささ、こちらへ」
 幽快の弥勒は住職さんの自宅の方にあるとのことでそちらに案内された。そのときに、仏像を観ることにおいて誰が彫ったのかどうかというのは重要ではないとかそんな話もしていただいた。
 和室に通されて、住職さんの奥さんにお茶を運んでもらい頭を下げた。
「帰ってきてすぐだが志摩子に弥勒を持ってくるように言ってくれ、若い娘同士の方が話も弾むだろう」
「それもそうですね」
 二人の話から、どうやらシマコという住職さんの娘さんが相手をしてくれるらしい。シマコ……か。あの人、紅薔薇のつぼみと同じ名前だな。
 しばらくして「お父さま、弥勒像をお持ちしました」との若い女性の声がふすまの向こうから聞こえてきて、ふすまがゆっくりと開けられた。
「あ……」
「え? あ……」
 思わず上げてしまった私の驚きの声に、私の顔をはっきりと見たその人も驚いていた。
 なんと、紅薔薇のつぼみ、その人がそこにいたのだ。


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