「うぅ、さむさむ。寒いってば」 桜の開花宣言もいつ出されるかと言う感じでもう四月まで数日もないっていうのにあまりの寒さに思わず愚痴をこぼしながら二階の部屋にはいる。 「祐巳さん、一体誰に話しているのよ」 「……そんなに大きな声でしゃべってた?」 入ってそうそう由乃さんのツッコミに思わず確認してしまう。 「わりと。ねぇ?」 隣にいる志摩子さんに話を振るけど、困っているみたい。首を縦に振りたいけれどもそれは失礼ではないだろうかって所だろうか。 「そっか、聞こえてましたか。志摩子さん、気を遣ってくれなくてもいいよ」 すると志摩子さん、ますます困った顔でごめんなさいとひと言。 「いやいや、そんなに謝られても」 「そうそう、顔芸は祐巳さんの専売特許なんだから」 カラカラと笑いながら由乃さん。ええそうですとも、どうせ百面相は私の特技ですよ。 それでも何か言い返してやろうとコートを脱ぎながら考えている間にいい香りが部屋を包み込んでいった。志摩子さんが紅茶を入れてくれたのだ。 「ありがとう志摩子さん。そういえば祥子さま・令さまは?」 そもそも春休みの中、薔薇の館に来たのは入学式の準備のためなのだ。 入学式自体は学園の行事であって山百合会主催というわけではないのだけど、それでも新入生のご家族の会場への誘導などやることは結構たくさんある。 そういうわけで本日は全員集合となったわけだけど祥子さまと令さま、つまり紅薔薇さまと黄薔薇さまがいない。 「あぁ、職員室。来賓の方の一人が来られなくなったからプログラムが若干変更されることになって呼ばれたみたい」 ふうん、この時期に、いやこの時期だからこそ急な変更というかなんというか。ともかく、それで新薔薇さまが今席を外しているのか、なるほど。 志摩子さんの入れてくれたお茶を飲みながらぼんやりと、やっぱり薔薇さまって大変だなぁなんてことを考えていたのだけど…… 「って!? それ、私もいかないといけなかったんじゃ!?」 あわてて立ち上がる。そう、これでも白薔薇さまなのである。 「ままま、祐巳さん落ち着いて」 ニヤニヤしながら由乃さんがそんなことを言う。 これが落ち着いていられますか! ただでさえ薔薇さまの中でおみそのような状態なのに着任?早々失態を犯してしまったことになるのに! ……ニヤニヤ? 由乃さんは相変わらずチェシャ猫のような笑みを浮かべているし、志摩子さんは声をかけるタイミングを逸してしまったという感じだろうか。 「私、またやっちゃいましたか?」 「いやいや、表情をころころ変えてこそ祐巳さんって感じ。ねぇ、志摩子さん?」 そうね、と微笑みながら志摩子さんが言う。 結局誰でも良いからと先生がいらしたとき、ちょうど館に来た祥子さまと用事を片付けるついでにと令さまが連れ添って行ったらしい。 ため息をついていすに座り直す。もうちょっとしっかりしないといけないと思いつつもなかなかうまくは行かないものだ。 「あら?」 「どうしたの志摩子さん?」 志摩子さんが窓の外を見て首をかしげている。 「雪が……」 「うわぁ、本当」 天気予報で雪が降るかもとは言っていたけど、まさか本当に降ってくるとは……桜の季節はもう少し先になりそうだ。しかも、風が強いこともあってちょっとした吹雪の様相を呈している。これはひょっとしたらつもるかもしれない。 窓の外の光景を眺めながら、数週間前のことを思い出していた。あのまま卒業式を迎えていたらどうなっていたんだろう。きっと…… 「よ、由乃さん?」 志摩子さんのどこかとまどった一言で現実に呼び戻された。そして隣に座っている由乃さんを見る。 うわっ。 危うく声に出しそうになった。 仏頂面。 しいて擬態語で表現するならプンスカとでも言うべきだろうか? 見た目は実に女の子らしい女の子である由乃さん。これはこれでなかなか可愛らしくはあるのだけど…… どうしよ? 「あー、もぅ! いまいましい!」 風の音だけが響き渡る館に声を取り戻したのは、この雰囲気を生み出した由乃さん自身だった。 「あのぉ、由乃さん、何かあったの?」 勇気を持って聞いてみることにする。すると由乃さん、私たちの顔を不思議そうに眺めた。 「……ひょっとして声に出てた?」 ええ、思いっきり。二人でコクコクと首を縦に振る。 「あっちゃー。それじゃ祐巳さんのこと笑えないね」 むぅ、事実だけに何も言い返せない。 それはともかくとして。結局何があったのだろうか? たぶん由乃さんも外の雪を見て何かを思い出したんだろうけれど……そう言えば、あの日由乃さんをつけ回している真美さんを見かけたんだっけ。 「そう言えば、黄薔薇さまとの決着ってどうなったの?」 するとは聞いたけれどどうなったのかは聞いていない。まあ、私の方が他人のことまで気を回していられなかったからなんだけれど。 「黄薔薇さまとの決着?」 「ああ、志摩子さんには話していなかったっけ。話せばちょっと長くなるんだけどね」 「それじゃあ紅茶を入れ直すわね」 そうして、志摩子さんが入れ直してくれた紅茶を飲みつつ、学園の開園以来はじめてかもしれない「蕾の妹が薔薇さまに果たし状付きで喧嘩を売った」話は始まったのだった。 「放課後の決闘」へ