第二話

不釣り合いな二人

〜1〜
 町並みが窓の向こうを流れている。
 見ている私の気持ちが現れているのだろうか、別に霧がかかっているわけでもないのに町並みはどことなくくすんで見える。
 学校が終わった後、バスと電車を乗り継いでK駅へ……今日もこうして待ち合わせ場所に向かっている。車内放送が到着を告げ、K駅のホームに電車が滑り込んだ。
 人の流れの中を縫って階段を上っていく……?
 誰かに見られているような気がして、階段の途中で振り返ったのだけれど、特にめぼしい顔はどこにもなかった。
 誰もいないのにそんな風に感じるなんて疲れているのだろうか?
 やれやれ。ため息を一つついて待ち合わせ場所である駅近くの喫茶店に向かった。
 扉をくぐり、店内を見渡す。どうやら待ち合わせの相手はまだ来ていないようだ。
 壁に掛かっていた時計を見ると、待ち合わせ時間の五時まではあと少しといったところ。たいてい待ち合わせの時間より早く来ているのだけど、今日は仕事から抜けるのが遅れたってとこか。
 大きな窓ガラスがはめられた窓の近くの席に座る。
 ディナータイムというにはまだ早いこの時間、店内には大学生らしきカップルとサラリーマン風の人が一人いるだけ。
 まったく、人が苦しんでいるってのにそろって悩みなんかなさそうな顔をしちゃって。
 ……いらいらが募りだすと八つ当たりもいいところなことを考えだすらしい。
 彼らだって、というより人が生きている限り悩みがまるでないなんてことはないだろう。普段悩み事が少ない私のもとにちょっと重いものが来ているだけなのだ。
 深呼吸ともため息とも言えないような一息をついて手帳を開く。
 中のカレンダーには後にも先にも印ばかり。真っ白な日が現れるのは……ほど遠いようだ。
 どこまで続くぬかるみぞってか。どこぞの本に載っていた言葉が浮かんだ。
 ……さてと。とりあえず相手が来るまで何か頼んでおくか。メニューを手にとって見てみることにする。
 サンドイッチセット(当店風)におすすめって付いているけれど、これから食事にも行くのだからそんなセットなんかは頼まない方がいいだろう。飲み物だけにしておくか。
「すみませ〜ん」
「はい」
「コーヒーお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
 注文からしばらくしてコーヒーをカップに入れて持ってきてくれた。
 コーヒーの味は案外おいしかった。
(なかなかね)
 おいしいコーヒーのおかげでうんざりとしていた気分が少し晴れたのだけれど、たちまち曇ることとなった。
 窓の外の歩道に今にもスキップし始めそうなほどうきうきと歩いてくる待ち合わせ相手を見る羽目になってしまったからだ。
 いけないいけない。顔はにっこりとしないと。ガラスに映る自分の顔を見て、笑顔を浮かべていることを確認する。
「……?」
 何か視線を感じたのだけれど気のせい? 窓から見える範囲をもう一度見回すけれど誰もいない。
 駅でもあったっけ。二度も視線を感じたなら気のせいと見るより誰かにつけられていると考えた方が妥当だろう。普段の私なら。
 さっきも被害妄想きわまりないこと考えてたし、疲労が原因と考えた方が良さそうだ。
「江利ちゃん、待たせてごめん」
 来たか。……全く、本当にうれしそうなんだから。もう十八になったっていうのに、いい加減に子離れして欲しい。
 そう、いっそのこと妹を作ればいいだろう。その子は大変かもしれないけれど、少なくとも私は反対しない。
 ……そんなことを考えていても表には出さずに押し隠して喜んであげることにする。ま、嫌いじゃないしね。
「ううん、私が早く来ちゃっただけだから。いきましょ」


〜2〜
「「「え!?」」」
 みんなにぴったりそろって驚きの声を出させた蔦子さんがとりだした写真は……黄薔薇さまとがっちりとした体格の大きな男の人がなにやら楽しそうに話をしながらいっしょに並んで歩いているものだった。
「な、何よこれ!?」
「んと……新聞部が隣で騒いでたことの裏付けを自分でもしようって思ってたんだけどね」
「どんなこと?」
 写真部と新聞部の部室は隣だから、聞き耳を立てたり、新聞部が大きな声で話し合っていたりするとその内容を聞き取ることができるらしい。前にも新聞部の動向を事前に教えてくれたことが何度かある。
「まだ確定してないけれど……どうやら最近黄薔薇さまは複数の男性とこういったことをしているらしいのよ」
「黄薔薇さまが!?」
「写真に収めているのはこの人だけなんだけどね」
 黄薔薇さまが複数の男性とおつきあい……今まで男性の話なんて言うのはこれっぽっちも聞いたことがなかったけれど、黄薔薇さまだって年頃の女性なのだ。恋の一つや二つくらいしてみようと思ったって全然ふしぎではない。それがあの黄薔薇さまのことだから、単なるおつきあいじゃつまらないからと、複数の男性と平行してそれぞれを競い合わせるとか……それって結構ひどい女なんじゃないかと思わなくもないけれど、まったくないとは言えないような気もする。
 由乃さんをみると眉間に皺を寄せて腕を組んで考え込んでいた。
「……祐巳さんはどう思う?」
「んと……黄薔薇さまなら、あり得なくもないんじゃないかな?」
 自信があるわけではないけれど、思ったところを言うことにした。
「それって、楽しむために?」
「うん」
「……あり得なくもない、か?」
 由乃さんのつぶやきは、自分に聞いているような感じがあった。
「志摩子さんは?」
「恋愛は自由だから……ある程度までは良いのではないかしら?」
 あら意外。志摩子さんは複数の人といっしょになんて、みんなの想いを踏みにじっているようなものだとか思うと思ったのだけれど違ったようだ。
「桂さんは?」
「まあ……似たようなところかな」
「ふむ、でも、問題はそこじゃないのよ」
「え?」
「問題はこれが令ちゃんのことと関係あるのかどうかよ」
 おお! 由乃さん一人だけが冷静だった。なにげにびっくりしてしまった。
 みんなが黄薔薇さまのことばかりに頭がいっていたのに、青信号の由乃さんが……いや、令さまのことだからこそかな?
「蔦子さん、これを撮ったのはM駅の裏よね?」
「ええ、そうだけれど」
「M駅の近くにコスモス文庫の新刊を少し早く売り出す店があるのよ。あの日は、令ちゃんは新刊を買いに行ってたから……」
「黄薔薇さまたちを目撃したかもしれないって?」
「そう。新刊を買いに行ったはずなのに、帰ってきたとき文庫を持ってなかったのよ。買い物どころじゃなくなってしまうようなことがあったって考えたら自然じゃない?」
 確かに私だってお姉さまが男の人とデートをしているのを見てしまったら……ショックだとは思う。
 けれど、それだけで令さまみたいになってしまうものだろうか? たぶんならない気がする。そしてそれは令さまも一緒だと思う。
「でも、由乃さん、そこまでショックな話なのかな?」
 我が意を得たりとばかりにうなずく由乃さん。
「そこなのよ。いくら令ちゃんの内面が夢見る乙女といってもあれはないはず。まぁ白馬の王子様とは言いがたい人だから『この人が!?』って驚くかもしれないけどそれだけのはずよ。……でも、それだけじゃなかったとしたら?」
 それだけじゃなかった?
 ……たとえば、目撃したのが初めてじゃなかったらどうだろうか? それも、別の方と付き合っているところを見ていたとしたなら? 私は失礼にもあり得るとか思ってしまったけれど、妹の令さまにとってはたまらないだろう。その上とどめのごとく何か決定的なシーンを目撃してしまったのなら…… 仮定に仮定を重ねているけれど案外近い線まで来ているのではないだろうか?
「というわけで黄薔薇さまを調べるわよ!」
「ふうん……ん? ねぇ由乃さん、それって私たちもってこと?」
「当然来てくれるわよね?」
 そりゃ確かに令さまのことは心配だし、元に戻ってほしいけれど……だからって当然なのだろうか?
「由乃さん、他人の秘密を調べたりするのは良いことではないと思うのだけれど」
 そんな中、志摩子さんが由乃さんはやめるように諭したけれど……逆に由乃さんの炎に油を注いでしまった。
「今回の問題は令ちゃんが関わってるのよ! 志摩子さんはあんなままの令ちゃんを放っておけって言うわけ?」
「そうではないのだけれど……」
 由乃さんの後ろに炎が見えるかと思うほどの迫力に志摩子さんは小さな声で返すだけになってしまった。
「来てくれるわよね?」
「……でも、やっぱり私は」
「そう、わかったわ。祐巳さんは?」
 志摩子さん相手に無理強いはできなかったのか、志摩子さんを連れて行くことはけっこうあっさりとあきらめたようだ。
 志摩子さんが来ない上に、由乃さんは青信号。となると、別の意味でもついていった方が良いのではないだろうか?
 それと……対象はあの黄薔薇さまなのだ。今まで何度してやられてしまったことか。そんな人にはばかる理由はないし、私だって黄薔薇さまの相手をこの目で見てみたいと言う気もないとは言えないかもしれない。
「うん。私は行ってもいいよ」
「ありがとう、蔦子さんは?」
「もちろん。このままっていうのも気持ちが悪いしね」
「桂さんは?」
「行かせて」
 行ってもいいではなく行かせてだった。桂さんは結構ノリノリのようだ。まぁリリアンに君臨する薔薇さまの恋愛ネタとなれば無理もないか。
 そもそも新聞部があそこまでゴシップで動くのだって需要と全く関係ないわけではないのだ。何を隠そう、この私だって薔薇の館の住人になる前はかわら版を愛読している生徒の一人だったのだし……三奈子さまの記事が大きな反響を起こすのも下地があればこそなのだ。
「それじゃあ志摩子さん申し訳ないのだけれど、私たちは黄薔薇さまのことを調べるから、今日は休ませてもらうわね」
「わかったわ」
 そうか、黄薔薇さまは放課後になったらさっさと帰ってしまうだろうから、追いかけるには薔薇の館に行っているわけにはいかないのだ。ということは残る祥子さまと志摩子さんに負担をかけてしまうわけだ。
 ただでさえ令さまがいないのに二人だけに……心苦しくなってきてしまった。うぅ。半人前の分際でお休みだけ一人前にとって申し訳が立たない。
「ちなみに、祥子さまに言う?」
「……いえ、令さまのお見舞いと話を聞いているとだけ言っておくわ」
 なるほど、確かに嘘ではない。由乃さんは家に帰った後に見舞うだろうし話も再度聞くことだろう。私はともかく。
 調べている内容といい、その言い訳といい、祥子さまが知ったらさぞかし気分を損ねることだろう。それも私たちにだけでなく、志摩子さんに対しても。そこまでしてもらうからにはもう行くしかない。
「ありがとう、志摩子さん」
 二人そろってお礼を言った。何とか真実の一端でもつかんでこないと。


〜3〜
 そうして黄薔薇さまのことを調べることに決まったわけで、放課後になると掃除も早々に切り上げて由乃さん、蔦子さん、桂さんたちといっしょに黄薔薇さまをつけはじめた。
 バスと電車を乗り継いでK駅までやってきたのだけれど……さすがは黄薔薇さま、距離をあけてつけていたのに、私たちの視線に気づいたのか階段を上る途中で後ろを振り返ってホームを見回してきた。
 私たちはぎりぎり近くにあった自動販売機の陰に隠れることができたけれど……自販機の陰に隠れながら身を小さくして階段の方の様子をうかがっているのだ。それも、ここらでは有名なリリアンの制服を着た生徒が四人も……混雑し始めてきているホームにいる大勢がなんなのだろうと興味ありげな視線を私たちに向けてくる。
 黄薔薇さま、ここには何もないです。早く行ってください!
 このままその場で辺りをうかがわれたら自販機周辺の視線がおかしいことに気づかれるだろう。そして珍しいものに目がないあの方のこと、間違いなく戻ってくる。
 数秒、長くても十数秒のはずなのに何分、何時間にも感じられる時間が過ぎていく。
 ついに黄薔薇さまは私たちには気づかずにまた階段を上っていった。
 みんな一斉に息をつく。
 注目を集めてしまっているけれど、どうにか黄薔薇さまに気づかれるということは避けられた。
「……あ」
 今やっと由乃さんは周りの人たちが私たちを見る視線に気づいたのだろう、小声でどうしよなんて聞いてきた。
 由乃さん、気づいていなかったのね。それだけ黄薔薇さまに集中していたということだろうけど。
 それはともかく、早く黄薔薇さまを追いかけないと。せっかく見つからなかったのにそれも無駄になってしまう。
 私たちを不思議そうに眺めている人たちへのあいさつもそこそこに追いかけることにした。
 しかし、階段の先の通路のどちらにも黄薔薇さまの姿はなかった。
 遅かったか!?
 慌てて両方を見に行ってみたけれど、どちらでも見つけることはできなかった。どうやら完全に見失ってしまったようだ。
「参ったわね」
「普通に考えたらK駅の近くのどこかなんだけど、もし私鉄に乗り換えていたとしたらお手上げかな」
 これからどうするのか、リーダーというほどではないけれど、やはり今回の中心人物である由乃さんに視線が集まる。
「……私鉄に乗り換えていた場合はもうどうしようもないし、K駅の近くを探しましょう」
 K駅前の四人でデートに良さそうなところを見て回っていくことになった。


 それぞれが思いついた店を順に回ってみているのだけれど……
「ここは、この前令ちゃんと一緒に来た店で、マロンシュークリームがとってもおいしいのよ」
 由乃さんの案内で来たのはシュークリームの専門店だけれど、ここにも黄薔薇さまの姿はなかった。
「で、そのときに令ちゃんがね……」
 そのときのことで少しのろけ始めている由乃さんを意識からはずしてショーケースを見てみると、由乃さんが言っていたマロンシュークリーム以外にもいろんなシュークリームが並んでいてどれもおいしそう……せっかく来たのだから、食べていきたい。
「ねぇ、由乃さん」
「ん。祐巳さん、何?」
「ここには黄薔薇さまはいないみたいだけれど、せっかく来たんだし食べていかない?」
 店はこぢんまりとしているけれど、二つほど丸いテーブルも用意されているのだし。
「ん〜、そうね。そうしましょうか。二人もいい?」
「もちろん」
「OK」
 由乃さんはあっさりと同意してくれたし、他の二人も私と同じだったようで、この店でシュークリームを食べていくことになった。
 さて、そういう風に決まったわけだけれど、どのシュークリームにするかが問題だ。
 由乃さんおすすめの少し固そうな皮にたっぷりのマロンクリームが挟まれているマロンシュークリームは確かにおいしそうだし、由乃さんの太鼓判付きなのだけれど……その隣に並んでいる大粒のイチゴが3つも使われた大きなシュークリームもおいしそう……
 とはいえ両方というわけには……うむむむ。
 ショーケースの前でどちらにするか迷っていたら、パシャッとフラッシュが……
 今、誰といっしょに来ていたのか忘れてしまっていました。
「おもしろい写真をありがとう」
 どういたしまして……なんだか、もういいやって感じになってしまって由乃さんおすすめのマロンシュークリームにすることにした。


 あのマロンシュークリームはとってもおいしかったし、その後もみんながおすすめだったり思いついたりした店を回っていったのだけれど……結局ことごとくはずれ。全然どこにも黄薔薇さまの姿はなかった。
「本当にどこにもいないわねぇ」
 自販機で買ったお茶を一口飲んでから由乃さんが改めて言った。
「うん」
 同意する。
 K駅の近くと言っても、そう簡単に見つけられるほど狭くないし、静さまとのデートの時の取り巻きのように人手があるわけでもない。この人数で探すのはあまりに難しい話なのかもしれない。
 ホットカフェオレの缶を開けて一口飲む。暖かくて甘くておいしい。
「もともと探すアテが違うのかも?」
 まだ開けていないリンゴの缶ジュースを手に持ったまま、蔦子さんが何かに気づいたように言った。
「アテが違うって?」
「ほら、私たち、今までに自分たちが行った場所とか、私たちが行きそうな場所を探してるでしょ?」
「うん、それで?」
「相手はあの黄薔薇さま。しかも、写真の相手のように年上の男性といっしょだとしたら、そもそも行く場所が違ってくるのかもしれない」
「むぅ、確かに」
 なるほど。もし複数の男性に競わせているとしたら、食事一つとってもホテルのレストランだったり星付きの店になったりするかもしれない。つまり、今まで私たちが探してきたところは、これまでの自分の経験や願望を元に行きそうなところや行ってみたいところを考えたわけだから、そもそも全然違うところを探していたのかもしれない。
「だとしたら、このまま探しても難しいかなぁ」
「そうねぇ、もう日も完全に沈んじゃってるし……」
 街頭の明かりばかりで日の光はまるでない。空を見ると、月は見えないけれど星の瞬きが見える。蔦子さんが言うように、そういったところで私たちに思いつくところなんてそれほどあるわけではないし、闇雲に探していてもだめだろう。
 私も今日のところは切り上げた方がいいのじゃないかと思うのだけれど、由乃さんはどうだろうか? そもそも令さまのことが絡んでいるかもしれないと思って黄薔薇さまを調べているのだから……
 少しの間の後、由乃さんは一つ大きくため息をついた。
「今日のところはあきらめるか……せっかくここまで来たんだし、みんなで何か食べてく?」
「ああ、いいわね」
「うん、賛成」
 由乃さんも今日はあきらめたようだ。次があるとすればそれらしい店を調べた上で、ということになるけどそうこうしている間に令さまだって立ち直るかもしれない。
 黄薔薇さまを見つけることはできなかったのは残念ではあるけれど、これでよいかも、と思った。
「近くに良いスパゲティの店があるけれど、どう?」
「スパゲティ? それってひょっとして、向かいにカレー屋さんある?」
「蔦子さん知ってたの?」
「ああ、あってたか。先月先輩と一緒に行ったんだけど、あそこ確かに価格は手ごろだけどおいしいし、私も良いと思うよ」
 桂さんおすすめの店を蔦子さんは知っていたらしい。けれど、ちょっと意外な言葉が出てきた。
「蔦子さんも先輩と食事したりするんだ」
「なによそれ」
 思ったことを素直に言うと、蔦子さんは「私だっていつも一匹狼って訳じゃないよ? 写真部にも上級生は何人もいるんだし」と苦笑を浮かべた。
 それもそうだ。お姉さまは作る気がないとかそう言う話は聞いたことがあったし、名実ともに写真部のエースだけれど、先輩後輩のつきあいがない訳じゃない。ずいぶん失礼な偏見を持ってしまっていた。
「蔦子さんごめん」
「別に良いよ。それよりも、どうする?」
「二人がおすすめの店なら行ってみたいわね」
「私も」
 こうして全会一致となり、二人のおすすめのスパゲティの店に向かうことになったのだけれど……
 なんであきらめた途端に見つかるのだろうか。それも最悪といえる形で。
 大きな道を挟んで反対側の歩道を黄薔薇さまがいる。そして男の人と腕を組んで歩いている。
 そこまでは良い。最悪どころかむしろ探し求めていた光景だ。
 それは良いけれど……その相手というのが問題だ。
 楽しげに腕を組んでいるお相手は頭部が寂しい中年太りの五十台と思われる男性だった。
 口から声が出た、出ないはあるけれど、みんな共通してびっくりたまげていた。
「うそ……」
 腕を組んで仲良さそうに……歩いている。
 色んな男性とかわるがわるデート、そしてその相手に親子と言っても良いほど年の離れた中年男性がいる。
 さらに言えば、黄薔薇さまが身につけているコートとかとても高そう……
 もしこの男性だけを見ていたのなら違ったかもしれない。
 しかし、蔦子さんの写真、新聞部の情報、そういったものが頭の中のフラスコにセットで入れられてかき混ぜられると浮かんできた言葉は恋愛とはかけ離れた四字熟語だった。
「あのアマ……」
 ドスのきいた低い声に何事かとそちらを見ると、肩をいからせてズンズンと車が行き交っている道をそのまま横断して黄薔薇さまたちに向かっていこうとしている由乃さんが目に飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと由乃さん!」
「離して、行かせて! あの不埒者に天誅を!」
 たとえ無事にこの道を渡りきったとしても、このまま行かせたらとんでもないことになってしまう、だから三人がかりで由乃さんを必死に止める。
 由乃さんの叫びは道の反対側には届いていなかったのか、黄薔薇さまたちは私たちに気づくことなく、そのままどこかへと行ってしまい、姿が見えなくなってしまった。


〜4〜
 机の上に今まで入手した写真を並べる。
 一人目、がっちりとした体格でスポーツをやっていると思われる男性。
 二人目、銀縁めがねのやせ形の男性。
 三人目、背の高い神経質そうな男性。
 そして、四人目、頭髪が少なくなってきている中年の男性。
 前の三人はいい。みんなすてきな男性なのだし、黄薔薇さまの三つ又交際発覚!? とでも題して特集を組めば、リリアン中の話題になることは間違いない。
 けれど、この中年男性はどうだろうか?
 まっとうな交際相手としては成り立つとは考えにくい。たとえば四つ又発覚!? と題したところで、みんな違和感を覚えるだろう。そして注目したいのは、この写真……レストランでトイレに立った黄薔薇さまを撮ったものだけれど、それまでの楽しそうな笑顔とは一転疲れた憂鬱そうな表情を浮かべている。
 あの黄薔薇さまが? と思わなくはない。けれどほかにどんな答えを導くことができるだろうか?
 真美が調べていた黄薔薇のつぼみの異常な行動や様子やその妹の行動など、そしてあの日から黄薔薇のつぼみは学校を欠席していることが、その通りだと何より強調しているのではないか? 
 ……やはりこれはとんでもないスクープなのだ。一ジャーナリストとしてこれを黙っておくことはできない。
 けれど、まだ断言するには早いかもしれない。ことの大きさの割にはまだ裏付けが弱いかもしれない。
 そして内容が内容だけに、下手な書き方をすると危うい気がする。
 ノートパソコンを開けると昨日から何十回も書き直した原稿が画面に表示される。……嘘は書いていない。けれど、本当にこれでいいのか? と何度も自問した。
 山百合会からにらまれている私だ。これが誤報だったら今度こそただでは済むまい。
 せめて確信をもう一押しできる何かがあれば……
「お姉さま」
 いつからそこにいたのだろう、真美が声をかけてきた。
「いたの」
「はい、ずいぶん熱心に考えていましたね」
「まあ、ことがことだからね」
「そうですね」
「で、何かあったの?」
「……今朝の話なんですが、黄薔薇さまが写真の男性の一人と思われる方に車で学校まで送ってきてもらうところを見た人がいました」
 あまりいい顔をしていない。確かにスクープをつかんだとしても大はしゃぎをするような子ではない。それにしても目が醒めている。これはひょっとして……
「この中の誰なの?」
 はたして真美が指さしたのは中年の男性の写真であった。朝学校に車でとなれば一晩一緒にいたと考える方が自然だろう。
 もはや疑う余地はない。最後の一押しが向こうからやってきた!
 築山三奈子、ジャーナリスト魂をかけてこれを記事にしてみせる!



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