〜2〜 スクリーンに映し出されていたエンドロールが終わり、天井や足下の照明がつき館内が明るくなった。世間で大人気というのが納得の素敵な映画だったと思う。 お姉さまに続いて手提げと飲食物のゴミを持って階段通路を上がり後ろの出入り口へ向かう。 「まあまあだったわね」 「辛口評価ですね」 とはいえ、地方の女子高生はともかくもう一人の主人公が都会の男子高生で、恋愛要素も少々あるという、お姉さまにとっては大変苦手な要素を含んでいるにもかかわらずこの評価。実質絶賛と言っても良いのかもしれない。 「お母さまに強く勧められなければ他のにしたのだけれど、志摩子は気に入ったのね?」 「はい。かなり」 「それならいいわ」 シアターから通路に出たところで、ゴミを回収している係の人を見てお姉さまが「志摩子、このポップコーンはどうする?」と聞いてきた。大きなカップにはまだ半分弱ポップコーンが残っている。 もったいない事はわかっているものの、すでに十二分に食べてしまっている。 「えっと、もういいです」 「そう」 お姉さまは係の人にポップコーンのカップを渡し、私もドリンクのカップとクレープとかを包んでいた紙を渡した。 「かなり、買いすぎてしまったわね」 「本当に……」 失敗してしまった。やはり、かなり浮かれてしまっていたのだろう。 「まあ、この反省は次に生かしましょう」 「はい」 それはまた一緒に映画館に来ようという意味でもあったから、失敗した直後であっても笑顔になってしまったのは仕方のないことだと思う。 今、私たちはデートの真っ最中である。そして、さきほどのとおり、私だけでなく、きっとお姉さまも浮かれている。なにしろ、二人そろって抱え続けていた秘密、重しといったものから解き放たれたから。 そう、お姉さまも柏木さんと婚約を解消することで合意できたのだ。金曜日の放課後、二人きりになったところで前日の結果を教えてくれた。二人の過去から今の状況、今後のことまでと、話し合いは夜遅くまで続いたらしい。 それにしても、元々好きだった人なのに、突然恋愛対象外だと告げられ、それでも親同士が決めた話だから結婚しようとおっしゃる人と話し合いをする……どれほどの覚悟が必要だっただろう。私を捕まえてくれたお姉さまは、やっぱりとても素敵で格好良い。 そういったわけで身も心も軽くなり考えなしに飛び出た「この気持ちのまま、二人でどこかに出かけたいですね」という私の軽口に「いいわね。お母さまがお父さまと観に行かれてずいぶん気に入った映画があるそうだから、来週末はどう?」と返され、今に至っている。 家族からも友人からも「楽しそうだな(ね)」と言われたのだから、よっぽどなのだろう。 「さて、次何かリクエストはある?」 お姉さまの問いかけにハッとする。いつの間にかエスカレーターでロビーに降り立っていたようだ。時計に目をやると、まだ夕飯時までもそれなりに余裕がある時間帯だった。 今日は日曜日ではなく土曜日。お姉さまと一緒に出かけるにしても、学校から直行でなければ普通は映画を観てそれでおしまいになるものだろう。それが、また余裕がある。 「やはり、車のおかげですね」 「そうね。志摩子の場合いったん家に帰ってだと、もうどれほども遊びに行けないしね」 今日は学校の近くにお姉さまの家の車に待ってもらい、お姉さまの家で二人とも着替え、K駅にやってきたため、ずいぶん時間を節約することができた。 「ありがとうございます。私はさきほどの映画でかなり満足したのですが、お姉さまの方はどうですか?」 お姉さまなりの絶賛とはいえ「まあまあ」は「まあまあ」なのだから、次はお姉さまの行きたいところへ行きたい。 「そうね……ああ、そうだわ。でも……」 思い浮かんだところがあるようだが、何を言いよどんでいるのか「どんなところですか?」と聞いてみると、「今から行くべきところではないけれど……まあ、前のリベンジね」との答えだった。 リベンジ? そして今から行くべきところではない? ……一つの場所が思い浮かんだ。 「今食べ過ぎてしまったばかりですし、おなかが空く時間には空いていていいかもしれませんね」 「そうかもしれないわね」 あのときのことを思い出したのだろう。悔しげな表情を浮かべるお姉さま。晩ご飯はお姉さまのリベンジのためにあそこがいいかもしれない。 「そういえば、美冬さまといったことはないのですか?」 「ええ、今のところはね。今度は志摩子に先生をお願いするわ」 「はい。お任せください……それまではいろいろとお店をみていきましょうか?」 「そうね。なにか思いついたらそれからそこに行けばいいわね」 そうして、なにはともあれ街へと繰り出した。 駅南のファッションビルや駅ビルを見て回った後、お姉さまのリベンジのためにあの時と同じハンバーガーショップにやってきた。 時間が夕食時にしては遅めの時間だから、ガラスの向こう側はあのときのように大勢のお客さんでごった返しているほどではないが、それでもすぐには数えられないくらいの人がいるのは駅そば故だろう。 「入りましょう」 気合いを入れて自動ドアをくぐったお姉さまに続いて私もお店の中に入る。 「……お姉さまの頼んだものはないわね」 壁に張られていたメニューには蓉子さまが注文したものはなかった。 「期間限定メニューでしたから。お姉さまは何にします?」 「そうね……志摩子のお薦めはあるかしら?」 「そうですね……」 今の期間限定メニューはまだ食べていないし、せっかく来たのだからそれを頼んでもいいかもしれない。一方ややあっさり目のものを頼んでもいいかもしれない……ただ、今私は先生役でもあるのだから、その意味のあるものを指定した方がいいような気もする。それならば…… 「テリヤキバーガーですね」 「志摩子も?」 「はい。サイドメニューはポテトとサラダを一つずつでどうでしょう?」 「いいわ」 「それではお姉さま。テリヤキバーガーセットを二つ、一つはサラダセットに変えてもらってください」 「わかったわ。飲み物はどうする?」 「ウーロン茶でお願いします」 「これで、いい?」 「はい」 「それじゃ、行ってくるわ」 「私は席で待っていますね」 レジが見える丸テーブルの一つに座って、お姉さまのことを見守る。 列に並ぶお姉さまはやはり緊張しているように見える。 二度目であったこともあるのだろう、特にトラブルが起きることもなく注文を済ませ、店員さんからトレイを受け取ることができた。 お姉さまが向かいの席に座る。 「テリヤキバーガーはソースが多くていろいろと汚してしまいがちですから、この包装紙で確実に包んだまま、しっかりと押さえながら食べる必要があります」 「やってみるわ」 テリヤキバーガーにかぶりつくお姉さま。 「……これは食べにくいわね」 「ええ……実は私もなかなかうまく食べられないんです」 「そうなの?」 「どうしてもずれてしまって……元々それほど食べないというのもありますけれど。逆にナイフとフォークがあればうまく食べられるかもしれませんね」 「間違いないわ。でも、ここはそうではないのでしょう?」 「はい」 そして食べ終わった後、お姉さまは「もうテリヤキバーガーは頼まないわ」とコメントした。 「でも、今食べたおかげで美冬やお姉さまと来ても、恥ずかしいところを見せたりしなくてすむわ。ありがとう」 「お姉さまのお役に立てて何よりです」 「次の時はこのご指導のお礼をこめて、行きつけのお店に招待するわ」 「そんな指導だなんて……でも楽しみにしています」 シアターを出るときといい、こうした何気ない次の約束にこんなにも心が弾む……そのことに気づき、自然と頬が緩むのだった。 第一話Eへつづく