「私はあなたが祐巳の妹だって認められない」 何を言われたのか全然理解できなかった。 「え?」 「大丈夫。祐巳の前ではあなたを祐巳の妹として扱ってあげる。そうじゃないと祐巳がかわいそうだからね」 続く言葉を聞いてやっとなんて言われたのか理解した。 「なんで……どうしてですか!? 私何か失礼なことしてしまいました!?」 「何も。白薔薇のつぼみ、白薔薇さまの候補としては私なんかよりもずっと優れているでしょうね。でも、あなた、祐巳の妹としては向いてないわ」 あまりにきっぱりと言われてしまって、とっさに言葉を返せなかった。すると聖さまは「それじゃ、ごきげんよう」と言って伝票を持ち、立ち去ってしまった。 「私が祐巳さんの妹に向いてない?」 なぜ? リリアンのことをまだ十分にわかっていないとか、そんなレベルの話には思えない。どうしてあんなことを言われるのか……一人残されてから考えたが、その理由は思いつかなかった。 もうひとつの姉妹の形 〜レイニーブルー〜 白薔薇の憂鬱 第二話 良く晴れた日曜日の朝……というのにはやや遅い十時少し前。 ため息をつきながらゆっくりと歩く。せっかくの祐巳さんからのお誘いだというのに、どうにも気が重い。もちろん理由は昨日の帰り、聖さまに言われたこと。 「妹だって認められない……か」 いくら一人で考えてもその理由は思いつかなかった。かといって祐巳さんに話すのは論外だ。もし、祐巳さんが敬愛する聖さまが私を認めていないなんて事を知ってしまったらどう思うことか……うん、やっぱり絶対話せないし、気づかれるわけにもいかない。 そうなると、私がこういうことで相談できる相手なんてすこぶる限られてくるわけで。 真っ先に思い浮かぶのは瞳子や志摩子さんだが、あいにく週末である。さすがに電話してまで相談する……内容である気もするが、逆にその内容故に電話で済ますというのは違う気もしてしまい、電話をもって右往左往したあげく断念した。残るは今からでも相談できる近くにいる人、しかもリリアンOGである菫子さんだが、さすがに半世紀以上ってのは時代が違いすぎてるだろう。本人に言ったら手近なものの一つや二つは飛んでくるだろうが。 そんなわけで、結局そのまま翌日を迎え、とぼとぼと祐巳さんのお宅へ向かうしかなかったのであった。 「あ、遅刻するかも」 腕時計を見ると約束の時間まであと少し。時間には余裕を見たつもりだったのだが、あまりにもゆっくり歩きすぎたようだ。このままでは遅れてしまうかもしれない。 いかん、いかん。昨日のことは徹底的に頭の外へと追い出して、きびきび歩かないと。こんな時はやっぱり…… …… …… 「はっ、ここって!?」 仏像関係で空想を繰り広げていたらやりすぎてしまった。他の家とは明らかに異なる直線的なパーツでできた目立つ家、設計事務所をやっているという祐巳さんのお父さんが設計した家が目に入らなければ、どこまでも歩いて行ってしまったかもしれない。 改めて私の足を止めてくれた祐巳さんのお宅をじっくり眺める。うん、設計事務所と一体にもなっているというのにも、なるほどとうなずける気がする。祐巳さんは自分のことを庶民的だとかそんなようなことを言っていたが、この家を見る限り、世間一般的な庶民ではなくリリアン的な庶民って事なのかもしれない。 まあ、そんなことはたいして重要なことではないし、時間もほどよい頃合い。さっさとお邪魔することにしよう。 玄関の方に行ってインターホンのボタンを押す。 「わっ!」 ピンポーンという音が鳴り終わるよりも早くドアが勢いよく開いてびっくりさせられてしまった。 「いらっしゃい! あなたが乃梨子ちゃんね!」 私を満面の笑みで迎えてくれたドアを開けたご婦人は、祐巳さんのお母さんだろう。あの無きに等しいタイムラグを考えると、この方ひょっとして私が来るのをずっと玄関で待ってた? 「あ、どうも。二条乃梨子です。祐巳さんのお母さまですよね?」 「ええ、そう。福沢みきよ。気軽にみきって呼んでくれるとうれしいわ」 「初めまして、みきさま。よろしくお願いします」 「……み・き・さ・ま」 「え?」 突然うつむいて震えながら「みきさま」って復唱されるものだからギョッとしてしまう。ひょっとして、促されるままに名前で呼んだのがまずかった? いや、あるいは「小母さま」を付けなかったのがいけなかったのだろうか? 「ちょっと前まで姉妹の契りも結ばないで、このまま卒業しちゃうかと思ったのに、白薔薇さまに見初められたかと思えば、今度はこんなかわいい子を妹になんて……祐巳ちゃん、でかしたわ!!」 ……何が何だか分からないが、ひょっとしなくてもみきさま、感極まっていたりする? 「もうお母さん! いつまで乃梨子ちゃんを立たせておくつもり? しかもそんな場所に」 私が呆然と立ち尽くす中、上から響く救い(ツッコミ)の声。見上げれば階段を下りてくる祐巳さんの姿があった。 「あらやだ、私ったら。乃梨子ちゃんに「みきさま」って呼んでもらったら、祐巳ちゃんに妹ができた実感が改めてわいてきちゃって。ちょっとはしゃぎすぎちゃったわ……ごめんなさい、乃梨子ちゃん」 ……ちょっと? 違和感はあれど「こちらこそよろしくお願いします」と返す。 「改めていらっしゃい、乃梨子ちゃん。さ、上がって、上がって」 「はい、こんにちは。では、おじゃましますね」 そんな私たちの様子をニコニコと眺めた後、みきさまが口を開いた。 「それじゃ、私はお昼の準備をしているから」 「うん……よろしくお願い」 「まかせて! 祐巳ちゃんの妹になってくれたこと、そして我が家に初めて来てくれたお祝いでもあるのだし、最高のお昼にするわよ!!」 腕まくりをするみきさまの様子に、祐巳さんの顔は少し引きつっている。 「お勉強がんばってね」 「ありがとうございます」 そして、みきさまと別れて、祐巳さんと一緒に階段を上る途中、祐巳さんが「あー……乃梨子ちゃん。とりあえずごめんね」と言った。 今日は祐巳さんに書いてもらった地図にしたがってやってきた訳だが……あの地図を書いている時の祐巳さんの表情と、いつかは乗り越えなきゃいけない話だしとか小さくつぶやいた理由がわかった。お母さんはすごいからびっくりしちゃうと思うけどとか言っていたが……こういう方向ですごいということだったか。 「いえ、別にいいですけれど……みきさまはリリアン出身ですか?」 「うん。妹ができたことを喜んでもらえるのは娘としてはうれしいことだけど……ちょっとね」 そう言う祐巳さんはみきさまが入っていったドアを見ながら軽いため息をついた。この反応からすると、みきさまが用意しているお昼というのはそれだけのものだって事なのだろうか? 豪華な食事を用意してお祝いしてくれることは私にとってもうれしいところだが……祐巳さんの反応が気になったが、まあお昼になればわかることだろう。 祐巳さんの部屋に到着。 「早速だけど始めようか」 「はい」 部屋の真ん中に用意されていたテーブルのわきの座布団の上に腰を下ろし、鞄から勉強用具を取り出した。 「どの教科でもいいけど、どこまで授業が進んでいるかノートを見せてもらってもいい?」 「はい。よろしくお願いします」 ノートの束から一番上になっていた数学のノートを祐巳さんに渡した。そして祐巳さんは真剣な表情でノートをめくっていく。 「うん……他のも見せてもらっている間に、去年の問題を解いてもらっていいかな?」 「はい」 祐巳さんに残りのノートを渡し、引き替えに去年の数学の問題を受け取って解き始める。 …… …… 「できました」 シャーペンをおく。 「え、もう? お疲れ様、それじゃ採点してみようか」 「お願いします」 祐巳さんに解答を書いた紙を渡す。 「あっと……こっちは恥ずかしいから見ないでね」 「あ、はい」 祐巳さんは(たぶん)去年の解答用紙を見ながら私の解答を採点していく。 そして、採点完了。 終わりの方の問題一つが解けなかったのがわかっていたもの以外に、最初の方の問題に一つケアレスミスがあった。 採点は終わったのだが、祐巳さんは赤ペンを持ったままじっと私の解答を見つめたままだった。何か問題でもあったのだろうか? 「あの、祐巳さん?」 「あ……うん。ごめんね。はい、間違えてたところを見直してみようか」 「はい」 祐巳さんに間違えた問題の解き方を教わり、さらに問題集の同じ系統の問題を解いてみることになった。 そんな感じの勉強を繰り返していき、三教科目が終わりにさしかかった頃ドアがノックされた。 「はい?」 「祐巳ちゃん、いいかしら?」 「うん」 ドアを開けてみきさまが姿を現す。 「区切りがついたらお昼でもいかがかしら?」 「ありがと、それじゃ、いまのが終わったらでいいかな?」 「はい」 そして、今解いている問題で終わりにして祐巳さんとともに一階のリビングに向かうことにした。その間、祐巳さんのあきらめが浮かんでいる表情を見ていて、いったいどんな歓迎が待っているのか気になったというか、やや不安になってきた。 たとえば、お子様趣味でとってもかわいく飾り付けされていて、まるで幼稚園児や小学校低学年の子供の誕生パーティーみたいな感じになっているとか? あるいは、一族郎党親戚大集合で歓迎とか? いったいどんなものがこのドアの向こうにあるのだろうか? もし、想像どおりの代物だったら、いったいどんな反応をすればいいのだろう……そんなことを考えながらリビングに入る。 そして、言葉を失ってしまった。 テーブルの上を埋め尽くしている料理の数々は、まさにパーティーという感じで、色とりどりの料理が盛られた大皿が並んでいる。いったい何人が食べるんだろうか…… それに量だけでなくその内容も、鯛や伊勢エビなどの高級食材に始まり……これでもかってくらいのごちそうの数々である。 まあ、ホテルのバイキングとかそんな感じかもしれないが一つかなり異色を放っているものがある……大きな二段になったケーキがテーブルの中央に鎮座している。その存在があくまでもお店のものではないと主張しているかのように思える。 「どうかしら?」 みきさまがにこにこしながら聞いてくる。いったい何を期待しているというのか…… それにしてもこれだけのものを用意するなんて……みきさまにとって娘に妹ができることはそこまでのものだというのだろうか? ともかく、なんとか笑顔を作って、こんなに歓迎してもらえるなんてとてもうれしい、ありがとうございますと答えることにした。 そうするとみきさんは気をよくしたようで、この料理の数々について解説を始めてくれた。 ああ、そうか、あの純粋培養の天使たち……実態はそうでもないことはわかっているが、もし文字通りの子がそのまま大人になったらこうなるってことなのかもしれない。 とりあえず……そんなの、つかれるなぁ。 第二話Bへつづく